魔王まおちゃん様

ほすてふ

第1話 魔王まおちゃん様

 はじめまして! わたしの……じゃなかった。


 こほん!

 よくぞ来た! 我が名は魔王まお! どこにでもいる普通の魔王である!

 普通の、といっても見くびってもらっては困る。

 なんせ我は魔王認定六級なのである!

 魔王認定は十級から開始なのであるから、四つも階級を上げている我はすごいのである!

 魔王らしく漆黒の髪と瞳をもち、ファッションも黒に統一。露出度が高い衣装はお腹が冷えるからダメってお母さんに止められたが、それに代わる、いやそれ以上にふさわしい、みやびやかにしてロマンあふれるゴシックな衣装をである。

 まさに魔王といえば我、我といえば魔王といった装いだ。

 完璧すぎる。

 勝ったな。

 ふふふ。

 はっはっは。

 はぁーはっはっは!


「まおちゃん様、素晴らしい三段笑いでご機嫌麗しく何よりでございますが、そろそろ時間でございますよ」

「おお、ベビちゃんよ、その言やよし。褒めてつかわそう!」

「ありがたき幸せ!」


 話しかけてきたのは我が四天王のなかでも最強である配下、ベビちゃんだ。

 ベビちゃんは尖った耳と大きな目を持つ毛むくじゃらの魔族である。灰色を基礎とし黒で縞を描いたような文様を全身に浮かべていて、偶ににゃあとなく。背中に生えた羽と魔法の組み合わせで宙に浮き、我のやや下からくりっとした瞳で覗き込むようにして喋る姿は我の配下にふさわしい姿である。


 さて、ベビちゃんの進言が示す通り、我は今日も魔王の道を研鑽するため、国立魔王専門学園へと足を運ぶ最中であった。

 魔王の道を究めるための学校だ。出席率が低いのが玉に瑕だが、我はより立派な魔王を目指すべくできるだけ通学しているのだ。出席しても授業が行われないことが多いので自習ばかりだが、それもまた当然である。


 あっ!


「ゆうくーん! ……じゃなかった、おお、勇者よ、ここで会ったが百年目!」

「おう、まお。口上も言えないとかやっぱお前魔王向いてないんじゃねーの?」

「そんなことないもん!」


 ああ、なんたる奇遇! これもまた宿命であろうか!

 通学の途中で偶然ベビちゃんとお話していたところに現れたのは、我の幼馴染にして勇者であるゆうちゃんであった。

 「魔王向いてないんじゃねーの」が口癖の男の子であり、なんと勇者認定初段という俊英だ。

 この年にして勇者認定初段というのは恐るべきことである。

 我が魔王認定六級であることを考えればよくわかる。

 勇者認定初段が具体的にどれだけすごいかというと、十六歳の誕生日に魔王退治の旅に送り出されるくらいのすごさだ。そしてそれはもう来年に迫っている。

 まあ要するに、国民的勇者なのである。

 我も魔王として立派な勇者が生まれた時から隣に住んでいるのは誇らしい。


「くくく、勇者よ、今日こそ因縁の決着をつけたいところだが、今は時間が惜しい。今日のところはともに学び舎への道を参ろうではないか!」

「ああ、はいはい……ん?」


 ゆうちゃんは国立魔王学園の隣にある国際勇者学園に通っている。行く先が同じである以上、同道することとなるのはやむを得ないことである。

 そしてもちろん、魔王たる我が勇者に後れを取るわけにはいかない。勇者も同じように思っているだろう。

 故に、並んで歩むこととなるのは、これもやむを得ないことであった。


 さて、そうしてベビちゃんを従えゆうちゃんの横に並んだ我だったが、ゆうちゃんが胸ポケットから何かを取りだそうとしていた。


「どうしたのだ?」

「ああ、ちょっと用事ができた。またな、まお」

「え、ちょっと!」


 なんということだろう。

 ゆうちゃんが、突如駆け出したではないか。そして学園への道からそれていく。

 まさかサボり!?

 勇者のくせに!


 いや、わかっている。

 先ほど取り出した勇者スマホに勇者出動の緊急依頼が届いたのであろう。

 ぶっきらぼうだが根はまじめなゆうちゃんが理由もなしに学校をさぼったりするものか。


「無礼なやつですな!」

「くくく。彼奴は勇者よ。勇者には勇者の道があるというものだ。だがしかし、彼奴が勇者の道を行くのであれば、我も魔王としてその威を示さねばなるまいな?」

「おお、まおちゃん様! さすがです!」


 ゆうちゃんが去ったので学園に行くのも面白くない、もとい、魔王として活動するのも一興である。

 そういうわけで、我はすこしばかり力を振るうことにした。






 ベビちゃんと共に空を飛び、辿り着いたのはこの地方最大の橋である。二百年前に架けられた歴史的にも貴重で観光資源でもある有名な橋だ。


「まおちゃん様、この地方最大の橋まで来ましたが、どうされるのですか!?」

「決まったっている! この橋を破壊するのだ! 交通の要所であり、経済の動脈であるこの橋が失われれば、多くの人々が困り、大量の魔王ポイントを得ることができるであろう。ふはははは!」

「さすがはまおちゃん様! 恐ろしいことをお考えになる! よっ! 最恐にして最悪の魔王!」

「はぁーはっはっは! 世辞はいらぬぞ! さあ人類よ、そして勇者よ! 魔王まおの破壊活動を止めて見せろおおおお! 魔王最終爆裂魔導――!」

「この橋が壊れれば毎晩お召し上がりのちょっと高いアイスも入荷しなくなるでしょうが、それをも乗り越えてなお魔王として邁進するなんて、さすがまおちゃん様!」

「――破壊ほ……え?」


 そっか。そうなるよね。

 まずい、毎日のお風呂上がりのアイスは私の活力の源。失われるのは困る。

 とまれとまれとまれ――!


 とまらない!

 ちょっと誰か、止めて! なんで迎撃がこないの!?

 あんなしょっぱい魔法防壁だけじゃ簡単に貫通しちゃうよ!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?


 我の放った破壊魔法によって、人類の英知が生み出した巨大な橋は盛大に爆発し崩れ落ちた。


「ふ、ぐ、は、はーっはっはっは! これで勝ったと思うなよ!」

「まおちゃん様!? おいて行かないでくださいー!」


 破壊活動に成功した我は、あまりの出来事に衝撃を受け、じゃなかった、成果に満足し悠々と飛び去った。

 その際涙はこぼしてない。本当だ。




 その日の夜、ニュースでゆうちゃんのことが流れていた。

 巨大モンスターの大量発生による大暴走を食い止めた勇者の一人としてだ。

 参加した段位もちの勇者八十六人の中で最年少であるにもかかわらず、他の勇者たちに負けない戦果を挙げたらしい。

 お風呂上りにちょっとお高いアイスを食べながらそのニュースを聞いた我はさすがは我が宿命の好敵手と誇らしくなった。それはそれとして、アイスの在庫はあと三十個しかないから気をつけて食べよう。

 そんなことを思いながら見ていたのだが、そのニュースには続きがあった。


 巨大モンスターの大暴走は勇者たちだけでは抑えきれておらず、この地方最大の橋を渡り、市街地に突入するところだったらしい。そうなれば、この街は壊滅していただろうという“もし”が語られていた。


 “もし”?

 この地方最大の橋?


「まおちゃん様……!」

「馬鹿な……! それで守りが薄かったのか! 人類め、勇者めえええええ!」

「心中お察しいたします……」


 おそらくだが、橋を破壊したことによる魔王ポイントは大きく相殺されることになるだろう。

 まだ二十一時だったが、我は枕を涙で濡らし、ベビちゃんを抱っこしてふて寝するのだった。

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