第186話 カレー事件⑥ 解決編・後編

「中原悠月さんが、私を指名してた?」

「そうなの。私もビックリしちゃってね。でも当時は代理の人形だったし、もちろん理事長も反対なさってね。申し訳ないけど断ったのよ」

「それは……なんというか、申し訳ないです」

「仕方ないわ。でも、もしかえでさんが良しとするなら、中原さんに打診できるわ」

「え? それって……」

「かえでさん本人が三ツ矢女学院に通えるなら打診できるし、理事長も許可してくださると思うわ」

「それは……」


 通いたい思いはある。女子耐性0の俺でもなんだかんだ楽しいし、中原理事長の思惑を現場で見てみたい。

 しかしだ。本業の仕事、魔法少女、アイドルとトリプルフェイスな上に学校となると……。確かに本業は人形でかなり助かってはいるが……。


 それに、もう一つ大きな問題がある。中原悠月は樋山楓人としても会うことになっている。付き合うことはないだろうが、万が一気に入られようものなら姫嶋かえでと樋山楓人との両面付き合いとなる。


「そうですね、スレイプニルと相談してみます」

「本当?」

「とりあえず相談だけでもしてみます。私も……通ってみたいですし」

「嬉しい! 私もスレイプニルを説得するわ!」


 本当にすごく嬉しそうだな。だが、俺にとっては今まで以上に茨の道だ。これまでは本業を最優先に考えて動けた。それがバランスを考えて動かないといけなくなる。

 特に魔法少女。50キロメートルエリア担当を目指すならテキトーにやってたら駄目だ。


 昇格条件は、10キロメートルエリアを2年以上経験した上で、技能試験で一定水準を2年以内に3回以上。この二つの条件をクリアしてから昇格試験(実技と面接)に合格すること。


 だが、本業と魔法少女とアイドルと学生やりながら、そんな悠長なことはやってられない。なら答えは一つだ。もう一つの条件――


『または、ランクAの上位種を単独で5体撃破』


 これしかない。

 上位種ということは、新基準で言えばランクA+の魔物だ。たぶんライブ会場で戦ったトラクトノスがそれのはず。あれは俺一人じゃ勝てなかった。

 あのランクに俺一人で勝つ。それを5回やらないといけない。いや、やるしかない。


 ――これは、早めに花織さんに鍛えてもらわないとだな。


「ところで、本当によかったの?」

「え?」

「カレー、楽しみにしてたんでしょう?」


 実は、中原理事長が用意してくれた材料はギリギリ一人前足りなかった。そこで俺の分を生徒に回してもらったのだ。


「いいんです。やっぱり三ツ矢女学院に通う本当の生徒の皆さんに食べてもらいたいですから」

「かえでさんは優しいのね」

「あはは」

「なら、私からご褒美をあげましょう」

「え?」


 *   *   *


「ここって……」

「そう、マハラジャよ」


 お昼休憩ということで外に出たと思うと、まさかのマハラジャだった。

 中に入ると「北見様、いらっしゃいませ」と店長が出てきた。そしてもちろん俺の――姫嶋かえでのほうも見る。


「え? 君はさっきの……」

「はい。先ほどは色々と失礼しました」

「いやいやとんでもない! おかげで無事に納品できたし、本当に助かったよ。改めてありがとう」

「いえいえ」

「それより、北見様とご一緒ということは……」

「ええ。実は三ツ矢女学院の生徒なの」

「そんな! お嬢様が事件の調査をされていたんですか!」


 さすが天下の名門校、ブランドの力は凄まじいな。


「申し遅れました。姫嶋かえでと言います」

「いやいや、こちらこそ。マハラジャの店長をしております熊谷東吾と申します。あ、川口も呼びましょう」

「川口さん?」


 不思議そうな北見校長に、「実は……」と説明する。


「あら、そうだったの。でも秘密は守ってくれそうなのね?」

「はい」

「ならいいわ。……でも、私からも念を押しておきましょう」

「ありがとうございます」


 少しして、慌てた様子で川口が出てきた。


「姫嶋さん! また来てくれたの!? って、もしかして……」

「うん。実はそういうことで」

「……なるほどね。でも事情が事情だもの、仕方ないわ」


 と、察してくれたようだ。


「それで、カレー食べてくの?」

「たぶん……」

「たぶん?」

「北見校長先生が連れて来てくれて、なにを食べるのかは聞かされてないんだよ」

「そうなんだ」

「北見様には専用のカレーがあるんだよ」

「店長! そんなのありましたっけ?」

「川口は初めてだったな。見てみるか?」

「はい!」

「では、北見様こちらに」


 奥の席へと案内されると、「しばらくお待ち下さい」と言って、店長と川口は厨房へと向かった。


「北見校長はここの常連だったんですか」

「常連というほどでもないわ。店長の熊谷さんが私と理事長にわざわざ作ってくださってるのよ」

「理事長にも!?」

「だから、実は私と理事長は特製カレーをいつでも食べられるの。生徒の皆には内緒ですよ?」

「あはは……」


 ほんと、食えないなこの先生は。

 しばらくして、香ばしい香りと共に店長がやって来た。


「お待たせ致しました。北見スペシャルです」

「これが……」


 やや黒い濃厚なカレーだ。具材はあまり主張せず溶け込んでいる感じ。


「このカレールーが入ってる器、よくテレビや雑誌なんかで見ますけど、なんて言うんですか?」

「それはグレイビーボートと言いまして、お米がカレーの水分を吸ってしまうのを防ぐ目的があります」

「そうなんですか」

「頂きます」


 北見校長はカレーをご飯に少し掛けて口に運ぶ。


「……いつもの味ね、とても美味しいわ」

「ありがとうございます」

「姫嶋さん、あなたもどうぞ」

「いいんですか?」

「ご褒美と言ったでしょう? そのために連れて来たのよ」

「で、ではお言葉に甘えて……」


 北見校長を真似てカレーを少し掛けたご飯を食べてみる。


「これは――!」


 食べた瞬間、口の中に芳醇なスパイスの香りが爆発する。旨味が舌いっぱいに広がって後から辛さが来るが、辛すぎない絶妙な調整だ。


「すごく美味しいです! こんなに美味しいカレー食べたことない!」

「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄ですよ」

「これは三ツ矢女学院特製のものとはまた別なんですよね?」

「はい。お客様それぞれに合わせたカレーを作るのが、わたくしのモットーですので」

「三ツ矢女学院のカレーも気になるけど、これは確かに皆が楽しみにするわけですね。一ヶ月がんばろうって思えますよ」

「ふふ、そう思ってもらえて良かったわ。それと、ここに来たのにはもう一つ目的があるの」

「なんですか?」

「熊谷店長」

「はい、なんでしょうか?」

「姫嶋かえでスペシャルを作ってもらえるかしら?」

「……ええ!?」

「畏まりました」

「ええ!? い、いいんですか!?」

「これが本当のご褒美よ。伝統のカレーを守ってくれたお礼」

「でも、ただの生徒である私なんかにそんな……」

「いえ、ぜひ作らせてください」

「熊谷店長……」

「今回、店を畳む覚悟もしておりました。それだけ三ツ矢女学院の特製カレーはわたくしの全てを注ぎ込んだものだったのです。それを守っていただき、助けていただいた。せめてものお礼です」

「……もぅ、本当に北見校長は人が悪い。こんなの断れるわけないじゃないですか」

「ふふ」

「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい。最高のカレーをお約束します。それと、川口にも手伝ってもらおうと思います」

「えっ!? 私ですか!?」

「ああ。これもなにかの縁だろう。やってくれるか?」

「は、はい! 私なんかで良ければぜひ!」

「川口さんも参加するのかー、楽しみにしてるね」

「うん! 絶対美味しいカレー作るよ!」


 その後、せっかくだからと店長自ら俺のためにお昼用のカレーを作ってくれた。北見スペシャルとは全然違うけど、これもまたすごく美味しい。

 

 こうしてカレー事件は幕を閉じた。

 ――一つの謎を残して。


「北見校長、魔物のコアって壊すと浄化にならないんですか?」

「いいえ、浄化にはなるわよ。ただしポイントは入らないわね」

「……トラックの魔物、間違いなくコアを破壊して、トラックもちゃんと止まったんですけど、浄化のアナウンスがなかったんですよ」

「浄化しましたっていう、あれのこと?」

「はい。でも間違いなく倒してはいるんです。なんでだろ?」

「気になるわね。あとで調査してもらうよう言っておくわ」

「はい。よろしくお願いします」


 そう、カレー事件は発端。

 これから起こる大変な事件の序章に過ぎなかった。



 To be continued→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る