第40話:青砂調査7(マヌーの川)
フクロウの声が響く夜の岸辺
満天の星が煌めく夜空
樹木の根に腰掛ける二人の男女
■システィーナの視点
彼のことが知りたくて、知りたくて……
彼に、表情を失った過去を聞いたの。
紫色に染まる夜空に、宝石をちりばめたような星々の下。フクロウの声と虫の音が少し淋しい、湖のほとりで。
彼は淡々と話してくれた。
自分が、聖戦士になれる人間でなかったこと
自分が、身寄りのない人間だということ
自分が、死と崩壊を司る聖霊に守護されていること
それらによって、訓練時の事故に見せかけ、殺されかけてきたこと
彼は淡々と話してくれた
何でもなさそうな風に
でも私には伝わってきたの
彼は、痛みに鈍感になろうとしているだけ、ということが
痛みを感じていない、と思い込んでいることが
私は、哀しくなってしまった
エルフの世界では、そんな辛いことは起きない
私のいた世界では、そんな苦しいことは起きない
二百年、幸せに生きた私には、到底考えられない
ずっと仲間に守られてきた私には、彼の苦しみを想像すらできない
ずっと精霊に守られてきた私には、彼の痛みを癒すことすらできない
安易な自分が申し訳なかった
彼のことを知りたいがために、表情がなくなった経緯を教えてほしいなんて言った、安易な自分が申し訳なかった
彼に辛く苦しいことを思い出させてしまったのだから……
申し訳なくて、涙がこぼれそうな目を必死にこらえた
「そんなに苦しい思いをして、耐えて、感情を圧し殺して……なんで逃げなかったんですか!?」
なぜ、彼は耐えたの?
逃げ出せばいいのに
感情を圧し殺して、辛く苦しい思いを「感じない」と思い込んでいるなら
表情を失うくらいなら
彼は目を閉じて、何かを思い出しているようだった。
「多くの人々が、俺を助けてくれたからです」
……え?
今、聖戦士に殺されそうになったって。彼は私の疑問を感じ取ったのか、詳しく説明してくれた。
「俺が何であるか、どんな存在であるか、知っている人々がいます。フィガロ団長、ジョヴァンニ司祭、ウォゼット先生、庭師の皆、多くの人々が」
彼は話してくれた。優しい人々のことを。
「俺の全てを知る人々が、それでも……こんな俺でも、期待して、想いを寄せて、助けてくれたからです」
「!」
そうこんな俺でも! 全てを知った上でも! 期待して、幸せを願ってくれて、助けてくれた人々がいる!
彼は言った。
「俺には、可能性があると……! 多くの人々を助けられる可能性があると……! そう言って、助けて、励ましてくれた人々がいるんです!」
「──!」
俺の魔法の才を見出してくれた司祭のジョヴァンニさん。霊力の大きさを、霊力の質を、魂の在り方を誰よりも認めてくれた。多くの人々を助けられると励ましてくれた!
彼は胸を押さえて言う。
「俺は助けたい……! 多くの人々を……!」
「──!!」
フィガロ団長は自分に剣を教えてくれた。聖剣技を教えてくれた。ミネルヴァーラの加護も珍しいと大笑いして、特別な奴だと、誇れと、励ましてくれた。心の内を読む団長のおかげで、自分は何度も助けられたんだ!
彼は力強く、自信を持って言う!
「俺が誰かの命を助けられれば……! それは俺を助けてくれた人々の、行いの正しさの証明になるんです!」
「──!!」
そう、自分が誰かを助ければ、それは自分を助けてくれた人々の行いの正しさを証明することになる! その人々がいなければ自分は存在せず、怪異に苦しむ人を助けられなかったのだから!
彼は目を輝かせて言う!
「俺は、俺を助けてくれた優しい人々のように……誰かを助けたいんです!」
庭師のブレンさんやボムじいさん、多くの人々が助けてくれた。その人たちのように、自分も誰かを助けたい。救いたい。そうすれば……
「そうすれば、俺は一人じゃない……!」
「──っっ!!」
「血の繋がりはなくても……! 想いは繋がっている……! 皆の心と、俺は繋がっている! 俺は一人じゃないんだ!」
そう! 俺は一人じゃない! 繋がっているんだ!
だから俺は助けたい……! 皆の想いが、繋がっているんだから……!
彼は熱く、熱く言う!
「逃げる必要なんかなかった! 俺には繋がっている人々がいたから! 辛くて苦しかったけれど、俺には助けてくれる人たちがたくさん、たくさんいたんだから!」
彼は胸を押さえて言う!
そう、今も繋がっている……!
感じるんだ! 神殿騎士としての活躍を願う皆の想いが……!
みなぎるんだ! 力が!
溢れだすんだ! 力が!
彼は抑えきれない!
抑えきれない!
凄い、凄いの……!
彼から、大きなエネルギーが発せられているの!
熱い、熱いエネルギーが。みなぎる、ほとばしる力が!
霊力と、魂力と、その二つが混ざり合った力が。凄い力を感じるの!
ああ……こんな力、初めて……
熱くて、大きくて……
緩やかだけれど、大きく押し寄せて……
翻弄されているのに、優しくて……
その力が私の胸を打って……
彼が眩しく映るの
「力が! 及ばないことも、ある……! けれどっ!」
彼は胸を押さえて悔しがる。
「うまく、行かないことも! ある、けれど!」
何かを思い出しているの? 彼は悔しそうに目を閉じる。
思い通りに行かない、助けたくても、思い通りに行かない、って悔しがっているの……
「助けたい……! 助けたい、ん、」
彼はハッとした。私を見て。
私の目からボロボロと熱い塊が溢れて、落ちていく……
彼の大きな力を受けて、心を打たれて……
私は目を拭く。
「ご、ごめんなさい。グス、胸を、打たれて」
「う……はい」
急速に彼から発せられる力が引いていく。ああ! そんな!
彼は少し恥ずかしくなったと頭をかく。
そんなことない! そんなことない!
こんな風に、誰かに気持ちを打ち明けたことがなかったからって。雄大な景色の中にいると、雄弁になってしまうのかもしれないと言った。
私は良いと思う。私は彼の気持ちを聞けて嬉しかったもの。
彼はズボンを探ると、ジョヴァンニさんから貰ったというハンカチを渡してくれた。オールクリンで一緒に洗って貰ったから、綺麗なハズですって。うふふ。
私は貰ったハンカチで目を拭く。
はぁ、胸が熱い。頬が熱い。目が熱い。
ただただ、熱い。
私も……ある想いが胸に迫る。ああ、この想いは……
私は決意する。胸に刻む。
「うふふ、ありがとうございます」
「この話しは、内緒でお願いできますか? 自分の気持ちは、自分が選んだ人にしか話したくなくて」
「はい! もちろんです」
私は嬉しくなった。
彼は私を選んでくれたんだって。今まで誰にも打ち明けたことがない、彼の想いを、世界で初めて私に打ち明けてくれたんだって。
これは、彼と私の、二人だけの秘密なんだって。
「あと、話してくれたので、分かったことがありました」
「はい?」
そう、分かった。彼が心を失わなかった理由が。
「コークリットさんの不思議な状態が」
「! そうですか!」
「はい。多くの人たちが助けてくれたからこそ、表情だけで済んだんですね」
「!」
「ゆがむことなく、無情になることなく」
そうなの。
彼は、多くの人々から助けられ、癒されていたの。だからこそ、感情を失わず、冷酷にならずに済んだ。彼は胸を押さえながらつぶやいた。
「やっぱり俺は助けて貰っていたんだな……」
「コークリットさん」
「はい」
「私も、助けたいです!」
「はい! 多くの人々を助けましょう!」
ああ、彼は勘違いをしている。
「そうじゃなくて……」
「え?」
「コークリットさんが誰かを助けることを、助けたいです」
「え?」
「コークリットさんの行いたいことを、助けたい。支えたいです!」
「ああ」
そう、彼が誰かを助けたいなら、私はそんな彼を手伝って、支援したい。
そう、彼を支援したいの。
こんな風に思ったのは生まれて初めてで……
支えて上げたい。彼を支えて上げたい。
彼は強い。肉体的にも精神的にも。
苦難や試練に磨かれた彼は、本当に強いと思う。
でも、それでも上手く行かないと悔しがっている……
力が及ばないと悔しがっている……
彼の強さとは異なる力が必要だと思うの。
彼が持っていない、異なる力が……
他の支えが要る。
他の支えが、絶対に要る。
だから。
その支えは、私が。
私が……
私がしたい……!
「支えたいです……!」
「ありがとうございます!」
「頑張ります! 私、頑張ります!」
「ふふ、お願いします」
星が降る紫色の夜空の下で、
私の人生が大きく変わったの……
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