爆ぜる果実

赤魂緋鯉

爆ぜる果実

「ねえ、ビブスあったー?」


 私は屋外の体育用具倉庫をのぞき込みながら、中でガサゴソと棚を漁る親友の舛井ますい和美かずみに呼びかける。


 その床には、ボールとかが入ったカゴとか、ハードルとかがあってごちゃごちゃしている。


「んー、見当たらないね。甜歌てんかも手伝ってくれよ」

「りょーかい」


 和美は女子サッカー部のエースで、ベリーショートがトレードマークの、贔屓ひいき目に言ってイケメンな女子だ。


 あたしはその相棒で、2人で試合を引っ張る最強コンビ――、……なら良かったんだけど、実際にはしがないマネージャーでしかない。


「上の方の箱みてくれるかな? 私じゃ届かなくて」

「はいはい、あたしにお任せあれ」


 和美が背伸びしても届かない、木製の古びた棚の最上段にある、青い塩ビの箱をあたしは余裕で取った。


 ちなみに彼女にあたしが勝ってるポイントは、背が10センチ高い所ぐらいだ。


 まあ、170センチ後半のそれは、こういうところでしか役に立たないんだけど。


「うーん、グラブだこれ」

「じゃあそっちの赤いやつかな?」

「そうかも。よいしょ」


 足元でゴソゴソやっている和美と話しながら、革臭いそれがみっちり詰まっている、結構重いそれをあたしは雑に戻した。


 すると、メキ、っていう嫌な音がして、


「……あれ和美、なんかこっちに傾いてない?」

「……そうみえるね」


 ギギギギ、といいながら、へしゃげる様な感じで棚が倒れてきていた。


「早く出ないと!」

「ああもう! カゴ邪魔!」

「甜歌! とりあえずあそこ入ろう!」

「分かった!」


 物のせいで外に出られないから、とりあえず反対側の角にある、入り口を向いた掃除用具入れに逃げ込んだ。


 その直後から、ガラガラガラ、と物が床に落ちて派手な音がし始めた。


「いやー危なかっ――」

「あっ」


 助かった、と思っていたけど、運が悪いことに棚の柱が扉にぶつかって、勢いよく閉まってしまった。


「ちょ、開かないんだけど!?」

「ええっ! ……本当だ」


 しかも、何かが前にあるらしくて、いくら押しても開かなかった。


「ど、どうしよ和美……。このまま誰にも見付からなかったら……」

「大丈夫。私がいないって分かったら、誰かくると思うよ」


 顔から血の気が引く感じを覚えているあたしに、和美は安心させようとしてか、かなり余裕そうな声でそう言ってくれた。


「それは良いとして。……私、汗臭くない?」

「んや? 全然――」


 少し気恥ずかしそうに聞いてくる和美の匂いを嗅いで、そう答えたあたしは、


 あれ、結構距離近くない……?


 和美の体温を感じられる程、ほとんど密着した状態なのに気がついた。


 それを意識してしまうと、体温がボッと上がった様な感じがした。ヘンな顔になってるだろうから、真っ暗でよかった。


「とりあえず、開くかどうかやってみよう。せーの、で一緒に押そう」

「りょ、了解!」


 和美はそれを気にしていない様子で、私にそう提案してきて、その声に合わせてもう一回扉を押す。


 開いたのはほんのちょっとだけで、お互いの顔がかろうじて見える様になったぐらいだった。


 そのせいで、距離の近さが余計にはっきりしてしまった。


「うーん、これが限界かぁ」

「そ、そうだね」


 和美の顔の良さは、もう暴力的といってもいいぐらいで、それが至近距離にあるから、何故か真っ直ぐ見ることが出来ない。


「こんなに狭いと、結構暑いね」

「あっ、うん」

「さっき水飲んどいて良かったよ」

「そ、そうだね」


 不自然にならない程度に目線を逸らしながら話していると、


「……ああ、ごめん。我慢出来ないや」

「へっ!?」


 急に和美が私の頭を両手でつかんで、グイッと引っ張ってきた。


「か、和美……?」


 その顔は、もの凄く真っ赤になっていて、目もどこか艶っぽくて、『何か』が爆発寸前、といった様子だった。


「嫌だったら押し返してね」

「えっ、な――、んっ!?」


 息が荒くなっている和美は、そう言って背伸びをして唇をつけてきた。


「んっ、ふあっ!?」


 そのまま、和美の舌が私の口の中へ、ぬるり、と入ってくる。


 狭いところだからか、ぴちゃぴちゃ、という音がやけに大きく聞こえるせいで、気持ち良さが増して、脚に力が入らなくなっていく。


「ふにゃ……」


 最終的には完全に腰が抜けてしまって、背中を押しつけないと立てなくなった。


 あたしと一緒に汗だくで浅い息をしている彼女は、


「ほんと、ごめん……。いや、だったら、も、しない、から……」


 とろん、としていた目を見開いて、一目で焦っているのがよく分かる様子でそう言って来た。


「嫌じゃ、ない、けど……。どう、して?」


 あたしは呂律をあやしくさせながら、ひとまず安心した様子の親友に、その行動の意味を訊く。


「……甜歌ってさ隣にいるだけで、すごく甘くて、いい匂いがするんだ。けど、それがその……、これだけ近いと、む、ムラムラ? しちゃって……」

「それで『爆発』しちゃったと……」

「まあ、そんなところ……。ごめん、こんなヘンなところで……」


 本当は何というかこう、もう少しロマンチックな流れで、ちゃんと同意をとってからしたかったらしい。


「ま、別に、どこでも和美は映えちゃうから! これも良いと思うよっ」

「そ、そう……?」


 かっこつけてそんな事を言ったけど、和美は視線を下の方でうろうろさせながら、スイカみたいに真っ赤な顔で黙り込んでしまった。


「……」

「……」

「ちょ、なんか言ってよ……。はずいじゃん……」

「そんな事言われてもね……」


 あまりにも空気が甘ったるいせいで、気まずくてお互いに視線すら合わせることが出来ないでいた。


「じゃあ、もう一回、しない……?」

「……言うことがそれ?」


 なのに、熱っぽい顔でそんなもっと甘さを足してくるから、半分呆れながらクスリ、とあたしは笑った。


「だめ、かな?」

「別にいい、けど」


 物欲しそうに見上げてくる顔に、キュン、としたあたしは、おずおずと和美に顔を近づける。


「うわあ、やっぱり崩れてる」

「だ、誰かいませんかー!」


 目を閉じた和美の唇と私のそれが触れる寸前で、女子生徒2人が駆けつけてくれた。


「ここですー!」

「たーすけてー」


 声に驚いてお互いに顔を引いたあたし達は、扉をガンガン叩きながらその2人に助けを求めた。





「いやあ、ひどい目にあった」

「本当にね」


 顧問の先生とかに救出してもらった後、体育館玄関前にある水道で水を飲みながら、あたし達は苦笑し合う。


「じゃあ、部活行こっか和美」

「うん。……だけどその前に、ちょっとお花摘み、しない?」


 蛇口を絞めて、校庭の方へ小走りで行こうとした私の背中に、和美は少し口ごもりながらそう訊ねてくる。


「え? あたしは別にまだ大丈夫――」


 和美はそういう文化圏の外にいるのに、どうしたんだろ、と思って振り返ると、


「……ああ。そういうこと」


 さっきみたいに潤んだ目で、彼女はこっちを上目使いで見ていた。


「和美って、案外えっちなんだね」

「ちょ……。いやまあ否定できないんだけど……」


 それで理解したあたしは、少し意地悪な言い方をして、整った和美の顔を真っ赤にさせた。


「あんまり遅くなるとまた心配されるから、1回だけだよ」

「うん。……我慢出来るかなあ」


 静かに興奮している様子の、和美の手を握ったあたしは、体育館1階玄関の中へと向かった。

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