第20話 ヒーロー登場

 楓人あきとが魔物と対峙たいじした頃、上空に一人の少女が浮かんでいた。


廷々ていでからチーム全体へ。魔物の反応を感知しました。中型ランクBと推定。S区にあるオフィスビルです」


 廷々ていでゆかりは複数の魔法を展開して10キロメートル四方の状況把握と魔物の情報を収集。それらを仲間に共有するなど現場指揮を執っていた。


水雲みずもあやさん、小山内おさない空羽あきはさんは100m離れた位置で待機。葉道歩夢はどうあゆむさん、突入してください」

〈水雲りょーかい〉

〈小山内、了解です〉

〈葉道、了解!〉

「なお、魔物の位置に魔法の杖の反応を感知。注意してください」

〈え!? 魔法少女がいるってこと?〉

「いえ、魔法の杖のみです。罠の可能性もありますので、ご注意を」

〈へぇ、罠ね。面白いじゃん!〉


 オフィスビルに到着した歩夢は玄関ドアを開けようとしたが動かない。


「なにこれ? びくともしない」

〈おそらく魔物の仕業でしょう。今解析を――〉

「いいって、この方が早い!」

〈え……?〉


 歩夢は少し距離を取ると、飛び蹴りで玄関のガラスをぶち破った。


「アタシが来たから、もう安心だよ!」


 中に入ってみると魔法少女の姿は無かったが、魔物の姿を肉眼で捉える。歩夢は紫から情報を貰っていたため、人間の姿をした魔物だと瞬時に理解した。


「クッ! 魔法少女か!」


 魔物が拳を振り上げて迎撃しようとするその動きを受け流して、歩夢は懐に入り込みながら小さく回転して肘鉄ひじてつを打ち込んだ。


「甘い!」

「ぐぁっ!」


 ふっ飛ばされて壁に激突した魔物は、すぐには動けないほどのダメージを受けたようでうめき声を漏らす。


「ふぅ」

〈はぁ……無茶しますね〉

「非常時ってやつだよ。さてと、アナライズ!」


 視界に魔物の情報が表示される。


中型ランクB【マタリナ】

人間を殺して成り代わり、人間として行動して人間を襲う残虐な魔物。マタリナにとって狩りは器を奪うというより殺すのを楽しむ意味合いが大きい。


「こいつ、まさかと思ったけど、やっぱりマタリナか!」


 マタリナは上手く人間社会に溶け込んでしまうため、知らずのうちに被害が増えてしまう。そのため魔法M少女G協会Aが常に目を光らせているが、その監視の網から逃れる個体もたまにある。


「もしかして、こいつが犯人なんじゃないの?」

〈歩夢さん、魔法の杖の確認を〉

「オーケー」


 歩夢は魔法の杖を拾うと契約者の照会を行う。視界に表示されたその名前に、歩夢は動揺した。


「なっ! か、かえで!?」

〈かえでって?〉


 誰だろう? と空羽が考えていると〈歩夢ちゃんのお気に入りじゃなかった? ほら、訓練室半壊させた〉と、絢が心当たりを話す。


〈ああー! そういえばそんな話聞いたよ!〉

〈そのかえでさんの魔法の杖が、なぜここに……?〉

「かえではバイトがあるからって言ってたんだ」

〈バイト? こんなところで?〉

「IT系のバイトだって言ってたから、多分。ここにバイトに来てて、こいつを見つけて戦ってたんだと思うよ」


 不思議がる空羽の疑問に答えると、歩夢はマタリナの襟元を片手で掴んで持ち上げた。


「てめぇ……かえでになにをした!?」

「うっ!? げ、ゴホッ、かはっ!」


 まだダメージが残っているのか動けないでいるマタリナは、不気味に笑う。


「クク……なにしたってぇ? なにもしてないぜぇ〜? 俺はなァ……ククク」

「てめぇ!」


 顔を一発殴ると、今度は両手で胸ぐらをつかむ。


「ぐっ……」

「言え! なにをした!? かえではどこにいる!?」

「クク、ク……さあな、さっきまでそこにいたがなァ?」

「なんだと!?」

〈歩夢さん、その魔物はそこで浄化してはダメですよ。泳がせてください〉

「……っ! 分かってる!」


 歩夢の様子がおかしいのを見て、少し動けるようになったマタリナは一瞬の隙を突いて掴まれた手を振り払うと、反転攻勢に出る。


「なっ!?」

「ヒャハァ!」


 マタリナは人間の身体を変化させて強化し、最大限の力を使える。そのため近接戦闘においてはかなりの強敵となる。

 しかし歩夢は不意打ちとなる攻撃をギリギリのところで避けると、楽しそうに笑みを浮かべた。


「いい度胸してるじゃん!」


 まともに喰らったら大ダメージとなるマタリナの攻撃を上手く受け流しながら、一撃を狙う歩夢だが、マタリナもまた人間の限界を超えた反応速度と動きでけ続ける。


〈歩夢さん、あと5秒でマタリナに隙が生まれます〉


 紫からのアドバイスを聞いた歩夢は、了解とは言わずに時を待った。そして5秒後に異変は起きた。


「あ?」


 マタリナの膝がガクッと落ちた。まだ抜けきらない歩夢からのダメージがここに来て膝に現れた。そしてその瞬間を歩夢は見逃さない。


「せいっ!」


 深く踏み込んで全身を使った重い正拳突きを鳩尾みぞおちに入れる。


「かっ……!!」


 声にならない悲鳴を上げてふっ飛ばされたマタリナは、壊れた玄関を抜けて向かいのビルに激突した。


「ふぅ……」

〈お疲れさまでした〉

「ありがとう廷々、おかげで助かったよ」

〈差し出がましいかと思いましたけど、お役に立てて良かったです〉

「マタリナはこのまま放っておけばいいの?」

〈はい。このまま泳がせます〉


 ビルに激突したマタリナはしばらく動かなかったが、ようやく起き上がると、フラフラしながらも歩きだす。


「……痛たたた、容赦ねぇなぁ。イケるかと思ったけどやっぱり敵わねぇか。……ん? 他にも魔法少女の気配があるな、2……3人か? へへ」


 マタリナはまた不気味に笑い、周りを警戒しながら逃走して行く。


「絢さん、追跡をお願いします。空羽さんは引き続き待機です」

〈へへ、水雲りょーかい!〉

〈小山内、了解〜〉

「歩夢さんには引き続き魔法の杖の持ち主を捜索してください。まだ近くにいるはずです」

〈廷々の魔法には感知しないの?〉

「私の魔法で感知できますよ、本来は。でも今は私たち以外に魔法少女の反応が見当たらないので」

〈どういうこと?〉

「考えられるのは、なんらかの理由で魔力を感知できない状態にされている。または意識を失っていて感知できるレベルの魔力を下回っている。などでしょうか」

〈うーん、もっと精度上げることはできない?〉

「できますけど、今回の任務は行方不明の魔法少女捜索ではなく、正体不明の魔物による襲撃事件の解明です。広範囲を監視する必要があるので、私が動くわけにはいかないんです」

〈そっかー、それはそうだ。じゃあアタシが行ってくるよ。なにかあったらすぐ呼んでね!〉

「お願いします」


 対応が一段落した紫は、改めて周囲の状況を確認する。


――まだ、確定はしていない。

 今回の事件、魔法少女連続襲撃の魔物がマタリナである可能性はかなり高い。でもマタリナだけでは説明がつかない事がある。マタリナの巣窟が近くにあるか、もしくは背後に別の魔物が潜んでいるはず。


 紫が思考を巡らせていると、絢から焦ったような声で通信が入る。


〈ちょっとゆかりん! この数はいったいどういうこと!?〉

「え?」


 レーダーを確認すると、今しがた確認した時にはいなかったはずの魔物が数十体現れていた。


「なんで……?」


 いくら現場指揮官として優秀な廷々でもミスはある。しかしこれは、うっかり見逃したとか、そういうものではなかった。


「まさか、伏兵!?」


 まさか、そんなこと……と廷々が思うのも無理はなかった。


 基本的に魔物はこうした戦術めいた行動はしない。各種族によって行動原理は異なり、異種族間で同盟を結んだり団体行動をするということは、よほど特殊な事例を除いて本来はあり得ないことだからだ。

 しかし今そこに、目の前にそのあり得ないはずの光景が広がっていた。


〈ゆかりん! 大型ランクAがいっぱい、中型と小型にもランクAが数体混じってる! どうしたらいいの!?〉


 紫のモニターに絢がアナライズした魔物の情報がズラーッと表示された。


――なに、これ!?

 ヒューザ、ランベル、クリオト……大型ランクAだけで13体も!? 小型で厄介なランクAのシンザイまで……他にも絢さんと相性の悪い魔物が数体!


「空羽さん! すぐに応援に!」

〈了解!〉


 今からでは絢の救出が難しいのは火を見るより明らかだったが、言われなくても行くつもりだった空羽は、それでも全速力で向かう。

 数十体の伏兵は、まるで意志が統一されてるかのように、あっという間に絢を包囲してしまった。


「くっ……! 歩夢さん! 緊急事態です! すぐに――」

〈きゃあああああああ!!〉


 その悲鳴を聞いて、常に冷静な判断をしてしまう廷々紫は悟ってしまった。


――もう、助からない。

 目の前で魔法少女を、人間を一人死なせてしまう。油断が招いた最悪の事態。現場指揮官として失格だ。

 ごめんなさい……ごめんなさい……!


 絶望と悔しさに涙を流した、その時だった。


「まだだよ!!」

「――!」


 その声は、遥か上空から拡大スピーカーのように響き渡った。


鳴心なここ式! 覇王爆砕拳!!」


 その魔法少女は、絢に群がる魔物の群れ目がけて、まるで流星のように飛び込むと、落雷のような爆音と爆炎が魔物を一匹残らず蹴散らしてしまった。


「鳴心さん……!!」

「お待たせ! 正義のヒーロー登場ってね!」

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