第17話 嫌な予感が的中


 優海さんとの通話を終えて、買い物に戻ろうとして気付いた。


「やば、そうだ今は変身中だった」


 困ったな。このままじゃ買い物できないし、かといって周辺に魔物の反応はない。こんな時は……。

 おもむろに魔法の杖を元の大きさに戻すと、ボタンを素早く3連打する。少しして「いったい何事だ!」とぷに助が現れた。


「よう、ぷに助。久しぶり」

「よう、じゃない! 何でもない時に呼び出すんじゃない! また始末書を書かされるだろうが! それと私はスレイプニルだ!」

「ちゃんと緊急事態だよ」

「なに?」


 斯々然々かくかくしかじかと事情を説明すると、ぷに助も「うーむ」と唸る。


「なるほどな。そういうことならまぁ、仕方ないか。まさか男が使うなんぞ想定してなかったからなぁ」

「だろ? どうすればいい? 自由に変身解除できれば嬉しいんだけど」

「いや、残念ながらそれは難しい」

「どうしてだよ?」

「イタズラに変身しないように規則はあるのだ。お前だけ例外にはできん」

「ぷに助って結構ルール守るよな」

「当たり前だ。魔法少女という、この世界では異質な存在はリスクも大きい。だからこそリスクヘッジのための規則ルールがあるのだ。イタズラに変身して無茶をやって死んだらそれまでだし、下手に動いてに見つかったりしたら混乱を招く恐れもある」


 真剣に語るぷに助は「分かったか?」と小さい手をビシッと突きつけてきた。


「じゃあ、不必要に変身したら罰金とかは?」

「アホめ。そんなことしたら天界の仕事は増えるし、魔法少女が混乱するだろうが。やるとしても魔法少女MポイントPだ」

「そんなこと言ったって不便なんだよ」

「心配ない、こういう時のために技術班がいる」

「なんとかなるのか?」

「なんとかするのが技術班だ」


 あ、こいつ嫌な上司タイプだ。


「なにか言ったか?」

「いや、別に。でも、とりあえず現状の今をなんとかしてくれよ。このままじゃ買い物もできないぞ」

「うーむ、それもそうだな。しょうがない、特別だぞ」


 ぷに助が魔法の杖に触れると、魔法少女モードが解除されてオッサンに戻った。


「え?」

「なんだ、どうかしたか?」

「いや、え? そんな簡単に戻せるの?」

「簡単ではない。以前、特別に変身解除の許可を取ったと言っただろう。保留になっていたそれを使用したのだ」

「あー、そういえばあったな。人のことを騙した奴がいたわ」

「ひ、人聞きの悪いことを言うな!」

「じゃああらかじめ許可を取っておけばいいんじゃ?」

「アホか! 緊急事態で特別だと言ってるだろうが! お前はそんなに私に始末書を書かせたいのか!」

「冗談だよ」

「まったく。では待っていろ」


 ぷに助は少し上の方に離れると、何やらボソボソと話し始めた。どうやら天界の技術者と話してるようだ。


「ふむ……そうだ。よろしく頼む」


 俺のところに戻ると、魔法の杖を貸せとジェスチャーする。


「……管理者権限で入ればいいんだな?」


 ぷに助が魔法の杖に触れると、ハートの飾りが白く光り、ゆっくり点滅する。


「共有ファイルの……これか、ダウンロードすればいいんだな?」


 まるで上司が部下にパソコンの操作を教わっている光景だ。


「そうか、よし。……ダウンロード完了した。再起動させるからちょっと待っててくれ」


 ハートの飾りが様々な色に光る。再起動したと思われる魔法の杖を「声出してみろ」と渡された。


「あああああ」


 マイクテストよろしく声を出すが、何も変化がない。


「おかしいなぁ……」


 再びぷに助が魔法の杖を設定し始めると、「なに? パッチ? ……ふむ、分かった。やってみる」と、技術者からのアドバイスを聞いたらしいぷに助はなにやら操作して、また俺に魔法の杖を渡す。


「ああ〜、あっ!?」


 なんと、今度は声が姫嶋かえでの声になった!


「そうか、ボイスチェンジャー機能があれば毎回変身する必要ないわけか」


 そういえば、最初に魔法の杖を使って変身した時はボイチェンだと思ってたけど、まさか本当に実装されることになるとは。


「ちゃんとできたぞ、ご苦労だったな。今度差し入れを持っていこう、では。……よし、これで解決したな」

「へぇ、やるじゃんぷに助」

「スレイプニルだ。天界の技術をもってすれば訳無いことだ。尊敬しろ」

「まあ、偉いのは技術者だけどな。ところでそのボイチェン機能って普通のスマホにも搭載できるのか?」

「どういうことだ?」

「いやほら、優海さんもだけど、普段の連絡にスマホ使いたいらしいんだよ。だから魔法少女用にスマホを買おうと思ってるんだけど、よく考えたら同じ問題あるだろ? だから魔法少女仲間っていうか、女の子と普段通話する時にスマホもボイチェンあると助かるんだよ。まさか通話だけできないなんて不自然だろ?」

「うーむ。天界に持って行く必要はあるが、できるはずだ」

「マジか! よろしくお願いします!」

「スマホを購入したら呼び出してもらえばすぐ取りに行く」

「ありがとな、技術者にもお礼言っといて」

「伝えておく。じゃあな。念の為言っておくが、スマホの件は特別だからな、呼び出しは本当に緊急の時だけだからな!」

「分かってるよ」

「ふん、ならいい」


 ぷに助が消えたのを見届けて、魔法の杖をまたアクセサリーのように小さくしてトイレから出る。


「えーと、カゴは……あったあった」


 買い物カゴを回収すると、一週間分ほどの食材を追加してレジで会計してスーパーをあとにする。

 気温36度。地獄のような猛暑だが、帰ったら生ビールが飲めるのと、日曜に優海さんとのデート(?)があることを考えると足取りは軽い。


「はぁ……はぁ……」


 とはいえ炎天下で荷物持って歩くのはやはりしんどい。運動不足で体力が無いのも響いている。

 なんとかアパートに戻り部屋に入ると天国のような涼しさ――があるわけはなく、缶ビールを冷蔵庫に入れて風呂場に駆け込みシャワーを浴びる。女の子のシャワーシーンなら煩悩爆発だろうが、すまんな俺で。

 シャワーを浴びてサッパリしたところでビールを取り出してグイっとあおる。


「くぅ〜! 生き返るわぁ」


 いきなり始まった魔法少女という非日常からなんとか生還したのもあってか、久しぶりのビールは格別だった。


「ああ〜、また明日から仕事か」


 また朝早く出勤して深夜に帰っての生活が始まると思うと、軽く憂鬱ゆううつだ。


「魔法少女で稼げればいいのにな」


 魔物を倒すだけで金が稼げるとか、それこそゲームみたいで面白いじゃないか。自分の担当エリアでやってればまずゲームオーバー死ぬことはないんだし。


「まぁ、どうせ魔法少女MポイントP100で1円みたいなレートになるだろうけど」


 超最先端のゲームをやってると思えば悪くないか。日本で1000人だけという選ばれしゲーマー、そう考えるとプレミア感ある。それに日頃の鬱憤うっぷんを魔物で晴らせると考えれば良いストレス発散になるし、旅費タダで遠出もできるし、なんだかんだ魔法少女になれてラッキーかも。


 ほろ酔い気分でテレビを見ながらゴロゴロしてると時間はあっという間に過ぎていく。時に死にかけたりした非日常な日々が嘘のようにいつもの日常だ。寝て起きたら、実は全て夢だったという夢オチで終わっても不思議じゃない。


「さて、明日からまた地獄の日々が始まるし、もう寝るか」


 だが今の俺には謎の無敵感がある。おそらくは日曜日に優海さんとのデート(?)があるからなんだろう。そうか、これがリア充というものか。


*   *   *


 翌日、いつもの時間に起きていつもの通勤ルートで電車を乗り継ぎながら会社へと向かう。

 本当は魔法少女に変身して飛んで行こうかとも考えたんだが、都合よく会社の周辺に魔物がいるとは限らないし、もし元の姿に戻れないで遅刻なんてことになったら洒落しゃれにならない。安全策として、いつも通りを選んだ。


「はぁ、久しぶりだなここも」


 高校卒業してすぐに就職できて、俺ってラッキーじゃん? なんて思ってたら、パワハラやサビ残なんて当たり前。まっくろくろすけのとんでもないブラック企業だった。


「よくやるよな俺も。10年以上もこんな魔窟まくつにさ」


 2週間来てなかったからか、若干のノスタルジーっぽさを感じる気がする。

 だからってブラック企業なのを忘れてはいけない。これから俺はまたこの魔窟まくつで働かなければならないのだから。


 どっかの漫画の主人公みたいなモノローグを脳内で流しながらビルの玄関を開けようとした、その時だった。


《キュイン! キュインキュインキュイン!!》


「なぁっ!?」


 バッグチャームのようにかばんの外側にくくり付けた魔法の杖から、久しぶりにけたたましい音が鳴った。慌てて周りを見るが、どうやら俺にしか聞こえてないようで、道行く人々は一切反応していなかった。むしろ俺のビクッとした挙動不審な動きをいぶかしむ人がいた。


「おいおい、ちょっと待てよ……」


 魔法の杖からアラート音が鳴ったということは、魔物がいるっていうのか? それも、俺が勤める会社に!?


 昨日感じた嫌な予感は見事に的中してしまった。


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