幕間劇 エピソード3
関口は職業柄、たった数日、いや数時間で何もかも変わった……変わっちまった人間をよく見てきた。
クソガキはもとより、大人しい良い子や、好青年、肝っ玉母さん……それぞれ癖やあくや色はあったかもしれない。だけど、みな言えるのは、どこにでもいるような人並みに平々凡々に暮らしてきた、人間だったのだ。
ただ、運悪く怪異に巻き込まれた。
言葉にすれば、二十字もない、簡単なものだ。
だけど、転機を迎えるのには十分な体験であり、何歳も年を取ったような雰囲気を携え、憎悪を身に宿し、人を思いやるような、一種の悟りを開いたような別人にまで変化してしまう。
「仙崎……」
従姉をあんな形で失った若者は、次目覚めたらどんな風に変わるか。
出来れば、冷静でいてほしいが……変わらないわけがない。
せめて、おかしくなるような変化だけはキャンセルしてほしい。
他人だから、そう祈るしかないが、そう祈らざるを得ない。
「ダメだダメだダメだ……早く、この怪異を解決しねぇ限り、祈ったところで何にもならねぇよ」
捜査に行き詰っているからか、関口は柄にもなくそんなことを思ってしまったのか。
「はぁ。赤染が関わっているのだけははっきりしているんだけどな……」
関与している邪神の性質から、幻想怪奇事件を読み解くのは邪道かもしれないが、怪異に巻き込まれまくっている刑事にしてみれば、この無駄に深まっている知識を思う存分使ってでも、鼻を明かしたくなる。
自棄にもなるさ。
どうせ、今回も悪趣味な赤染様は大爆笑しているだろうからよ。
(あ~。考えただけでもムカつく。ぜってぇ、アイツの思い通りにはならねぇ)
ピキピキと米神に大きなシャープを浮かび上がらせながら、関口は電子ドアの前まで来ていた。
食堂のさらに奥にある、スタッフルーム兼従業員住み込みフロアへ繋がるドア。
科学と魔術を兼ね合わせていたかもしれないが……昨日の停電でも、スタッフが持っているカードキーがないと絶対入れないようになっていた。
「東海林が、これが必要だろうと渡されたが……」
関口が今手にあるカードは、昨日、愛翔が持ってきたマスターカードと同じものだ。
スタッフも兼業している東海林沙良がエントランスホールの金庫から取り出し、刑事さんにも必要だろうと手渡してきたものだ。
「しかも、刑事である俺の捜査の邪魔にならないように、津久井と仙崎を引き留めておくとか、言っていたな……」
単独行動は避けたいところだが、逆に誰を信じたらいいかわからないこの状況。
一人のほうがゆっくり調査出来るだろうし、津久井も仙崎も精神疲労のためベッドの住民だ。即座に起きて、対応される可能性はほぼないとみていいだろう。
関口は慎重にキーを差し込み、ロックを解除する。
「逃げ道を確保しつつ、進むしかねぇか」
電子ドアを開けると同時に、関口は己の鍛え上げられた蹴りを駆使して、ドアをひしゃげさせる。
これでもう、この電子ドアは閉じられることはないだろう。
「この程度の器物損壊は、緊急事態ってことで大目に見てもらうぜ」
関口環、結構自由人なのである。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
宿泊エリアと違い、改装していないのか、シミやひび割れが目立つ。
もし、何の事件も起きずにここに訪れていたら、客室の改装だけで予算が尽きたのだろうなと勝手に納得してしまうだろう。
「何かの札のあとが目立つな……結構年季が入った悪霊でもが飼われていたのかもな」
考察が全然笑えない件について。
「ふん。どうせ、赤染の配下だ。遠慮はいらねぇよな」
関口と積極的に家探しをしだした。
特に管理人室は、容赦ない探索を行う。
箪笥の中身やら机に引き出しはまるで泥棒が入ったかのように荒らす。
倫理観よりも、情報の取り残しのほうが痛いから仕方がない。
「夢寐委素島の青波信仰についてか……」
本棚を探すと、目立つところにその本があった。
青波信仰に統一されている、夢寐委素島。
その歴史は古く、青波様に信仰を捧げる神主も代替わりしている。
その中で『藤波実愛』の名を見つけた。
(な?)
関口は違和感を覚えた。
かも助記念館では、彼女は……。
(もしかして……俺は思い違いをしていただけなのか……まぁ、歴史文化的に考えれば、あの形に治めるか。例え、他藩では許されていても、外は外、内は内にされるだろうな……それでなくても、かも助は入り婿扱いしなければ……)
さらに関口は、神主の特権について書かれている記述を見つける。夢寐委素島の神主は、青波様の所有物である夢寐委素三種の神器の能力を引き出すことが出来るようになる。
勾玉、鏡、剣……夢寐委素島乱戦記とは、能力は違っていた。
(若竹の勧めで読んだ歴史小説が、ここで役に立つのか)
バトロワものだから、その話に合うように調整したのだろう。
勾玉の能力は『夢』、鏡の能力は『寐』、剣の能力は……作中では『素』も入っていたが、『委』だけを体現するような能力だった。
本来、漢字の『素』のところが神主なのだろう。
そして、関口は神主になった者だけが行使することを許される魔術について書かれた記述に、目を見張った。
(流転委素の術……だと……)
ただし、青波の神主になるには……。
神を招来するのだ。
赤染と同じくらい、リスキーであることは予想できていたのだが、赤染の方は招来する前が難しく、青波は招来した後が難しいタイプだ。
だが、青波に望めば、それこそ、戦国時代に夢寐委素の平穏を願い、夢を見ていたという、藤波実愛のように、当時の社会では絶望的な願いでも叶えることが出来る。
(今ある手札の中では。まだ取り残しがあるかもしれないから、よく観察してからでいいけど……でも、忘れないようにしないとな……。あ、そうだ……)
関口は夢寐委素島の青波信仰について書かれたこの本を懐にしまい、持ち歩くことにした。
やっていることは本当に泥棒と変わらない。
「で、こっちは……ずいぶん悪趣味な日誌だぜ」
本棚の隣、机の上には……宮瑠の殺人鬼について書かれた日誌があった。
黒幕が宮瑠町で死体を解体し素材を集め、合成したデザインゾンビの観察日誌というべきか。
より凶悪な性能を持たせるために次々と被害者を狩っていった記録でもあった。
「宮瑠町で殺人を行なってきた人間の、特に優れた部分だけを厳選してできた、殺人鬼。とくに、
仕事を問題なくこなせる器用さと体力に調整、外面も人畜無害を装えるよう華奢で見栄えのする肉体に仕上げたという。
「最後に術者を付け加え……デザインゾンビとして完成体となる」
ゾンビなので、血液型はもちろん、移植するとき気をつけないといけない、拒絶反応、感染症、合併症の問題をクリアしているからこそできる、冒涜的なゾンビ。
その出来に、製作者こと黒幕は満足していたらしい。
「で、今回は最終テストとして、夢寐現覚の術を使用して、自分で寿命を盗ってくるようにか……しかも、この文字……どこかでみたことがあると思ったら、愛翔が町の資料館で撮ってきた筆跡じゃねぇか!」
仙崎が見せた、新たに書き加えたと思われる赤染信仰のルールの著者というべきか。
専門家に筆跡鑑定しなくてもわかるぐらい、独特な字であった。
「くそ、閉幕までは見届けよう、つうのは、こういう意味かよ、人外が……」
心当たりがある関口は大きく舌打ちした。
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