道化芝居・ある殺人鬼の最後~本編開始約半年前~前編

 ひとつひとつのクリスタルを綺麗に輝かせた高品質のシャンデリアと、数多の電球が光り輝く、見るからにきらびやかなフロア。

 ソファやテーブルもシックなデザインだが、その手触りや光の反射からも一つ一つ高級感あふれている。

 客層はもちろんのこと従業員も全員成人済み。アルコールとタバコのにおいが充満する、大人の社交場。

 キャバクラだ。

 それも高級キャバクラだ。

 優雅で贅沢な心地よい空間で、麗しく気品あふれる女性たちとの甘くもラグジュアリーなひと時を約束している、竜宮城。

 キャバクラ・マジェスパレスの店内である。

「ありがとうございました」

 やさしく柔らかい栗色の髪が印象的な御崎みさき祇慧瑠しえるは、そこで源氏名シエルとして働いているキャバ嬢である。下手な源氏名より、本名のほうが源氏名らしいので、いっそ自分にとってなじみのあるこのキラキラネームで通っている。

 店の高級感に釣り合うように、派手で露出が高いものでなく、多少つつましくも滑らかなで女性らしい優美な曲線を、布地の光沢によってより協調する、艶やかで品のある服を着こなしている。

 持って生まれた美しく色気のある容貌と、したたかなで大胆な小悪魔的な魅力を武器に、客を虜にしてきた、夜の蝶。

 ナンバーワンではないが、ナンバースリーとして、店の売り上げに貢献している。

 上位クラスのキャバ嬢。

 周りにはそう認識されている。

 だが、そのナンバースリーが今、目の前で脅かされつつあった。

「そういえば、先週リーナ君の誕生日だって言っていましたよね」

 最近、マジェスパレスを贔屓にし出した白髪が目立つ男性。

 彼の名は桜井さくらい英長ひでなが

 作家らしく、初回は担当者と一緒に入店してきた、羽振りのいい男である。

 小説が売れているから、仲間との共同事業が成功したからと今までの自分へのご褒美と言わんばかりに、気に入った女性に貢ぐようになった男だ。

「え、覚えていてくれていたのですか。うれしい。私、忘れられていたと思っていたのですよ」

 りっちゃんこと、源氏名・リーナ、本名・雛形ひながた律子りつこは、キャバ嬢歴が浅く、ヘルプでよくついてくる、おまけタイプの新人だった。

 桜井に気にいられてから、そこそこ身なりもよくなり、プレゼントにもらったという一粒ネックレスを今日も身に着けている。

「ごめんね、リーナ君。先週はどうしても外せない用があってね。そのお詫びも兼ねてなんだが、ここは一発このシャンパンタワーを頼みたいんだけど、今の時間でも、オーダー大丈夫かい」

 閉店まで一時間きっているが。

「う~ん。マネージャーに確認しますね」

「それと、八段にしてくれないかね。八という数字は私にとって縁起がいいのでね。今日、ダメだったら、明日改めてここにくるよ。いやぁ、今日まで忙しかったからね。今週はりっちゃんとパぁっと飲みたい気分なんだよ」

「そうなんですか。リーナ、うれしいです」

 その言葉通り、桜井はそれから律子を伴って毎夜来ては、シャンパンタワーを頼んでいった。

 一日、二日目はよく来るとあきれたものだが、三日、四日になると、祇慧瑠の心は焦り始めた。

 このままでは律子に追い抜かれるのだ。

 ナンバースリーの座になぜここまでこだわるのかと言われると、祇慧瑠にとって、三は特別な数字だからだ。

 そもそも祇慧瑠はナンバーワンを目指していない。

 ナンバーワンは確かに栄誉なことだ。だが、それ以上に嫉妬の的になる。女の嫉妬は無駄に粘着質だ。地味な嫌がらせを受けるのは、精神的に避けたいところ。

 そして、一番も一番で。いつでも一番じゃないと気に食わないもので、二番の動向をいつも睨み、少しでも地位を脅かすような人気ぶりをみせれば、容赦なく襲い掛かってくる。

 見栄と嫉妬が渦巻く女の世界は、美しくも残酷だ。

 祇慧瑠が安定している三番目に居続けるのは、一種の処世術なのである。

 それが脅かされている。

 祇慧瑠とて、自分よりも圧倒的な魅力がある娘だったら、追い抜かれてもそこまで危機感は持たなかっただろう。

 だが、律子は違う。

 たしかに、そこそこだった身なりも、桜井英長に気にいられ、貢がれ続けた結果、上々となった。

 指名数も上がり、人気も出てきた。

 だが、それはあの桜井が贔屓しているキャバ嬢だからだ。

 律子の手腕でも美貌でもない。

 桜井が先週まで忙しかったのは、どうやらプロモーション活動のせいで、彼が執筆した作品が軒並み評価されているからだ。とくに、先月発売されたという小説の反響はすごく、彼自身、これ以上の作品は書けないというほどの傑作で、文学関連に疎い祇慧瑠でもわかるぐらいの有名作品になっていた。

 そんな時の人が好む女性を文屋やミーハー連中が無視するわけがなく、指名するのは当然の流れであろう。

 今月はもう仕方がない。

 だが、来月も、再来月も、この調子なのでは……と、考えるだけで、祇慧瑠の中の女としての矜持が許せなかった。

 そして、そのストレスが、彼女の精神に住み着いている悪魔を目覚めさせるきっかけにもなった。

 定期的に目が覚める悪魔ではあるが、今回は特別といわんばかりに、祇慧瑠の耳元で悪徳を囁くのだ。


「桜井英長を、殺せ」


 ここで雛形律子ではなかったのは、律子は祇慧瑠の獲物になるほどの魅力的でも伸びしろのある人物ではなかったからだろう。

 祇慧瑠は、今ここで殺したほうが、殺される人物がもっとも輝いて見えるから、という倒錯的なポジティブが発揮される人物じゃないと殺す気がない。

 律子がこのタイミングで殺されても、ただ女だったらだれでもよかったという、どうしようもない言葉しか出てこないだろう。

 だが、桜井英長は違う。

 陰謀、強盗、遠回しな自死など、多くの憶測が産まれるに違いない。

 それでなくても、桜井英長はこれ以上の作品を作れないと宣言しているのだ。

 ならば、あとはおちるだけ。

 いっそのこと、ここで終わらせたほうが、この人のためになる。人気作家が、このタイミングで死ねば、世間を大いに賑わすことだろう。

 これはボランティアだ。

 しかも、桜井だって、自身の作品を人々の記憶に半永久的に焼き付けることができるし、作品はこれ以上穢れることもなく、きれいなまま保管されていくに違いない。

 祇慧瑠にしてみれば、栄光のナンバースリーの座を取り戻すことができる。

 相手も自分も双方が勝ちの、素晴らしい画期的なアイデアだ。

 祇慧瑠は身勝手な殺人鬼らしい、自身を正当化できるポジティブな理由を作り出した。

(そうなると……いかに悲惨に、そして悲劇的に、殺すかがネックになるわね)

 祇慧瑠のテリトリーであるこの繁華街で桜井を殺すとしても、それだけでは話のネタとしては不十分だと思った。

 祇慧瑠にも利があるだから、桜井にもかなり利のある死後を与えなければ、と狂った信念がちらつく。

 世間をより賑わせるために、犯人が見つからない惨殺死体にしなければ、ならない。

 それに決行予定日の明日はクリスマス・イブ。

 クリスマスに無残な死体が発見されるのはどうだろう。

 ブラックサンタさんがやってきたって、盛り上がるに違いない。

 本人確認しやすいように、頭と指以外は、グチャグチャにしようか。

 いっそ、ケーキみたいに切り取った部位をデコレーションするのは?

 ミルフィーユケーキみたいに、積み重ねて……てっぺんにはイチゴに見立てた頭部をのせよう。そして、指はろうそくに見立てよう。

 祇慧瑠はお菓子を作る少女のように瞳を輝かせながら、あれやこれやと、悪魔的頭脳で桜井殺人計画を練った。

「うん。これなら、桜井様も納得してくれるわね」

 鼻歌交じりに。

 祇慧瑠は上質なデザインのエナメルバックに、必要となる凶器を手慣れた様子で隙間なく、きれいに入れ込んだ。


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