第20話 ゴブリン調査隊、がんばる

「ギッ」


「ギギッ」


 物陰で、ゴブリンとゴブリンが目配せする。

 二人一組で作られた、ゴブリン調査チームだ。これがあと五つあり、隊長のジュギィ指揮のもと、ゴブリン調査隊を構成している。


「チズ」


「ギ」


 最近のお勉強で、ちょっとだけ覚えた言葉を喋ってみる。彼が手にしているのは地図。文字が読めないゴブリンでも分かるよう、可愛らしい絵で描かれている。

 作者はジュギィだ。

 相方のゴブリンが、グッと親指を立てた。

 二人はそろり、物陰から出てくる。

 辺りに人間がいなくなるまで、じっと待っていたのだ。


 ここは、鷹の右足地方、城の近くにある村。

 城へ収める農作物を作っている。


「ギィギ、ヒト、ムギ、ギ」


「ギ、ウマ」


 二人は指差し確認した。

 なるほど、収穫された麦が積まれた荷車が用意されている。

 少し向こうで木に繋がれているのは、荷馬であろう。

 ゴブリン達は、腰につけた皮の袋から、木の板と白いものを取り出した。

 木の板を下敷きにし、地図を載せ、白いもの……チョークに似た性質を持つ石で、紙に絵を描く。

 馬。荷車。それと麦。


「ギィ?」


「ギー!」


 描いた絵を見せたゴブリン、相方がそれを指さして感心する。

 さらに、相方も絵を見せる。

 彼は別の方向を観察していたようだ。

 刈った麦を束にして、積んである山。

 これをスケッチしたものを見せる。


「ギ」


「ギー!」


 相方の絵をゴブリンが褒める。

 互いの仕事をリスペクトし合うべし。

 黒瞳王が定めた鉄の掟の一つだ。

 ゴブリン達は、互いを褒め合い、いい気分になった。

 やる気がもりもり湧いてくる。


「ギィ!」


 二人は絵を崩さぬよう、そっと紙を筒にして袋に差し込むと、また歩き出した。

 時間帯的には夕方である。

 日暮れも近く、村人たちは家に戻っていく頃合いだろう。

 繋がれた馬も、もうすぐ村人が迎えに来るはずだ。


「ギ?」


「ギー」


 彼らは昼過ぎから活動を行い、このあたりの区画の地形や、家の並びを記録したところである。

 さらに、荷車で麦を運ぶ、という情報を得ている。

 ここで帰ってもいいのだが、ちょっと欲を出した。

 もう少し探っていく?

 いいね!

 そういうやり取りだ。


 昼間行った調査では、物陰から物陰を渡るばかりで、人が多い場所を調べられなかった。

 夜に調べてもいいのだが、ある程度人間の流れは掴んでおきたい。

 ゴブリン達はやる気に満ち溢れ、スタスタと道を歩いていった。

 と、角からトコトコと農夫が現れる。


「!!」


 ゴブリン達は驚愕した。

 慌てて、壁にピタリと張り付く。


(ギ、ギィーッ)


 しまった、調子に乗ってしまった。

 そのような後悔を込めて内心でうめく。

 彼らはゆっくり姿勢を落とし、後退を始めた。

 かつてのゴブリンたちなら、農夫一人に発見された程度であれば、彼を襲って口封じをしたことであろう。

 だが、ゴブリン調査隊の情報収集で、この村は人口がさほど多くなく、一人消えればすぐに判明し、いらぬ騒ぎになるのではという推測が行われている。

 情報に従い、彼らは農夫に見つからない事を選択したのである。


「ん? 何か緑色のものが見えたような……」


 農夫が振り返った。

 既に、そこにゴブリンたちの姿はない。

 姿勢を低くしたまま、荷車の下に潜り込んだのだ。

 二人は息を殺し、農夫が去るのを待った。


「ギ」


「ギィ」


 戻ろう、と二人が決断する。

 かくして、彼らはなんとか人間達に知られること無く帰還に成功した。




「いい情報。大事。黒瞳王サマ、知らせる。絵、じょうず」


「ギー!」


 ジュギィ隊長から、お褒めの言葉をいただくゴブリン達である。

 だが、ジュギィは彼らに向かい、キッと目を吊り上げた。


「でも、危ない、無理だめ! 全部だめになる!」


「ギー」


 叱るところは叱る。

 この辺りのメリハリはしっかりやるジュギィだった。

 ゴブリン達を帰した後は、彼女の仕事。

 調査チームが集めてきた地図をまとめて、作戦本部へ持っていくのだ。


『おお、ゴブリンの末姫。今日もご苦労だったな』


「ギッ! 情報、いっぱい。カーギィ姉サマに渡す」


『凄まじい速度でこの土地が丸裸にされていくな。わしもゴブリン如きがここまでやるとは思わなんだ』


 ぷかぷか浮かんでいた巨大な目玉、単眼鬼のサイクが、しみじみと呟く。

 彼は一見すると、何の仕事もしていない。

 適当にこの辺りをぶらぶらしているのだが、それは暗殺騎士の襲来に備えるためだ。

 ごく当たり前のように、ゴブリンを見下すような言葉を発するが、気にしていても仕方ない。

 ゴブリンとは最も下位の魔族であり、数こそが力。

 単眼鬼とは魔神に次ぐ、最上位魔族の一つ。たった一体しか存在しないのだ。今は目玉だけしかないとしても、単騎であの城を落とす程度は容易い。ただし、とても派手な破壊が生まれる。


「ゴブリン、頑張る。黒瞳王サマ、勝つため!」


『ほうほう、お前、友を好いておるのか? 下等なゴブリンが、種の本能を超えたそのような感情を抱くとは……』


 ぶつぶつ言うサイクを無視し、ジュギィはさっさと作戦本部……テントへと飛び込んだ。


「黒瞳王サマ! カーギィ姉サマ! これ!」


 どさどさーっと地図の束を、テント中央に作られたテーブルに乗せる。


「ああ、もう乱暴に! しかし、日に日に情報が増えていくわね。ゴブリン達はここまで有能だったかしら」


「マニュアル通りの行動をしたのだ。想定通りの結果が出たことは喜ぶべきだろう」


 ルーザックがてきぱきと、巻かれた地図を広げていく。


「ほう、麦を束ねて乗せる荷車。馬……ふむふむ……」


「ほいほいー。メモしてくよー」


 小さな黒瞳王アリーシャが、全身で羽ペンを使い、地面に広げられた紙に文字を記していく。

 これを用いて、鷹の右足攻略のためのマニュアルを作成するのである。

 情報収集は、最初にルーザックに従ったゴブリン達。

 習熟訓練は、新たに仲間になったゴブリン達に施す。

 頭数は限られているが、鷹の尾羽の古戦場砦よりは戦力に余裕がある。


「城に麦を収める際に、農夫と入れ替わるのが良いだろうな。荷馬が言うことを聞くかどうかだが」


「動物を一時的にゾンビ状態にする毒草があります。レルギィに取ってこさせます?」


「いいな、ではそれで行こう。城に侵入するのは、麦に隠れてゴブリンが数名、農夫と入れ替わりで私とレルギィで行こう」


「ジュギィはー」


 ジュギィが不満げにむくれた。


「ジュギィには城外の撹乱を行ってもらう。信用できる者にしか任せられないのだ」


「信用……!! がんばる!!」


 信用の一言に、ジュギィは鼻息を荒くする。


「頼むぞ」


「うん!!」


「あー、何気にルーちん、無自覚なタイプよねー。あかんわー」


 アリーシャの言葉に、ルーザックは眉をひそめた。


「何がいかんのだ」


「それ、そーゆーとこよ……。天然めえ」


「分からん」


 ともあれ、士気は最高。

 ルーザック陣営は着々と、鷹の右足攻略のための力を蓄えていくのである。

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