第54話 特等席のライブ・コンサート

 客席に俺しかいない貸し切り状態の会場に音楽が鳴り響く。まさか初めて聴くのがライブリハーサルとは、贅沢すぎるな。


《Push! Push! roll up! 駆け上がっていくの〜》


 HuGFのヒットナンバーで代表曲の一つだ。人気アイドル系アニメのオープニングとしても採用されてるとかでオリ◯ンチャート3週連続一位、ストリーミングでは記録更新中だそうだ。


「……」


 アイドルというものには全く興味が無く、ライブどころか曲すら聴いたことなかったが、こうして間近で見ると圧倒される。歌唱力やダンスはもちろんのこと、もっとこう……根本的な魅力があるような、そんな気がする。

 そしてやはり際立ったのは東山煌梨きらりだ。圧倒的な歌唱力、表現力、キレッキレのダンスは本当に14歳なのかと疑うほど。


《私たちの未来は、自分わたしたちで決めるから〜》


 あっという間に最後の曲になる。――と、視界にメイプルの名前でCallマークが表示される。魔法少女モードだと魔法の杖からの情報がダイレクトに見えるから便利だ。


「どうした?」

『気になる反応がありましたので』

「気になる反応?」

『近くに魔物がいます』

「どこだ?」

『マスターの目の前です』

「……なに?」

『ですから、マスターの目の前に魔物の反応が現れたんです』

「どういうことだ? 魔物なんか見えないぞ?」

『目視では見えませんので、センサーを見てみて下さい』


 言われた通りセンサーと、ついでにレーダーなどを起動してみる。すると確かに前方で反応が見られた。だがこれは……。


「おいおい冗談だろ?」

『反応が微弱なのは潜伏中だからと思われます。寄生型は宿主に寄生するまでセンサー類に引っ掛かりづらいため発見が遅れがちになるんです』

「マジか……。あっ、消えた?」

『休眠状態に入ったようです』

「休眠状態?」

『今はたまたま反応を拾えましたが、寄生型の魔物は主に深夜帯に活動しますので、昼間は休眠状態になります。こうなると発見はほぼ不可能ですので活発になる深夜帯に見つけるしかありません』

「でもまあ、今回は目星ついたからな。監視してれば尻尾を出すだろ」

『ですが、種族は早めに特定したほうがいいかと』

「どういうことだ?」

『寄生型には様々な種族がありますが、最悪の場合ケースは中身を喰われて成りすまされることです』

「――!」


 中身を喰われる……? てことは、死ぬってことか?


HuGFが、死ぬ?」


*   *   *


 リハーサルが終わり、楽屋へ戻った俺は全力の意識集中コンセントレーションで休眠状態に入った魔物を見つけようとしたが、全く分からなかった。


「……ダメかぁ」

『どのようなセンサーやレーダーも、魔力が無ければ反応しませんから』

「休眠状態って魔力ゼロなの?」

『厳密に言えばゼロではありませんが、限りなくゼロに近いと言えます』

「参ったな……。ちなみに休眠状態じゃ喰われないよな?」

『はい。深夜帯に活性化して少しずつ器を侵食していきます。種族によって余命は変わりますが……遅ければ30日、早ければ一週間ほどで器が喰われ肉体が支配されます』

「一週間!? 寄生されてどのくらいだ?」

『推測でしかありませんが、先ほど寄生された可能性が濃厚だと思われます』

「どうしてそう思う?」

『もし以前から寄生されているのであれば、東山さんが気づかないはずがありません』

「なるほど、それもそうだ」

『東山さんにお伝えしますか?』

「……いや、今はまだいい」

『よろしいのですか?』

「これから本番だからな。東山煌梨に限ってそんなことはないと思うが、1%でもパフォーマンスを下げさせたくない」


 リハーサルを見たからこそ、フルパフォーマンスを見てみたい。そのためには僅かな雑念や懸念けねん材料があってはならない。

 それに、東山煌梨というアイドルの輝きを少しでも落とすのは悔やまれる。――そう思った。


「それに、今すぐ殺されるわけじゃないんだろ?」

『はい。それは間違いないかと』

「なら報告はこのライブが終わってからでいい」

「ほら、そんな隅っこでなにしてんの。こっちおいで」

「え?」


 古間麗美が俺の手を掴んで円陣に誘う。


「い、いいんですか? 私なんかがこんな……」

「なに言ってるのよ、体験入部みたいなものだけど、その間はかえでちゃんも私たちHuGFの仲間よ」

「ほら、私の手を握って」


 東山が差し出した手を、心臓が口からかと思うほどバクバクしながら握る。

 ただでさえ女性に免疫無いのにライブ本番直前のトップアイドルと手を繋ぐとか、もうぶっ倒れそうだ。


「さーて、みんなに幸せ届けに行くわよー!」

「「イェーイ!!」」


 全員で一斉に万歳して手を離す。出陣前にげきを飛ばすルーティンを終えると、「じゃあ、楽しんでいってね!」と言い残してステージへと向かって行った。


「さて、俺も見に行くか」

『私は待機してます』

「分かった、またあとでな」


 会場に入るとリハーサルで見た時とは違い満席の状態。あれだけ広い空間が人で埋め尽くされるという、にわかには信じ難い光景だった。

 そんな中、チケット倍率12倍という最前列の席をタダで用意して貰うという贅沢の極みだ。


《みんなー! 今夜は楽しんでいってねー!》

「「きゃああああああああああ!!!!!」」

「――っ!?」


 うるせえええええええ!!

 HuGFが登場した瞬間にボルテージマックス。瞬間湯沸かし器もびっくりな熱狂ぶりだ。


《行くよー!『roll up!』》


 初っ端にヒットナンバー。音量自体はリハーサルよりやや大きいくらいだが、女性ファンの声量はそれを遥かに上回る。男性ファンももちろんいるんだが、黄色い声が圧倒的だ。


《寂しい夜もお月さまのスポットライト浴びれば〜》


 リハーサルを見たからこそ分かるが、本番のフルパォーマンスはものすごい。歌のパワーもダンスのダイナミックさも桁違いだ。

 卯月響子のソロパートはなんとマイク無しでの生声を披露。これはリハーサルにも無かった完全なサプライズだ。突き抜ける綺麗な高音がアリーナを満たす。


《とことんまで追い込む狂気のロジックで〜》


 そして東山も新曲のソロパートをサプライズ披露。来月から始まる推理ドラマのテーマソングだそうだ。

 最高潮に盛り上がる会場は床が揺れる。脳や内臓がシェイクされるかのような熱狂。


《ゆっくり、ゆっくり、染みてゆく君の声が〜》


 沸騰した会場をクールダウンするようにバラード曲が静かに流れる。この曲は聴いたことがあった。佐々木がカラオケで歌ってたやつだ。HuGFの名曲の中に埋もれた名曲なのだそうだ。


《また会おうねー! みんなー!》

《最後は一緒に歌おう!》

《いいかなー!?》

「「うおおおおおおおおお!!!!!」」


 だ・か・ら! うるせーよおおおおお!!!


《いくよー!『明日は君の未来』!》


 この曲はライブの締めにほぼ必ずやるのだという。

 非日常的なライブ・コンサートという夢の空間が終わり、再びまた現実という明日がやってくる。そんな明日にはそれぞれの未来が広がっている。

 希望を見失わず前を向いて生きて欲しいと、そういった願いを込めて作曲したと東山から聞いた。


《いつも、いくつも未来は広がってるよ。だから明るい未来に向かって明日も進もう、みんなで。私たちは一人なんかじゃないよ、ずっと繋がってるから〜》


 ライブはフィナーレを迎える。熱狂の渦はファン一人ひとりの心に熱い炎を残したような、そんな気がした。

 楽屋へ戻ると、4時間も歌って踊ったとは思えない晴れやかな笑顔の5人がいた。


「お疲れさまです」

「あら、かえでさんおかえり。どうだった?」

「えーと、その……こういうの初めてだったんですけど……なんだかすごく良かったです」

「そう言って貰えると嬉しいわ、ありがとう」

「あたしのダンスちゃんと見てたー?」

「……えと、その。見てくれてありがとう」

「かえでちゃんが見てくれてるから、いつもより張り切っちゃったよー!」

「あはは……皆さん、すごく良かったです。今日はありがとうございました」

「次のライブまで一ヶ月と少し。どう? やれそう?」

「私なんか歌も踊りも下手なのに、あんなステージに立つなんて……正直、自信無いです。でも今回誘っていただいて、皆さんにこんな歓迎していただいて……やってみたいです。皆さんと一緒に」

「そうこなくちゃね! いい? みんな!」

「「イェーイ!!」」


 なんだろう……あんなに女性が苦手だったはずなのに、日本どころか世界に通用するトップアイドルの5人が目の前にいて、それなのになぜかとても心地良い。

 アイドルやるなんて嫌嫌だったけど、この人たちとなら一緒にやってみたい。そう思えた。


To be continued→

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