Track.10 二日目 八月十四日開始 

 ──二日目 八月十四日


 東海林沙良は、この夢寐委素島でインストラクターをしている。

 マヌケにもボクがそのことに気がついたのは、予約していた夢寐委素島マリンスポーツセンターおすすめ『シュノーケリング&フィッシング体験』を受けようとしたときだった。

 最初、ボクは受講するためにマリンスポーツセンターのフロアで時間が来るまで待っていた。

 開始まで十分を過ぎるころには、同じペンションに宿泊している、関口環さん、雛形呂子お姉さんの姿が見える。

 ボクは同じ施設の宿泊者として、彼らと軽くあいさつを交わしていると、三人乗りの水上バイクが見えてきた。

 またがっているのは、体の線から全員女性。

 町から島までの水上バイクで海を横断する体験もある。だが、お値段とボク一人でとなると怖気づいてしまった、体験だ。

 サービスなのか、大きく蛇行しては、青い波を切り、白い飛沫をまき散らしながら、水上バイクは壮烈に動き、ダイナミックに停車。

 その豪気な運転にボクは思わず、惜しみない拍手を送る。

「ふぅ。沙良にはこういう特技もあったのですわね」

 青みがかった黒髪──若竹韻先生だ。

 昨日会った時とは違い、サングラスはなく、漆黒の瞳とすっきりとした端正な造詣の美貌があらわに。

 想像以上の妖艶で美しいその顔を魅せてきた。

 やはり、この先生は美人であった。

「まぁな。爽快感がたまらないからな。特殊小型船舶操縦士の免許をとったかいがあったぜ」

 若竹先生に軽く笑い返す、金髪美女、沙良。

 不敵に笑うその姿は、妖艶な若竹先生と一緒にいても、全くそん色ない。

 同等の美人。

 世の中、なんか不公平だ。

「はうぅ、もう少し、もう少し……静かに移動したかったです……インストラクターさん……」

 こちらは沙良の腰に手を回してしっかりとしがみついている、古賀瑞穂さん。海風に乗った余韻が残っているからか、まだブルブルと震えている。

 感動か恐怖か、どちらもか入っているのか。

 生まれたての小鹿状態の古賀さんが再復帰するまで……時間は少々かかりそうだが、体験は時間通り行なわれそうである。

 どうやら今日、ボクを合わせて五人の人間が『シュノーケリング&フィッシング体験』を受けるようだ。

「呂子お姉さんもこっちでいいの?」

 愛翔兄ちゃんから、前もって町の方のイベントの趣旨を教えてもらっているボクは、ボクの興味から外れていることを知っている。

 しかも、昨日の夕食で桜井先生を間近で感じたのだ。今更、イベントで遠目から見るだけじゃぁ物足りない。

 それよりも、日中マリンスポーツを楽しんで、その話題を提供しようと思っている。

「お盆だから、こちらのほうが人が少ないと思いまして」

 お盆だから?

 何かお盆にあったっけ。

「最近は気にしている方が少ないのでしょうね。お盆期間の海には霊が集まりやすくて、海に行くと道連れされるとか」

 話を聞いていたのか横から若竹先生が説明しだす。

 この青い海にふさわしい、ダイビングスーツ姿。よくよく見れば、ボクが今着ているものと同じもののようなのだが、形が整っている上に、ボクの胸よりも一……いや二回りほど大きい胸が、スーツに女性らしいメリハリをつけている。

 とてもじゃないが、同じデザインだと思えない。

(あ~。同じものを着ているからと言って、平等じゃないんだな……)

 圧倒的な差を見せつけられる分、ショックがでかい。

 でも、ボク、中学生だもん。

 成長期間中だもん。

 希望、あるもん!

「まぁまぁ、迷信深いなら、そもそもお盆に海に近付こうとしないって。だからこそ、町ではイベントが開催されているわけだしな」

 沙良も沙良で。

 常夏の花柄デザインのダイブスキンスーツがよく似合っている。

 インストラクターとして目立つためか、結構奇抜。並の者がしていれば滑稽だっただろう。だが、沙良が凛々しくマーメイドさながらの麗しい美女だから、ビシッと決まっている。

 ……ボクは思わず、この世を呪いたくなった。

「……」

 その中でも、古賀さんが仲間……だよね、という目でボクを見つめてくる。

 呂子お姉さんの大胆で色っぽいハイウエスト水着もある中、ボク以上に窮屈な思いをしているだろう、彼女。

 無難すぎるショートジョン姿の彼女は、ある意味で悪目立ちしている。

 素材は決して悪くない。

 ただし、相手が、周りが、悪かった。悪すぎた。

 例えるなら、数ある高級料理の中に、なぜかポツンと置いてある、肉じゃが。ちなみに、牛肉はオーストラリア産の普通のスーパーでも買える、広告の品。

 それでも、普通の中ではいいほうだ。むしろ……わぁ、ごちそうだぁ! と喜ばれる一品だろう……普段なら。

「……、……」

 ドヨ~ンっと。

 古賀さんは何かに気がついたらしく下を見る。

 まるで、それは……やっぱりボクは仲間ではないという感じに見える。

「古賀。まぁ、なんだ。元気出せ」

 ポンポンと、ジェンダー的にオンリーワンが決定されている関口さんがフォローしだした。

 なにか格闘技をしているようで、その引き締まった体に筋肉、ウェットスーツの下に、余すことなく描かれている。

 素人でもその一種芸術的なキレっぷりに思わず憧憬してしまうのだ。筋肉マニアなら、よだれものだろう。

「関口け……さん」

 古賀さんと関口さんは距離感的に知り合いらしいのだが、恋愛的というよりも仕事仲間的な、という色が強く見える。

 といっても、探偵助手とはいえこれ以上他人の関係に入り込むとプライバシーの侵害だと怒られそうである。

 それも、中学生だからこそ、怒られる程度にすむのである。兄ちゃんみたいに大人になってしまったら、深入りした時点でアウトなのだ。

 それでなくてもあんな筋肉モリモリの男、敵に回したくない。殴られでもしたら、痛いだけじゃすまなくなること請け合いである。

「あら、瑞穂さん。具合が悪いのですか。無理をしなくてもいいのですよ。なんなら、これぐらいのコース、おごりますわよ。だけど、感想はくださいね。瑞穂さんならおもしろい出来事の一つや二つやらかしてくれそうですし」

 若竹先生は完全に古賀さんをおちょくっております。

 実際、古賀さんは超おいしい人物であった。

 ドジっ子眼鏡は観察するだけで、いいネタを量産してくれるのである。

 事実、目的地まで船に乗り込むにしても、シュノーケリングの準備をするにしても、古賀さんはその類い稀なるドジっ子ぶりを、ボクたちに見せつけるのだが……。

 若竹先生が古賀さんと一緒にいる理由がよくわかったと言えるぐらいに、伝説を作り出してくれた。

 インストラクターの沙良が的確に古賀さんのドジをカバーするところも見どころであった。

 まぁ、そんな人間模様もさることながら、やはりシュノーケリングの最大の魅力は、涼しい青い海の中で色とりどりのお魚さんたちとの共演だろう。

(わぁ……きれい……)

 群れで水中を泳いでいる様子は、キラキラと光り輝いていて、見るものを飽きさせない。途中優雅にのっそりと泳ぐ海亀が見かけた時には、気分はもう亀に乗って竜宮城にいく浦島太郎だ。

 絵本で見たことのある光景にボクはすぐ夢中なった。

 気がつけば、時間いっぱいまで海の中の生き物たちと戯れ、沙良に陸に上がるようにと促される。

 残念な気持ちはあるが、覚めない夢はない。覚めるを惜しむのではなく、夢のような時間を体験したという幸運を噛み締めるべきだ。

 ボクは陸に上がり、マスクを外した。

「ぷはっ」

 覗き込んだ海の中は、光と色のアトラクションだった。

 昨日の3Dプロジェクションマッピングもきれいに作られているなと思ったが、ほぼ毎日こんなきれいな海の中を見ているのならば、納得の仕上がりだ。

 むしろ、物足りないと……まだ表現しきっていないと作者はモヤモヤしているのかもしれない。

 それほど、夢寐委素島の海は素晴らしかった。

「さて、皆さん。これからフィッシングに入りますよ~」

船で釣り場まで優雅に移動する。

シュノーケリングを行なっている場所と釣り場が違うのは、よくあること。細かいことは気にしてはいけないのである。

 心地よい風とゆったりとした時間。サザ波の音と穏やかにきらめく海が、疲れた心をいやしてくれる。

「おお、ヒット!」

 沙良のルアーにまた魚が食いついたのか、引っ張られている。

「さすがですわね、沙良」

 ボクたちも戦歴は悪くないが、海の神様に愛されているのではないかと思うぐらい、沙良は群を抜いている。

 インストラクターの仕事の合間に、よくこんなに釣れるものである。

「へへ~ん。そうだろ、そうだろ、韻。客人がボウズだった場合も、これで魚料理を楽しんでもらわないといけないからな」

 客へのサービスかぁ。確かに、新鮮な魚を提供したら喜ばれるだろう。

 しかも、沙良はかなり年季が入っているのか、上手に魚を暴れさせずに釣り上げている。これなら、釣りたてでも、いけるかもしれない。

「歯ごたえ、期待していいぜ」

 バケツの中に新たなイサキを入れる沙良。

 魚はなすすべなく、入れられるのだが水の得たことで喜んでいるように見えた。これから食われるとも知らずに……と、ちょっとしんみりしたところで、食べるのは止めないけどね。

 あれだけ遊んで、釣りをしたら、当然腹が減り、食欲がわくもの。

 同じ魚でも種類が違うというだけで、考えが違くなるのは何とも言えないが、やっぱり、魚はおいしく食べるモノだって、ボクは思う。

 そんなこんなでフィッシングタイムも終わり、船はマリンスポーツセンター近くの浜辺へと戻っていく。

 そこでバーベキューが始まるのだ。

 釣った魚のほとんどは、調理師免許持ちの沙良がその場で鮮やかに切り分けられ、これから行われる浜辺でバーベキューの材料になったのだった。

「お客人、出来上がるまで、ちっーと待ってくれや」

 早速、バーベキューグリルの上には、カット野菜と魚が入ったアルミホイルの包みが置かれる。

「調味料はこちらに一通りあるんで、好きなのを使ってくれや」

 下味はつけられているが、あとはお好みでと言わんばかりに、テーブルには様々な調味料が置かれる。

 マヨネーズやワサビ、しょうゆにソース……夢寐委素の町と島の土産物店で売っている、特製塩もあった。

 沙良は言葉遣いが少々粗いが、やはり出来るインストラクターであったようだ。

 むしろ、言葉遣いのマイナス面は、わざとじゃないだろうかと思うぐらい完璧だ。人間、完璧すぎるとそれはそれで受け入れにくくなるものな。

 わかりやすい欠点を作ることで、親しみやすさを作り出す。それが計算なのか天然なのか。

 僕はハフハフと出来たばかりの焼き魚を食べながら思うのであった。

 最後はバーベキュー定番スイートの、スモア。

 焼きマシュマロをクラッカーにはさんだ、外はサクサク、中はトロリ。

 ああ……口入れたときのサクっとした食感の心地よさ、それなのに食べた瞬間にはマシュマロのほどよい甘さと香りが口の中に広がっていく。たまらない……。

「はふ~。おなかいっぱい」

 幸せ、いっぱい。

 シュノーケリング&フィッシング体験はこうして無事終了したのだった。

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