第185話 カレー事件⑤ 解決編・前編

 材料が本当に10分で届き、マハラジャのカレーが無事完成したため、調査報告に校長室へと戻ってきた。


「報告ありがとう。まさか調査だけじゃなく事件を解決するなんて、さすがね。かえでさん」

「あはは、なんか成り行きでこうなっちゃいました」

「それで、ダメ元の助っ人は誰だったの?」

「中原理事長ですよ」


 *   *   *


「もしもし、中原さんですか?」

『どうした?』

「実は、例のカレーが消えたというんです」

『消えた? どういうことかね?』

「お店の話では、カレーの寸胴が消えたというんです」

『なんだって? 寸胴ごと盗まれたというのか?』

「恐らく。これから魔法少女のままで現場に行ってみようと思います。校長先生の許可は取りました」

『行っても大した情報はなさそうだがな。それで、私になにか頼み事があるのだろう?』

「さすがお見通しですね。仰る通り、行ってどうにかなるものではないと思います。なので、中原さんに代わりのカレーを作ってくれそうなお店を探していただけないかと」

『なるほど。しかしそれは無理な相談だな』

「どうしてですか?」

『あのカレーの代わりは存在しない。生徒はあのカレーが食べたいのであって、カレーならなんでもいいわけではないのだよ。例えどんなに美味しいカレーであっても生徒は満足しないだろう』


 そうか、三ツ矢女学院の特別なカレーだからこそ皆は待ち侘びているというわけか。


「では、いっそ別の特別メニューを用意していただくことはできませんか?」

『それも難しいだろうな。今から600食以上もの大量の料理を作るだけでも至難の業だ。それを特別なメニューでというのは君が今すぐランクA+に挑むようなものだ』

「うっ……。駄目ですか」

『しかし君の問題解決に向けての姿勢は評価できる。本業で培われたものだろう』

「そうですね、問題解決するのが仕事みたいなものですし」

『いいだろう。できる限りのことはしてみよう』

「本当ですか!?」

『あまり期待はするなよ?』

「いえ、動いてくださるだけでありがたいです!」

『もし君のほうで進展があればすぐに連絡してくれ』

「はい。分かりました」


 *   *   *


「そう、あの人が」

「それで、問題の材料も用意してくれたんです」

「本当に?」

「はい。材料について相談してみたら、それなら当てがあるから10分で用意できるって」

「ふふ。あの人らしいわね。その当てなら私も心当たりあるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。でも、もし私がその材料をお願いしたところで10分で用意なんてしてくれないわ」

「それだけ、理事長の力があるってことなんですね」

「そうよ。各方面に顔が利くし、なにより人脈が幅広いの」


 そんなすげー人物にお願いしてたのか……。よく動いてくれたな。


「でも、本当にすごいのはかえでさんよ」

「え?」

「確かに理事長の力はすごいわ。絶大な影響力がある。でも、それを動かしたのはかえでさんよ」

「いえ、私はただダメ元でお願いしただけで……」

「そのダメ元のお願いを、私がしたらきっと動いてはくれなかったわ」

「どうしてですか?」

「『そのくらい、自分でなんとかしたまえ』と、あの人なら言うでしょうね」

「ああ……言いそうですね」

「かえでさんはあの人のお気に入りみたいだから、ダメ元のお願いを聞いてくれたのでしょう」

「お気に入りですか……。あ、そういえば理事長から聞いたんですけど、お孫さんが三ツ矢女学院にいるとか?」

「ええ。中原悠月さんね。高校生なのもあって、あまり接点はないでしょうけど」


 その接点のない女子高生と将来結婚するかも知れないんです。なんて、口が裂けても言えねぇよな。


「前にもそんなこと聞きましたね。確か芦森あしもり有紀寧ゆきねさん」

「有栖川さんの事件の時に協力してくれた子ね」

「芦森さんのおかげで陽奈を救出できた時に、一応高校生だから報告会は遠慮するって」

「三ツ矢女学院では、中学校と高校は基本的に交流がないのよ」

「どうしてですか?」

「スローガンである“自立”のためね」

「自立……」


『そうだ、自立を重んじることで立派な淑女に育てる。というのがだ』

『表向きの?』

『おかしいと思わなかったか? いくら自立を重んじるとはいえ魔法M少女G協会Aの介入を拒むなんて』


 中原理事長はそう言っていた。そして天界に染まらない人材を育てるのだと。

 密談と言っていたし、他言無用の念を押されたから北見校長にも秘密なんだろう。


「でも、交流を望む人にはリリウム・ガーディアン制度というのがあるわ」

「なんですか? それ」

「他校では姉妹制度とも言うけど、高校生が中学生の面倒を見る制度でね。それに限っては交流が許されているのよ」

「望む人には。ということは、皆が利用してるわけじゃないんですか?」

「そうね。昔は強制だったけど、今は任意になって利用者はほとんどいないわ」

「それはどうして?」

「もし利用したいと言っても、やりたがる高校生がいないからよ。年上が年下の面倒を見る。字面だけ見れば微笑ましい光景が目に浮かぶようだけど、実際は大変なの。伊達に名門校ではないですから、勉学や部活や委員会など、その忙しい合間の貴重な時間を年下の子の面倒に使わないといけないなんて、目眩がするでしょう?」

「た、確かに……」


 ただでさえ時間は有限で貴重なものだ。自分の時間を費やしてまで年下の面倒を見たいなんて物好きはいないってことか。


「でも、その物好きな人もいるんですよね?」

「ええ。数年に一人はいるわ。今年も一人いるわよ」

「ちなみに誰なんですか?」

「さっき名前が出てた子よ」

「さっきって……まさか芦森さんが!?」

「そうよ」


 すげーな、名門校で好成績を納めながら魔法少女やって、それでリリウム・ガーディアンもやってるって? バケモノかよ。


「それと、実はこの制度は逆指名もできるのよ」

「逆指名?」

「高校生が中学生を指名してリリウム・ガーディアンに立候補するの」

「そんな変わり者な人もいるんですか」

「あなたが指名されたのよ」

「……え?」

「かえでさんが転校して来た翌日にリリウム・ガーディアンに立候補したいって言ってきたのよ。中原悠月さんがね」



 To be continued→

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