第13話:霧の森の集落
天高く腕を伸ばす太い枝葉
枝葉から木漏れる光
光が入るように剪定された樹冠
樹冠に建てられた可愛らしい木の家
■コークリットの視点
ファーヴルの集落に入るとワクワクしてきた。
何せ、樹の上に家があるから。秘密基地みたいでワクワクするよ、相変わらず顔に出ないけれど。子供の頃、こういう家にあこがれたなあ。
おお。滑車付きの籠が枝から垂れてて、一人昇っては降ろして、昇っては降ろして。俺も籠に乗ってロープを引くとスルスルと上に昇って行く。面白っ! 僅かな力で動くようになっているな。残念ながらすぐに枝の上の踊り場に着いた。板の間だね。そこからは四方に吊り橋が延びていて「向こうの建物へ」と案内される。
吊り橋を歩むと、おお! ギシギシ音が鳴って、揺れて! 面白っ! 空中散歩だ! 高さ七メートルくらいかな? おお。所々に枝が行く手を遮るように繁っていて、身を屈めて潜り抜ける。おお、下を見るとライネル犬がこちらを見上げてる。ふふ、大丈夫だよ。
「この森には、このような集落がどれくらいあるのでしょうか?」
「そうですな……」 前を行く長老が考える。「狩りの時、半径十キロほどで行動するのですが、その程度でも五~六くらいあると思います」
「なるほど。交流はあるのですか?」
「ええ。ごくごく、まれにあります」
「紹介していただけることは難しいでしょうか?」
「なるほど……一つくらいなら何とか。何しろ、めったに人と会わないことを望んで暮らしているような者たちですので」
「そうですね」
そうだよなあ。様々な理由から、人の社会から抜け出てきた人々の作った集落だ。当然そうなるよな。この集落の人々は、まだ人見知りでなく友好的なのかもしれない。
と若い男性が一つの家の前で立ち止まった。
「まずはうちから」
おお、樹冠の中に家が隠れるように建っている。屋根から幹や枝が飛び出てる。いいね。
中に入るとリビング中央に幹が。どうやら一部屋だけの家らしく、キッチンから何から、まとまっている。
家の至るところに白い光。白いマジックマッシュルームだ。ほう、マジックマッシュルームは太陽光に弱いから、一般家庭では明かりとするには管理が難しいのだが、霧で太陽光が遮られることの多いここではほぼ管理せずに済むようだ。
「私の妻なのですが……」
リビングの端にベッドが置かれて、そこで寝息を立てている女性が。
「いつからこの状態ですか?」
「つい三日前です」
とすると、異物が体に入ったのは一週間くらい前だろうか。とりあえず、肩を叩いて呼び掛けてみるが、反応がない。では霊視をしてみるか……
「やはりか……」
「ええ? やはり?」
俺の言葉に不安げな若い夫。申し訳ない。やはり霊力が下腹部に集まっていたから……
「やはりラーディン領の怪異と同様、霊力が下腹部に集まっているため、意識がない状態です」
「「霊力が……」」
「聖魔法をかけて治しますね」
「お願いします」
俺は女性の下腹部に手をかざして『 異物消滅 』の聖魔法をかけると、今までの子供たち同様すぐに異物が消滅した。同時に下腹部に集まっていた霊力が頭や心臓に戻っていく。
「うう~ん……あれ!? 皆どうしたの? えっ!? 誰!?」
奥様が意識を取り戻すと、集まった面々に驚いて、さらに見知らぬ俺に驚いている。俺は簡単に自己紹介すると、今までの経緯を説明した。
「そ、そうなのですか……三日も寝ていたなんて……」
「体に入った異物が影響しているようなのです。侵入経路はおそらく口から摂取したもの、という線が高いです」
「口から摂取……」
「お前、変なもの拾い食いしたんじゃないのか!?」 と心配する旦那さん、オイオイ。
「失礼ね! するわけないでしょっ!?」
見かねた長老が口をはさむ。
「ということは、食べ物か飲み物か……ですか?」
「そうです。おそらくは食べ物の方で、大きさは霊視する限りは親指の爪くらいから直径五センチほどだと思います」
「「親指の爪くらいの……」」
「「直径五センチほど……」」
奥様は考え込んだ。まあ確かに、そんな大きなモノを飲み込んだらさすがに分かるからなあ……たぶん全くもって心当たりがないのだろう。
でもそれもまた重要な情報だ。
俺の考える『 仮説 』の裏付けになる。
俺は質問を変えた。
「食事はどのようなものを食べられていますか?」
「食事……ですか?」
「そうですね。主食は芋と穀物で、主菜は魚や貝が多いでしょうか。月に数回ほどローグ猪やレイル鳥などが獲れますので、肉も食べます」
ローグ猪は、体高二メートルを超える大猪で樹海や山海、さらには平野の草原地帯にも広く分布している。保存が効きやすいのが特徴だ。
「ローグ猪やレイル鳥を、発症前に食べましたか?」
「はい、食べました」
「どのように食べましたか?」
「はい。だいたいいつもスープにして食べます」
「どの部位の肉でしたか? 内臓かそれ以外か……」
「部位はどこかしら……燻製肉なので内臓以外の部分だとは」
なるほど燻製肉か。聞くとこの集落では、皆で狩った動物を燻製にして長期保存できるようにしてから、均等に配分して分け合うらしい。どこを配分されたかは詳しく分からないが、内臓系ではないことは確かだという。そう、栄養豊富な内臓系は、新鮮なうちに食べ、それ以外は燻製にして長期保存するのが一般的だ。
「内臓の方はいつ頃食べられましたか?」
「もう一ヶ月以上前だとは……」
「燻製肉の中にいつもと違うモノがあった記憶はどうですか?」
「いえまったく。元々燻製肉は薄く切っていますし、異物があったらすぐ分かりますので」
まあそうだろうな。よし、では次だ。
「芋や穀物は集落で作っているものですか?」
「そうです」
「ラーディン領の村に売ったり、買ったりは?」
「滅多にないですね」
「芋や穀物の中に異物を感じたことは?」
「ありません」
ふむふむ。では次の質問だ。
「魚や貝は、すぐ先にある貯水池で養殖しているものですか?」
「そうです」
「小川が流れていますが、大河と繋がっていますか?」
「ええと……どうでしょうか?」
奥様は首をかしげる。小川は川幅でいうと三メートル程度で膝下くらいのものだろうか。千里眼で見てみると、森の下で、樹木や岩を縫うように分岐し、蛇行して流れている。ラーディン領と繋がりがあるとすれば、川だな。
皆に振ると、その問いに答えたのは長老だった。
「ううーむ。どちらかというと湖に繋がっていますかな」
「湖?」
「はい。霧の森は元々至る所に泉や池があるのですが、北西の方向に湖沼地帯がありましてそこに繋がっています。まあもっとも、その湖も別の湖と繋がっていて、結果的に大河にも繋がっています」
なるほど、湖沼地帯か。
俺はまだ上空の千里眼を維持して待機させているので、さらに上空へ飛ばして北西の方に向かう。と、うおお! だいたい三十キロ先くらいに森が大小様々な虫食い状態になった場所があって、色々な形の湖がたくさんある。複雑な地形だなあ。ここに行ったら、前に進むのが大変そう。おおー、あの湖。湖面が盛り上がったと思ったら、中から首長竜が頭を出したぞ。雄壮だなあ。竜は山海に多く生息しているけれど、人のいる領域の近くまでいるんだなあ。と言っても草原との境にあるラーディン領とその湖まで七~八十キロあるからそんなに近くないか?
と話を戻そう。
「魚や貝はどのように調理されますか?」
「焼いたり煮たりが多いですね。貝はスープにもします」
「魚や貝を食べた時、違和感はありませんでしたか?」
「違和感……特には」
俺は千里眼で見た貯水池の魚や貝について質問した。貝は二種類。手の平サイズの大きな二枚貝とサザエのような大きな巻貝だ。これらの貝はラーディン領の村々でも見た。
「貝はかなり大きいですね。二枚貝がありますが、ここに真珠のように何か異物が入っていたことは?」
「真珠……?」
「海にいる貝の例ですが、その貝が異物を取り込み真珠という宝石を作ることがあります」
「そうなんですね。でもそういったものはなかったです」
「貝殻はどうされますか?」
「もちろん捨てています」
「誤って破片を飲み込んでしまったなどは?」
「ありませんでした」
ふむ、やはりそうだよな。貝殻の破片を飲み込むなど、こうも多人数で誤飲が頻発することはない。
「巻貝はどうでしょう? その身には砂が入っていたりしますが」
「そうですね……砂はたまにジャリッとしたことは……」と夫を見る。
「そうだな。俺もたまにジャリッとしたが、そんな親指大なんて大きくないよな」
それはもっともだ。続いて魚だ。魚も大きいものから小さいものまであるな。
「魚は主に焼いたり蒸したりですか?」
「そうです」
「魚の内臓も食べていますか?」
「はい、食べています」
「そういえば、俺は嫌いだから食べてないな」 と旦那がつぶやく。「それじゃないのか? 俺の残した分まで食べるだろ?」
「食べるけれど……でもさすがに爪よりも大きな異物なんて絶対ないわよ。小骨でさえ口の中に入ったら気づくでしょ?」
「ああ~、まあそうだな」
そう、小骨でさえ口に入ったら吐き出す。ましてや親指の爪から五センチくらいのモノを飲み込んだら、さすがに分かるだろう。そんな大きなもの、飲み込むわけがない……
それでも、いつの間にか体の中に異物がある。しかも全員下腹部に……
そこから考えられる仮説がある。
今は一つでも情報を多く集めよう。そしてラーディン領で今アルバート少年が集めている情報と合わせて、次の段階へ進めるのだ。
「ありがとうございました。では次の方の元へ案内していただけますか?」
「はい。分かりました」
◇◇◇◇◇
この集落では子供四名と成人男性一名が意識障害を起こしている状態で、霊視すると全員が同じ状態であった。すなわち下腹部に霊力が集中していて、異物消滅の魔法を使うと意識が回復するという状態だ。
意識を回復した皆に確認すると、全員が「異物を口にした記憶はない」という。
そして食事もまた、発症前は配分された燻製肉を食べ、集落で穫れた作物を食べ、養殖した魚や貝を食べた。ほぼ、皆同じものを口にしている。
この症状が出ない人との違いは、あえて挙げれば「魚の内臓を残す」ことくらいだ。魚の内臓か……しかし食べた魚の内臓には異物はなかったという。
俺はその後、近隣のファーヴルの集落を回った。
おおむね五キロ程度の距離を取りながら、三~七世帯程度の小さな集落が点在していて、ファーヴルの人々の人柄はマチマチだった。
この集落のように自然との共生を目的に暮らしている人々は、警戒しながらも話を聞いてくれた。
しかし基本的には閉鎖的な考えの人々が多く、中には「お尋ね者」であったり、人間から迫害を受けて森へ逃げてきた「半妖魔」もいた。
半妖魔とは、
その半妖魔もそうだった。
「ガエッデグレ!」
崖上の洞窟から姿を見せずに叫ぶ声。
オークより一回り小さく、オークよりも人の顔に近い人物が千里眼で見えた。
ハーフオークだ。
彼が掘ったのだろうか、それとも元々あったのだろうか、上手く出入り口が隠された洞窟だ。少し先に滝があってそちらに目が行くから、尚発見しづらい。
千里眼で洞窟の中を見ると簡素な棚が置かれて、獣の毛皮の敷物が敷かれ、歳を取った女性が意識なく眠っている。
年齢からするともしや。
母親だろうか。
俺は洞窟を見上げて呼び掛ける。
「助けられます。回復魔法をかけさせてください」
「ウルザイ!」
助けられる、助けたい。
そう説得したが、信じてはもらえなかった。彼らの人間への不信感はこんな短期間ではぬぐえなかった。
無力だな、俺は……
でも精一杯のことは伝える。これから行方不明になるかもしれないと。
「また来ます。ロープで自分の体を結わえて、すぐに気づけるようにしてください!」
千里眼で見た彼は、涙を流しながら女性の頭を撫でる。
頼む!
俺の言葉を信じてくれ!
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