第22話 鷹の右足を調査せよ

 ホークウインドの王都。

 そのどこかにある、誰も知らない部屋で、男はとある報告を受けると膝を打って喜んだ。


「そうか! 鷹の右足ライトフットが陥落したか! しかも、騎士も全滅! いいぞいいぞ! 間違いなく、ゴブリンの後ろには並ならぬ輩がいる! ロシュフォールも消息を絶った。つまり、死んだということだ!」


「仰る通りで」


 はしゃいでいる男は、この国を力と恐怖で支配する、鷹の目王ショーマス。

 彼に前で報告を行ったのは、主席執政官ウートルドである。


「どうだウートルド。おれの予想は当たっただろう。いやいや、おれとて、ここまで事態が大事になっていくとは夢にも思わなかった! たかが小さな砦を落としたのとは訳が違うぞ。俺が土地を任せている、辺境伯がひとり潰されたのだ。そして国が何者かに削り取られた! ははは、分からん! 相手が何者なのか分からんぞ! 少なくとも、暗殺騎士を屠るほどの力を持った相手であることは確かだ」


「全くです。で、どうなさいますか、陛下」


「うむ、そうだな」


 ショーマスは、満面の笑みを一瞬で真顔に変え、椅子に深々と座り込んだ。

 鷹の目王は、ひと目ではそれと分からぬ外見をしている。

 明らかに若い。

 年齢にして、二十代の前半か。

 茶色の癖がついた髪を伸ばし、あちこちにリボンなどを付けて雑多に留めている。

 顔立ちは、整っていると言っていい。

 だが、彼の仕草からは落ち着きというものが感じられない。

 長く彼に仕えてきたウートルドを以てすら、時折この若者が、本当にあの英雄ショーマスなのか疑問を抱くことがある。

 だが、ショーマスは、今や齢五十に近付こうというウートルドが、まだ幼い子どもであった頃からこの姿をしていたのだ。


「攻めるか。こちらからは暗殺騎士を二名出す。おれも行きたいところだが、その隙に鋼鉄と魔導に攻められでもしたら洒落にならん。この二週間で、奴らは急に態度を変えやがった」


「まさか、互いに自国の味方をせよと使いを送ってくるとは思いませんでしたな」


「ああ。間違いなく、連中はおれの国がごたごたし始めたことに気付いているはずだ。だから迂闊うかつには動けん。おれが、些細なことで動くと、奴らは絶対に裏をかいてくる。そういう連中だ」


「大きなルール変更が起こったようですな?」


「ああ。連中も永遠の生に飽いているのさ。付き合わされる民は、お気の毒様というやつだ。返事はのらりくらりと躱しておけ。問題は国内の見えぬ敵よ。無視している訳にはいかないだろう。軍を差し向ける。食い詰めた連中を中心に組織しろ。暗殺騎士を二名つける。リュドミラとアクシオスに通告」


 鷹の目王は決断を下すと、飛び跳ねるように起き上がった。


「さて、どう対応する、おれの敵よ。弱い駒だけでここまで事を進めたことは評価に値する。そして、そんなお前が単眼鬼をどう使い、この局面を切り抜けるのか。あるいは身動きが取れぬおれの喉に切っ先を突きつけるのか。楽しみに見守らせてもらうぞ」


 彼は手を伸ばし、壁面に掛けられた分厚い布を掻き分けた。

 その向こうに窓があり、行き交う人々の姿が見える。

 王都、鷹の心臓ホーク・ハート

 そこにある、誰も所在を知らぬこここそが、鷹の目王ショーマスの居城であった。





 集められた、鷹の目王の軍勢。

 これは、世界各地で食い詰めた者たちの寄せ集めであった。

 本来であれば、魔導王と鋼鉄王が始めた戦争に、彼らは稼ぎ時を見出すところだった。

 だが、かの二王の軍隊は、そのような者たちが活躍する場所などない。

 高度に組織化された、魔導師と機械化兵のぶつかり合い。

 これが、今や鋼魔戦争と呼ばれるようになった、この戦いの姿だった。


 つまり、食い詰めた者たちに出番などなかった。

 鷹の目王が行ったこれは、彼らを食わせるための福祉であり、同時に、自軍を痛めずに正体不明な敵の姿を探るための一手であった。


「気が進まないわね」


 暗殺騎士リュドミラは、眼下でわいわいと騒ぐ寄せ集めの兵たちを見て呟いた。

 黒髪の妖艶な女である。

 熟した肢体を、鎧とも呼べぬような金属の守りと、革のスーツで包んでいる。

 彼女の横では、暗殺騎士アクシオスが顎を撫でてにやにやと笑う。

 こちらは、やや下卑た印象があるものの、鋭い目をした長身の男だ。


「いやいや、どうして。ゴブリンどもにぶつけるならば、こちらもゴブリン並の品性の輩と来た。我らがショーマスはなかなかに洒落が効いておられる」


 兵士たちはじろじろと、無遠慮な視線を暗殺騎士達に向ける。

 特に、リュドミラだ。

 男の劣情を誘うような姿をした彼女に、男達の目線は釘付けだった。

 そのうちの何人かが悪乗りし、口笛を吹いて、下卑たジョークをリュドミラに投げかけた。

 女暗殺騎士は、じろりと彼らを睨む。


「おお、怖え怖え! だが俺ぁ、ベッドの中でもそんな態度の女が好みでなあ」


「あんた達、私の趣味じゃないのよ。男としての格が低いの。ショーマスの命令じゃなかったら、こんな仕事引き受やしないわ」


 大げさにため息を吐きながら、彼女はだらりと両腕を下げた。


「でも、一人か二人くらいならいいわよね?」


「構わんだろう」


 アクシオスが笑いながら答えると、次の瞬間リュドミラの両腕が消えた。

 視認が困難になるほどの速度で振られたのだ。


「ごっ」


「ぎぇっ」


 鈍い音が二度響いた。

 リュドミラを嘲弄ちょうろうするような言葉を吐いた男が二人、喉と目玉に鉄の玉を食い込ませ、倒れていくところだ。

 そして、玉はまるで意思があるかのように、リュドミラの手のひらに戻っていく。


「やっぱりダメ。スッキリしないわ。こいつらをやってもストレス解消にすらならないなんて、本当に使えないわねえ」


 再び、鉄の玉がリュドミラの手を離れる。

 それは、ある一定の距離で停止し、今度はぐるぐるとリュドミラの周囲を回りだした。

 兵士達は、これを恐れを含んだ眼差しで見つめる。

 眼の前にいる女が、間違いなく、あの悪名高き怪物、暗殺騎士である事を理解したのである。


「さあさあ諸君、行進しろ。さもなくば、この怖いお姉さんがお前たちを鉄の玉で打ち据えるぞ? ああ、私は紳士だから、直接手は出さんさ。だが、私の堪忍袋にも限界というものがある。これ以上痛い目を見る者を出したくないならば、歩いた歩いた」


 アクシオスが手を叩いた。

 恐怖に押され、渋々と兵達は歩き出す。

 向かう先は鷹の右足地方。

 そこに封じられていた辺境伯と、彼に仕える騎士と兵士、そして民衆。

 全てと連絡が取れなくなっている。

 その地に向かった伝令や、調査を命じられた兵士も戻っては来ない。


 寄せ集めの軍隊は、何日かを掛けてホークウインドの地を横断していく。

 鷹の尾羽を除き、鷹の心臓から最も離れた土地だ。

 徒歩ではいかにも時間がかかる。

 この時間もまた、ショーマスの狙いだった。

 常に、二名の暗殺騎士が目を光らせる。

 兵士達を監視する何者かが存在しないかどうかを確かめるためだ。

 彼ら二名は、生還を命じられている。

 何が起きているのか、敵が何者なのか、その見極めと報告を行うためだ。


「気付いた? いたわよね」


「ああ、ゴブリンだ。例の甲高い声で伝令をしていたな。あれは確か、俺達の数と方向を伝える声だ」


 軍勢を探るために近づいてきていたゴブリンに、暗殺騎士達は気付いていた。

 さらに、彼らはゴブリンが使う高周波のやり取りを聞き取ることが出来ている。

 これはゴブリンに対する大きなアドバンテージであった。

 故に、暗殺騎士は失念していた。

 ゴブリンたちの言語は単純なもので、複雑な要素をそこに含んで伝えることが出来ない。


 軍勢の数と、方向。

 これが知らされたところで、ゴブリン達が何をしようとするのか。


 一瞬の後、彼方で光るものがあった。


「は?」


 リュドミラが目を細める。


「……まずいっ!!」


 アクシオスは、リュドミラの手を引いて大地を蹴った。

 虫の知らせというやつだ。

 その直後、彼方から強烈な輝きが放たれた。

 光が空を照らし、大地に突き刺さり、削りながら軍勢を飲み込んでいく。

 状況も何も分からぬうちに、食い詰め者たちは光の中に消えた。

 少し遅れて、轟音がやって来る。


「なんだ、ありゃあ……」


「ほ、報告を……!」


 先程までの余裕など吹き飛ばされ、暗殺騎士は大慌てで帰還する事となる。

 つまり結局、何も分からなかったのである。

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