第十一話 物体の名はアルファ

『首都圏というか、首都は今どのような状況ですか?』


『荒れております。あの生物が町を荒らし、人を喰らっています』


『荒らし?』


『そちらはないのですか?』


『はい。こっちは“荒らす”というより“喰らう”を目的にした物体が多いと思います』


『なるほど』




「あっちは荒れてるんだとよ」


「荒れてる?」


 冷夏も俺と同じような反応をした。


 こちらと行動が違うから戸惑っているようだ。


「そう。喰らいながら町を荒らしているそうだ」


「こっちとはまるで状況が違うね。もしかして何か隠したいとか?」


「隠す? あの低知能っぽい奴が?」


「例えば蜂。蜂には女王がいて、その女王を守るために外敵から女王を守るために巣を作る」


「物体は蜂と同じように、女王か王か知らないが中心を守ろうとしてるってことか?」


「そう。あくまで例えだから本当かは分からないけど、これが正解なら今、首都圏に入っても首都には近づかない方がいいかもね」


「そうだな。中心がいる場所は自然と警戒心も高くなり、強い者が集まるしな」


「うん。今は様子見って感じかな」


「そうだな」




『河野くん。生物の名称が今、決まりました』


『名称、ですか』


『“アルファ”。奴の名はアルファです』


『アルファ?』


『名前の意味は特にないらしいです』


『なるほど』


『これから奴等のことはアルファと呼んでください』





「アルファ……」


「意味は特にないらしい。早急に決めたらしいから呼びやすさとかだろうよ、決め手は」


「ふーん」


 どこか納得してなさそうな顔をした冷夏。


 口を開こうとすると、ブーブーと通知音が鳴った。



『河野くん』


『なんでしょうか』


『上からの指示で情報提供はできますが、先にそちらの情報を渡せ、と申しております』


『は』




「何よ、それ。こっちは急に首都圏に逃げろとか言われて焦って、死体も見て。今でもどこか混乱してるのに……」


「こればっかりは仕方ないな。不服だけど先に渡そう」


「そうね」


「大丈夫。情報は皆で共有してる方が生存率は上がるだろ?」


「そうよね。うん、そうしよう」


「あぁ」





『俺達で予想したこと、分かることは大きく分けて三つあります』


『三つ、ですか』


『まず、アルファは日が沈んだら動かない。これは確実です』


『どうして?』


『俺達は今まで日が沈んだ夜に行動してきました。その間、アルファの前を通っても全く動かなかった。これは事実です』


『なるほど』


『次にアルファの容姿について。ねずみ色で五メートルの大きな体と同じぐらいの長さの腕、掠るだけで大怪我をしそうな長い爪、歩くだけでドシドシ地面が割れるような音がするアルファと容姿は同じだけれど三メートルほどで素早い動きをするアルファの二種類を今の所確認しています』


『二種類、ですか』


『アルファの口元は人が喰われている時に確認していますが、目が確認できていません』


『目?』


『何故か確認するのを忘れていたのです。この辺りは正直不明です。あと、アルファは頑丈な体をしています』


『他には?』


『……ここからはあくまで予想です』


『はい』


『富士宮さんから聞いたそちらのアルファの特徴からアルファは蜂に似ているのではないか、と予想しています』


『蜂?』


『アルファが他の地域と違って首都を荒らす理由は首都にアルファの中心がいて、その中心を守るために巣を作るから』


『たしかに、そのような予想ができますね』


『俺達が予想、分かる情報はこれで以上です』


『分かりました。次にこちらの情報を伝えます』


『はい』


『まずアルファは一度、日本に出現していました』


「は?」


 衝撃的な事実が淡々と告げるような文が次々に届いた。


『アルファは日本に出現して“人間を捕食して力をつけています”』


『なるほど』


『次に、アルファは日本から出られません』


『え?』


『目には見えない壁に阻まれ、日本から出ることができません。船や飛行機、人間も内側から出ることができず我々は閉じ込められている状況です』


『見えない壁……その壁は外からは通れますか?』


『今の所、何もいえません。これからアメリカなどの国々に協力してもらい何かを飛ばしてもらいます』


『何かって、具体的に何ですか?』


『分かりません。ですが進んでこちらに入ってくる人間がいないということだけお伝えしておきます』


『それって、ミサイルとかじゃないですよね?』


『恐らく、そのミサイルが飛んでくるでしょうね』


『は、ミサイルをこっちに飛ばすって俺達死にますよ!』


『まだ検討中ということですので何とも。決まり次第また連絡います』


『は、はぁ……』


『こちらから伝える情報は以上です。何かあればすぐに連絡してください』


『分かりました』




「なぁ、冷夏」


「ん?」


「こっちに、ミサイル飛んでくるかもしれない」


「は? 何それ。ありえないんだけど!」


「だよな。だけど、その可能性が可能性が一番だってよ。俺達閉じ込められてるし、こっちに来たら逃げられる可能性ゼロに近い」


「閉じ込められてるって何?」


「あぁ。見えない壁に阻まれて飛行機も船も通れないんだってよ。その壁を外から通れるか試すために何かを飛ばすって」


 ミサイルが飛んでくるかもしれないっていう恐怖。


 ミサイルなんて地に落ちれば一発で終わる。


「履歴見た。アルファが日本に出現したことがあるって何? どういうこと?」


 見るからに動揺している。


 いや、俺も動揺したけどさ。


「人を喰らって力を得るってことは何となく予想できたけど、一度出現したことがあるってのは予想できなかったな」


「これは無理だろ」


「うん」


「とりあえず、地下水路から少しずつ首都圏に入るか」


「そうだね。何かあったらあっちに逃げ込むっていうのも一つの手かな」


「たしかに、それは良さそうだな」


 俺達は完全にアルファという人を捕食する怪物から逃げられない。


 その事実は心に深い傷をつけることになった。





「生見さん」


「あ、終わった?」


「あぁ。話いいか?」


「うん。春ちゃん、皇ちゃんの所に行っててくれるかな?」


「分かった! おじちゃん!」


「春と随分仲良くなったな」


「春ちゃんは凄くフレンドリーな子だったからね」


「だからか」


「それで、何か良くないことでも?」


「そう」


 俺は全てのことを生見さんに話した。


 ちなみにこのことは春には教えないでおこうと思う。


 もし、理解できなくてもショックが大きいことに変わりはないと思う。


 春じゃ耐えられない可能性だってあるから言わないことに決めた。


「厳しいことになったね」


「うん」


 生見さんと話していると……。



プルルルル


「え」


 いきなり電話が鳴り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る