悪霊転生
東山ききん☆
第一王女
旅の日記 0日目
『旅の日記』
ルツィア・ルービア
今日、この地に降り立たれた勇者様へ。
ここはあなたの暮らしていたニホンとは違う世界です。
とつぜん見知らぬ国に召喚され、とても驚いたことでしょう。
でも、今この部屋で私の日記を読む心の余裕があるということは、多少なりとも落ち着かれているのだと思います。
断っておきますが、この日記を書いているのは、貴方を召喚する前の日です。だから私には貴方がどんな方で、なんというお名前なのか、まだ知る由もありません。
だけど、その上でお願いします。どうか私の願いに応えてください。
私の名前はルツィア。ルービア家の第一王女にして、神聖なる浄化の使命を受けた者。
この世界には魔王という強大な存在がいて、私たちはその魔王を倒さなければなりません。
貴方に、そのお力添えをいただきたいのです。
世界を救うとされる勇者となって、共に冒険の旅に出てください。
今日からこの日記をつけることにしたのは、これからの旅を後世に残すため。
しかし、貴方にこの日記を読んでもらうと決めたのは、私たちやこの世界のことを知ってもらうためです。
出来れば勇者様にも同じように日記をつけて欲しいと思っています。これから共に旅をするのだから、日々の記録を交換して、楽しい旅にしましょう。
いままで自分のために日記をつけることはあっても、他人と交換することなんて初めてだから、どう書いていいか慣れてないところもある。だけど許して欲しい。今までそんな経験をしたことがないのだから。
この日記が互いにとっての有益なものになることを願って。まだ名前も姿も知らない勇者様へ。
・0日目
まずは、この日記をつけることになった経緯から記すべきでしょう。
今朝のこと。ベッドから起きてすぐ、私は父である現国王に呼び出された。
きっと明日に迫った勇者召喚の儀式の打ち合わせでもしたいのだろう。そんなことを考えながら、父の部屋に足を運んだ。その時は護衛のミレミヤも付いていた。
召喚の日が近づいてからというもの、私の頭の中は儀式のことばかり。だけど仕方ない。なぜなら、この胸の内は期待と不安でいっぱいなのだから。
勇者様と最初に顔を合わせるのは、王女である私の務めだ。過去の記録を読み解いても、多くの勇者召喚においてそれは変わらない。
この日記を読んでくださっている勇者様なら、最初に対面したのが誰なのかは既にご存知でしょう?私の態度に何か粗相がなかったら良いのだけど。
書斎に入るや否や、父はこの日記を渡した。
「お前も旅に出るなら記録をつけろ」だって!
プレゼントを貰ったのは素直に嬉しかった。勇者様も日記を書くなら、父の心遣いがどれほどか分かるはず。
日記を書くというのは書き綴った文章が、後世の人々の目に触れるということ。このプレゼントは、父が私の冒険を公のものとして認めてくれたことを意味する。
生まれたときからこの国に縛られていた私にとって、冒険の旅に出ることはずっと夢だった。
勇者様も目の当たりにしたでしょう?召喚された塔から遥かに見渡せるあの景色を。東へと続く草原。西に広がる海、そして港町。南側からは城の背後に立つ山々も見えた筈です。
北の果てには想像もつかないほど巨大な森林があって、私たちの祖先はそこからきた。
ルービア王家は現在の領地にやってくる以前はずっと旅をしていた。私は先人たちが書いた冒険の記録を読んで育った。そのうち彼らの冒険に想いを馳せ、旅に出たいと思うようになった。
貴方の目から見て、私たちの姿やお城はどのように写ったでしょう。お城の窓から見える光景は全てが新奇に写るのかもしれません。伝え聞く過去の召喚者たちの記録では、私たちの文化は貴方の西洋と呼ばれる地との共通点が多いそうですね。それでも250年前の人々が魔法と工学によって築き上げた私たちの城は、その規模と調和において素晴らしいと胸を張って言えます。
先人たちの記録がハッキリと残しています。この世界は素晴らしいのだと。
この旅には課された使命がある。それは決して軽くない。しかも私たちは見ず知らずの貴方にまで世界を救う大役を押し付けている。これが道理に適うのかすら分からない。
それでもどうかお願いします。私と共にこの美しい世界を巡ってほしい。
今、この風光明媚な世界は危機に晒されている。
先の大戦で討たれた魔王が復活したとの噂が城下でも囁かれている。真実を確かめた者はいない。けれど、城の外で魔物が再出現するようになったことからも、世界がその気運に向かっているのではないかと学者や占い師たちも予想している。
そもそも私たちの暮らす城と城下町を取り囲む城壁がなんのためにあるのか。その壁をくぐれば、そこは夜ごと魔物達が跋扈する草原の領域だ。
子供のころは穏やかだった夜も、いつのまにか魔物の怪奇な叫びや、冒険者たちが戦いを繰り広げる声がこだまするようになった。
魔物だけではない。未観測のダンジョンや発掘物もまた領内に出現しつつある。
土地に瘴気の魔力が満ちれば、様々な天変地異が起こる。瘴気に汚染された土地からは魔物が生まれるようになるし、そして瘴気は魔王軍によって齎される。
逆に言えば土地の瘴気を別の魔力で上書きすれば魔物は沈静化する。
私と勇者様の目下の使命は、領内の各地を魔力で浄化して、その瘴気を取り払うことです。
浄化のために各地を巡るというのはとても都合が良い提案だと思いませんか?
この冒険は私が企画し、兵団や冒険者ギルドも交えて事業として推し進めてきたものです。それがお父様の承認によって国家公認のものとなった今、私たちは堂々と旅に出られるのです。
今日までお父様を説得するのにどれほど苦労したことか。
どうやら父は無関係の勇者様を冒険の旅に出させるのは良くても、自分の娘が危険な目にあうのは許せなかったらしい。
それとも、一度旅に出たら私が帰って来ないとでも思っていたのだろうか。
国王の承認が得られなければ出奔をしてでも強行してやろうと思ったことすら一度や二度ではない。今回の許しも私のその気配を察してのことかもしれない。
私が冒険の旅に出ることは確定した事実なのだから、さっさと許してくだされば良かったのに。
兎に角、日記を与えてくれたということは私の旅を許してくれたということだ。
ありがとうお父様。
日記をつけることになった経緯と言えばこんなところだろうか。その後のことも書き連ねておこう。
日記を貰った私は、昼には儀式の最終調整を済ませ、夜は自室にいた。
城下では祭りが行われていた。召喚される勇者様を歓迎する前夜祭だ。
私の部屋からも市民たちの騒ぎはこちらの耳まで届くほどだった。
なにかと祭り好きの陽気な民だが、今回ばかりは、ただ羽目を外したいだけではない。
それだけ彼らは勇者様に期待しているのだ。
もちろん私も勇者様に期待している。
今、城の自室、窓から差し込む月明かりの下でこの日記を書いている。
創建数百年の石造りの建物から見えるのは、背景の山々と、いつまでも見飽きることのない城の庭園。そして酒を飲み、宴に興じる城の兵と使用人たち。官職達すら今日ばかりは互いに酒を酌み交わしている。
石壁の向こうは、未だ祭りの熱狂冷めやらぬ民衆が騒ぐ城下町がある。長命種も短命種も、ドワーフも人狼もリザードマンも裸で歌い舞って、騒いでるはずだ。
城下町では、宴のご馳走はどこも三ツ輪を重ねたクリュエと丸焼きの小豚が定番だと聞く。一度味わってみたいものだ。
さらに川を隔てた向こうは旧市街や下町などと呼ばれている。私は馬車で素通りしたことはあるけど、直接足を踏み入れたことはない。
どんな素性の者でも受け入れると言われる冒険者ギルドも旧市街にある。
その先は王都全体を囲う堅固な城壁が聳え立つ。壁を越えた先は魔物の住処だ。
そういえば妹のリィアを今日は一度も見かけていない。私には妹が一人、幼い弟が三人いて、妹のリィアは第二王女だ。
あの子もまた父のように、私が旅に出ることに難色を示していた。無理もない。ただあの子の場合は、一緒に旅に出たいとかそんな理由だろう。
昨日なんかいきなり私の部屋に入ってきて、「姉上なんかより、私の方が呪文もたくさん覚えてるんだから!」なんて息巻いていた。いくらなんでもそれは強がりだ。実力は私の方が上回ってる。
でも、あの子が私を嫌っていると言っていたのは本心だろう。結果的に私ばかりが自由にさせて貰って、いつもあの子が理不尽な目に合っているもの。
無理やり旅について行くなんて言っていたけど、流石にそんなことはさせない。
いくら兵士たちの補助があったとしても、結局はこの旅も魔物たちとの戦いであり、危険なことに変わりないのだから。
この旅に危険が伴うのは、もちろん勇者様にとってもだ。
そもそも、この日記では貴方のことを一方的に勇者と呼んでいるが、勇者とは時代の節目に現れて、世に変革をもたらす者のことを言う。多くの場合で、神によって異世界からこちらの世界へと送り出される者たちがそれにあたるとされているに過ぎない。
これはこの世界における貴方の立ち位置についての話です。
どこの世界も同じだと思うけど、この世界にも神がいて、私たちルービア王家が信仰するのは旅の象徴である鳥の形をした神。
だけど、それ以外にも神はいる。数多く存在する神のうち、その一柱が貴方を異世界からこちらの世界へと送り出した神です。
彼の神は定期的に貴人の前に現れ出ては「近いうちに異世界から人を寄越すので好きにもてなせ」と貴方のような方たちを召喚するための儀式を押し付けてくる存在です。世界各地で似たような目撃例が報告されています。
はた迷惑な神格だとお思いですか?私も同じ気持ちです。どうやら世界における魂の多寡や運命のためとのことらしいですが、何のことやらサッパリです。
要するにどういうことかというと、"勇者"である貴方は神の遣わした存在として、人々の信仰の対象ということです。だけどそれは"勇者"である限りです。
勇者でない異世界召喚者は単なる異世界召喚者でしかないのですから。
勇者にならなかった異世界召喚者がどうなるのか、あまり記録には残りませんが想像に難くないでしょう。
脅しているわけではない。歴史と状況がそれを示しているのです。
この日記を読んでいる勇者様も、私たちに強制される必要は全くない。
嫌ならばどうかお逃げください。
誰もあなたを咎める資格はないでしょう。
ですが、どうか私が勇者様との冒険の旅を企画した意図をお考えください。それは決して私の楽しみのためだけではありません。貴方にとっても第一王女自らが身分を保証している状況が最も都合良いはずです。
この文を書いている間に、祭りは最高潮を迎えて、庭園では先生が神官長と歌を歌っている。
懇意の組合から調達でもしてきたのか、皿の上にはお菓子が山のように盛られている。
嗚呼、しかし勇者様。そのお顔を早く拝見したいと思っています。
一体どんな方だろう?
どんな種族だろうか?
勇敢な方だろうか?
心優しい方だと願う。
何より、私たちのことを受け入れてくれるだろうか?
近頃思うのはそればかりです。
明日、お会い出来るのを楽しみにしています。
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