人外の世界(川の遡上)
第42話:青砂の流れる川1(緑深い森)
トンネルのようなアーチ状の枝葉が生える森
森の中を流れる穏やかな水面の川
川の水面に映る騎馬の一団
ケンタウロスとエルフ、そして神殿騎士
■システィーナの視点
緩やかな川だわ……
一角馬の背にまたがり、豊かな水面を見下ろす。
時が止まったかのような水面は緑色。地底湖の深淵を覗いているよう……水面が緑色に見えるのは淀んでいるからではなく、川の両岸に生える背の高いロブナの大樹の枝葉が、まるで巨大なトンネルのように覆いかぶさっているからなのね。
森はエメラルドグリーンの光に包まれて、明るい。樹木たちは繁り過ぎないよう、葉を落として恵みの光を内部に引き入れているからなのね。
川岸には落ち葉や枝が敷き詰められて、茶色の絨毯が広がっている。ああ、落ち葉の絨毯の中に、所々平たい岩があって、馬が乗ると蹄の乾いた音とともに、体にわずかな堅い振動が感じられる。湿った落ち葉の下には川ヤドカリやリバークラブ(蟹の一種)がいて、珍しい旅人から川へと逃げだす。
「凄い水量ね……」
川幅は十数メートル、深いところで三~四メートルはあるんじゃないかしら。私のつぶやきに隣のアルが返す。
「ここら辺の川じゃ一番大きいかしらね?」
「うん。つまりはかなり樹海の奥から流れてくるかも?」
「ええ。リートの大断崖の上から来るかもね?」
「リートの……」
そこは高さ五百メートルから千メートルの高さがある断崖で。私たち樹海に住む妖精でさえも、滅多に近づかない。
なぜかというと、一言「危険」だから。
そう、断崖の上から先は、ドラゴンに代表される強力な肉体や能力を持つ幻獣や魔獣が棲息しているから。今まで怖いもの知らずの獣人や妖精が断崖を超えて探検しに行ったんだけれど、あまりの幻獣や魔獣の多さにすぐ舞い戻ってきたんだそう。
「でもこのメンバーなら」
「そうね」
川を左手に見ながら二列隊列で進む私たちの先頭はコークリットさんとハルさん。二番手は弟と嫌味男。三番手は私とアルで、最後尾がテル君とエルさん、エムさん。
うふふ、カッコいい!
私たちは隊列を組んで青砂の流れる川を遡っているの。
私たちは五百近い川からついに青砂が流れる川を見つけ出し、その川を遡ることにしたの。もっとも、川を遡る前にコークリットさんは一旦人間の世界へ戻って、川発見の報告と新たな被害者の有無を確認しに帰ったから、五日経っていて。その五日間で他のメンバーは準備を整えたりしていたんだ。
隊列を組んで川のほとりを進む私たちは、きっとカッコいい!
うふふ。カッコいいからニマニマしちゃう。
「何をニヤついているんだお前は。締まりのない顔だな」
くわわあああっ! もう! わざわざ後ろ見ないで! フンだ!
「うふふ、膨らんだ~、膨らんだ~」
くわわあああっ! もうっ、わざわざ頬を突きに来るんじゃないやい! もう! もう~~~!
私はアルにだけ聞こえるように文句を言った。
「もう、こっちばかり見ないでほしいわ(ブツブツ)」
「シスがそれを言う~~?(クスクス)」
アルがからかう笑顔になったから、私は途端にハラハラドキドキし始めた。は? はあ?
「な、なに、なに! よ。な、なに!?(ドキドキ)」
「シスだって~~、そうじゃない~~?(クスクス)」
わ、私だってそうって、ええ? ええ? ハラハラする!
「な、なにが(ドキドキドキ)、なにががよ!」
「(クスクス)よく見てるじゃない」
私、ハラハラして、ハラハラして! は? はあ?
「だ、だっ、だ (ドキドキドキドキッ) なに、を!?」
「なに? って! ぷぷっ、誰? でしょ!」
私、ハラハラ、ハラハラ! 体が、顔が暑くて! 落ち着かなくって! そんな私を見て、アルはニヤ~~って笑って!
先頭を見たの!
「(クスクス)」
「~~~~~~~っっ!?」
は? はっ? はあっ?
「はあ~~、あのシスがねえ~~(クスクス)」
「◯✕△☆~~~~~~~~っっ!?」
何よ! 何なのよ!
っていうか、えっ、「あのシスが」ってどういうこと!? 何、何なの!? 何のこと!?
何のことか聞こうと思っていたら、後ろからテル君が!
「でししししっ! アル姉ちゃん、実はこの間もね!」
「えっ!? 何なに?(ワクワク)」「わあああああ~~~っ!! わあああああ~~~っっ!!」
「うるさいぞ! 遊びで来ているわけじゃないだろう!」
嫌味男の声で私たちはシュンとなり、テル君が離れる。うはああ~~、良かった~~! テ、テル君、霊従者のお尻の話しをしようとしてた!? もうっ、もうっ、一生のお願いって言ったのに! あ、あの子、危ないんじゃない? デンジャラスボーイ?
はあっ、はあっ、でも「あのシスが」って「あのシスが」って意味深な発言が何のことかは後で聞くとして……そ、そんなに私、見てる!? そんなに見てないよ!?
か、彼のこと……?
み、見てないもん!
ただ! 困ってないかとか! 無理してないかとか! 気にしてるだけだもん!
と、当の本人は先頭で前にいてハルさんと話してる。
「ハルさん、ケンタウロスの皆さんは樹海を周遊すると話されてましたね」
「ああ、言った言った」
「この川も上流の方で渡っているのでしょうか?」
「ああ、渡っているな、たぶん。幾つもの川を渡っているからどれがどれだかわからんがな、ブッハッハッ。まあ川沿いに行けば、見慣れたところに出るのかも、だな」
「川の上流へ行かれたことは?」
「ないなあ」
良かった、困ってたり、無理はしてなさそうね。落ち着いてゆったりと穏やかだし……
でも……はぁ、なんてゆったりとしたのが似合う大きな体だろう。ウォーエルクが似合うの。
背中が逆三角形で、腰が引き締まっていて……赤みを帯びた髪が情熱的に見える。実際、根底に熱い想いを持っているし、そうよね。
はぁ、表情が出なくて悩んでいるというけれど、横顔も端整で眼差しが優しくてもう……はぁ。反則だよ、もう。はぁ、笑顔が取り戻せたらどんな感じなんだろう? 大人びた優しい笑顔なのかなぁ……
「クスクス」「でししっ」
「~~~っっ!!」
いつの間にかアルとテル君が並んでこっちを見て、ニヤニヤ笑って……もうっ! もうっ! もう~~~~~っっ!!
顔の熱を感じた私は二人から顔をそむけた! もう、話してあげないから!
と森の向こう、幹と幹が作り出す柱群の先にインパルディア(小型の鹿の一種)の群れがいて草を食んでいるのが見える。あれ? 今の時期、こんなところにいるっけ?
「うう~ん、やはりおかしいか?」 と弟。
「どうしたの?」 とアル。
「うん、向こうにインパルディアがいて、川を隔てた向こうにはインパルヌーがいる」
ああ、本当だ。川を隔てた向こうの森にはインパルヌー(中型の牛の一種)の群れがいてドドドドドッっと走っている。
「そうね、ヌーまでいる」
「うん。今の時期にいるなんて」
そうなの。それらの動物はダロス島を西から東へ、東から北へと周遊している。本来はもっと東にいて、北東方向へ向かうんじゃないかということね。
「フム、東に何かがあって、ここに留まっているということか?」 と嫌味男。
「もしかしたら」
「東って……方向的にはエルフの里もあるし、サテュロスのルーパスの丘陵地帯もあるし、不吉なことを言わないでよ」 と私。
「ヴァルパンサードがいたからかしら?」 とアル。
「確かにヴァルパンサードは脅威だろうけれど」 弟が考え込む「魔獣数匹のために移動できなくなるほど森は狭くないしなあ」
「「なるほど」」
リートの大断崖からエルフの里まで百キロ以上の森や山が広がっているわけだから、黒豹に当たる確率は低い。当たっても数匹の仲間が犠牲になるだけで、残りの数百匹は無事に抜けられるわけだし……
とコークリットさんが後ろを振り返った。
「そういえばテルメルクも言っていたな」
「うん。もっと北にいるハズの動物がいたし、ベーオジャガーもいたね」
「ベーオジャガーが? そうなのか?」 とハルさん。
「やはり、全体的に何かおかしなことが起こっているのかもしれない」 弟は考え込んだ後、コークリットさんを見た。「やはり、その青い砂も無関係ではないかも、ですね」
「ううーむ」
コークリットさんは、青砂が固まった小石を見た。弟が首をかしげる。
「しかし一体、その青い砂は何なんでしょうね? 二百年生きていますが初めて見聞きします」
「ええ、恒温動物の体内で固まり、霊力を集め、おそらく幻覚を見せ操る……そんな物があるなんて」
「フム、にわかには信じられんな」 と嫌味男。
うう~ん、本当に何なんだろう?
この先に何が待ち受けているのかしら……?
この川の先に……
一抹の不安が広がる。
先を見れば、不安とは裏腹に胸を打つ光景が広がる。
緩やかなカーブでうねる川は、絹糸で作られた道のように美しい。川の上を覆うトンネル状のロブナの枝葉から光線が水面に落ちて……何て癒される光景だろう。
癒される光景なのに、何かがあるのね。
そのまま川に沿って緑鮮やかな森を進む。時々、魔獣が出てくるけれどコークリットさんとハルさんで退治して。この先頭の攻撃力は、もの凄く強いわ。
戦闘で彼をサポートできることは少なそう。だから、それ以外のサポートを頑張ろう。日常的なことしかできないけれど、冒険の旅に出ているからこそ、普通と変わらずいられるってきっと大切なハズよね。彼もその方が喜ぶんじゃないかしら……
そう考えていると。
ザアアーー……
水の流れ落ちる音が近づいてくる。ああ先の方で、幅三メートルほどの小川が本流に流れ落ちているわ。
「支流が流れてますね。調べます。どうぞ休んでください」
「はい」「じゃあ、小休止だ」
本流の川は小さな川を受け入れ合流するみたい。コークリットさんは魔法で青砂の有無を確認して、本流から青砂が流れてくることを判断している。
「このまま本流です」
「「よし!」」
そうやって途中で小休憩を挟みながら本流に沿って青緑色の世界を遡って行く。
長時間進むと、水棲魔獣の生態を垣間見えて楽しい。穏やかな水面から飛び上がるウォーターリーパーを見たり、悠然と泳ぐリバーサーペントを見たり、岩に擬態したドラゴンヘッドタートルを見たり……エルフの里にいたのでは、知り得なかったことだわ。
「こんな川もあったのね……」
「本当ね。森もほら。素敵」
私たちの行く手には、苔で化粧され数百年と動いていないであろう岩があったり、縞模様が美しい隆起した断層があったり……私たちの知らない世界が広がっているの。
ヴオオォォーーー……
ヴボオオオオォォーーー……
ホルンのような、太くて低い鳴き声。森の日の入りを告げるライオンヒヒの鳴く声だわ。ああ周囲が薄暗くなってきて、何だか焦るような、気が急くような、落ち着かない心が胸に広がって行く。
ギャアァーーーーーオォッ!
ギャアアーーーーッ!
遠くから潰れたような甲高い鳴き声がしてくる。ああ、夜の獣たちが起き出して来たのかも……
先頭のコークリットさんが後ろを振り返る。
「結構な距離を進めましたね。完全に暗くなる前に今日はここら辺で野営しましょう」
「「了解」」
「ハルさん、ファラレルの森の通り道まで行けなかったね」 とテル君。
「ああ。まあ明日くらいには行けるだろう」
そうなのね。でもよく進んだと思うわ。支流を調べながら、魔獣を退治しながら、起伏の森を半日ほどで大体二十キロちょっと進んだかしら?
さあ、この先に何が待ち受けているのか……
「ホラ、シス。私たちは食事の準備をしましょう」
「うん、分かったわ」
と私は立ち止まった。そうだわ、今日はコークリットさんの食べたいものを作ってあげたいんだ。だって人間世界との往復で五日間もいなかったから、まともな食事をしていないだろうし。
「コ──」
呼び掛けて、私はまた立ち止まった。ちょっと待って。彼に食べたいものを訊いたら……二人にまたからかわれる!?
「~~~~~っっ!」
「シス、準備」
うう~~! 彼の喜ぶことがしたいけれど、からかわれるのは嫌だ~~、うう~~。
「シス、準備!」
「う~~……」
弟に訊いてもらう? でも「何で直接訊かないの?」ってなると、弟にまで勘繰られてからかわれるかも……うう~~
「シス~~」
そうだわ! 前に作ったトマトベースのパスタが「もの凄く美味しい!」って言ってた! それにしよう!
「シ──」
「トマトベースのパスタにしよう!」
「はっ? どうしたの? 夕飯を悩んでたの?」
「う、うん!」
「トマトベースの」
「う、うん!」
私は思い出した。アルが弟の好きな食べ物を作ろうとしたことを。うう~~、これは同じことだわ。
「それ……確か」
「う(ドキドキ)」
「彼が──」
「う~~(ドキドキ)」
「まあ、いいか。じゃあ釜戸を作りましょう」
「うん! うふふ、うふふ」
さあ、腕によりをかけて美味しい料理を作るんだ! うふふふふ。
戦い以外、生活面で支えるの。戦いでは助けにならないかもだけれど、これも立派な助けだわ!
「うう~ん……あのシスがねぇ」
遠くでつぶやくアルの声は、私には聞こえなかった。
■アルティーナの視点
あのシスがねぇ……
ここ一ヶ月のことを思い出す。本当にずいぶんと変わったわ。あのシスが……
気がつけば、コークリットさんを目で追っているし。
目が合うと汗をいっぱい飛ばしながら赤くなって目をそらして。
彼となら何でもない会話でも、とても嬉しそうで。
甲斐甲斐しくお世話をしたと思えば、たまにイタズラしたりで彼を困らせたり。
でも彼がいない時は上の空で、ため息ばかり。
ちゃんと人間の世界に着いたか、魔物に襲われてないか、ちゃんと食べてるかって心配ばかり。
そんなシスを初めて見た。
シスは双子の弟、スランを見ながら一緒に育ったから、あまり男性に興味を持っていなかったと思う。スランは出来が良くて、素敵な男性になったから、彼女はそれが基準になっていて。他のエルフ男性には興味を抱いていないし、どちらかというと「皆、家族」として全く異性というものを意識していないようだった。
だから、こんなシスは初めて見た。
まさか、人間の男性に心を奪われるとは思わなかった……
本人は、たぶん分かってない。
うう~ん、どうすべきなんだろう……
とりあえずスランとともに見守って行こうかしら……
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