第3話 ご褒美のセックスしてもらうためだけにテスト頑張ってるっす。

 その日を境に私は彼を「博登はくと君」と呼び、彼には「美愛菜みあな」と呼ばせた。でも恋人になったわけではない。ただ、二人の関係性が深まったことを形として残しておきたかっただけだ。あんなことをしたあとに言うのは卑怯だけれど、博登君にはまともな恋愛をしてほしい。一線は越えてしまったけれど、彼には普通でいてほしい。

 だから彼にはこれは恋愛ではないと伝えたし、家庭教師の日以外で彼に会うこともなかった。駅で彼と目が合っても無視をするようにした。


 そして彼はそれを受け入れてくれた。その関係で満足しようと努力してくれた。

 私の言うことを聞いてくれるし、意見を尊重してくれる。だから私も彼の意見や意図をなるべく正確に捉えようと努力した。ただ一度だけ、


「俺、美愛菜さんにご褒美のセックスしてもらうためだけにテスト頑張ってるっす。ほんとにごめんなさい」


 と、泣かれたことがあって、それだけが良くわからなかった。彼が泣く理由も謝る理由も。よくわからないけれど、「大丈夫だよ?」と返して頭を何度も撫ぜてあげたら泣きやんだので、それ以上言及することはしなかった。


 彼が見事受験に合格すると、お祝いの夕餉ゆうげに呼ばれた。嬉しい反面申し訳なかった。あなたの息子さんとセックスしてます。と言うオーラが滲み出てないかって、気が気ではなかった。唐揚げとサラダの味の違いがわからないほどに、私はどぎまぎしながら義務のようにお腹を満たしていった。けれどそれがバレることはなく、最後の最後までお礼を言われ続けた。親って案外鈍感なものなんだなーっと帰りのコンビニで明日の朝食用のパンを買いながら思った。男の子から、男に変わった彼のことを、お母さんはまだ知らないのだ。


 コンビニを出ると、博登君はパンが入ったレジ袋を持ってくれた。これで最後になるからだろう。彼は駅まで送ると言ってくれた。


 見上げると、澄み渡った真っ黒に白い満月が浮かんでいた。隣を歩く博登君にエールを送る。外灯に照らされた暗闇に白い息がふんわりと漂う。


「高校生に成ったら、彼女作ってね。たくさん青春して。私とのことは、まあ、あんまり思い出さない方がいいと思うから」


 はははっと笑う。彼は俯き加減にぼそぼそとなにかを呟いていたが、聞き取ることは出来なかった。

 しばらくなにも言わないで彼の方を見ていると、ふと顔を上げて、へらへらっとした笑顔を見せてくれた。


「大人は大変っすもんね」

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