寝盗るブス風谷明日花03

 翌日、絵画教室にリンゴを持って来た風谷は、今日は黒岩がいない事を確認すると、ホッと胸をなでおろす。他の生徒達と、軽く会話を楽しんだ後、授業が始まった。


「今日は、果物を描いてみましょう。みなさん、構図は自由ですので、持ってきた果物を目の前に出して描いてみてください」


 生徒達は、持ってきた果物を出すと、試行錯誤しながら構図を決める。風谷は、リンゴを三つ台の上に置くと、絵を描き始める。リンゴの輪郭を丁寧に描き集中する風谷の絵は、お世辞にも上手くはない。良くて中学生レベル。しかし、風谷にとって絵の出来は、それ程重要ではなかった。

 しばらくすると、絵画教室の先生が、風谷のもとへと近づく。風谷の肩に触れ、優しい声で囁く。


「良く描けてますね。とても美味しいそうだ。特に、輪郭の曲線が丁寧で美しい。成長しましたね、風谷さん」

「ありがとうございます」


 嬉しい気持ちを必死に抑える風谷。しかし、すべてを隠せるはずもなく、頬は赤く染まり描いているリンゴと同じ色をしていた。

 絵画教室が終わると、他の生徒達にお茶へと誘われたが、断る風谷は足早に教室を後にする。大通り駅を抜け、裏路地へと入る。その様子は、アイドルの追っかけをしている少女のように、初々しいくときめいていた。

 裏路地の喫茶店に入ると、アイスコーヒーを頼み席に座る。走ったせいもあり、若干汗ばむ身体を気にして、香水をかける。甘い香りが風谷を包み込むと、アイスコーヒーを口にする。ストローについたグロスを見て、鑑を取り出し直していると、絵画教室の先生が喫茶店に入って来た。


「お待たせ」

「いえ、思ったより早かったですね」

「早く会いたかったから、急いで終わらせて来た。……それより、時間は大丈夫?」

「はい。大丈夫です」


 肩を抱かれ、喫茶店を後にした二人は、そのままホテルへと向かった。この裏路地は、いくつかのホテルが建ち並ぶホテル街で、二人が密会する時は必ず利用していた。

 ホテルに入ると、すぐにシャワーを浴びる風谷。早く先生に抱かれたい気持ちと、旦那を裏切っている背徳感で、複雑な胸のうちを洗い流すかのようにシャワーを浴びていた。

 シャワーから出た風谷を、強引にベッドへと押し倒すと、絵画教室の先生は唇を奪う。いつもの優しい先生はそこにはなく、荒々しい獣のような男へと変貌していた。それでいて、優しい繊細なテクニックに風谷は溺れていた。

 旦那とは違い、一方的なセックスではない先生に抱かれている時、風谷はすべてが満たされているような気持ちに安心していた。


 ホテルを出た二人はその場で別れ、風谷は手を振って見送る。振っていた手を降ろすと、急に現実に戻されたようで、不安な表情になる。また、あのつまらない家に帰らなければならない自分を思うと、寂しい気持ちでいっぱいになっていた。


「見ちゃったよ、風谷」

「え?」


 声のする方へ振り向くと、そこには黒岩が立っていた。黒岩の顔が、凄く悪い顔をしているように、風谷には写っていた。

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