第18話 封印の単眼鬼

「一人やられてしまったか。だが、暗殺騎士相手に損害が一人ならば、悪くないどころか、大勝ちね」


 カーギィが興奮して、メガネをしきりに直す。

 倒されたのは、ゴブリンロードと共に合流した、新参のホブゴブリンだった。


「ホブゴブリン、頑張った。誇り、思う」


 ジュギィは、倒れたホブゴブリンのもとにひざまずき、目を閉じさせる。

 死んだゴブリンの体は、人間よりも遥かに早く土に還る。

 緑の肌は体内に葉緑素を飼っているからであり、死んだ彼らの肉体はそのまま、体内に秘めた植物の苗床となるのである。


 ひょっとすると、ゴブリンが住まう森とは、彼らの父祖が躯から作り上げた墓標であるのかも知れない。


「君の健闘に感謝する。安らかに眠って欲しい」


 ルーザックは、手を合わせて念仏を唱えた。


「ルーちん仏教徒だったかあ。あたしはね、親がクリスチャン」


「クリスチャンが魔王になったとか、親が嘆くなあ……」


「だよねー、笑えない」


 速やかに埋葬は終わり、ジュギィがその上に、摘んできた野の花を手向ける。

 ルーザックは、ゴブリンにも使者に花を送る概念がある事を知った。


「ジュギィのこれは特別。ママはジュギィを好きにさせてたからね。小さい頃から人間のやってることを見てたの。だからこの娘って人間っぽいでしょ」


「さらに、ルーザックサマについていくようになってから、また人間臭さに磨きが掛かったわね。ゴブリン達まで個性がついて」


 レルギィとカーギィから見ると、ゴブリン達が個性的なのは違和感があるようだ。


「だけど、ルーザックサマ。ホブゴブリンはともかく、あのゴブリンたちの動きは? マニュアルって何のこと?」


 ゴブリンロードの次女は、黒瞳王の指揮に興味を示したようだ。

 これを聞いて、ジュギィはふふーん、と得意げに胸を張る。


「マニュアル、特別! ジュギィ、黒瞳王サマに任されてる! マニュアル使う、ゴブリン鍛える。ゴブリン、強くなる!」


「へえ……。私もマニュアルで、ルーザックサマに強化してもらおうかなあ……」


「レルギィ姉様! マニュアル、魔法と違う! コツコツ頑張るの! レルギィ姉様には無理!」


「な、なんですってぇ!」


 姉妹の間で争いが勃発しそうだ。


「ほら、二人とも行くわよ。ちょっとね、牧童の姿が向こうに見えてるから」


 カーギィがメガネを光らせながら呟いた。

 魔法のメガネが、近づいてくる相手を捉えたらしい。


「では出発。休憩を取る暇が無いから、休めそうなところまで移動して、そこで休もう」


 あくまで、無理をせず、させない主義のルーザックなのであった。

 一行は、谷底を進んでいく。

 周囲に緑があったのが、徐々に岩肌剥き出しの地面に変わっていく。


「ルーザックサマ、ここでストップ。封印の地に入るから。恐らく、見張りがいると思うけれど……」


 カーギィの言葉に従い、ルーザック一行はストップした。

 彼女が偵察を行う間、休憩を取ることにする。


「少ししたら、私がカーギィ姉と交代するから。あんたたちはしばらく休んでて」


「ああ、ありがとう。弓を持っている者はいるか?」


「ギ!」


「よし、いつでも使えるように用意しておいてくれ。牧童が追いかけてきたら攻撃するんだ」


「ギィ!」


「本当はこういうのはマニュアル化してないから、臨機応変というのは避けたいんだが」


 どっかりと座り込んだ一行。

 ルーザックの肩から、アリーシャがピョイっと飛び降りた。


「ルーちん、たまにはあんた、休んでなさい。こっからはあたしが指揮とっとくから。マニュアルっつーの? ちょいちょい頭に叩き込んであるからさ」


 先輩らしいことを言うアリーシャである。

 お言葉に甘え、ルーザックは岸壁に寄りかかって休むことにした。

 そして、これまで休むこと無く挑んできた戦いで、どうやら相当疲労が溜まっていたようだ。

 ルーザックの意識は、眠りの底に沈んでいく。





 ハッと目覚めた。

 そこは、谷底ではない。

 ぼんやりとした暗い空間で、どこが地面で、どこが壁かもはっきりとはしない。


『お目覚めかね、黒瞳王。いや、君が眠ったからこそ、こうして我輩が現れることが出来たのだ』


「どなたかな」


『我輩か? 我輩は、君が探し求めているものだよ』


 響いてくる声。

 始めは音だけだったそれは、徐々にその存在感を強くしていく。

 やがて、眼前に気配が集まる。

 そして、次の瞬間、ルーザックの目の前には人の胴体ほどもある、巨大な眼球が浮かんでいた。


単眼鬼サイクロプスか……?」


『いかにも。お初にお目にかかる。我輩にとって、君は二人目の黒瞳王だ。先代は、ほれ、少々面倒くさそうでな』


「アリーシャ?」


『そう、それ』


 ルーザックと単眼鬼は、顔を見合わせて苦笑した。


『君も、カリスマに溢れるわけでもなく、強い力があるわけでもない。正直な話、我輩が従うには力不足すぎる。だが……選り好みをしている間に、我輩はこの有様だ。しかも魔神殿は力を失いかけており、これがとうとう最後の機会になってしまった』


「魔神氏はそう言っていたな。俺の双肩に全てが掛かっていると」


 最近、現地スタッフたちの前では一人称を私、で通すことに決めたルーザックだが、ここは夢の中。

 ざっくばらんに、俺、を使う。


「俺は、仕事で全権を預けられた事がこれまで一度もなくてな。やる気だけはあるのだが、話の通じない上司は俺にろくな仕事を寄越さない。挙げ句は手柄を横取りし、責任だけを俺に丸投げだ。……済まん、愚痴になった」


『なに、気にするな。我輩とて人のことは言えぬ。魔神に最も近い眷属としての奢りゆえ、初代黒瞳王以外の魔王を認めなかった。挙げ句が、我ら魔族の危機だ。故に、こうして思念を飛ばし、ゴブリンロードに我輩の在り処を教えてやった』


「なにっ、では、アージェさんが君の居場所を知っていたのは、知識からではなく、君が干渉したせいだったのか」


『いかにも。我輩も反省しているのだ。見よこの有様を! 全身を封印され、自由になるのはこの目玉のみと来た。こうなるまで、我輩は気付かなかったのだなあ……』


 しみじみと呟く単眼鬼。


「何を言う。反省できることは素晴らしいことだ。俺は大いに評価する。過去の過ちは取り返せないが、それを教訓とし、今を十分に後悔なく生きることは出来る」


『なんと……! 我輩、妥協して君という黒瞳王に協力しようと思っていたのだが……。嬉しいことを言ってくれるではないか』


「一歩目を踏み出すのは妥協でも良いじゃないか。まずは結果を作ることが肝要だ……。うむ、俺もどうも、これは自分で言っていて耳が痛くなってきた」


『ははは、案外君と我輩は似た者同志かもしれんな』


「かもしれない」


『いいだろう。君に手を貸そう。友として、だ』


 そこで、ルーザックは目覚めた。





「おお」


「やっと起きた! すっかり寝てたねえ、ルーちん。どんだけ揺さぶっても起きなかったのよ!」


「うんうん、黒瞳王サマ、目覚めた! ……で、後ろの大きい目玉……何」


 ジュギィが、ぷるぷると震える指先を向けたそこには。

 ぷかぷかと巨大な目玉が浮かんでいる。


「おお」


 ルーザックは、まだ自分が夢を見ているのではないかと思った。

 だが、この目玉と交わした言葉は、克明に覚えている。


「あー、みんな、紹介しよう。武器を下ろすように」


 カーギィやレルギィ、ホブゴブリンたちは身構えていたのだが、黒瞳王の一言で構えを解く。恐怖が無くなったわけではない。

 あのルーザックが、この化け物を前に武器を構える必要は無いと言ったのだ。それには明確な理由があるのだろう。

 ルーザックは立ち上がると、浮遊する目玉を招いた。


「彼が、単眼鬼サイクロプスだ。訳あって、目玉以外の部分が封印されているそうだ。夢の中で縁があってな。私と共に戦ってくれる事になった」


『うむ。ゴブリンどもよ、我輩は、黒瞳王ルーザックの友として力を貸すことにした。よろしくな』


「は……はあーっ!?」


 ゴブリンロードたちの、愕然とした声が響き渡る。


「全く……冴えない奴だとばかり思ってたけど、いろいろ規格外よね、ルーちん」


「うん、さっすが、黒瞳王サマ!」


 アリーシャとジュギィは、この状況に、何の疑問も感じていないようなのであった。

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