Case.6 犯人の正体

 ──次のターゲットは私だと、なんとなく察していた。

 女装こそしていないが、女顔というところが、夢寐委素島乱戦記の第五犠牲者佳乃を彷彿とさせるからだ。

 犯人は手当たり次第に殺しをしているのではない。

 ちゃんと殺しに信念とテーマをもって当たっている。

 その情熱を違うところに発揮してほしかったのだが、論しても無駄だろう。

「唯愛が殺される前に、気づくべきでしたよ」

 私は目の前にいる犯人に微笑みかける。

 穏やかなソレとは裏腹に、私の心は今復讐鬼のように業火に燃え上がっている。

 ただ、私は冷静でなければならない。つらいことがあったなら、なおさら笑みを絶えず振りまかないといけないのだ。

 犯人を油断させるために。

 今、私たちがいる場所はたつなみペンションのエントランスホール。

 ひと際大きいシャンデリアの真下だ。

「ねぇ、津久井美緒さん。下手な芝居をやめて……かかってきてください」



 ──犯人の見破る手掛かりは、思えば随所にあったのだ。

 例えば昨日、十五日のあの停電。

 沙良以上にたつなみペンションのことを知っているのは、桜井先生以外に、オーナー代理の津久井さんしかあり得ないのだ。

 その津久井だからこそ、停電を……外部電力を任意のタイミングで切ることが出来た。

 そして、犯人が津久井さんと雛形さんを一緒にさらったと考えるよりも、犯人の津久井さんが雛形さんをさらったと考えたほうが自然だ。

 ただ、津久井さんは素っ裸で吊るされていた。

 だからこそ無意識に、被害を受けた津久井さんが犯人ではない、と除外してしまったのかもしれない。

 そして、あの冷たい体もつい先ほどまで吊るされていたからだと思い込んでいた。

 実際は、雛形さんをあのような……カエルの解剖のように殺した時の返り血で汚れた服を脱ぎ捨て、疑いが薄れるようにわざと首を吊ったのだ。

 被害者となれば、多少精神が乱れていても、仕方がないと見逃してしまう。

 ……まんまと騙されてしまったよ。

 食堂で関口刑事の話に集中している間に、ミストスクリーンの画像設定していたのでしょう。

 寝っ転がって機械いじりをするとは行儀悪い人ですね。

「あなたが本当に宮瑠の殺人鬼までかは、はっきりとわかりませんが……少なくても、唯愛を殺したことには変わらないのでしょ!」

 私は津久井美緒を蹴り上げる。

 女性だからと言って容赦はしない。私にとって、あなたは許されない存在であり、はた迷惑な厄介者なのだから……。

「くっ……」

 本性を出した津久井は、即座に私の動きに対応しだす。

 脇からマニキュアがついた右腕を一本生やし、その手にはナタが握られていた。

 両刃のソレはかなり使い込まれているらしく、どす黒い妖気を放っている。

「そのナタ……まさか!」

 私は桜井先生の日記の内容に書かれていた宮瑠の殺人鬼の考察を思い出す。

 凄まじく鋭利な刃物でたたき割られていると思われる死体の割合が多い……おそらく、殺人鬼の得物は手斧、ナタといった、たたき切ることに特化した刃物ではないか、と。

「ええ、私の最高の武器ですよ。これがこの手に一番馴染んでいてね……今となってはこれがないと不安で……片時も離せないぐらいのお気に入りなんですよ!」

 津久井美緒は、口の端を吊り上げ、あざ笑いながら語る。

 その顔には邪な期待に満ちていた。

「ゾンビっていいですよ。必要なところを必要な分だけつぎはぎして、いらないところを取り除ける。完璧な肉体をなりますから」

 下劣な気配に眉根を寄せた私に向かって、高笑する、津久井美緒。

 彼女の瞳は狂気に彩られ、浮かべるゲス顔は邪悪な化身にふさわしいものとしか思えなかった。

「……まさかっ」

「ええ。私は完璧な肉体を得るために、殺した人間の優秀な部位を付け替えてきましたよ」

 人間のフリをやめ、理性という箍がとうの昔に木っ端みじんになっている津久井は、興奮からか口の端から涎を垂れ流しつつも、尋常ならざる告白を続ける。

「ただ、殺した人間すべてが秀でた存在ではありません。その場合は私の趣味を前面に押し出しましたね」

 惨たらしく殺された死体。

 凡人の雛形呂子はまさに、遊ばれて殺されていた。

 そして、私は津久井から出てくる声が、口調が、変わったことに気がつく。

 しかもそれは全く知らない他人ではなく、聞き覚えがある。もう二度と聞けないと思った声が、最悪のタイミングで蘇ってきたのだ。

 これが、ゾンビか……。

 私は憎悪を込めて、怒りの声をぶつけた。

「清々しいぐらいのゲスだったわけか、津久井美緒! いえ……八重柏和彦っ!」

「ご名答。素晴らしい観察力ですよ、仙崎探偵」

 ボコリ……。

 ボコボコボコ……。

 津久井美緒と呼ばれた肉体……顔から頭にかけて、大きな人面瘡が、八重柏和彦が盛り上がってくる。

 醜悪なソレに一瞬動揺しかけたが、すぐに頭を観察モードに切り替え、発想へと転化。

 あり得ないと閉ざしていた考察を打破し、目の前の奇想天外な現実を真正面から受け入れる。

「そういえば……首は、残っているのでしたね、八重柏様」

「ああ。もとの胴体はサメに喰われてしまったがね」

 八重柏が仙崎探偵事務所を襲った首なしゾンビの胴体の持ち主だと自白したようなものだった。

「……先ほど、蹴り上げたのが正解だったのは行幸だよ。このゲス野郎がっ!」

「フハハハハハ。仙崎探偵は私をそう評価しますか。受け入れましょう。だから、あなたのその脳みそ、一部いただきますよ。お宝を探し当てることに特化したあなたの脳みそなら、さぞかしいいお宝を探し当てることもできるでしょうね……それこそ、神々が置いて行ったアーティファクトとかね」

 アーティファクト……夢寐委素三種の神器のような、儀式魔術に使うマジックアイテムのことなのか。

 強力な魔術を使うときのコストとして消費されるソレらの価値は、魔術を使うものにしかわからないようだが……。

 これ以上津久井美緒もとい、八重柏和彦に力を持たせるのは危険だということだけは確かだ。

 私は後ずさりする。

 ちょっと、距離が必要なのだ。

 一歩、二歩、三歩……。これぐらい、かな……。

「逃がしませんよ、仙崎探偵!」

 八重柏和彦が所持している武器が、拳銃などといった遠距離武器でなくてよかった。

「わが身から出でよ、夢寐委素三種の神器の一つ、委龍剣いりゅうのつるぎ!」

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