第61話 違和感

「さーて帰るかぁ!」


 定時に退社できるという当たり前の幸せを入社10年以上経って初めて味わう。


「先輩! 飲みに行きませんか?」

「佐々木か、お疲れさま。すまんな、このあとちょっと予定があってな」

「予定ってなんですか?」

「そんなこと訊くなんて野暮じゃない?」


 佐々木の後ろから新島が現れる。佐々木は振り返ると「別にいいじゃねーか」と不機嫌に言う。


「デリカシーに欠けるって言ってるのよ」

「デリカシー? 男だぜ先輩は」

「あんた……デリカシーの意味分かってないでしょ」

「うるせーなぁもう」

「はいはいそこまで。悪いが俺は飲みに行けないから、二人で行ってきなよ」

「「なんでこんなやつと!?」」


 ものの見事に被ったな。


「はは、また今度飲みに行こうな」

「「はい!」」


 なんだかんだで息合ってるんだし、もっと仲良くできないものかな……。まあ切磋琢磨できる相手がいるだけいいか。

 会社を出て少し離れた路地裏に入ると魔法の杖のボタンを押して魔法少女へと変身する。


「Kスタジオは確か南の方の――」


 飛ぼうとして、なにか違和感を感じた。魔物か……?


「ハロー、メイプル」

『お呼びですか?』

「近辺に魔物の反応とかある?」

『お待ち下さい。……いえ、魔物の反応は見当たりませんが』

「やっぱりいない……よな?」


 俺のセンサーにも引っ掛からない。ということは少なくとも半径1キロメートル範囲内にはいないはずだ。

 それなのにこの違和感はなんだ? まるで誰かに見られているような……。


「視線……とはなにか違うような?」

『念の為、再スキャンしてみますか?』

「ああ、頼む」

『……やはり反応がありません。まだなにか感じますか』

「――いや、今はもうない」


 なんだったんだ? なんだか気持ち悪いし気味悪いな……。


「今は気にしても仕方ないか」


 とにかくスタジオへと向かう。徒歩30分なんて飛べば一瞬だ。

 スタジオに着くと物陰で視界に表示されたメニューからステルス機能をオフにして衣装を変更する。自分ではよく分からないが、こうすると誰でも魔法少女の姿が見えるようになる。


「こんばんは」

「こんばんは、かえでさん。いらっしゃい」


 スタジオの受付で東山が待っていてくれたようだ。


「いらっしゃい?」

「ここは私たちが所属する事務所が経営してるのよ」

「そ、そうなんですか……」

「今日はかえでさんがどれくらい歌とダンスができるのかを見て、ライブへ向けてのトレーニングメニューを作るわ」

「よ、よろしくお願いします!」

「そう硬くならないで、気軽に行きましょう」

「は、はい……」


 気軽になんて無理あるだろ、昼間は浮かれてたが俺は女性耐性ゼロな男だぞ。トップアイドルとこうして話してるだけで寿命が縮まりそうだ。


「じゃあ、部屋へ行きましょう」


 案内されたスタジオには、すでにメンバー全員が揃っていた。


「お、かえでじゃん。もう学校終わったの?」

「え? ――あ、古間さんこんばんは。はい終わりました」


 危なかったー、一瞬で「え?」って言っちゃったわ。そういや姫嶋かえでの時は学生なんだった。


「かえではどこの学校行ってるの?」

「三ツ矢学院というところに」

「三ツ矢!? あの超お嬢様学校の!?」

「えーと、まぁ」


 まずいなぁ、いくらブランド力あっても俺自身が見合ってないからボロが出る可能性が……。

 と、魔法少女用のスマホが振動する。


「すみません、ちょっと電話が」


 スタジオの端っこに移動して電話に出ると、紫の声で「お待たせしました」と聞こえる。


「ナイスタイミング!」

〈……? どうかしたんですか?〉

「ああ、いや。姫嶋かえでの学校についての話になっちゃって」

〈ああ、三ツ矢学院でしたっけ〉

「そう。下手に答えてボロが出ることだけは避けたいからさ、なんとか抜け出したかったところなんだよ」

〈それは大変でしたね。ところで今しがた到着したんですが、は揃ってますか?〉

「容疑者……いるよ、全員」

〈では、始めます〉


 外部に大きな魔力反応があるのが分かる。紫がスキャニングを開始したようだ。

 しばらくして「終わりました」と返事があった。


「どうだった……?」

〈結論から言いますと、魔物の反応はありません〉

「そうか……」

〈ですが、少し気になることが〉

「気になる」

〈詳しくはまた後日報告しますが、これは少々厄介かも知れません〉

「え? 大丈夫なのか?」

〈今のところは……としか言えませんが、安全だとは思います〉

「分かった。わざわざ呼び出してごめんね、ありがとう」

〈いえ、お役に立てず申し訳ありません〉

「そんなことないよ。少なくとも完全な休眠状態にあることは分かったし、それになにか違和感があったんだろ? それだけで大きな収穫だよ。それじゃ、そろそろ戻るよ。帰り気をつけてね」

〈はい。ありがとうございます〉


 通話を終えて戻ると、学校の話はいつの間にか終わっていて俺が歌うための準備が整っていた。


「えーと、私はなにをすれば……?」

「ここに立ってもらって、なんでもいいから好きな曲を歌ってみて」


 あー、ですよね。そう来るだろうとは思った。

 俺の歌唱力の低さはこのさいどうでもいいとして、歌える曲が少ないのが問題なんだよな。俺の青春時代の曲を今の中学生が歌うのは無理がある。かといって今どきの曲を歌えるわけがない。

 しかしこうなることは予想してたので、一応対策はしてきた。


「じゃあ、やりますね」


 歌う曲はHuGFの『Believe My Way』

 代表曲の一つで、アニメの主題歌にもなってる有名なやつだ。こんなこともあろうかと、通勤時間や休憩時間など隙間を見つけては聴いていた。


「私は私でりたいの、線路レール道路ロードも自分の王道みちに変えてゆくわ」


 様子を見ながら歌ってたらまさかのフルコーラスになってしまった。途中で止めてくれるかと思ったのに……。


「はぁ……すみません」

「え? どうしたの?」

「いや、その……皆さんの曲を下手に歌ってしまって」

「いやいやいや! これだけ歌えれば上出来だって!」

「え? それ本気で言ってます?」

「え? かえではこれで下手だと思ってるの? みんなはどう?」


 古間がメンバーに訊くと、反応はそれぞれではあるものの全員が「上手」だということで一致した。


「うっそ……」


 俺の歌唱力は間違いなく平均よりやや下の素人レベルだ。それは自他ともに認めている。

 なにがどうなってるんだ……?


To be continued→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る