アルターン

井上研司

第1話 ロガリア


 満月は厚い雲に隠されている。暗い夜だ。昼のすさまじいばかりの日差しが残していった熱が、日の沈んだ今でも草の臭いとともに、モワンと辺りに立ち込めている。

 闇の中を、兵の一団が密かに移動している。先頭は三頭のドラゴンだ。頭を下げて静かに前へ進んでゆく。全長は5メートル程もあるだろうか。よく見るとそれぞれ背中に騎士を乗せている。

 その後に、歩兵の一団が続く。数は600~700。その内の、ほんの二十人ばかりだけが正式な軍の軍服を着ていたが、その他はてんでばらばらの装束である。辛うじて首に赤い布を巻いているのが、敵味方を見分ける目印なのだろう。彼らはつい最近この軍に加わった地方豪族の私兵たちだ。元々は農民か、くいっぱぐれたごろつきの集まりだ。

 更にその遥か後方、小高い丘の上の『フエイル』と言う名の小さな村の端から、二頭のドラゴンがその行軍を見下ろしている。

 ドラゴンの背の男はつい先ほど送り出した男の顔を思い出す。『ガムゼス、何としても敵の包囲を突破して、貴様の兵700をフリルベア王の元へ届けてくれ。』その言葉に、ガムゼスは自信満々に答えた。『俺を信頼しな。俺は何があっても、裏切りゃしねえよ。』

 700の兵を束ねる豪族崩れの男はそう言って闇の中に消えていったのだ。後は自分たちがこの村を通って追撃してくる敵を、ここでどれだけ長い間足止め出来るかにかかっている。

「エントレーダ、一緒に死ぬか。」

 横に立つドラゴンの背にまたがる男に声をかける。肩幅の広い、大柄な男だ。

「私が?団長と?ご冗談を。まっぴらごめんです。」

 部下はそういうとドラゴンを操り、村の方へ向きを変えた。

「準備は万端です。たった二騎とはいえ、そう簡単にやられやしませんよ。」

「千五百は来るぞ、どうしてそう言える?」

 エントレーダは上官を見つめてにやりとした。

「どうしてそう言えないんです?今までだって最高にヤバいとこをさんざん潜り抜けてきたじゃないですか?」

 彼、ロスガルト王国、赤の騎士団団長シトラウト・シュミッツはにやりと笑みを返した。

 その時、隊の先行した方向から、怒声が上がった。隊が敵に接触したのだ。ガムゼスの隊の進む方向には100名弱の敵兵が身を潜めているはずだ。その敵と接触したのだろう。ごろつきの、素人の集まりとはいえ、こちらの隊には三頭のドラゴンを付けてあるので問題なくそれを突破できるはずだ。

 問題はシトラウト・シュミッツとエントレーダとが迎え撃つはずの追撃部隊だ。こちらは1500からの兵士と、そして白魔術師がいるらしい。

 エントレーダのドラゴンが巨大な頭を下げる。それに合わせて太い尾が地面から離れピンと後方に伸びる。上半身とのバランスをとるためだ。逞しい二本の足が地面を蹴る。敵を迎え撃つために持ち場へ移るのだ。巨大な体が移動してゆくにも関わらず、音も振動もほとんどしない。訓練され抜かれた、赤の騎士団のドラゴンならではの動きだ。

シトラウト・シュミッツのドラゴンも敵の襲来を既に察知している。つい先程から、村の方を気にして落ち着きがなくなっているのだ。背後の敵兵はもうほんのそこまで来ている。おそらく数分でここへも敵が押し寄せる。

 エントレーダが言っていたように出来る準備はすべて済んでいる。街道にはバリケードを築き、村に備蓄してあった、ありったけの油を辺り一面に撒いた。

 シトラウト・シュミッツは再び、戦闘の始まった方に目を向けた。さあ、その敵を突破して少しでも早く王の元へ行ってくれ。遙か前方で戦う我らが王は援軍を待ち焦がれているのだ。

 彼の背後で突然炎が上がる。闇に沈んだ村が突然赤い炎に照らし出される。進んできた敵兵を殺すために、エントレーダが油に火を放ったためだ。村中が一気に炎に包まれ、聞くに堪えないような悲鳴が村を包む。タンパク質の焦げる独特の臭いが鼻孔を刺激する。ファイヤードラゴンを操る彼にはなじみの臭いだ。彼が口角を上げて笑ったような表情をする。

シトラウト・シュミッツは炎の方を向いた。陽炎と赤い炎の向こうに沢山の敵兵が生きながら焼かれているのが分かる。これで数百は屠ったはずだ。足止めもしばらくは出来るだろう。上々の滑り出しだ。

「団長、こんなもんですか。」

 エントレーダが戻ってくる。二人はドラゴンの背の上、地上から3-4メートルの高さから、前方の路上で焼かれている敵兵を見下ろしている。見下ろせる範囲には、もう動く者はいない。

「ああ、…だが、残念だが、もう敵が来たようだ。」

 しばらく炎に目を凝らす。ゆらゆらと揺らめく炎、その灼熱の空間にほんの少しだけ暗い部分がある。炎の中を進んでくる影だ。その時、二人の目の前で炎の壁が真っ二つに割れた。地面が跳ね橋のようにまくれ上がり、炎を遮るように二枚の壁が立ち上がる。その間を二つの人影が進んでくる。

「白魔術師でしょうか、二人います。ケッ、たった1500程度の部隊に白魔術師が二人もかよ。」

 エントレーダが苦々しく言葉に出す。面倒な奴らが来たということだ。敵は黄土色の裾の長いローブをまとい木製の杖を手にしている。敵軍の標準的な白魔術師用の軍装である。

 既に彼らは炎のバリケードを抜けて、それを背にしている。炎を背にしている上に、頭にはフードをかぶっているので、顔は全く見えない。炎の底から現れた死神を想像させる。

 エントレーダがすかさず矢を放つ。円弧を描いて矢は魔術師を襲うが、魔術師の一人が左手の杖をかざすと彼らの頭上に石で出来た盾が現れて矢をはじく。

 矢が放たれると同時に、シトラウト・シュミッツはドラゴンを走らせた。最短距離、白魔術師に直線的に突き進む。石の盾を出したのとは別の白魔術師が前に出て杖をシトラウト・シュミッツに向ける。杖の先から放たれた何かが、シトラウト・シュミッツの正面から飛来する。奴が放った攻撃だ。ドラゴンを操りその飛来物を右にかわして、それに向けて炎を吐かせる。シトラウト・シュミッツの率いる部隊は赤の騎士団、炎を吐くファイヤードラゴンを操る部隊だ。

 飛来した何かは高温の炎に焼かれ膨張して広がりながら消失した。固形物ではないと判断する。ドラゴン自体も甲冑で兵装しているので、よほど能力の高い白魔術師の術でなければ一撃で倒されることなどありえないが確認は終了だ。彼は速度を上げて白魔術師との距離を更に詰めた。奴らの能力は”そこそこ”だ。

 敵が近づき、もう一度火を吐かせる。突然轟音と共に、足元から目前に5メートル近い高さの岩の壁が立ちあがる。白魔術で創り出した壁だ。この二人は、片方が攻撃を、もう片方が防御を受け持ち、お互いにカバーしあいながら敵と戦うフォーメーションの元に行動している。

 激突する直前に、腰を入れて足を踏ん張り体の方向を強引に変える。その勢いを借りて高速で太い尾を回してその岩に叩きつける。

 聴覚を奪われるほどの巨大な音響を伴って岩が砕け散る。白魔術師の一人をその衝撃で吹き飛ばす。視界の端にもう一人を捉える。

「風の王よ、我が友人なる風の王よ・・・」

 距離は3メートル程か、至近距離だ、そいつのスペルが耳に入る。来る。こちらは風使いだったか。目前にある白魔術師の姿が空気の動きで揺らぐ。辺りから高速で空気が集まってきている。シトラウト・シュミッツにも、頬の周りをスペルを唱える白魔術師に向けて風が抜けてゆく感覚がわかる。奴の前で空気が凝縮して渦を巻き始めた。早い!

 術を放つ瞬間、ほぼ同時になぜか奴の体のバランスが崩れた。奴の放った空気の高速な渦は、辛うじてシトラウト・シュミッツのすぐ横を突き抜ける。左の頬に、数えきれないほどの赤い横筋が入る。鎌鼬のように空気の渦が彼の皮膚を切り裂いていったのだ。十人並みの白魔術師とはいえ、人間が術をまともに受ければただでは済まない。

 白魔術師は体勢を崩したまま、まだ横へ逃げるように動いている。そして、その動きに合わせて地面に等間隔に矢が刺さってゆく。エントレーダが後方から援護射撃をしてくれているのだ。彼に命を救われたことはこれで何度目か。

 戦いは間合いの取り合いである。如何に自分に有利な距離で敵と対峙し、戦うかが生死を決める。白魔法はその間合いが広い。彼らにとって、敵との距離が2メートルから20メートル位の範囲は攻撃に最適な間合いだ。白魔術は声に出して唱えるスペルにより発動するので、遠すぎては威力が弱くなりすぎるが、近すぎる敵の場合にはスペルを言葉にする間に逆に攻撃を受けてしまう。

 従って自分たちはその外から仕掛けるか、もしくはその内側へ入りこむ必要がある。対峙する敵が二人でコンビを組んで行動しているのも、白魔術にはスペルが必須であり、スペルを唱える間に無防備になるのを避けるためだ。

 風使いの白魔術師の注意をエントレーダが引き受けている間に、シトラウト・シュミッツは岩を使うもう一人の方へ目を向けた。ドラゴンに吹き飛ばされたそいつは今ようやく立ち上がるところだ。シトラウト・シュミッツがドラゴンを奴に向けて走らせる。奴がこちらに気づく。口元に注視する。スペルを唱えているのが分かる。再び巨大な岩の壁が目前に現れる。こいつはフォーメーションとして守りに徹しているが、そもそも守りに使える程度の白魔法しか発動できないのだ。それにしても、何度も同じことばかりを…。

 迫りくるドラゴンに再び岩を盾にした。先ほどのように岩ごと砕かれてはたまらない。ドラゴンの影が右へ動くのを見極めて、彼は左へ逃げる。早く、もう一人と合流してコンビネーションを復活させるのだ。しかしその時、岩かげから何かが現れる。間髪を入れずに激痛が腹を焼き尽くす。

「同じ手が通じるか。」

 シトラウト・シュミッツはその白魔術師の腹から槍を引き抜いた。彼は既にドラゴンを降りて自分の足で地面に立っている。腹をおさえて立ち尽くす男を後方へ蹴り倒す。男は簡単に、無防備に後ろへ倒れる。頭を打つ嫌な音がする。それでもシトラウト・シュミッツは意に介する風もなく男に詰め寄り、見下ろして槍を男の喉元へ突き刺した。力を入れて捻ると首が胴体から分離する。白魔術師の中には回復を得意とするものがいる。とどめを刺さないでおけば復活して背後から襲われる恐れがある。胴体側から高圧で噴出した血液が、周囲にものすごい速度で血だまりを作って行く。

 彼はその様子を二秒だけ無表情に見下ろしてから、後ろを振り向いた。エントレーダの矢の援護はまだ続いていたが、白魔術師は既に体勢を立て直している。白魔術師は距離を詰めようと前へ、エントレーダはそれに合わせて少しずつ後退している。

 シトラウト・シュミッツは槍を捨てると腰の剣を抜いた。叫びながら白魔術師へ突進する。その悪鬼のような怒声に、奴がこちらを向いた。表情は恐怖に歪んでいる。矢を避ける動作から注意がそれる。エントレーダはそれを見逃してはいないだろう。彼の矢は30メートル先の小動物を射抜く。

 恐怖で強張った白魔術師の口元がぎこちなく動く。スペルを唱えている。例の鎌鼬が来るはずだ。しかしそれでも行かなくてはならない。今ここで決着をつけよう。

 彼の叫びが更に大きくなる。片腕で剣を頭上に高く振り上げる。あと3メートル程か。思っていたよりも遠い。白魔術師の術で、目の前の空気が歪む。間に合わない。届かない。

 エントレーダの矢が奴の二の腕に突き刺さる。しかし奴の手元は揺るがない。空気が更に圧縮されてゆくのがスローモーションでシトラウト・シュミッツの目に映る。

 そして目前で鎌鼬が放たれた。既に魔術は発動し術者の手を離れたのだ。十分なエネルギーを持った術が近距離からシトラウト・シュミッツに激突すれば、先ほどの経験から彼に降りかかる結果は見えている。死があるのみだろう。

 しかし諦めるわけにはいかない。この剣が届かなければ、ガムゼスの部隊は後方から追撃を受けて全滅するかもしれない。何としても!

 その時後方から熱波がシトラウト・シュミッツを包み込んだ。頭上から炎が彼を追い越し、一瞬で白魔術師が炎に包まれる。同時に突き進んでくる空気の渦が瞬間的に膨張し爆発するように拡散してゆく。濁った悲鳴が上がる。目前の白魔術師のものだ。次いでシトラウト・シュミッツの体を激痛が襲う。体中に、鋭いナイフで切られるような痛みが襲う。熱でぼよぼよに膨らんだ空気の渦でさえこれだけの威力があるのだ。

 体中の様々な場所から血が噴き出す。歯をかみしめて痛みを心の奥に押し込める。彼は剣を振り下ろした。人を切った感覚は無かった。既に敵は炭化していたのだ。そのまま燃え盛る白魔術師の体に突っ込む。今度は高温が彼の体を痛めつける。火だるまになった奴を押し倒すように倒れ込む。奴の体がほとんど何の抵抗もなくぼろぼろに崩れ落ちる。

 地面に叩きつけられた衝撃で、思考がすっきりとする。体中の、無数の擦過傷と火傷と打撲が神経を逆なでる。その激痛が、彼を生き返らせる。自分は生きている。体を転がし、軍服に燃え移った火を消す。

 突然腕をつかまれ、引き上げられる。

「団長急いで。あんた、無謀すぎ!」

 エントレーダだ。彼は自分を立たせると、炎のバリケードの方を顎でしゃくり、すぐにドラゴンへ飛び乗る。

 シトラウト・シュミッツもつられてそちらを見る。死んだ敵の白魔術師たちが作った、岩に守られた炎の間の通路を通って敵兵がこちらへ突入してきている。巣からワラワラとあふれ出す蟻のようだ。

「スヒャルツ!」

 シトラウト・シュミッツが呼びかけると、ドラゴンは彼の元へ駆けつけ頭を下げた。鞍の位置は高いのでこうしないと長身のシトラウト・シュミッツでもドラゴンに乗ることが出来ない。

「シュミッツ団長。」

 鞍を跨いだところで下から声をかけられた。

 見下ろすと、先発隊と街道を先に進んだはずの兵士の一人が駆けてくるのが目に入る。軍服が汚れ傷み、血に染まっている。

「どうした!」

「先発隊、ほぼ全滅です!」

「なに!」

 シトラウト・シュミッツは絶句した。思考が停止して視界が真っ白になる。

「団長!援護を!全員殺されてしまいます!」

 その声に我に返る。

「なぜそんなことに!ガムゼスは!」

「逃げました!奴が逃げたので、奴の部下たちも戦意を失って散り散りになりました。」

 その声に言葉にならない怒りが混じる。

「はじめはよかったのです。赤の騎士の戦闘力は敵を圧倒して、敵のほとんどを沈黙させました。でも最後になってとんでもない奴が現れて…。それでも赤の騎士たちは立派に食い下がりました。ガムゼスの部隊はそいつが赤の騎士たちと戦う間に敵の包囲を駆け抜けるだけでよかったはずなのに、はずなのに、そいつに恐れをなしてガムゼスが逃亡しました。指揮官を失った奴の部隊はそのまま規律を失いました。後はなし崩しです。ほとんどが一人に殺されました。」

「三人は、赤の騎士の三人は?」

「既に…。あれでは無駄死にです!」

 その言葉が終わる前に、シトラウト・シュミッツの乗るドラゴンの巨大な頭部が下がり、尾がピンと跳ね上がる。間髪を入れずにドラゴンが走る。

 背後ではあふれ寄せる敵兵にエントレーダがバディのドラゴンとたったの一騎で立ち向かっている。炎が激しく吐き出され敵兵を焼き、エントレーダの放つ矢が敵兵を正確に射抜いてゆく。

 丘を下り、さらに疾走する。どこにいる。敵でもガムゼスでもどちらでもいい。捕まえて八つ裂きにしてやる。

 その時、心がザワリと撫でられる気がした。瞬間的に心を閉じる。遅かったか?自信はない。敵の正体が分かった。黒魔術師だ。強いはずだ。

 辺りの景色が一変する。遠くの炎に照らされていた草原の景色が、ドロドロとした泥沼に変わる。シトラウト・シュミッツには暗鬱とした一帯の沼地に見えるが、実際は元のままの草原のはずである。既に彼の心に黒魔術師の術が入り込んでいる。彼の目には彼の乗るスヒャルツの膝までが泥に沈んで見えるが、不思議なことにスヒャルツは泥に拘束されず、同じ速度のまま走り続けている。スヒャルツにはこの鬱陶しい幻影は見えていないのだ。

今シトラウト・シュミッツがドラゴンを降りたら泥に足を絡まれて歩くのもままならないだろう。実際にはそこはただの草原だとしても、それが黒魔術師の術だ。

 黒魔術師は人の心を操ることに長けた者たちだ。悪魔の力を借りてその力を手に入れたその者たちは人の心を自在に操るだけでなく、通常の魔法でも白魔術師を遥かにしのぐ強力な術をスペルなど用いずに高速で繰り出してくる。

 シトラウト・シュミッツが敵の黒魔術師と対峙するのは初めてだった。それだけ黒魔術師は数が少ないのだ。黒魔術師は白魔術師のように生まれながらの才能のあるものがなるわけでは無い。白魔術師は人の0.01%程度がその才能を持って生まれてくると言われるが、黒魔術師の場合悪魔と契約すれば誰でもなることが出来る。しかしその契約が問題だ。悪魔は相手の魂を要求する。しかもその魂は永遠に悪魔に捕らわれ、自由を失い永遠に使役されると言われている。そんな犠牲を、自分の魂を永遠に犠牲にしてまで悪魔に魂を売るものなど、正気なものにはいないのは当然だ。

 正面から、黒いローブの男が歩いてくる。勿論泥沼など何の影響もない。

「赤の騎士と戦えるとは運がいい。」

 男が思いがけない高い声で話し始める。シトラウト・シュミッツは増々心を閉じる。

「小賢しい、黒魔術師への対応は十分にご存知か。まあいい、こんなもの必要ない。」

 シトラウト・シュミッツの心の中で何かが外れる。それまでまるで意識していなかったが、無くなってみると今までがどれだけ窮屈だったかが分かる。既に心は自分が感じるよりも遥かに広い範囲を絡めとられていたのだ。

 景色が一変する。元の平原だ、後方から音もかえってくる。

「私は黒魔術師ファルゲン。しかし噂に名高い赤の騎士の率いる軍隊にしてはあまりにも情けない。いや先ほどのあれは軍隊などと呼べるものではなかった。歩兵など私が手を出す前に粉々に分解だ。足元の虫けらを踏み潰すよりも刺激がなかったわ。赤の騎士たちは楽しませてもらったがな。ククク。」

 はらわたが煮えくり返りそうになるのをコントロールする。怒りに任せては黒魔術師の思うつぼなのだ。おそらく奴は、先ほどの拘束状態では心を操りきれないと踏んで、一度呪縛を解いて安心させて、再度確実にシトラウト・シュミッツの心に入り込める機会を狙っているはずだ。

 シトラウト・シュミッツの属するロスガルト王国には、このアルシア大陸最強と言われる黒魔術師の率いる黒の騎士団がある。シトラウト・シュミッツはその最強の男に黒魔術師への対処法を訓練された。訓練では容赦なく心をいたぶられ、何度も嘔吐させられ、正気を失いかけるほどの思いをした。それに比べれば今など、何ということは無い。

「ますます小賢しい。が、まあいい。」

 男は不満そうに彼を見た。よく見ると小柄な男である。体つきも貧弱で、肌も青白い。

 奴の表情が変わった。シトラウト・シュミッツは弓を構える。そして放つ。連射する。複数の矢が円弧を描いて黒魔術師に降りかかる。しかしその矢は、空気に掻き消されるように消えてゆく。既に彼はドラゴンを全力疾走させている。遠くから放った矢程度で、黒魔術師に勝てるはずもないことは百も承知だ。距離を詰めて炎を吐かせる。奴の影が炎に包まれる。槍を手にして鞍に立ち、槍を投げる。そして剣を抜いてドラゴンの上から跳躍する。炎に焼かれる人影を槍が貫き、上から剣が真っ二つにする。影は左右に分かれて倒れる。確実に切った感触があった。黒い塊を見下ろす。

「こっちだ。」

 耳元で声がする。すかさず飛び退き剣を構える。正面に無傷の黒魔術師、奴も杖を自分の前にかざす。

「よく訓練されているな…。」

 ボソリとこぼす。しかしシトラウト・シュミッツはそんな言葉は聞いていない。黒魔術師の言葉はため息さえも耳に入れないように教えられた。前に出ようとした瞬間、先の先をついて敵が動く、目の前が全て炎に包まれる。彼はすかさずマントを翻しその中に包まるようにうずくまる。ヒュドラの皮で出来たマントだ。そこそこの炎では焼かれることは無い。再びすっくと立って正面に奴を見据える。

 黒魔術師が笑う。

 突然地面が揺らいだ。確かにゴボリと音がした。足元から水が吹き上げ、立っていた地面ごと彼の体を持ち上げる。水の勢いで体が回転し、上下も何も分からなくなる。上昇していた体は、瞬く間に落下し、バシャリと水面に叩きつけられる。そこは水の中だ。目を見開いてもがく。正面に朧げな奴の姿がある。奴は水の外にいる。いつの間にか奴のそばに50センチメートル程の小さな人影が見える。誰だ?水を掻き分けてそこへ行こうとするが少し進むと、薄い膜が彼を邪魔する。手でかきむしり、剣を突き立て、膜の破壊を試みるがどうしても破れない。前へ進めない。部下の仇だ、あいつを必ずぶち殺す。

 水塊の外にいるスヒャルツがシトラウト・シュミッツに向けて炎を吐く。自分をこの水の檻から出そうとしてくれているのだ。一瞬周囲の景色が炎に消え去り再び現れる。ダメだ! スヒャルツ、お前はここから逃げるのだ!

 それを伝えるために、シトラウト・シュミッツは必死で水の中でもがき続ける。しかし膜は薄く柔らかくつかみどころなく破れない。上か! 上に泳いで水面を探す。しかしそこにも同じ膜がある。

 シトラウト・シュミッツは草原におかれた巨大な水滴に閉じ込められていた。水滴の中のどこにも空気はない。ゴボリと喉から息が出て、代わりに大量の水が喉に、器官に侵入してくる。もがく、もがき続ける。次第に意識が薄れ、彼は…。


 巨大な水球がはじけると、内部に充満していた液体がバシャリと、周囲の地面に広がった。しかし不思議なことに地面は全く濡れていない。水球の存在した辺りの中央でずぶ濡れのままのたうち回っているシトラウト・シュミッツが激しく咳き込み、口から大量の水を吐き出す。その水が地面をようやく濡らす。

 一頭の逞しい黒馬がそののたうち回るシトラウト・シュミッツの横に立ち、馬上の騎士が無言で彼を見下ろす。そして視線を前方に向ける。

 前方には二つの人影がある。黒魔術師ファルゲンともう一つ、20センチ程の小さなシルエットだ。こちらは地面から垂直に伸びる光の筒の中で、ふわふわと宙に浮いているように見える。

「あいつは誰だ?そもそも貴様は何故俺様をここに呼んだ?」

 小柄なシルエットが早口でまくし立てる。体中に過度の装飾品をまとったその姿は土のように黒い。明らかに人では無い。その矮小なシルエットは明らかに怯えているように見える。

「貴方を呼んだりするものか、貴方が突然現れた。貴方を呼ぶなんて、そもそも私にそんな力は無い。」

 ファルゲンが言い訳するように答える。先程までの尊大な言いようが嘘のようだ。

「貴様は悪魔のくせに俺を知らぬのか?」

 周囲の温度が一気に5度近く低下する。馬上の騎士の視線が黒魔術師と悪魔とを射すくめる。騎士が自らの名を名乗る。

「ひい!」

 悪魔が悲鳴を上げる。そして光の筒ごとその空間から消え失せる。

「おい、ちょっと…。」

「今、実は俺の僕となる兵士を集めておる。ちょうどいい、お前もその仲間に加えてやろう。」

 騎士が馬上で腰の剣を抜いた。

 今度は気温が30度以上は低下する。地面から湧き上がるようにキラキラと輝く霧が上がってくる。大気中の水分を凍結させながら、急激に周囲に広がって行く。そしてそれに遅れて地面の底から呻るような低い声が響いてきて、黒魔師の肝を鷲掴みにする。黒馬の騎士の周囲に朧気な、影のような兵達が現れた。目を凝らすと人も、その人が騎乗する馬も全てが髑髏だ。まさに死者の兵団である。

「今はまだ数百の兵しかおらぬが、今に数千、数万の軍勢にして永遠に殺し合いを続けさせるつもりよ。ただ、兵を見つけるのが難しい。俺がこいつはどうしても永遠に苦痛を味合わせてやりたいと思う者しか入れんからな。」

 騎士がニヤリと顔を歪める。

「わ、うわああ。」

 黒魔術師は騎士に背を向けると、一目散に逃げ出す。黒魔法を用いているのか消え去るようなスピードだ。

「向かう方向が違うぞ、俺から逃れるには俺を殺すしか無いことが分からんのか。」

 騎士が剣を高く掲げると、死者の兵団は一気に黒魔術師を追走した。黒馬と騎士の横を数百の髑髏の兵達が風のように流れて行く。

 騎士は兵を見送ると視線を地面に落とした。そこにはシトラウト・シュミッツが呆然と事の成り行きを見つめていた。

「間に合ってよかった。今、ロスガルトはシトラウト殿を失うわけに行きませんからな。」

「な、何を申される。貴殿お一方がいれば、軍そのものさえ有ってなきが如しではないですか。」

「そう俺を信頼されるな。俺は気まぐれでな。王に必要なのはシトラウト殿のようなお方じゃ。そうだこれを差し上げよう。」

 馬上の騎士は無造作にシトラウト・シュミッツの目の前に一本の剣を投げた。ガシャリと剣が地面に落ちる。どこから出したのか、先程の死者の兵団を操る剣とは別のものだ。

「バグロマの鍛えし剣じゃ。多少は役に立つだろう。」

「何とドルメドルの、そのような高価なもの、頂けません。」

「気になさるな、バグロマ・ドルメドルは気が触れておってな、夜も休まずに剣ばかり鍛えておるので俺の手元にはいくらでもある。それに俺はどうもあいつの剣は好かん。切れすぎるのじゃ。息子のゼンジミアの剣、あれはよい。一つもまともに切れぬ。俺はこういう剣が好きじゃ。」

 騎士はまた別の剣を手にしている。恐らくこれがゼンジミア・ドルメドルの剣なのだろう。

「まずはシトラウト殿、命を大切にな。」

 黒馬の騎士はそして悠々とその場を去って行った。

 その姿が見えなくなると、シトラウト・シュミッツは突然魔法が解かれたように我に返った。未だエントレーダは後方の丘の上の村で戦っているのだ。ここで無駄な時間を浪費していてはいけない。シトラウト・シュミッツは、スヒャルツに跨がると再び戦場へ帰って行った。その手には、当代随一の鍛冶師と言われるバグロマ・ドルメドルの剣があった。


 アルシアの世界に生まれし男、運命から逃れられぬ。男はみな、アルシアのどこかにたった一人、運命の定めし敵を持ち、その敵の命果てぬ限り男に安息は無い。男、その敵と運命で結ばれ、互いに憎しみ持たざれど、殺し合うがアルシアの男の運命なり。

 もし敵に出会わば、ためらうことなかれ、一度出会ったが最期、数年後まで双方命長らえば、互いに衰弱して命失うこと間違いなし。この魂、永遠に地獄をさまよい、救われることなし。

 優しい男になりたくば、家を守れ。アルシアの世界広く、天命尽きるまで敵と出会うことなく過ごせるやもしれぬ。愛してくれる者たちのため、家を守るも勇気なり。

 強い男になりたくば、旅へ出よ。敵を探しそれを倒さば、敵の徳は自らのものとなる。自らの成長のため、旅へ出て、恐怖と戦いながら敵を探すも勇気なり。

 アルシアの男、決して運命から逃れられぬ。ただ自らの生きる道を選ぶのみである。


 昔、祖母がよく語ってくれたものである。彼女はその使い古してガサガサにひび割れた手のひらで、私の頭をなでながら、深くきざみこまれた皺の谷間の細い瞳に悲しみをたたえて、そしてこの世界で一番有名な伝説の中のこの一節を、歌うように私に聴かせてくれたものである。



      ALTERN



 視界は一面青に塗り込められている。

 一点の染みも無い。

 原色ではなく、パステルカラーでもなく、…優しげな新緑の緑を思い出させるような、初々しい薄い青だ。

 時間が、ゆうっくりと流れる。


 視界の端から、黒い点が入りこんでくる。

 黒い点は大きく円弧の軌道を描きながら移動する。

 猛禽の軌道だ。

 一面の青は空なのだと気づく。


 空を見上げている。

 猛禽は地面を見下ろしながら、おそらく小動物の類でも探しているのだろう。

 のんびりとした動きとは反対に、餓えてギラギラしているのかもしれない。

 時折力強く羽ばたく。高度を上げて再びゆっくりと旋回しながら獲物を探している。一向に垂直降下してくる気配はない。


 時間がゆうっくりと過ぎてゆく。


 ごうっ、と風が鳴った。視界の端から靴底が現れ、あっという間に通り過ぎる。続いて足が見え、股が見えて、再び足となり靴となる。

 アルシリアス・ブルベットは力いっぱい走っていた。くるぶしが埋まる程に草の伸びた草原を全力で駆け抜ける。跳躍して石を飛び越し、着地してまた走る。

 彼は厚手の布で出来たポンチョのような服を着ている。褪せた海老茶色のダボダボの服だ。まだ冬も明けたばかりで空気は冷たいが、全力で走る彼には暑いくらいだ。

 彼は今年十五歳になる。手には木製の1ヒロ(長さの単位。1ヒロ=成人男性が両手を広げた程度の長さ=約1.5メートル。以降文章中では理解しやすくするためにメートル法で長さを記述スル)くらいの杖を持っているが、それに負けないくらい手も足も細くて長い。肌はよく日焼けしていて浅黒い。肩から襷に掛けた、落ち葉色の鞄は丸々と膨らんで重たそうだが意に介する様子もない。とにかく元気がいい。また、ジャンプする。

 彼の視線の先には空がある。正しくは、今彼は草原の丘を、その頂上に向けて駆け上がっているので、その先には空しか見えないのだ。もちろん彼は丘の向こうが見たくて、時間短縮のために明らかに無駄なエネルギを消費して走っている。

 ようやく頂上にさしかかる。視界の中で草原の地面が次第に下に降りてくる。空が狭くなる。

「うわぁあ…。」

 そこでアルは絶句した。口があんぐりと開いたままだ。

 それは彼が初めて見る、『都市』だった。


 ロガリア。

 下り坂となっている草原の先に巨大な都市があり、そのさらに先に城がそびえて見える。ロガリアはロスガルト王国の首都、城を中心に発展した巨大な都市を、高い城壁で囲んだ城塞都市である。

 そのさらに先には広大な海。空の青と、海の青とが接する直線、水平線まで広大な海が続いている。

 都市の手前では、二本の太い道が彼の立つ草原の丘を大きく回り込むように左右からロガリアの巨大な城門につながっている。道の規模からしておそらくはどこかの都市とこのロガリアとを結ぶ街道に違いない。

 城門の内側では、真っ直ぐな路がその先の城へと延びている。路幅は外部から城壁に続いている太い街道にも引けを取らない。

 城壁内の路は人であふれている。また、路の左右には、ごちゃごちゃと小さな家が立ち並んでいる。想像もつかないような沢山の家だ。彼がこれまでの人生の中で見てきた全ての家の数を足してもまるで及ばない数の家々が雑然と並んでいる。

 その先に城がある。

 城は白く、城には沢山の尖塔がある。優雅な、女性的な感じがする城だ。

 城の後ろはすぐに海になっているようだが、砂浜は見えない。アルは知らないが、このあたりの海岸線は150メートル近い高さの断崖になっているのだ。

 「ジリアラス! すごいよ! 町だよ! 海だよ!」

 素早く振り返り、大きな声でこの感動を伝えようとする。細い体らしい高めの声だ。興奮のため呼吸が早い。

 しかしながら、そこで彼は話しかけた相手がそばにいないことに気が付いた。今来た方向を眺めまわす。

 「…。」

 アルの瞳がようやく探しものを捉える。痩せた細い顔にくりくりとした瞳が大きい。

 草原を大分下った、坂の下の方に人影がある。じぇじぇ、まだあそこ?と思う。そして思った瞬間に駆け出している。アルはそういう子なのだ。走りながら杖を投げ捨て、肩の荷物を投げ捨てる。身軽になって、速度が上がる。

 「ジリアラーース! すごいよ! 早く来てよ!」


 アルの呼ぶ声がする。

 年老いた老人が足を止める。

 ゆっくりと、皺だらけの顔を上げる。

 頭からかぶった、鶯色の厚手のローブの奥に彼の瞳がある。もうほとんど視力の衰えてしまった瞳がアルを捉える。正しくは駆けて来るらしい動くものを捉えただけだ。

 老人は皺だらけの顔で薄く微笑んだ。長い人生の中で最後に出会った宝石のような子供。自分の命を賭してでも幸せにしてあげたい最後の息子。あの子の人生のためなら自分は何でも出来るという勇気を、この年寄りに与えてくれた命。ジリアラスの深い決意の表れであるその微笑みは、しかし深い皺の中に沈んでいて、外からは察することの出来ない密やかな微笑みだった。


 街は人であふれていた。様々に着飾った男も女も子供も老人も、皆自分勝手にうろうろと歩き回り、足早に動き回り、駆け回り、立ち止まりしている。初めて見る服装の女、見たこともない色の羽を帽子に飾った男、ドキッとするくらい着るものを身に付けていない若い女。

 通りは騒音であふれかえっている。沢山の意味のある声たちが重なって一つの意味の無い声を作りだす。そこに石畳を歩く人の靴音が加わり、荷馬車を引く馬の蹄と車軸のきしむ音と、荷駄が揺れてぶつかり合う音が重なる。

 その音の洪水の中から、様々な物売りのとんがった声が耳に入ってくる。水・酒・飯・服・靴・帽子。店先で客を引く者もいれば、天秤棒の両端に下げて売り歩く者もいる。

 さてそんな中、アルはのんきに街を歩いていた。持ち前のすばしっこさで、押し寄せてくるような人の波と揉め事も起こさずにスーイスイと、川面に浮かぶ木の葉のように路を流れてゆく。

 右に左に色々な店が立ち並ぶ。丘から見た広い中央通りから脇に入った、無数にある細い路の一本だ。大人と比べるとまだまだ小柄なアルには背の高い人波で遠くを見通すことは出来ないが、少しでも気になったら突進あるのみ。

 ところで、アルはまだ気づいていないが、ジリアラスとは、はぐれてしまってもう大分時が経つ。興奮したアルのすばしっこい動きに、あの老人ジリアラスがついていけるわけがないのは当たり前だ。

 アルはそのくりくりっとした大きい瞳と、生まれつきの人懐っこさで、気になるものには片っ端から声をかけまくる。曰く、『その服、寒くないですか?』 『これ誰が作ったんですか?』 『今からどこに行くんですか?』、聞かれた方は、物売り以外は無視するものが大半で、アルは不満で頬を膨らますが不機嫌は長続きしない。次々と新しい疑問が湧いて来て、人に話しかけずにいられないからだ。

 「街ってすげえ・・・。」

 正直な感想だ。

 その時ふとアルの鼻孔を何かが刺激した。

 クンクン。

 嗅いでみると更にそそられる。

 肉だ。焼いた肉だ。ニンニクもばっちり効いてやがる。ごくりっ、と唾をのみ込む。ワンちゃん並みの条件反射。

 斜め前方、人波の向こうに食堂がある。臭いで分かる。幟のようなものが下がっているから間違いないと判断する。

 ねえそろそろ…。

 と、そこでハタと気づいた。

 ジリアラス!

 声には出さず、慌てて周囲を見回す。ぐるぐると音が出そうなくらい高速で首を回して同行しているはずの老人を探す。

 いねえ…。どっこにもいねえ。

 頭の中で自分のこれまでの行動が高速でリバースされる。キュルキュルとテープの回転する音が聞こえる。当然アナログだ。

 逆再生はもちろんミュートだ。ひらひらと人を避けながら後ろ向きに進む自分。ああ、あそこで水売りに声をかけたら一口分けてくれたっけ。記憶の中のアルが、口からひしゃくに水を吐き、そのひしゃくの水を瓶に戻す。(げえっ)

 更に後ろに進む。そこで数秒静止画になる。あっ、あの娘の服、チラチラして結構エッチだったよなぁ…。

 いかん。再び高速で巻き戻す。後ろ向きに歩いていたアルが早足になり、走り出す。映像にノイズが混じりはじめ、速度が上がるとともにそれがひどくなる。

 待った!

 突然の静止。ちょっと送る。また静止。拡大。いたーー!

 ジリアラスは、二人が城門を抜けてすぐのあたりから既にアルと離れていた。後ろの方でジリアラスが手を挙げてアルに声をかけているようだが、ギラギラした目をしたアルには、明らかに何も聞こえていない。


 こんな前から…。


 しゃーない。今更どうにもこうにもならん。


 アルはマイクロ秒以下の短時間でジリアラスを探すという選択肢を捨て去った。そもそも空腹のため頭の中がぐるぐるとして、今一つものが考えられないのだ。まずは腹ごしらえをしなくては何も始まらん。

 そう自分に言い聞かせて頷く。何、飯を食うぐらいのお金はある。(そっちかよ!)

 石造りの建物の食堂には、路に面して等間隔にいくつかの窓がはめ込まれている。ガラスは厚く、またその厚みが不均一なことと、所々が白濁しているので中の様子は歪んで朧げにしか見ることは出来ない。透明な薄いガラスなど、貴族の屋敷ぐらいにしか使われていないものだ。

 あっという間に入口に達する。入口の扉は厚い木の板で出来ていて今は内側へ開かれている。でもそんなこと、はらぺこのアルにとってはどうでもいい!

 アルは胸を張って一人堂々と中へ入った。

 中は騒がしかった。満席からは程遠かったが、六・七割は人で埋まっている。

 室内は外のようには明るくはなかったが、食堂は道に沿って作られていたので、等間隔に並んだ窓から入ってくる春の光でそこそこ明るい。

 天井が高くアーチを描いていたので教会を思い出した。天井近くにも明り取りがあるようだ。

 外の通りと平行に分厚い木のテーブルが二列、きっちりと平行に並んでいる。椅子は4、5人が座れるくらいの長椅子を一単位としてテーブルに合わせて無造作に置いてある。背もたれの無い、ベンチのような形で、こちらも分厚い木の板で出来ており、年代を感じさせるように黒く変色している。もう何千人もの尻を受け止めてきた証拠だ。

 客たちはそこに適当に間を開けながら座り、仲間と会話を楽しみながら、肉を食い、酒を飲んでいた。

「いらっしゃい、一人かい?」

 店の人らしい若い娘が声をかけてきた。アルよりはいくつか上だろうか? いやいや、女は分からない。いつもこの、どちらかといえば騒がしい店で声を出しているためか、かすれたようなハスキーな声が特徴的だ。

「うん。腹が減った。何か食べさせて。」

「あたしたちゃ、それが商売だよ。食事をしに来た客を何も食わせずに帰したんじゃ、こっちが飯の食い上げだ。」

 などと言っておおらかに笑う。

 と思うと急に真剣になって、『お金はあるよね?』。

 アルは仕方なさそうに金入れを取り出して目の前でぶらぶらとする。一人で店に入った時にはよく受ける扱いだ。慣れている。子供は信用されないものだ。

「中、見せな。」

 やっぱり、都会は世知辛いなあなどと思いながら金入れの口を広げて中を見せる。

 現金に少女は笑った。

「いいよ、どこへでも好きなところへ座んな、今メニューを持ってきてやるからさ。」

 少女は店の奥に振り向きながらアルにウィンクをして遠ざかってゆく。ドキリとしたまま、ふらふら、どん!と近くの椅子に腰を下ろす。

 手にした杖と肩から下げた鞄を自分の横に置いてから、改めて店の中を見回す。

 アルのいる場所は、店の入口に近い一番端の場所だった。奥までは20メートルくらいは有りそうだった。

 やはりここは昔、教会に使われていたようである。入口から一番奥に一段高くなった元々は祭壇であったと思われる場所がある。今はその壁には大きな絵が掛けられているが、おそらく昔はそこに何か、例えば神様の像のようなものが置かれていたのだろう。脇には鍵盤楽器がある。教会では必ず見かけるものだ。

 高い天井も、その天井がアーチ状にカーブを描いているのも音楽を演奏した際の音の響きを考慮してのことだろう。

 その鍵盤楽器の手前に、むさ苦しそうな男たちの一団がいた。大柄な、いやさ巨大な体躯の、髪をぼさぼさに伸ばした男が見える。陶器製の白色のジョッキを片手に周りの男たちと談笑している。おそらく周りの男たちは、その巨体の手下だろう。

 ジリアラスと一緒にロスガルト中を旅してきたアルには分かる、あまり質の良くない、出来れば関わりたくはないタイプの典型だった。あれは体つきに似合わずネチネチとしつこいタイプだ、と勝手に決めつける。

 アル以外の客たちもそれとなくそのエリアを避けていることが分かる。

 客たちは、その一団以外はいたって普通の人達に見える。もちろん長く旅を続けてきたアルは、普通に見えてもとことん性悪な人間が沢山いることなど百も承知している。人生は慎重に、警戒しながら上手く生きることが肝要だ。

 一人のやせ細った老人が草と花の束を持って人々の間をまわっていた。花を売っているのだろうか? 田舎を旅してきたアルには理解しがたい光景だ。道端にいくらでも生えているような花を買うか?金を払って?誰が?

「はいよ。」

 店内を観察していたアルの目の前に突然一枚の板が差し出された。反射的に受け取る。

 持ってきた人物を見れば先ほどの女の子である。

「ありがとう。」

「今日は馬のいいのが入ってる。ニンニクをしっかり効かせて焼いたのが最高さ。魚も悪くないけどね。お勧めは馬。その方があんたの財布にも丁度いい。」

 先の娘が息子を諭すようにアルに言う。ちょっと親しげにすると女はいつもこうだ、母親のつもりだろうか。

そんな彼女の顔を、考えていることは心に押し込んで、ニコリとして見返してからメニューに視線を落とす。いついかなる時も、敵は作らないことが重要。

「うわ、その二種類っきりしかないんだ。」

 確かにメニューにはこうある。

 【今日の肉料理】

 【今日の魚料理】

 それと値段だけだ。

 娘がちょっと膨れて言い返す。

「その分、お安くなってますから。」

「しかし馬かあ。食べたことないなあ。俺はここより西の方から来たけど馬を食べるところは無かったなあ。馬なんて兵隊の乗っているところしか見たことが無いよ。」

「西から来たことなんて分かってるわよ。ロガリアは大陸の東の端よ、ここより東なんて海しかないわ。それより、ここは王様の住むこの国の中心よ。あんたが旅してきた田舎と一緒にしないで頂戴。」

「田舎じゃ、家畜は大切な労働力だからね。食べるために育てたりしはないんだ。ひどく怪我したのとか、寿命を全うしたのとか、食べることが無いわけじゃないけど。…そういえば、昔立ち寄った村でさ、夕方村へ入っていったら皆で牛を解体してるんだ。みんな上機嫌で、旅をしてる俺たちにまで一緒に食べてけって言うんだぜ。普通牛を食うなんて言ったら皆家に籠るもんだ。自分たちで独り占めにするために、旅人はおろか、近所の人間にだって知らせないようにするのが当たり前だろ。ところがその日は違った。聞いてみると一人の男がいつも皆に世話になっているってことで皆にご馳走したいと言い出したというんだ。びっくりしたけどそんなチャンス普通あるもんじゃないだろ。有り難く分けてもらって食べ始めたんだけど、どうもおかしい。そのご馳走してくれるって男が決して肉に手を出さないわけだ。それどころかその男、次第に青ざめて来てガタガタ震えだす始末だ。村の男たちもそれに気づいて大慌てでその男を問い詰めた!」

「おい、話し中悪いけど勘定頼む!」

 アルが話に夢中になっている間にすぐそばまで男が近寄っていた。娘がハイハイと返事して金を受け取って確認する。

「毎度あり! またよろしく頼むよ!」

 娘が客に一流の営業スマイルを送る。そしてすぐに真顔でアルに向き直り、

「はいはい、面白いお話だけど、あなたの注文はどうするの? しゃべってたらいつまでたっても食事にありつけないわよ。」

 一刀両断にされてしまう。

 仕方なく口を閉じて、もう一度メニューに視線を落とす。魚料理は肉料理の倍近い値段がする。

「肉料理を。」

「飲み物は?うちは酒の品揃えが自慢さ。元々ここは教会でね。地下には酒蔵があったんだ。」

 娘がアルの持っているメニューを裏に返す。シンプルな表と違い、裏は文字で埋まっている。

 聞いたこともない飲み物ばかりだった。アルもまるで飲まないわけでは無かったが(ロスガルト王国には飲酒に関する法的な年齢制限など、当たり前だけど存在しない)、ジリアラスがいない今、裕福とは言えない状況である。

「水で。」

 娘は仕方なさそうに口をゆがめてから、黙って頷くとアルからメニューを受け取った。

「ねえ、あんた遠くから来たんだろ。」

 さりげなく顔を近づけてきて耳元で囁く。

「今晩あたり、どっかで話の続き聞かせてくんないか?二人で酒でも飲みながらさ。」

 アルがドキリとする。

 赤くなった顔を、彼女から少ーし、遠ざけて、彼女の顔を見た。

 一瞬の沈黙。

 その表情に、我慢していた彼女は大きく吹き出して笑った。

「長く旅してきたわりにはウブだね。可愛いよ。」

 くるっと踵を返して厨房へ歩いてゆく。え、何なの???本気?

「なにさらすか!このジジイ!」

 店の奥から、突然怒鳴り声が聞こえてガタガタとイスの音がする。店内にいる全員がそちらの方を注目する。

 先ほどの柄の悪い一団のうちの何人かが立ち上がって地面を見下ろしていた。座っているアルからは今一つ何が起きているのかが分からない。

 静かになる。先の怒鳴った男も、今は低い声で床に倒れた誰かを恫喝しているようでモゾモゾとした声しか聞こえない。

 アルは好奇心から立ち上がると騒ぎの場所を遠目に覗き込んだ。人が一人、倒れているようだった。男が一人その倒れた人の胸倉をつかんで恫喝しているようだ。

「おい! 何を・・・」

 アルの横を、調理服を来た店の主人と思しき人物が通り過ぎようとする。しかし彼は、騒ぎの集団の中央に座る巨体の男を見て足を止め、言葉を飲み込む。

 アルの視界の端では例のウェイトレスの娘が入口に向かう。この騒ぎに乗じて食い逃げをする輩がいないとも限らない。抜かりないなあ、と思う。

「おやじ、すぐにけりをつけるから、そこで黙ってろ。」

「ぐう。」

 巨漢の低い声に、店主が声を詰まらせる。

「しょぼくれた爺さん一人を、いいおっさんが沢山で取り囲むなんて情けねえなあ。」

 胸倉をつかまれているのが先ほどの花を売って歩いていた老人と分かり、アルは思わず声に出してしまった。大きな声ではない、ただの独り言だったが、如何せん周りが静かすぎた。

「んだとお、このガキが!」

 大男以外の野郎どもが一斉にこちらを向く。

 知らんぷりを決め込もうと思っていたが、店中の視線がこちらに集まっている以上、犯人は明白だ。何より隣に立つ店の主人がアルの顔をまじまじと見つめているのだ。今更『デヘペロッ!』というわけにもいくまい。

 アルは知らんぷりを瞬間であきらめた。長く旅をしていると、こういう場面に出くわすこともなかったわけでも無い。路線を変えてみる。

「いやいやお侍様方、ご立派ないでたちの皆様が、そんな老いぼれのジジイを相手にされるなんて…。」

 心にも無いことがスラスラと口から出てくる。こんなところで、ヨボヨボのジジイのために怪我でもしたら大損である。

「おまえ、目上の人間に対する礼儀を知らんようだな。」

 ドスのきいた低い声でアルのおべんちゃらを遮って、どでかい男がゆっくりと立ち上がった。その落ち着いた感じが、かえって恐ろしい。

 周囲の客たちがゆっくりと出口の方へ移動し始める。出口に集中するが、娘がいるのでそのまま逃げ出すわけにはいかない。しっかりと会計を要求されている。それどころか、皆が焦っているのを口実に娘はお釣りなど渡している様子が無い。

 大男がこちらを向いた。

 背は周りの男たちと比べても頭二つ三つは高かった。背丈が2メートル以上はあるのではないか。

「フェムアリシウム、火と炎を司りし精霊たちよ、今こそ我を信じその怒りをもって我に力を貸したまえ。」

 アルが小さな声でつぶやく。誰にも聞こえない。

 チリチリと何かが焦げる臭いがする。アルの横にいる店の主人が、その感じに気が付いたのか、妙な表情をする。大男の方を伺ってから厨房へ向かう。かまどの火を疑っているのだろう。しかし違う。アルがスペルを唱えたことで、彼の周りに炎の精霊が集まっているのが原因だ。

「お侍様、ご冗談を、私みたいな子供相手にそんなお顔でお怒りにならなくても…」

 アルが発音する。

 神経質な声だ。

 心臓がドキドキする。

 空気がピリピリとする。

 立ち上がっている大男の手下たちも即座に緊張する。

 大男はあくまでも無表情だ。

 大男の歳はいくつくらいだろうか、アルにはよく分からない。

 このロスガルトが戦乱に包まれていたころの記憶はアルには無い。

 しかし、この巨大な男がその戦乱を潜り抜けてきたことは聞かずとも分かった。自分の命を危険にさらして、命のやり取りをしてきた男特有のギリギリな感じをこの男も持っている。長い旅の中で、そういう男たちには何人にも会っている。

 これだけの体躯に恵まれ、こんな街の酒場でごろつきの様な手下と一緒に酒を飲んでいるのが似合わない剣呑さを禍々と発散している。

 肩まで伸びたボサボサの頭髪には軽くウェーブがかかっている。

 肌は日に焼けでボロボロだ。

 何か厚手の皮で出来た、メタルに見えるほど濃い灰色の、光沢のある服を着ている。

 巨大な爬虫類を思わせる。

 その爬虫類っぽさが大男の無表情さと組み合わさって、男自体も爬虫類に見えてくる。

 樽のように太った腹が男をとことんのろまに見せるが、放っている雰囲気から極限まで鍛えられた運動能力の鋭さが明らかである。

 アルの周りには既に炎の精霊が降りている。

 大男が無言のままアルを見つめている。

 眼光が鋭い。

 感情の無い爬虫類の目だ。

 硬い皮革をまとった無表情な爬虫類。

 思考が堂々巡りしている?

 アルを見据えたまま男が横に置いた武器を手にする。

 細い。直径10センチくらいの長い棒の先端に鎚がついている。柄の極端に長い金鎚の形だ。柄の長さは3メートル近くある。金鎚の部分は15センチ程の直径で、片側は先端が平ら、反対側は先端が円錐形に尖っている。握りの部分だけは歪んだ円になっているようだ。握りしめた時に鎚の向きが手の感触で分かるのだろう。

 アルは覚悟を決めた。自分は強いと心で叫ぶ。

 周囲の空気が焦げる。あとは一言スペルを唱えればいい。『セム・ブラフ・ガシス』その一言で男は黒焦げになり絶命する。

 絶命する…。

 ・

 ・

 ・

 自分の一言で、あの男の人生は簡単に終わる。殺すことが出来る。

 死はこの世から一つの魂を強引に引きはがす暴力である。死んでゆく人間ももちろんだが、人は何なりかこの世界と結びついて生きているものである。誰かが死んでいなくなることで、残された人間の側にも、誰かを引きはがされた痛みが残る。その痛みが切ない。

 もし自分が誰かを殺せば、その人間にまつわる全ての傷みと悲しみを自分が背負わなくてはならない。自分にそれが出来るとは思えない。でも自分は死にたくはない。何としても生き残りたい。殺されてたまるか。

 ・

 ・

 ・

 アルの目前に、スッと手のひらが差し出される。前のめりになったアルを静止する穏やかな手のひらだ。

「どわ!」

 アルの心臓はあまりの緊張から飛び上がり、彼の体はそして腰を抜かしたようにガクリと床に崩れ落ちた。

 ドッと体中から汗が噴き出す。しかし正直助かった気持ちだ。自分の白魔術で、自分にはあの大男を殺すことなど造作もないことなのは分かりきっている。『おまえの魔力を持ってすれば人を殺すことなど他愛もない。』他愛もない。ジリアラスにいつも言われているのだ。

 俺は化け物なのかもしれない。

 その手は若々しく、艶々とした肌をしていた。手に中には、動物の革を直系10cm程に丸めた弾力性のある塊を握っていて、それを潰したり開いたりしている。

 彼がアルの前へ出る。

「この子供の言うとおり、見苦しいからやめなさい。」

「えっ、えぇ!!」

 彼の背中を見上げて、アルは再び度肝を抜かれた。もう先ほどの恐怖などあっさりと吹き飛んじゃったよ。

 アルと変わらない少年である。おいおい。

 アルは脱力したまま突っ込まずにいられない。

「お前も子供じゃんか!」

 その男が、機敏に振り返り、腰砕けになっているアルをまさに、見下す。

 『ガキが・・・。』と小さな声が付け加えられる。そしてその子? その青年?は、大男に再び向き直った。

「シトラウト・シュミッツ・Jrだ。」

 シトラウト・シュミッツ・ジュニアなる青年は、年の頃はアルと同じくらい、青い瞳の涼しげな好青年である。髪の色は薄く、茶色味が濃い。背丈はアルよりは少しだけ高いだろうか、堅苦しい軍服にマントを着ている。ロスガルト王国のディムグレイの正式な制服だ。肩には少尉の肩章が縫い付けられている。体格はアルよりも大分よく、更に制服のせいか肩幅ががっちりとして見える。

 シトラウト・シュミッツ・ジュニアは帯刀している。75センチ位の鞘付の剣を腰から下げている。鞘は赤と金色の紐で装飾され、安いものには見えない。それなりの家柄の育ちに見える。

 しかしながらシトラウト・シュミッツ・ジュニアの靴はドロドロだ。好意的に見れば訓練に訓練を重ねた精鋭の兵士の靴とも見えるが、財布の中身はすっからかんの貧乏兵士の靴と言われても否定は出来ない。

 そんなすかした感じの青年の登場で、ならず者風の一団は、今まで以上にイライラと明らかに苛立っている。それとは反対に、彼自身はいたって静かだ。すぐ横にいて、緊張感などほとんど感じない。じぇ、もしかするとこの子、天然かもしれない。

「シトラウト・シュミッツだと? 貴様ふざけているのか? シトラウト・シュミッツといえば、赤の騎士団の騎士団長だ。」

 一歩前に出た大男は、そこで言葉を区切った。

「俺もロスガルトの統一戦争ではあいつと一緒に戦った口だ、あのくそ忌々しい顔を忘れるはずもねえ。嘘をつくと命の保証はしねえぜ。」

 間髪を入れずに青年が怒鳴る。

「シトラウト・シュミッツ・ジュニアだ! 聞き違えるな! 覚えとけ!」

 青年が両手に握っていた革球をポケットに入れると、無造作に剣を抜いた。

 おいおい、剣を抜くかよ。そりゃあまりにも不用意だろ。アルが反射的に思う。天然な上に気の短い男だ。

「あいつの息子か?」

 大男は無表情に発音した。

「死にたいんなら、外へ出るか? おめえの親父にはどれだけ返しても返しきれねえ恨みがある。」

 アルは冷静に思う。大男は背も高く、彼の武器は柄が長い。いくら天井が高いとはいえこの室内では戦いにくいはずだ。自分のために戦いやすいところへ誘っているだけだ。

 大男が前に出ると、ジュニアが後ずさる。アルは三度目驚いた。ジュニアはニヤニヤと嬉しそうに笑みを浮かべている。天然な上に、気の短い上に、頭のネジもどっかで折れちゃってる顔だ。

「お前も後で相手えしてやる。」

 アルの横を通るとき、大男がアルを見下ろしながら吐き捨てる。

 ジュニアが店を出て、それを追う様に、大男を先頭に一団が店の外へ向かうと、中にはアルと老人だけが残された。大男とその仲間には店の娘もさすがに食事代を請求しなかったようだ。

「おい、爺さん、大丈夫か?」

 アルが這うようにして、老人に近寄る。老人は腰を抜かしたまま、カクカクと頷くばかりだ。

「今のうちに逃げないと、まためんどうなことになるよ。」

 アルが老人を無理やり立たせる。そして厨房へ引っ張ってゆく。裏口くらいあるだろう。あの子供の青年(?)がどのくらい時間を稼いでくれるか、下手をすれば大男はすぐにでも戻ってくるかもしれない。

 店の主人は既に表へ行ったらしく、厨房は無人だった。アルは老人を戸外へ押し出した。

「ボクちゃんは、行かんのか?」

 老人の言葉にアルはむっとした。例の青年同様心の中で不愉快に思ったが、キャラがかぶってしまうので抗議の言葉は飲み込んだ。そんなことでいちいち怒っていたら、この世界で生きてゆくのに命がいくつあっても足りない。賢く生きなくては。

「俺はあのデブに、『後で相手え』してもらわないとね。」

 扉をバタンと閉めた。老人は年に似合わない健脚でビューっと走り去る。アルも店へ駆け戻る。


 石畳の細い路に二人が対峙している。大男の取巻きや、通行人たちは遠巻きに二人を見ている。遠くから相変わらずの喧騒が響いてくるが、二人の周りはシンとして静かだ。

「竜殺しのバニシ。」

 大男が相変わらずの無表情で口にする。

「この服も俺が殺したファイヤードラゴンから採ったものだ。」

 ジュニアがつらそうに顔をしかめる。赤の騎士はファイヤードラゴンと共に戦場を戦い抜く。ジュニアにとってファイヤードラゴンは命を預ける大切なバディだ。

「貴様の親父は本当に目障りな奴だった。ドラゴンの上から、オレたちに指図して、そのせいでどれだけの仲間が死んで行ったことか。」

 ジュニアの父は、ロスガルト王国の赤の騎士団の騎士団長の立場にある。

 この大陸、アルシアの南部平原がロスガルト王国として統一されて十数年になる。統一に至るまでの数十年の間、その時代は激しい戦いの時代だった。父はこの平原地帯をファイヤードラゴンにまたがり戦乱に明け暮れてきた統一戦争の生き残りだ。

 ロスガルト王国の王、フリルベア・ロスガルドは五色の騎士団を従え、この地を統一した。赤の騎士団もその一つで、彼らはファイヤードラゴンを操り、建国に貢献した英雄たちだ。

 しかしジュニアは戦後に赤の騎士団に加わったので本物の戦争は知らない。

 五色の騎士団は、今はファイヤードラゴンを操る赤、ペガサスを操る青、ユニコーンを操る緑の三色のみが戦時と同様の規模で編成されているものの、白魔術師で構成された白はほんの数人が生き残るのみだったし、五色の騎士団中、最強を誇った黒魔術師の黒は既に存在しない。

 このバニシと名乗る大男が言うように戦乱は過酷を極め、多くの犠牲が出たことも事実なのだ。父は多くを語らないが、赤の騎士団でさえ、いくつかの局面をギリギリの状況で乗り切り、多くの犠牲を払ったことは歴史としての事実である。

 しかし、逆恨みだ。

 それが戦争なのだから。父はその中を自分の才覚で生き残った。そしてこの男も生き残っている。全く何も犠牲にせず、ゆるゆると生き残れるような生易しい戦乱では無かったのだ。

「だから俺はドラゴンを殺す。お前ら赤の騎士団への復讐のためだ。いつか必ず貴様の親父に復讐するために竜を殺し続ける。」

 話しても思いを共有することは無理だろう。この男の無表情の裏には、思いの共有を断固として否定する強固な壁がある。

 ジュニアは剣を握り直した。バニシの言葉を振り払い、目の前の敵に集中する。

しかし、何故かちょっとした違和感がある。先ほどまで感じていたこの男の感触とまるで違う気がする。

しかし今迷うことは危険だ。目の前に敵意を明らかにした男がいるのだ、その曖昧な感覚を振りほどいて、再び敵に集中する。


 バニシが鎚を地面から少しだけ持ち上げるようにして構える。

 自分の剣と比べたら数倍の重さがあるだろう。先端の鎚に当たれば剣などたやすく砕かれる。もちろん体に当たれば骨ごとバラバラだ。

 しかも問題は鎚本体部分だけではない。細く伸びる柄の部分でさえ恐ろしい凶器になる。鎚本体の間合いを潜り抜けて、その内側へ入っても、あの10センチはある柄に叩かれれば剣は曲り、骨は折られることは間違いない。あの長い武器の長さを半径とした円の中は完全に奴の間合いだ。しかも自分の剣よりも倍近い長さがある。

 普通の人間なら、あんな金属の塊を振り回すことなど出来るはずもない重さのはずだ。敵があの武器を危険な速度に加速する前に、相手の体に剣を突き立てることが出来るだろう。しかし、あの男の巨体、太い腕の筋肉が瞬時に鎚を加速したら最後、あの間合いに入ることは死を意味するだろう。

 二人とも動かなかった。既にジュニアは完全な臨戦モードに入り、バニシの呼吸に精神を集中している。それ以外の全ての音が消える。逆に聞こえるはずの無いバニシの呼吸音が完璧に聞こえる。視界も制限される。敵以外が見えなくなる。時間の感覚が消失する。


 バニシはジュニアの視線に、自分が金縛り同様の状況に追い詰められていることに気付いていた。蛇に睨まれたカエルが動くことが出来なくなるように、その少年の視線に射すくめられ、手も足も自由を失っていた。

 バニシはジュニア程ピュアではない。脳の中心は生き残ることを中心に考えている。方法は関係ない。生き残ったものが勝者だということをバニシの体は知っている。それと比較してジュニアはこの剣の戦いに勝つことだけに集中している。それがお互いの強さであり、弱さでもある。たった二人、正面から向き合ったこの瞬間では、明らかにジュニアが強い。バニシは、この若い才能の塊の、底抜けに純粋に剣術を追求している青年とこんな形で向き合うべきでは無かったのだ。

 恐怖が足元から這い上がり、全身の皮膚を嘗め尽くす。このことに気づかれれば命は無い。今はまだ、何故か自分の優位に少年は気が付いていないようだった。

 この少年は自分が正面切って挑んで勝てる相手ではない。未だに開花していないが、本物の天才だ。そんな諦めにも似た感覚と同時に、ふつふつと憎しみも湧き上がってくる。こんなガキに舐められたままで終われるか。今は分が悪い、状況を立て直して、何としてもいつかこいつを殺してやる。どんな手を使ってもだ。

 あの逃げ場のない戦場で、自分たちに死ねと、いや、そんな潔いことなどあの卑怯者は言わない、希望だけを力説して、死ぬことが当たり前の戦場に追い込んだ、あの男の顔が、目の前の少年と重なる。俺は生き延びる。生き延びて必ず奴に復讐する。

「おい!! サッサとやれー!」

 我慢しきれなくなった野次馬から、間の抜けた声が上がる。

 バニシの体と精神とが強引に現実に引き戻される。

 同時にジュニアが地面を蹴る。

「待て!」

 バニシは鎚を投げ出して両手を顔の高さまで上げた。速度的にそれ以上は無理だった。ジュニアの剣が、既に喉元にあった。少年の顔は既に自分の胸のすぐ前にある。凄まじい運動能力だ。この少年は、父親を遥かに上回る逸材だ。

「今日は止めだ。」

 体中を嫌な汗が流れるが、表情に出してはいけない。

 バニシは今まで通りの無表情でジュニアに言った。

「こんな街中で、殺し合いをしたら迷惑だろうが。」

 そんなことも分からないのかとばかり、ジュニアに言い捨てた。

「そこまで真剣になるんなら、命かけてきちんとけじめを付けようじゃねえか。」

 バニシがジュニアをでかい掌で突き飛ばす。ジュニアは二・三歩後ずさる。

「次の満月の晩だ! ポペットの森の入り口で待ってるぜ。逃げんなよ!」

 ジュニアの方は見ずに、大男は大声でジュニアに声をかける。いや、まるで周囲に集まる人たちに聞こえるように話しているともとれる。

 大男は自分の鎚を拾うと彼に背を向けて悠々と群衆の中に消えていった。取巻きどもも慌ててバニシを追いかける。彼らにしても何が起こったか今の所分からないままのはずだ。突然、バニシが武器を投げ出し、しかもその時に相手の子供の剣は既にバニシの喉元にあった。状況だけ見れば、バニシの負けだ。

 ともあれ一団は人ごみの中に消えていった。

 店の入り口から様子を見ていたアルは、バニシと名乗る大男がいともあっさりと去っていったことに、安心するとともに、なんとなくガッカリしていた。何かつまんない。

 周囲を取り囲んでいた群衆も同じ気持ちのようで、口々に文句を言いながら散らばってゆく。ものの十数秒で、何もなかったかのような雑踏が復活する。これが大都市の威力か!

「なんだ、もう終わりかよ。」

 口に出した瞬間、頭をゴツンとどつかれる。

「いて! 何すんだこいつ…。」

 振り向くと、目の前にジリアラスの皺だらけの顔があった。怒ってる。普通の人には絶対に分からない、これはアルにしか分からない、…相当怒ってる。目元が微妙に、本当に微妙に吊り上がっている。定量的には2度未満だ。

「あ、ジリアラス…、おっす、久しぶり。」

 再びゴツンとやられる。ジリアラスがいつも持っている木製の杖の先だ。

「魔法を使おうとしたのか?」

 低い、落ち着いた声で尋ねられる。やっべえ、まじで怒ってる。

「えええっ、そんなあ、まさか、…。」

 ガツン!

「そのおかげでお前の居場所が分かった。炎の精霊を呼んだな。離れていてもわしには、はっきりと感じられた。嘘をついても、ごまかせんぞ。」

 睨み付けられる。

「ごめんなさい。…でも、…。」

 ガツン!

「こんな街中で、何を考えておる! 自分の力の強さを知っておろう!」

 喝!


 一方、ジュニアは剣を鞘に納めると、騒がしくなったアルの方を向いた。ポケットから取り出した革球を、両手でまたニギニギと始める。

 ジュニアは無言でアルを見下ろした。ジュニアの方が、背が高いのだ。

「なんだよ、この…!」

 ジュニアの視線に反抗したアルを、ジリアラスがガツンと教育する。

「彼にお礼を言いなさい、彼がいなければお前は人を何人も殺していたかもしれん。」

「うーーー。」

 ガッツン!

 瞳がついにウルウルとしてくる。

「お侍様あ、ありがとうごぜえましただあ…。」

 頭にコブを作って涙ながらにアルが謝る。

 しかしジュニアは、それどころではなく老人の言葉に驚いていた。『人を何人も殺していたかもしれん』、この少年の魔力がそれだけ強力だということなのだろうか?にわかには信じがたかった。

 ジュニアは、何も無かったかのように二人に背を向けて歩き出したが、その心中はひどく動揺していた。

 確かにあの時、店の騒ぎを聞きつけ店内に入った時、背筋が冷たくなるような殺気を感じていた。ぞくぞくするような快感だった。

 今まであの殺気はバニシとかいう大男のものと思っていたが、正体はこの子供だったというのか。確かに先ほど立ち会った時のバニシの殺気は、強力だったとはいえ、たかが知れていたではないか。だからジュニア自身も戸惑い、緊張感も曖昧になって、仕掛けが遅れたのだ。

 バニシのそれは、店に入った時の一割にも満たなかったかもしれない。今でもあの最初の感触はドキドキする快感が伴って思い出される。

 ジュニアは足を止めてもう一度あの少年を見返したい欲求に駆られた。両手のニギニギが激しくなる。

 しかしその瞬間、体の上っ面を震えが襲う。いやさ、体が冷たくなる。何なのだろう。自分はあの子供に、著しい興味と、同時に恐怖を感じている。自分が本当の意味でのギリギリの命のやり取りを知らないからだろうか? 人は自分を天才と呼ぶが自分の剣は、鍛えて鍛えて、血を吐くまで鍛えぬいてようやく手に入れた秀才の剣だ。本当の戦場で、一流の戦士との命のやり取りとなれば天才には勝てないということなのだろうか?

 心の中の別の部分でその考えを否定する。俺はその領域に踏み込める人間だ。どんな敵とも、恐怖を凌駕して冷静に戦える戦士だ。そんな自分を試してみたい。

 ジュニアはどうしても振り返ることが出来なかった。両手はいつもよりも早く革球を握る事を繰り返していたし、二本の足は複雑に相反する心を映して微かに震えている。




 この物語の舞台、アルシアはその周囲のほとんど全てを海に囲まれた大陸である。地図に描けば横が縦より二倍くらい長い概ね四角い大陸だ。

 アルシアには現在三つの王国がある。

 それら三つの王国の中で、アルシアで二番目に古い王国が、建国後20年弱の、ロスガルト王国である。ちなみに他の二つの王国は、『アガ』と『ミサリア』と呼ばれる。

 ロスガルトは、フリルベア・ロスガルドが王位にあり(王家の名前は『ロスガルド』と最後が濁点になる)、現在物語はこのロスガルトの首都ロガリアで展開している。

 ロスガルト王国の領土はアルシアの南東の平原地帯で、アルシア全体の約40%の面積を占める。この地域は肥沃な草原地帯で、農業に適した広大で平らな国土が広がる。

 統治の体制としてロスガルトは、緩やかな豪族の集団統治という体制をとっている。フリルベア王は関係する豪族たちを定期的に集め、議会を開いてそれぞれの主張を聞き、それぞれに出来るだけの配慮をすることから、建国後国民たちの間では優しい王、『仁王』と呼ばれている。

 しかし、戦史の中のフリルベア王は、先に本編にも紹介された五色の騎士団を率いた勇猛な王であった。王の行き過ぎるほどの凄まじさは今でも人々の口に語り継がれるほどで、戦時には周辺の豪族たちをとことん畏怖させたという。王は一片の容赦もなく、敵である周辺の豪族たちを殺戮、血縁ごと根絶やしにしていったというのだ。

 しかし同時にその裏側では、側室たちに産ませた自らの子を、恐怖を後ろ盾に近隣の豪族に嫁がせ、自らの血縁を広げていった。こちらの事実だけを聞くと、フリルベア王は自国のための権謀術数に長けた油断できない王のように聞こえる。表舞台の戦場と裏舞台である外交交渉、戦中と戦後では全くやっていることのキャラが違うのだ。

 このフリルベア王のちぐはぐな印象は、後年の歴史家たちにフリルベア王複数人説などオカルティックな諸説を生じさせることになるのだが、物語の今の段階では真実は藪の中である。




 ジュニアは抗う術など考えられない程の恐怖感に襲われていた。通りを歩いていて、店の中の不穏な空気に気が付いた。そして正義感からその戸口をくぐった瞬間に、ひどい頭痛と吐き気に襲われる。

 足元がおぼつかなくなり、近くの壁に手を着いてしまう。手から革球が床に落ちる。

 背中を冷たくてべとべとした柔らかな何かが這い上がる。慌てて背中に手を回すが何もない。そのべとべとしたものが体の、『中』を這っているのだと気づく。

 恐怖に叫ぶが声にならない。

 笑顔なのに無表情な娘が近寄って来て、ジュニアを支える。

 見つめると、なぜかその娘の顔が硬貨に見える。

 ジュニアは抗う術もなく、その娘に引かれるままに、一歩、二歩と歩く。

 嫌だ、そっちには行きたくない。

 そいつの顔を見たくない。

 娘に引かれて歩く先には、あの子供がいる。

 嫌だ、こちらを向くな!

 そう思うと、子供の顔がこちらにまわりだす。いつもと同じだ。

 ジュニアは再び心の底から叫び声を上げた。


 呼吸音がうるさい。

 自分のものだと気づく。ベッドに半身をもたげて座っている。嫌な汗が体中を濡らしている。

 また同じ夢を見た。

 あの日の夢だ。なぜあの時、あの店に入った瞬間、まるで感じなかった恐怖を今は感じてしまうのだろう。初めはドキドキする刺激的な興奮があっただけだったはずだ。


 あの時のことを思い返す。自分はあの日は夜警の任務を終えた後だった。家に戻る前に少し街を歩いてみようと思った。母の誕生日が近いのだ。以前から前を通って気になっていた二軒の店をまわって、母に何か買おうと思っていた。二軒目で気の利いた置物を見つけた。重さのある金属製の棒状の塊で、中央にちょこんと乗ったウサギの形が可愛らしく、母の好みだと思ったのだ。プレゼントなのでと言うと、店の女性がそれを包んでくれた。金を払うときになぜか、『お母様は書き物がお好きなんですねぇ』と言われたが、『母は書き物などしません。趣味と言えば槍を少々。母の家は武家でしたので』と答えると、店の女性は、口をつぐんで無言でお釣りを渡してくれた。

 そして店を出て、再び路を歩き始めた時、心臓がドキリ、とした。すぐにドラムを打つように鼓動が早くなり、呼吸が乱れた。初めての経験だった。足を止めて胸に手を当てる。確かに心臓の動きが早い。しかしながら、そのまま突っ立っているわけにも行かず、…そう、何故かその店に入ろうと思ったのだ。思考は停止していた。自分は頭では無く体で反応していた。あれは何だったのだろう。

 自分でも理解できない。心を整理しようとすればするほど混乱する。

 何の縁も無い。普通ならもう会うこともないだろう子供のことだ。

 しかし忘れられない。

 冷静な判断が出来ない。

 眠れないまま、普段の10倍以上の時間を感じて、ゆっくりと夜が明ける。

 辺りが少しでも明るくなると、ジュニアはすぐさま身なりを整えた。朝食までの間、街に出るのだ。

 ジュニアは知っている。自分がこの理不尽な感覚と決別するためには、もう一度あの少年に会って、彼と戦い勝つしかないことを。恐怖を感じるのは寝ている間だけだ。目覚めているうちは、断然あの少年と戦いたい気持ちが強い。心の奥底は自分が負けることを知っているというのか。

 ジュニアが歩き出す朝の街には既に人の往来が見える。各戸に時計など存在しないこの世界では人々の行動は太陽の運行に従うのが基本だ。

 この世界の天文学は既に一定のレベルに達している。アルシア最古の王国であり、アルシアの西岸に位置するアガ王国の国王は天文研究に理解が深く、アガで作られた暦がアルシア全土で一般的に使用されている。太陽の運行に従う太陽暦が基本である。

 時間も、太陽の運行を基に、太陽の高さが一番高くなる正午を中心にして、一日を30時間に分けている。30で割るのは、約数が多いためである。自転軸が公転面に対して垂直ではないので季節によって日の出、日の入りの時刻は変化する、つまり四季があるが、何時であろうと辺りが明るくなれば人は起きて働き、暗くなれば眠るのが日常の基本である。

 話を町の景色に戻すと、朝の街にはちらほらと人が出て来ている。ジュニアは見かける人々に例の少年の風貌を説明し、心当たりがないかを尋ねてまわる。口数の極端に少ない彼にしてみれば普通考えられない行動だ。

 既にそんな日が何日か続いている。あんな、いきずりの、乞食のような子供がいつまでもこの街にいるはずがないと思いつつも探さずにはいられない。

 そのジュニアを貧相な体格の一人の男が追う。物陰に隠れて見つからないように、卑屈な目が常にジュニアを観察している。男は袖口の広い、ゆったりとした白い道士服を着ている。前で、四つのボタンで合されたその服は、アルが着ているようなごわごわの厚手ものではなく細い糸で編まれたきめの細かなものだ。上下は一体になっており、作業用のつなぎのようだが下はスカートのように裾が広がっていて、足を別々に入れるような構造ではない。布も作りも凝ったものだったが、手入れが悪くあちこちに穴や裂け目があり、洗濯もされていないようで汚く黒ずんでいる。近づけば異臭を感じる。

 実はここ何日もこの男はジュニアをつけ回しているのだがジュニアは気づいていない。彼にしては珍しい大ポカだ。男の方もジュニアに悟られないように細心の注意を払っているが、本来のジュニアであれば、気づいて当たり前の状況だった。しかしながらこの男が物語に噛んで来るのは、もう少し先のことである。今はジュニアの人探しに付き合おう。

 ジュニアは城外から来た一人の野菜売りの老人に声をかけた。天秤棒の両端に駕籠を下げ、中に葉野菜をあふれんばかりに担いでいる。老人は穏やかそうな表情でジュニアの話を聞いてくれた。

「背の高さは私よりも少しだけ低いくらい。汚れた赤茶色の服を着て木の杖を持ってる。」

「年寄りと一緒の子か? 小柄なしわくちゃの。」

「そうそうそうそう、知ってるんですか?」

 ジュニアの掌中の革球が激しく握られる。老人はうなずくとロガリアの城門の方を振り返った。

 「その子か分からんが、年寄と二人で野宿している子供をここ何日か丘の方で見かけるぞ。細かな場所は分からんが、ここに来るときも城門のそばで見かけたわい。間違いかもしれんが、それでよけりゃ見に行ってみるといい。」

 人のまばらな石畳の路をジュニアが走る。細い路地は川の流れのように次第に合流して幅を広げる。それにつれて敷かれている石の大きさも大きくなる。裏道の、間口の狭かった家々が、次第に大きくなる。

 そして凱旋通り。城門から真っ直ぐに王城へと延びる幅75メートルはある路に出る。ここにある建物はどれも間口が広く開放的だ。昼時には荷馬車が行き交い、人が道を埋める。道の中央に屋台が出ることもある。晴れた日、食堂では道に張り出してテーブルを並べ、太陽の日の下で優雅に食事をするのが近頃のはやりである。

 ロガリアの石畳、建物、橋や、外周を取り巻く城壁、そして城そのものも、素材はすぐ後方に控えている海岸線の断崖から取られたもので、白く硬い。そもそもこの高強度の石が産出されるという理由で、フリルベア王はこの土地に城を築いたと言われる。また、屋根を覆う瓦は赤みがかったくすんだ色合いで、そのツートーンが街を象徴する色である。

 ジュニアは、息も切らさずに凱旋通りを駆け抜け、城門に入る。既に門は完全に開かれており、往来は自由だ。門はトンネルのようになっており、奥行きが30メートル近くある。イメージは既に単なる『門』では無く一つの巨大な建築物だ。その建築物の中には城門を警護する部隊の居住区や武器庫などの軍の施設がある。城壁の高さは15メートル程もあるので、四・五階建ての建物に匹敵する。

 城門を外へ抜けると広い道が左右に分かれる。右はポペットの森の脇を抜けて、北の大国ミサリアへつながる道。左は平原地帯をしばらく南下して広大なロスガルト草原を抜けて西のアガ王国へつながる道である。

 そして正面はなだらかな傾斜がはるか遠くまでつながっている。一面の緑の草原だ。先の老人の話では、例の少年はこの斜面のどこかにいつもいるらしい。

 しかしながら、なだらかな緑の斜面である。視界を遮るものなどない。木立も無ければもちろん人家などない。ジュニアは途方に暮れた。人の気配など視界の許す範囲にはまるでなかった。

 天を仰いで太陽の位置を確認する。まだ登城までには時間はあるようだ。ジュニアは取りあえず見える範囲で一番高いところまで登ってみることにした。


 ・・・

 ・・・


 それから二時間。ジュニアは何の成果もなく丘を下っていた。いいことと言ったら、この坂が、帰りが下りであることくらいしか思いつかない。取りあえず明日の朝は、一番でここに来て、坂を登らずに下から様子を見ていてみよう思う。しかしそれでも両手のニギニギのリズムは変化しない。

 とぼとぼと丘を下り、とぼとぼと道に出た。長い城門をくぐって、街路を進み、朝食までに家に戻らなくてはならない。ジュニアの家は街の向こうの内側の城壁の更に内側だ。

 城門をくぐる。既に太陽は高く外は明るいので、城門内部は暗いとは言えなかったが、外が明るいだけに目が慣れるまではとても暗く感じた。ジュニアはうな垂れ気味に足元を見ながら、足早に石畳の道を進んだ。

 それは何という分かりやすい感覚だっただろうか。たった一度だけしか会ったことなどないとは思えないほどはっきりとした感覚だ。

 ジュニアは顔を上げて、今すれ違った男を振り返った。自分よりも少し背の低い痩せたシルエット。

「待ってくれ!」

 しかし相手はすたすたと遠ざかってゆく。

「おい! そこの少年! 待ってくれ!」

 その言葉に、見覚えのある少年が振り向いた。

 ひょろひょろと長い手足。浅黒い肌の色。顔も無駄な肉の削げ落ちたシャープな輪郭だ。目だけがくりくりと丸くて大きい。例の赤茶色のローブを着て、乾燥した土色の鞄を肩から襷に掛けている。手には、細い手足と同じような細い木製の杖。

「俺? あ、」

 彼もジュニアを認識したようだ。

「お侍様じゃないですかぁ。」

 急に親しげな表情になる。

「先だっては色々と助けて頂いて…。」

 ニコニコと近づいてくる。

 ジュニアは逆に緊張する。

 彼がそれに気づく。一瞬だけ不思議そうな雰囲気を放つが、押し隠す。

 ジュニアは更に緊張する。

 彼が立ち止まった。

「どうされ」

「シトラウト・シュミッツ・Jr。」

 ぶっきらぼうに言う。

 ジュニアの余裕のない様子に、少年は更に何か考えるように見えた。

「アルシリアス・ブルベットといいます。白魔術を使います。村を巡って病を直したり、農家の手伝いをしたり、そういったことを生業としています。」

 アルの表情も硬くなり始めている。

両手の革球を捨て、ジュニアが無言で剣を抜く。

 アルの方はびっくりして目を見張る。

「お侍様、何を…。」

「君の殺気、あの感覚が忘れられない。」

 ジュニアがアルを無視して自分の気持ちを言葉少なに話す。

アルは確かに病的な光をジュニアの瞳に認める。

「あの時、僕は今までで初めてなくらい興奮していた。君の殺気にだ。僕は君と勝負がしたい。あのドキドキとする感覚をもう一度味合わせて欲しい。」

 突然彼なりに雄弁になって、ジュニアはアルに深く頭を下げた。

 ヤベエ、こいつ壊れてやがる。

 表情を引きつらせてアルが考える。口に出すことを忘れてしまうくらい、相手がヤバイ人物だと分かる。自分がやばい状況だと分かる。

 …どうやって、逃げ出そう。

 アルの中で脳ミソが高速回転始める。

「そんな、お侍・・さ・・ま?」

 ジュニアが腰を落として両手で剣を構える。

 こいつ、こないだもさっさと刀抜いて、あぶねえたっら・・・。どうするよ。

「お侍様、そんなご無体な、どうぞ命だけはお助けを、」

「死ぬのは十中八・九私の方だ。そんなこと分かっているだろうに。」

 ジュニアの口が独り言のように、無意識にそう言う。彼が感じていた恐怖心の本質だ。

 なら、なぜ僕は戦う。僕は死にたいのか?

 心とは裏腹に体が動く。自分は戦いたい。ジュニアが一歩前に出る。

 アルが一歩後ろへさがる。

「フェムアリシウム、火と炎を司りし精霊たちよ、今こそ我を信じその怒りをもって我に力を貸したまえ。」

 アルは小さく呪文を唱える。呪文は心で唱えても叶えられない。音にしなくては精霊は来てはくれない。

 周囲に焦げ臭いにおいが立ち込める。アルの心はジュニアに追い詰められている。それに応えるように、精霊もピリピリとした雰囲気を放っている。

 城門を歩き二人を抜き去って行く周りの人達がその異変に気付く。焦げ臭いにおいに、剣を抜いたジュニアの異様な気合いに。

 ジュニアの剣は中段に静かに構えられている。剣術などまるで知らないアルにも、まるで隙のない構えに見える。

 しかし、白魔術と剣の戦いではそんなことはどうでもいいのだ。間合いが違いすぎる。

 アルは、既に精霊を召喚する呪文を唱え終わっている。後は実際に魔法を相手に打ち込む呪文を唱えるだけである。今の状況では、白魔術が絶対的に有利である。

 この相手は何を考えているのだとイライラする。今の段階に至っては、白魔術師からさっさと逃げるのが最善の策だろうが!

 しかしそれを唱えていいものか…。これまでアルは色々な場所で、そこそこのきわどい目に合ってきた。しかし人に対して攻撃の呪文を唱えたことは一度もない。

 世渡りには自信があった。そして、ジリアラスには常に言われている。『お前の魔力は強すぎる』と。アルにはそれが歯止めとなっているのだ。その言葉のために、必要以上に卑屈になり相手におべっかを使って世を渡ってきたこともしばしばある。しかし、今のこの状況を逃れるアイデアをアルは持たない。こんな、恨みも何も無い相手に、初めての攻撃の白魔術を使わなければいけないのか? しかし自分の命が危ないのだ。

 俺は迷わずに使う。

 それがアルの結論だった。

「セム・ブラフ・ガシス。」

 アルが一度地面を叩いた杖を正面に掲げる。その杖の先に炎が結集する。

 それは青い火だ。

 温度が高い。1,500~2,000℃はあるだろう。蛇足であるがこのアルシアの世界において、温度は別の呼称の単位になるが、呼び方が異なるだけである。水が飲料として使われる限り、凝固点と沸点との間を計算しやすい数字で除算して単位とする方法は合理的であり、利用するにあたり簡便である。

 杖の先にジワジワと青い円が出来ていく。

 炎の円だ。

 その円が段々と膨張してゆく。アルの盾となるように、平面的に直径が増大する。

 アルの気持ちが揺らぐ。このままでいいのか?

 炎は結集し、塊となって杖からはじき出されるように射出された。

 真っ直ぐにジュニアを襲う。

 ジュニアは、予測していたようにマントを頭から被り身構えた。

 炎が直撃する。

 その時自らの行為に恐怖して悲鳴を上げたのはアルの方だ。自分は人を殺してしまった。

 「うっわーーーー!!!!」

 周囲の空気と地面とを焼き尽くしながら炎がジュニアを包み込んだ。青い炎は目標を取り囲んだのち、中心に収縮する。どす黒い煙が沸き上がり、焦げ臭いにおいが鼻孔を刺激する。涙が出る。

 「お、おおおぉーー!」

 炎の向こうから怒声が聞こえる。アルには状況が理解できない。炎の中から何かが飛び出てくる。

「アエリギスランタス、風と空気を司りし精霊たちよ、…。」

 早口でスペルを唱えるが、とても間に合わない。

 炎の向こうからジュニアの剣が襲ってくる。

 空気が凝縮しアルの前に盾が現れる。

 ジュニアの剣が盾にぶち当たる。

「…今ここに己が信念を捨て、我の意志に従いたまえ。ガン・デュトロ・ワウ。」

 明らかにスペルが間に合っていないのに、魔法は既に発動している。白魔法のトリガーはあくまでも喉から発せられる音、つまり空気の振動であるはずなのだが、この瞬間アルはこのルールを無視して魔法を発動している。だが、アルにその矛盾に気づく余裕はない。それどころではない。

 耐えられるか。風の聖霊よ。空気の盾の向こうに微妙に揺らぎ続けるジュニアの顔がある。美しいほど集中した顔だ。感情をあらわに、激しく怒りながら剣に全てをかけている。

 彼が着ていたマントはおそらく防炎の装備なのだろう。それで炎から身を守ったのだ。とはいえ今の彼は既に髪の大半は焼け焦げて失い、顔の半分以上が焼けただれている。剣を握る腕も同様だ。皮膚が黒くジクジクと変質している。

 やはりこの男は狂っている。なぜそこまでして命がけで戦うのか、アルにはまるで理解できない。

 迷う暇はない。続けざまにスペルを放つ。もう容赦はしない。殺せ。でなければ殺される。

「セム・ブラフ・ガシス。」

 再び火球が膨れ上がる。目の前のジュニアを包み込むように炎が、

「ティンクフラスト、空気に潜みし水の精霊たちよその悲しみの刃を持って未熟なる我に手を貸さん、ソルドクランツ…。」

 アルの声に覆い被さり、それを封じ込めるように太い声が聞こえる。

「精霊の力によりて、全てを砕かん!」

 アルの放った炎を打ち消すように、大量の水が空気中のそこここから発生する。

 その水は流れてはいない。空気のある全ての場所から、空間から発生しているのだ。

 炎が包み込んだはずのジュニアの体を、水が覆いつくす。更にその水はアルをも包み込む。地上にいながら水に溺れる。器官に水が大量に入りこみ呼吸が出来なくなる。

 水を満たした風船がはじけるように、周囲に水があふれる。二人を中心に辺りがひどく水浸しになる。

 二人とも水に押しのけられるように後ろへ倒れる。二人とも背中をついて仰向けに寝転がる。

 アルの上を何かが飛び越える。

 アルは大量の水を吐きだし、せき込みながら両腕を後ろについて体を起こした。

「ジリアラス!」

 倒れた青年に覆いかぶさるようにしているのは、自分の師匠であるジリアラスだ。

 アルがあたふたとジリアラスに這い寄る。

「ジリアラス、許してくれよ。こいつが剣を抜いて襲ってきたんだ!」

 必死に叫ぶ。

 ジリアラスが鬼と化した形相でアルを振り向く。皺の間から現れた目が、三白眼に吊り上がりアルを睨み付ける。

 アルは『ヒイ』と息をのみ込んだ。

「分かっておる! 仕掛けてきたのは彼の方じゃった。しかしだからと言ってただでは済まん。」

 低い、暗澹たる声でジリアラスが告げる。

「この少年はロスガルト軍の赤の騎士じゃ。殺してしまえば必ず仲間に復讐される。お前は今すぐ逃げるのじゃ。」

 ジリアラスの言葉に、背骨が嫌な感じにザワザワする。

「う、うん、分かった。行こう。」

 立ち上がろうとするが、よたよたとふらつく。そしてようやく二本の足で地面に立つ。

「ジリアラス、行こう。」

 まだ座ったままの、師を見下ろす。

「儂は行かん。」

「なんで、…。」

「ほんとに死んでしまう。」

 アルは気づかなかったが、ジリアラスは男の胸に手をかざし、白魔法を発動している。

 特定の白魔法でヒトの細胞の活動を活性化させることが出来る。ジリアラスの技術と能力なら、この男は助かるだろう、とアルは判断する。しかし、それには時間がかかる。

「お前は逃げるのじゃ。儂はこの子と戦ったわけでは無い。お前の知り合いとはいえ説明すれば、運がよければ殺されはすまい。命を救えばその確率も上がるというものじゃ。だがお前は違う。すぐに逃げるのじゃ。殺されるぞ。」

 アルを見上げて諭すが、弟子は動こうとはしない。

「北へ行くのじゃ、ポペットの森の奥にビルジ・ヴァルメルという妖獣使いがおる。昔の知り合いじゃ。そこを頼れ。それと、もうこれ以上はどんなことがあっても赤の騎士に手を出してはいかん。赤の騎士に追われても、何があってもだ。今儂のしていることが無駄になってしまう。とにかく逃げるのじゃ!」

「でも…。」

「今は迷うな! 儂の身は心配ない。お前がそこに行けば、後でまた会える。」

 ジリアラスがいつものような温厚な表情に戻る。

「必ずだよ!絶対、絶対、絶――――対に約束だぞ!」

 アルはそれだけ叫んでから振り向くと城門の長い通路を、バシャバシャと水をはじきながら場外へ駆けだした。


 ここで、この世界、アルシアの魔法について若干の解説を加える。

 アルシアに存在する魔法は、神話の時代に、天から降臨した、フェイルとバウという二人の神のうち、フェイルが自らの意志を円滑に発動させるため、『アルシアを魔法で満たした』ことに始まるとされる。

 魔法を大別すると、白魔法と黒魔法とに分かれる。白魔法は生まれながらに白魔術の才能のあるものだけが、訓練を積み重ねることにより会得できるとされる。

 白魔法は、白魔術師がスペルと呼ばれる呪文を唱えることで発動する。スペルは音声であり、その特殊な音を発音できる喉の構造を持つことが白魔法の才能である。それを訓練によって正確に発音することが出来るようになることで発動時の威力が大きく変わると言われる。

 スペルは発動を待機状態にする、第一段階のスペルと、実際に発動させる第二段階のスペルの組合せから成る。一般的には白魔術は、白魔術師が自然界に存在する精霊に呼びかけ、その力を借りることで発動すると解釈されている。

 白魔法の発動形態は四種あると言われる。『反応』・『干渉』・『成長』・『伝播』である。

 『反応』は自然に存在する原子の構造などを組み替えて、そこには無かった別の物質を発生させる。空気中の様々な分子を組み替えることで、水を発生させたり、可燃性の分子を生成したりする。つまり化学的な現象を司る。

 『干渉』は物体への、物理的な干渉を意味する。石などの固体を浮遊させたり、『反応』で生成した水を一定の方向へ吹き出させたり、作りだした可燃性分子に振動を加え温度を上昇させて発火させるのも『干渉』の効果である。

 『成長』は生物に発動させられる白魔法で、基本的に生命の持っている力をプラス方向へ高速化する。自然治癒力を促進して病気を直すことが出来る。今、ジュニアに対してジリアラスが行っているような行為がそれに当たる。基本的に生命は、生き続ける方向に力を持っているので、白魔法によりそれを加速する効果がある。

 『伝播』は白魔法をどの程度の距離で発動できるかにかかわるものである。通常は喉から発したスペルの波動が伝わる範囲のみが影響の範囲であるが、一部の白魔術師は音が伝わるとは思えない遠距離で魔法を発動させることが可能であり、この際には別の発動の仕組みが成り立っているものと考えられている。これを『伝播』ととらえているが原理の詳細は今の所不明である。

 また、白魔術師には一部の魔法にのみ特化した術者も存在する。既に文に登場した『妖獣使い』は妖獣のコントロールにのみ特化した白魔術師で独特の能力を持つ。ちなみにアルシアには『妖獣』と普通の『動物』とが存在するが、妖獣は白魔術でのコントロールが可能な生物を差す総称である。

 これらの特化したジョブには、妖獣使いの他に、人に対する白魔術に特化した『呪術使い』(彼らは『成長』だけでなく、生命をマイナス方向に導く白魔術も使えるという)や、金属の精霊の声を聞くという『鍛治師』、武術と白魔法とを組み合わせて戦う『魔法戦士』などがいる。

 これに対して、黒魔法は使用者本人の能力や技能を必要としない。黒魔法を実際に使うのは『悪魔』と呼ばれる異形の生命体で、黒魔術師は悪魔と契約を結び、彼の力を借りるに過ぎない。悪魔は契約者の死後の魂をもらい受ける代わりに自分の力を黒魔術師に使用させるとされる。白魔術と比較して、黒魔術は遥かに強力な力の発動が可能である。


 直射日光の入らない城門の通路に入ると、肌が少しひんやりとした。大分暖かくなっては来たものの未だに初春の空気が居残っている。

 そんなさわやかな空気と裏腹に、前方に歩を進めると、一歩ごとに、何かが焼け焦げた臭いと異常な湿気が皮膚にまとわりつく。

 それに加えて、この人の量だ。通路の中は人で渋滞していて、立ち止まってしまう程ではないが早足で自由に歩けるほどの余裕はない。前方の通路は一部が進入を規制されている様子で人の流れが悪い。日はまださほど高くはないが、もうしばらくすればさらに人の量が増えるだろう。

 人ごみをかき分けながら半ば強引に前に進む。足元がぬかるんでくる。目の前に人垣がある。

「ちょっと失礼。」

 シトラウト・シュミッツがその人垣を抜ける。何人かの兵士が立って人が入らないように見張っている。城門を警護する兵士だ。彼らはシトラウト・シュミッツに気づくと、瞬間的に表情を緊張させて敬礼した。

「ご苦労。」

 シトラウト・シュミッツは兵士に声をかけながら現場に立った。城門の通路は約10メートルの幅で、高さはその半分程度ある。乗馬した槍兵が無理なく通れる広さに設計されている。今はそのうちのおよそ7メートル四方を囲って人が入れないようにしてある。

 シトラウト・シュミッツは目前にいる自分の部下を呼びつつ、彼に歩み寄った。

 城門を抜けようという人達は通路の脇を壁に沿うように歩いている。皆が皆、こちらが気になるようでちらちらとこちらを伺っている。

「エントレーダ。」

 彼が振り返る。赤の騎士団の制服のマントが軽くなびく。二人が敬礼を交わす。

 エントレーダはシトラウト・シュミッツが騎士団長を務める赤の騎士団の二人の副長のうちの一人だ、ジュニアの直属の上官でもある。シトラウト・シュミッツもエントレーダも、二人とも背が高く肩幅が広いが、比べるとエントレーダの方が少しだけ低く、肩幅は広い。顔もシトラウト・シュミッツよりもエントレーダの方がエラの張ったごつごつした顔をしている。二人ともよく日に焼けている。階級章は異なるが当然ながら所属が同じなので、二人とも同じ軍服だ。

「ジュニアは?」

「城壁の中で治癒中です。峠は越したと聞いております。」

 簡潔に答える。表情には出さないが、上官の緊張が少し和らいだことが肌で分かる。

「ここが現場か?」

 シトラウト・シュミッツが地面に目を落とす。水浸しの地面。天井を仰ぐと黒々と焦げている。

「はい。」

「白魔術師と?」

「はい。」

「何で?」

 眉間に皺を寄せながらシトラウト・シュミッツは部下に尋ねた。

 半時間程前に、家で報告を受けた。息子が城門で白魔術師と戦い、重傷を負ったと。報告に来た兵士に詳細を尋ねたが埒が明かないので現場に駆け付けたところだ。

「まだ、分かりません。ただ…、どうもジュニアの方から剣を抜いたようです。何人かが目撃しています。」

 エントレーダは声のトーンを落とした。

「相手は嫌がっていたようなのですが…。」

「それで焼かれたと?」

 まるで分らない。シトラウト・シュミッツは表情を変えずに質問を続けた。

「はい。一撃目はマントでかわしたようですが、二発目はマントの内側から発火させられたようです。」

「マントの内側か…。よく生き残ったな。」

 冷静に受け答えしているようだが、腹の中は煮えたぎっている。自分をコントロールしなくてはならない。

「別の老齢の白魔術師が現れて、一瞬で炎を消したそうです。」

 それでこの水か。

「その男がジュニアの治癒もしてくれました。…ただ、その老人は、ジュニアに危害を加えた白魔術師と知り合いだったようで、目撃していた人によると、その男にすぐに逃げるように言っていたそうです。」

 理由は不明だが、攻撃したのはジュニアからのようだ。返り討ちにしてしまった関係上、ことが揉めるのを嫌がったのだろう。

「どこにいる?」

「城壁内の診療所に…。ジュニアも同じところです。白魔術師も治癒のために白魔法を発動したので大分消耗しています。ただ、白魔術師の方は見かけの年齢の割には、すごい能力です。うちの白の騎士たちにも劣らないかと。」

 シトラウト・シュミッツはうなずくと黙って歩き出す。この通路には城壁内に入れる入口がある。ロガリアの城壁は、壁とは言っても内部には部屋や通路があり、ほとんど城に近い。

「団長、ここはどうします?」

「もういい、人通りの邪魔だ。」

「逃げた男は?」

 そこでシトラウトは足を止めた。振り返る。

「どちらにしろ事実関係を明らかにしなくてはならん。今日のこと以前に、ジュニアにはジュニアの理由があったかもしれんし、諍いがあれば両方から話を聞く必要がある。」

 そこで、シトラウト・シュミッツは少し言葉を切った。自分も人の親だ。少しでも可能性があるなら息子が悪くなかったと思いたい。

「すぐに、プランラットにその男を追わせろ。決して危害は加えるな、その男の方が恐らくは被害者だ。」

「はい、すぐに手配します。」

 エントレーダはそう答えた後、少し間を置いて一応付け加えた。

「団長、しかし相手はジュニアに酷い怪我を負わせています。赤の騎士としてもただ自分たちの非を認めるだけでは、ごろつき共に嘗められます。このままでは後々厄介事に巻き込まれかねません。」

 既にシトラウト・シュミッツの耳には、部下の言葉は届いていない。いや、彼は聞かなかったふりをしたのかもしれない。勿論エントレーダは後者と理解した。エントレーダにとってもジュニアは大切な部下であり、命を預け合う同志に他ならない。

 通路を遮断していた兵士たちがばらけると、辺りの人通りはすぐにまばらになった。シトラウト・シュミッツが城壁の入り口に向かう横をエントレーダが走って追い越してゆく。


 エントレーダは城門を抜けた。明るい日差しが体を包む。

 道の向こう、丘陵を登ってゆく坂に戦友の一団がいる。エントレーダと同じ赤の騎士団の副長、プランラットの部隊だ。

「プランラット! 命令が出たぞ。逃げた子供を捕まえろ。但し危害を加えてはならん。」

 エントレーダが上を見上げる。

 全高は3メータ程ある。背の高いエントレーダでも勿論見上げる高さだ。その生き物は、まさに太古の爬虫類。

 全長は5メートル程もあるだろうか。鉄紺色と呼ばれる暗い紺色の硬い皮膚におおわれている。個体によっては、少し緑がかった皮膚とのまだらになっていたりもする。

 プランラットの操縦により、ゆっくりと頭を下げる。プランラットはその爬虫類の、頭部に近い背に騎乗しているので彼は座ったままエントレーダの方に下がってくる。

 頭が下がると同時に、その生き物は背筋を伸ばして尾を地面から上げる。

 プランラットが、鞍をまたいで地上に降り立つ。

 プランラットは小柄な男だ。シトラウト・シュミッツやエントレーダと比べると頭一つ背が低い。体型も痩せているので、遠くから見ると貧相な感じさえする。しかしその小柄な体の中に秘める闘志は他の騎士たちの追従を許さない厳しさがある。戦場では頼りになる男だ。

 彼はエントレーダと同じ赤の騎士団の軍服を着て腰に帯刀している。騎乗時に使う長い槍は竜の体に固定された鞘に納められているはずだ。

 二人の横で、ドラゴンは逞しい後脚二本でバランスよく立っている。その足は、1時間に60キロの大地を休まずに駆け抜けることが出来る(実際には1時間が我々の一時間とは異なるが速度のイメージとしては同等なのでこのように表現する)。つま先の三本の爪が鋭く地面に食い込んでいる。爪はかかと側にも一本有るが、頭を下げると同時につま先立ちになり地面から抜けている。膝は人とは逆の構造で後方に出っ張るように折りたたまれる。

 今は、巨大な頭部と長い尾が天秤のように釣り合い、その姿勢を維持している。

 体全体の体積の20%弱を占める巨大な頭部には二つの口が上下に重なるように配置されている。小さめの下側の口の更に下、顎から喉のあたりを覆い、首に沿うようにして胸元までダブダブと皺のある袋状の器官が張り付いている。ファイヤードラゴンは、この袋を巧みに使って炎を吐く竜である。袋の中には数種類の分泌液が別々に溜められており、袋の最奥の、肺からつながる弁を開けて息を吐き出すことでこれらの液体が混合状態で大気中に噴射される。この時、開口部出口では流路の断面積が小さくなるため、流体の流速と圧力が大きくなり、口外に出た瞬間に減圧することで流体が微細な霧状となり発火する。

 従ってこの口は、いわゆる「物を食べたり、息をしたり」する口ではなく、身を守るために頭部下部前方を向いた開閉可能な可燃性の体液の排出器官である。

 これに対して上側の口は通常の、呼吸と食事をする口であり、鋭い牙が鋸の刃のようにジグザグに並ぶ。肉食である。こちらの口は体内の消化器官と呼吸器官につながっている。この二つの口が、頭部の75%程度を占める。

 二つの口の上には、申し訳程度のスペースしかないが、小さな目が四つ付いている。前の二つは顔の両側に離れて正面を向いており、三角法で、見つめたものとの距離を正確に把握できる構造になっている。後ろの二つは、頭部の左右後方の少し高い位置にあり、頭部から少し盛り上がるように付いている。戦闘時など、この二つの目は頭蓋骨の隙間に引き込むことも出来るが、通常は側面から後方と上方を警戒する。

 二本の前肢は例の炎袋の横に折りたたまれるように付いているので、通常は15センチくらいの長さしかないように見える。しかし、実は細長い腕で、力は無いが、伸ばすと思いの外長く、体に似合わず、細かい作業もすることが出来るのは意外である。

「エントレーダさん、ご冗談を。お宅のジュニアをボコボコにした相手ですよ。俺らが、説得したって聞くわきゃ無いし、ましてや手を出さずに制圧できる相手じゃ無いでしょうが。」

「戦いを見ていたものによると、まだ十五・六の子供のようだ。勇敢な貴様の部隊なら恐れることもあるまい。」

 プランラットは若くして副長となった後輩をからかうように話す。

「やめてください。十五・六ならジュニアだって同じ年頃だ。才能のあるやつに年齢は関係ないでしょ。ともかく、努力はしますが、臨機応変にいかせてもらいますよ。部下の命を危険にさらすわけにはいきません。」

 真顔になって彼が言う。エントレーダが無言のままニヤリとすると、それを了解の合図と受け取ったのか、プランラットは軽い身のこなしで竜に飛び乗った。

 すぐにプランラットの体が上へ上がってゆく。

「逃げた男を追うぞ、十五・六の少年だ。白魔術を使う。ジュニアをノックアウトした強力なやつだ。団長の命令で出来るだけ怪我をさせずに捉えろとのことだが、自分の命は必ず守れ。危ないと思ったら伝令を出して、距離をとって監視しながら応援を待て。集合してから時間をかけて九人で対処しよう。二番と四・五番は西へ走れ、三番・六番・七番は南だ。八番・九番は俺と北へ上がる、行け!」

 立ち上がり、ゆらゆらとしていた九つの巨大な異形の頭が、プランラットの号令で、さっと下へ下がる。鋭い矢のようなフォルムになった九匹のドラゴンが三方向に分かれて広大な草原を駆け出してゆく。


 分厚い城壁に穿たれた城門という通路から、シトラウト・シュミッツは城壁の内部に入った。目の前には暗い通路、右手には上へ上がる階段がある。城壁は五階層に造られている。高さは10メートル以上もある。

 城壁の一階と二階部分のこの通路の左手、つまり城外の側は、敵の侵入を防ぐための土で固められた強固な壁だ。

 それとは対照的に、通路の右側は広い部屋がいくつも並んでいる。城壁の内側には窓も取れるし、扉も設置できるので兵士の休憩所など様々な用途に使われている。

 シトラウト・シュミッツは右手の階段を上がった。

 二階はまず、城門の通路に沿って廊下になっている。そこには、通路を見下ろす開口部や、矢狭間などが設けられている。敵が城門内に侵入してきた際に攻撃を仕掛けるための場所だ。

 その他の構造は一階と同じである。暗い廊下の城外側は土壁が、城内側にはところどころに扉がある。

 シトラウト・シュミッツは二階の、蝋燭の明かりの灯された暗い通路を歩いていた。

 一つの扉の前に兵士が立っていた。シトラウト・シュミッツを見つけると敬礼をして扉を開ける。小声で礼を言う。

 中は細長い部屋だ。彼から見て奥には窓がある。部屋にはベッドがいくつも並んでいた。医務室のようだ。そのベッドの一つにジュニアが寝ている。既に服は着替えて、患者の着る白い着衣に変えられている。

 顎から胸にかけて生々しい火傷の跡がある。その下は服で見えない。外から見える、手や足も普段よりも皮膚に艶がある。おそらく白魔法でつい先ほど再生したものだと想像する。それだけ広い範囲が、相手の魔法により火傷を負い、使い物にならなくなっていたということだ。自分の息子のことだと思うと寒気がする。

 シトラウト・シュミッツはベッドの横にたって息子を見下ろした。

「ジュニア…。」

 思わず声が出て自分でもびっくりする。

 しかし更に彼を驚かせたのは、息子がゆっくりと瞳を開いたことだった。

「お父様。」

 ポカンとした表情で父を見上げてくる。

「ジュニア! 無事だったか! いったい何が?…」

 シトラウト・シュミッツは息子の肩に手をかけようとして思いとどまる。横から手が伸びてシトラウト・シュミッツの手を抑えたのだ。

 そちらを向くと白衣を着た中年の医師がすぐ横にいる。髪は薄いが、まだそれほどの年齢ではないのかもしれない。肌に張りがある。ジュニアに集中していて気が付かなかった。

「安心しろ、触らん。」

 少し乱暴に手を振り払う。ジュニアを見る。彼はまた目を閉じている。

「火傷はほとんど完治しています。」

 医師が横から言ってくる。

「体の内部には今は特に損傷はない様子ですので、しばらく休めば何も問題はありません。ただ、一気に白魔術で回復させられたので体の中は、言ってみれば液を絞り尽くしたレモンの皮のような、エネルギがカラカラの状態です。本格的な回復には時間がかかると思います。」

 シトラウト・シュミッツがハッとする。

「手当をした白魔術師の老人は?」

 医師に向き直る。

「あちらに。」

 シトラウト・シュミッツは医師の肩越しに奥のベッドを見た。そこに座っている老人が目に入る。




 彼らの時間が止まった。

 老人の背中から光が入る逆光の状態で、何故か老人の表情の細部までもが拡大されたようにくっきりと見える。

 シトラウト・シュミッツは確信する。

 ジリアラス・ガトウは確信する。

 相手が自分の、運命の定めし敵であると。




 思っていたのとはまるで違う感覚だった。

 もっと憎しみや、恐れ、怒りの入り混じった感覚と思っていた。

 それはまるで、ずいぶん昔、子供の頃に分かれた仲の良かった友達と再会したような感覚だった。

 相手のことをよく知っている。会うのが少し照れくさいような。それでいて安心感のある…。

 これが、『運命の定めし敵』というものなのか。




「すぐに立ち会いますか?」

 当然のようにシトラウト・シュミッツが言う。ずっとそのように教育されてきたのだ。

 老人は皺だらけの顔で、少し微笑んだようだった。

「すまんが、少し休ませてはくれんかのう? さすがに疲れた。」

 老人が手にした杖を軽く上げて、ジュニアを指し示す。

 シトラウト・シュミッツはその杖の先の息子を一目見て、慌てて老人に向き直った。

「そうでした。息子を助けて頂き。ありがとうございます。」

 シトラウト・シュミッツは頭を下げて老人に礼を言う。

「なんとお礼を言ったらいいか、あなたがいなければ息子は殺されていたでしょう。あなたは命の恩人です。」

 その言葉にジリアラスは立ち上がる。彼としては最高に急いでシトラウト・シュミッツの元へ進む。その様子にシトラウト・シュミッツも老人の元へ大股で歩く。

 二人の距離が近づくと、ジリアラスがシトラウト・シュミッツの手を取った。

「どうかあの子を助けてください。あの子に罪は無い。こう言っては何だが、あなたのご子息の方が問答無用で勝負を仕掛けてこられた。」

「聞いております。」

 シトラウト・シュミッツが穏やかに、なだめるようにジリアラスに話しかける。

「事の次第を目撃したものもおり、息子があなたのお連れに突っかかっていったことは明らかです。ただ、おかげさまで息子も命を取り留めたこともあり、お連れにも戻って頂き、ことの仔細を整理したく思います。そうしてあなたのお知り合いに罪が無いという裁定をはっきりと出しておかないと、あとあと何か揉め事に巻き込まれないとも限りません。」

 彼を見上げる老人に優しく説明する。しかし老人は硬い表情を崩していない。

「追っ手を出されたのか?」

「お連れに街に戻って頂くためです。」

「危害を加えるつもりは無いのだな?」

「もちろんです。今の所、被害者はあなたのお連れの方と考えるのが自然です。」

 ジリアラスの小さな瞳がシトラウト・シュミッツの心までも見据えようと、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

 信じていいのかと聞いている。シトラウト・シュミッツはその視線をスッと逸らした。

「少し休ませてくれ。」

 そういうと、ジリアラスは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちそうになる。シトラウト・シュミッツが慌てて支える。既に眠っている。それだけの体力をジュニアに注ぎ込んでくれたかと思うと涙が出てくる。


 草原は晴れ渡っている。

 プランラットは二人の部下を従えてロガリアから北へ向かった。ポペットの森まで約15キロ、鍛え抜かれたドラゴンたちは四半時程でその距離を駆け抜ける。

 プランラットを含めた三騎はロガリアからポペットの森へ向かう細い旧道沿いを走ってきた。このルートが、追われている人間がロガリアから逃亡するなら一番可能性の高いルートだ。東も西も、他の方向では草原がどこまでも続くばかりで隠れる場所が無い。それと比べて北へ進めば、15kmも進めばポペットの森だ。妖獣に出くわす危険は伴うが、逃げ込むなら鬱蒼とした木々の連なるポペットの森と考えるのが自然だ。特に追い詰められた人間は、直面する危険以外のリスクを過小評価する傾向がある。

 しかしここまで、探している少年の姿は見えない。どこかで追い抜いてしまったか…。

 障害物のほとんどない草原のことである。ところどころにあるブッシュか何かに故意に身を隠そうとしなければ見落とすことは無い。ファイヤードラゴンは馬やユニコーンと比較して体重が遥かに重い。走ればそれなりに地面には振動を生じる。普通の旅人なら気にしなくても、相手は追われていることを想定しているはずだし、白魔術師は一般的に感性が鋭いとされる。追われていることに気付き、草むらにでも身を潜めているかもしれない。

 彼は部下の一人をここから西の、ミサリアへつながる街道へ探索に行かせると同時に、自分ともう一騎は速度を落としてロガリアへ戻りながら少年を探すことにした。ヒトの歩く程度の速度で、二人の間に距離を取って出来るだけ広い幅で検索できるようにする。草原にはそこここに灌木の茂みがあり、その都度近寄ってみるが、人の気配は無い。

 もう大分前から、おそらくは十年程も前から、ポペットの森は無数の妖獣の跋扈する森となり、人通りはほとんど絶えている。うっそうとした木々の茂るポペットの森は昼なお暗く、夜は凶暴な妖獣たちの危険にさらされる物騒な森と化してしまった。従って、プランラットが検索するこの辺りの平原にも人の姿はほとんど見えない。だから人に紛れて白魔術師の少年が北上したはずはない。あとは、西か東へ迂回しながらポペットを目指したか…。

 うーむ。

 プランラットはハタと困った。考えるのはあまり得意ではない。

 待ってみるか。

 ふと思った。もしかしたら逃げた少年は夜を待っているかもしれない。

 実はファイヤードラゴンは夜の方が、目が利くのだ。

 迂回するとしてもそれほど遠くへは行かないはずだ。迂回中に見つかっては元も子もない。また、ポペットの森の危険さを少しでも知っていれば、少なくとも森へ入る時には比較的安全と思える、たった一本しかない旧街道を進むのが常識的な考え方だ。

 プランラットはそう決めると部下を従えてポペットの森の方へ逆戻りした。自分は一番可能性が高い旧街道の入り口辺りを、一人の部下にはもう少し西寄りを監視させた。

 ジュニアにつけた火傷の落とし前はきっちりと付けなくてはならない。うやむやにして、この先、誰とも分からない相手に自分たちが舐められ、襲われるようなことがあってはならないからだ。赤の騎士に手を出せば、どのような目に遭うのかをきっちりと世間に示さなくてはいけない。団長の命令に背くわけではないが、相手がもしも手を出してきたなら、彼は容赦をするつもりは微塵も無かった。


 アルは道を外れ、慎重に草原を進んでいた。草原をポペットの森へ進んでしばらくして、地面から激しい振動が伝わってきた。

 追手だ、と確信する。慌てて近くの灌木の茂みへ駆け込み、その中から遠目に巨大な生物が北へ走り去るのを見る。これまでに見たことのない生き物だ。巨大な体が矢のように素早く草原を走り抜けてゆく。アルは恐怖した。あんなのに勝てるわけがない。

 しかし、それでも生き残らなくては。こんな風に意味も無く殺されて堪るか。

 道を更に東寄りにとり、慎重に灌木を経由しながら、腰を低くして北へ向かう。しかし、身を隠せるほどの灌木の間隔は数百メートル刻みだ、不自然な体勢で長く走り続けられるはずもない。

 アルは辺りが暗くなるのを待つことにした。体がもう限界だった。慌てて出てきたので食料など手元に無い。辛うじて水だけは、空気から創り出して喉を潤す。灌木の茂みの中で横になり目を閉じる。あの巨大な生物なら、近づけば目覚めないはずはないと言い聞かせるが眠れるものではない。やっぱり不安に心を押しつぶされ、どうしても我慢できなくなると、少しずつ灌木を移動して北へ進んだ。


 竜殺しのバニシが部下からのその報告を聞いたのは既に昼を過ぎた頃だった。赤の騎士がポペットの森の南端の辺りで休んでいるというのだ。ロガリアからの距離も近いこの辺りで、赤の騎士がただの休憩を取るはずもない。

 バニシはポペットの森を根城にしていた。と言っても奥へ行けば妖獣たちの餌食になりやすく、森の南端から少しだけ入り込んだ、今は放棄された古いロスガルト軍の兵站用の倉庫を勝手に使っている。

 彼は既に朝のうちからウチパスと言う手下の報告を聞いていた。ジュニアが白魔術師と戦い重傷を負ったというものだ。赤の騎士はその流れでポペットの森へ来ていると考えるのが自然だ。

 赤の騎士に挑んだとんまな奴に責任を押し付けて、シトラウト・シュミッツのクソッタレに一泡吹かせるチャンスかもしれない。

「皆に戦いの準備をさせろ、それとウチパスをここに呼んで来い。すぐにだ!」


 日はようやく大分傾いて、辺りは薄い暗闇に包まれている。いわゆる逢魔が刻にさしかかっている。

 アルは慎重に草原を走っていた。背を低くして次の灌木へ、辺りを伺って、また次の目標を定める。辺りは静かだ。既に日は没している。周辺は目に見えて暗くなってきた。

 と、!

 その時、巨大な影がアルの周囲を暗くした。慌てて振り返る。

 巨大な何か。

 振り仰ぐ。ぐっ…。

 夕陽を背にして、陰でディテールが見えない。

「ジュニアに、赤の騎士に深手を負わせたのはお前か?」

 遥か頭上で影が言う。

 アルには地獄からの声に聞こえる。

「そ、そんな、お、お侍様、何かの間違えで…。」

「お前が抵抗しなければ危害を加える気は無い。ただ、詳しい事情を知りたい。私とロガリアへ戻って欲しい。」

「ですからお侍様、私には…。」

 その時、心を何かがザワリと撫でた。ギュッと、胃も腸も肺も締め付けられる。呼吸が出来なくなる。

 ストンと頭から血が抜け落ちる。眩暈がして意識が遠ざかる。

 その瞬間に『自分』がズレる感じがした。今までの自分から、コピーが生じその二つが微妙にズレて、そして再び重なる。

 だが、一つに戻ったはずなのに厳密には一つではない。自分は偽物の薄っぺらいコピーの上に乗っかっている感じ、自分の体と自分の間に偽物の薄い膜がはさまっている、何かがいる。

 しかし思考がぼーっとし、その感覚もすぐに分からなくなる。

「フェムアリシウム、火と炎を司りし精霊たちよ、…」

 突然自分の口がスペルを唱え始める。『ちょっと待て、魔法を使ってはいけな…、何をのんびりしたことを言っている、殺されるぞ!』

 別の自分が、自分の思考を塗り替える。

「今こそ我を信じその怒りをもって我に力を貸したまえ。…」

『待て!ダメだ!ジリアラスとの約束だ!』

 その一瞬、アルの中にあるもう一つの声が沈黙した。

『自分の命を守るためじゃ、致し方ない』

 一瞬の沈黙の後、明らかにジリアラスの声がアルに語り掛けた。

「セム・ブラフ・ガシス!」

 アルが、驚きのあまり動揺した隙に発動のスペルが唱えられる。

 ダメだ! アルが反抗するが既に遅い。自分の中にジリアラスがいる?え、何で?

 アルの白魔法に既に赤の騎士、プランラットは反応している。正面のアルを踏みつけるようにドラゴンを機敏に前へ進める。

 アルはようやくドラゴンの硬い足をかわす。

 アルの放った炎は正面の平原を焼く。草と土との焦げる臭いが充満する。灌木の一つが薪のように燃え上がる。赤い炎が辺りを明るくする。

「止めろ! 戦う意志は無い!」

 プランラットがドラゴンを反転させて怒鳴る。

 『何が! その化け物で踏み殺そうとしたくせに!』アルの声をした誰かが畳みかけるようにアルを焚き付ける。混乱が増幅する。確かに対応しなければ殺される。この声は正しい。

「セム・ブラフ・ガシス!」

 アルが、次第に別の声と心を重ねてゆく。呪文が躊躇なく繰り返される。ここまで来たらやるかやられるかだと物騒に思う。

 勝てるのか?いや、勝たなくてはならない。殺されてたまるか!

 アルの炎がドラゴンを襲う。ファイヤードラゴンは元々炎を吐く竜なので自身も炎にはある程度の耐性がある。顔に炎が当たるのを避け伸びあがるように上半身を立ち上げる。アルの眼前に巨大な灰色の柱が立ち上がったようだ。ドラゴンが腹の厚い皮膚で炎を受ける。背中の騎士をも守れる姿勢だ。

 加えて竜に騎乗した騎士は、先のジュニア同様マントで火を避けている。

 炎が去るとドラゴンが姿勢を戻し、顔がこちらを向く。口の下にもう一つ口があり、そこが開く。

 アルの視界で陽炎が揺らめく。炎が来る。

「セム・ブラフ・ガシス!」

 対抗してこちらも炎を叩きつける。両者の炎が衝突し、四方へ飛び散る。草むらを燃やす炎が一段と広がる。

 辺りの暗さは増しており、赤い炎がアルと赤い騎士とを浮かび上がらせる。

 プランラットはドラゴンをアルから遠ざけた。炎の威力は拮抗している。移動する速度はこちらが上だ。移動しながら攻撃を仕掛けるのが有利と判断する。手を出さないのが、団長の指示だがこうなってしまっては、もう殺し合いは避けられない。



「Hyu,Hiyu,Hihyo,Hwech,Hiwuo,Hipywn.」

 その暗い部屋には、大男のバニシとその手下であるウチパスという名の黒魔術師がいる。

 ウチパスは袖口の広い、ゆったりとした白い道士服を着て床に直接胡坐をかいている。早朝の街で、ジュニアを付け回していた男だ。

 彼の前には魔法陣が描かれている。それは円を基調としており、対称なようで対称でなく、調和しているようでどこかバランスを欠いて不安定で、見ていると何だか目が回るようで気分が悪くなる。

「Hiche,Hyouche,Hyu,Hiyu,Hykere…」

 ウチパスの喉から、笛の音のような音が漏れる。呪文だ。魔法陣に悪魔を呼び出す呪文だ。

 目の前の空気が揺らぎ、何か黒い塊が、もやもやと現れる。徐々に黒い塊に色がつき始める。極彩色の様々な色。赤、青、紫、ピンク、黄色、緑、ぐちゃぐちゃな色たちの集まり。

 その朧な影の大きさは高さが20センチ程で縦に長く、次第にヒト型になる。

 「同士ウチパスよ、今日は何の用だ?」

 その小さなヒト型の塊が低い声を発した。腹に響いてくる嫌な声だ。

 悪魔は名をファウナという。魔法陣の中でふわふわと不安定に浮いている。体中に様々な原色の石を連ねた装飾品を幾重にもしている。首はもちろん、腕、手首、胴回り、腿、足首などいたるところにジャラジャラと派手な石のリングがはめられている。ファウナは片足の足首を、もう一方の腿に載せるようにしてその前で軽く両手を握っている。ギラギラの石の間から辛うじて見える足先も掌も緑がかった灰色で、うっ血しているように肌の色が悪い。手足も顔も、尖がった作りで爪が長かったり、関節部分には針のように突起があったり、鼻や耳の先端は尖り、疣がぶつぶつとあり死人のように見える。しかし眼光は鋭く、ギラギラとしている。

「ファウナ、力を貸せ。」

 ウチパスが低い声で命令する。

 しかしファウナは彼の瞳をじっと見据えたまま返答しない。

 沈黙が続く。

 辺りは静かだ。ウチパスの後ろにいるバニシも息を潜めるように口を開かない。

 ウチパスが根負けして視線を逸らす。先に逸らした方が負けなのは、けだもの同士の戦いと同じだと、ウチパスは気づかない。

「同士ウチパスよ、既に我々はそのような契約を結んでいるではないか。貴様が求めるときに俺が力を貸す。その代償として貴様は俺に貴様のその腐れきった魂をよこす。そうだろ。何を遠慮することがある。」

 諭すような口調だが、目はどぎついままで笑っていない。

「まあ、お前はまだ未熟だからな…。何をして欲しい?」

「ロスガルトの赤の騎士を何人か屠りたい、…出来るか?」

 ウチパスは明らかに気持ちの上でも既に敗者になっている。言葉遣いは対等でも、始めから全ての決定権は悪魔の方にある。後は、彼は誘導されるだけだ。

「勿論、造作もない。」

「お前は力を貸してくれればいい。やり方はこちらで考える。」

「ああ、好きにすればいい。ここでじっくりと見させてもらう。」

 方法までこの悪魔に任せたら、自分の体がどうなるか分かったものではない。奴の持っている、ウチパスにとっては無尽蔵のパワーを体内に送りこまれ、敵を倒す前に自分の体が八つ裂きにされてしまうだろう。だから彼は黒魔術を使う前に必ずこの生意気な悪魔を呼び出して手を出すなと宣言する。黒魔術は悪魔を呼び出さなくても発動するが、ウチパスにはそのパワーを上手にコントロールする能力はまだない。同時に過度に干渉もされたくはない。

 ウチパスは背後に立つバニシを振り仰いだ。二人が目で合図する。バニシの顔が歪む。

 ウチパスが魔法陣に向き直ると、ジャラジャラと浮いていたファウナの姿が掻き消える。

 代わりに現れたのは空から見下ろしたロスガルトの大地だ。ポペットの森とそれに接した平原が見える。

「赤の騎士がこの辺りに。」

 ウチパスが言うと画像がズームになる。

 魔法陣の端にファウナが現れる。大きさは10センチ位に縮んでいる。やはりジャラジャラとしながらフワフワと浮いて、足元の画像を見下ろしている。

「何か見つけたみたいだ。」

 赤の騎士のドラゴンが、ゆっくりと移動している。

 画像がドラゴンの視点に替わる。

 前方にブッシュが見える。そこに人がいる。こちらに背を向けていて、ドラゴンには気づいていない。

「こいつ、赤の騎士は訓練されている。心に隙が無い。」

 ウチパスが洩らす。いつの間にか、顔中汗だくだ。ファウナにとっては意識することさえ必要のない、極わずかな力の提供だったが、それを実際に行使するウチパスにはとてつもない重労働なのだ。

 ファウナが、『ケッ』と憐れむような声を出し、ウチパスの顔を見る。

「手を貸してやろうか? こんなの裸同然だ。お前ほんとに無能だな。」

 ウチパスの意図に気づいて、ファウナがバカにしたように話しかける。どうやらウチパスはこの騎士の心を操りたいらしい。しかし騎士は訓練を受けていてウチパスは容易には心に入りこめないのだ。

「隠れている男、子供?の方だ。」

 ファウナの言葉は無視して、バニシがウチパスに指図する。ウチパスは今までその少年に気づいていなかったのか、慌てて彼に注意を集中する。

「良かった、こっちはガラガラだ、まるで無防備。」

 安心したようにウチパスが言う。そして真剣な表情になる。目を閉じる。

 ウチパスから気配が消えた。既に画像の中の少年に入りこんだのか?

 画像の中では、ようやく少年がドラゴンに気づいて、こちらを振り仰いだところだった。

 短い会話が、少年と赤の騎士との間で交わされているようだ。

 と突然、少年の唇がスペルを刻み始める。その口の動きに合わせたようにウチパスが声に出したスペルが耳に入ってくる。少年の言葉は実はウチパスが発しているのだ。

 赤の騎士がそれに反応して素早く動く。前へ!

 暗くなりかけていた画像が赤く燃え上がる。振り向くと燃え上がる炎を背景に少年のシルエット。

「これでひとまずはよし。後はあのガキが勝手にやってくれる。」

 ウチパスが瞳を開けて立ち上がる。

「行きましょう。」

 バニシを促す。

 ウチパスは床に投げ出されていたロープの束を手につかんだ。ロープの両端には高さ15センチ、直径10センチばかりの透明な小瓶が栓をした状態で結びつけられている。中には液体と何か黒い物体が入っていて時々動いているようだ。瓶は十ばかりある。ガチャガチャと瓶同士がぶつかる音がして、ウチパスが自分の首にそのロープをかける。彼の胸の前に、瓶がぶら下がる。

「せいぜいがんばれよ、黒魔術師ウチパス殿、俺はここで見学させてもらう。でも、あんまりつまんないと帰っちゃうぜ。そしたらあんたは力が制御出来なくなって、自滅して、最後はドラゴンの餌食だ。ケケッ。」

 ファウナが下品に笑う中、二人が部屋を出る。


 白魔法は神『ジークムント』が自らの意思を円滑に発動させるためにアルシアの世界を満たしたことに始まる『神の道具』である。

 それはいつか限られた才能の一握りの人間だけが使うことが出来る白魔法の原動力となる。彼らは白魔術師と呼ばれ、神の特権をあたかも自分のもののように使うようになる。しかしその能力に恵まれなかった人々も、神の道具を勝手に使う不遜な白魔術師の前に抵抗もせず打ちひしがれていたわけでは無い。人は、白魔法に対抗するための様々な知恵や道具を生み出してきた。ジュニアやエントレーダなどの赤の騎士団が身に付けているマントもその一つだ。素材はヒュドラと呼ばれる三つの頭を持つ蛇の皮から出来ている。ヒュドラも炎を吐く妖獣で、皮膚は炎をほとんど問題としない。

 アルは自分の炎が敵にダメージを与えられないと悟ると魔法の種類をあっさりと切り替えた。

「ティンクフラスト、空気に潜みし水の精霊たちよその悲しみの刃を持って未熟なる我に手を貸さん。ソルドクランツ、精霊の力によりて、全てを砕かん!」

 アルの周囲で多数の水が実体化する。その水は一つ一つはこぶし程度の大きさで、高速で回転している。やがて回転が速くなり、こぶしの水が遠心力で円盤のように広がる。それらの円盤は全て敵の方を向いている。

 距離を取ってドラゴンがアルを中心に右回りで回っている。それを追うように円盤も向きをゆっくりと変えている。

 そして矢が放たれる。円盤の中心から針のような突起が伸び出して円盤は完全に針になり敵に向かって飛翔する。

 ドラゴンの速度が上がる。そして距離が広がる。

 水の矢はあくまでも水の矢である。与えられたエネルギを消費しながら飛翔する。飛べば飛ぶほど減速し地面に落ちる。敵はその距離を探っているのだ。その間合いからギリギリ外で反撃のチャンスを狙う魂胆だろう。

 アルを中心とした円の半径が大きくなればなるほど、ドラゴンは速度を上げないと角速度が低下する。角速度が低下すればアルから見たドラゴンの速度は低下したのと同じになる。

 アルの放つ無数の矢は、連続してドラゴンを襲う。しかしドラゴンの速度が早いために矢が届いた時にはドラゴンは既に先に進んでいる。ドラゴンの速度が一定であれば、速さを加味して、ドラゴンの進行方向へ矢を打てるが、騎乗する騎士の操縦が絶妙なためか、ドラゴンは微妙に速度を上下させながら走るため、上手くとらえることが出来ない。

 時折、水の矢がドラゴンの体を捉え、あるものは細い錐のようにドラゴンの体を穿つが、あるものは既にエネルギが不足して皮膚の表面を濡らすばかりである。

 ヒュ!

 耳元で音がする。

 敵の反撃だ。騎乗する騎士が矢を放ってきたのだ。こちらは木製のリアルな矢だ。当たれば致命傷になる。

 次の矢が来る。アルも走る。射掛ける間隔は密ではないが、正確な射撃だ。あの上下するドラゴンの背から放っているとは信じがたい。

「アエリギスランタス、風と空気を司りし精霊たちよ、漂い遊びまわる気ままな精霊たちよ、今ここに己が信念を捨て、我の意志に従いたまえ。ガン・デュトロ・ワウ」

 アルの頭上の空気が歪む。光の屈折の具合が変わったのだ。先ほどまでよりも、草原を燃やす炎の赤の屈折が増え、アルは赤い傘を差しているようになる。

 飛来する矢が頭上の空気の傘に当たる。

 だめだ、距離を詰めないと決定的な攻撃が出来ない。白魔術には精神力を使う、このままではこちらが疲弊して、そしてとどめを刺される。

 アルを恐怖が包む。しかし恐れている場合ではないのだ。無駄な時間が自分を殺す。

 アルは走る。背中を空気の盾が守る。目指すはポペットの森だ。森へ入れば弓は使えない。

 ドラゴンが走るのを止める。頭を上げてアルを見つめているようだが、アルにとっては背中の出来事だ。

 そして、再び頭部が下へ降りる。全力で走っていたあの姿勢だ。

 ドラゴン上で騎士の体が一度浮いたように見えた。ドラゴンが走りだす。騎士の体が、前の動作とは逆にドラゴンの背中に張り付く。一直線に奴が来る。

 アルが走る。

 ドラゴンが見る見るうちに距離を詰め、アルに襲い掛かる。

 もう間合いは5メートルも無い。ポペットの森はまだまだ先だ。

 ドラゴンがさらに距離を詰める。騎士が槍を振り上げる。

 3メートル、2メートル、…。

 アルは走りながら半身をひねり、ファイヤードラゴンと対峙した。目の前、ほんの手の届く位置に奴の巨大な頭部がある。

 ドラゴンが口を開ける。口の中に肉食獣の、鋭い牙がランダムに生えているのが手に取るように見える。

 食い殺されはしない。

 アルは背中から地面に倒れ込みながら、空気の盾を力任せにドラゴンに叩きつけた。

 後ろから襲い掛かるドラゴンの体が突然左に傾く、そのまま左の方向にバランスを崩しながら、曲線を描きながら曲がり離れてゆく。

 そして転倒し地面に激突する。

 ドラゴンは激しく転倒し、騎乗する騎士が投げ出される。ドラゴンがゴロゴロと地面を回転する。

 アルも無事では無かった。ドラゴンの体が空気の盾に衝突すると同時にアルも前方に押し出された。体を丸めて受け身を取る。ゴロゴロと転がる。転がりながら、速度を落としながら、そして踏ん張って体を立て直し、二本の足で立ち上がる。体をひねり、森へ走り出す。曲芸並みの軽業だ。

 ドラゴンはアルの放った空気の盾に激突した。目に見えない壁に突然激突したドラゴンはパニックに陥りコントロールを回復することなく前方に倒れた、倒れて転がった。不幸だったのはアルのように体を丸めることが出来ず、首で体重を支えるように倒れ込んだことだ。

 プランラットは傷む体をようやく起こした。彼はところどころで出血する自分の体のことなどまるで気にすることもなく、バディである彼のドラゴンへ駆け寄った。

「おい! クロイツ!」

 プランラットの顔中を血が覆っていた。露出した両手も赤黒く染まっている。

「クロイツ!」

 プランラットは自分の体ほどもあるドラゴンの頭を抱えて額をなでる。ファイヤードラゴンの前の二つの目を覗き込む。クロイツが明らかに彼を見返してくれたことを感じる。

これまで戦場を駆け抜けお互いの命を守り合ってきた本当の意味でのバディ。

 ドラゴンが小さく炎を吐く。

「クロイツ。」

 再び目が合う。

 ・・・

 ・・・


「プランラット。」

 彼は既に動かなくなったドラゴンの横にたたずむ部下に穏やかに声をかけた。

「団長。」

 見上げるプランラットの瞳には悲しみが充満している。

「奴は森へ逃げ込みました。すぐに追って下さい。私もすぐに・・・。」

 シトラウト・シュミッツは自分のドラゴン、スヒャルツの頭を下げ、草原に降り立った。スヒャルツが既に動かなくなった戦友のにおいを嗅ぐように横たわるドラゴンに頭部を寄せる。

 悲しく鳴いた。

「お前はここにいろ。私がかたを付けてくる。」

「行かせてください! こいつの敵を私の手で取らなければ、こいつが浮かばれません。」

 シトラウト・シュミッツがプランラットの顔を正面から見つめる。

 プランラットの目に、いつもの上官の表情に重なって穏やかな別の人物の表情が見える。ひどく年を取った老人だ。誰だ?

「私には全て分かっている。今は待つのだ。必ず機会は与えてやる。」

 シトラウト・シュミッツはプランラットにそれ以上何も言わせずに立ち上がった。

 見回すと、上官以外に自分の部下一人と、そして何と怪我をしたはずのジュニアが、ドラゴンに騎乗して隣にいた。

 ジュニアが寂し気な瞳で彼を見下ろしている。朝には生死の境にいると聞いていた。何という回復力だと驚嘆する。

 いくら有能な白魔術師が治癒に手を貸したとはいえ、基本的には自分の力で体を直すのだ。白魔術師の出来ることは、彼自身の持つ治癒能力を最大限にまで加速することしでしかない。従って白魔術師が有能であればあるほど、ジュニア自身の体自体は疲弊を極めているはずなのだ。とてつもない体力と、いやおそらくは気力の持ち主なのだ。

 ジュニアの顔や首に残る、酷く焼けただれた火傷の跡がその戦いと治療の厳しさを物語っている。

 それ以上、プランラットには声をかけず、シトラウト・シュミッツは自分の竜にまたがり、先頭を切ってポペットの森へ疾走した。

 プランラットは再び横たわるバディの横に座り込むといつまでもその頭部を撫で始めた。


 アルは森の中の道を走っている。ポペットの中を抜ける古い道だ。破棄されて、遺跡のような佇まいがある。幅は5メートルくらい。石畳の間から雑草が好き勝手に伸びている。道の脇の木々が伸ばした根がそこここで敷かれた石を上に持ち上げていて、凸凹しているので走りにくい。ただ、路があるおかげで上には空が見えていて、月明かりが足元を照らしてくれている。春はまだ早く、虫の音は聞こえない。しん、と静まり返っている。

 道はほとんど使われていないようだったが、全く未使用という訳ではなさそうだった。ところどころに荷馬車が通った新しい跡がある。アルは知らないがポペットの森にはまだ、「ソウ」という村が存在しており、実際はそこの住人が時々ここを通るのだ。

 先ほどまでの戦いで、手足は血まみれである。止血していないので、まだ血が流れている所さえある。しかし治療のために止まって死ぬよりは遥かにいい。

 自分はあの生き物のことを知らなすぎる。あのドラゴンの視力、聴力、持久力、それを知らずにどこをどのように逃げればいいか、答えなどあるわけがない。今だって、いつ追いつかれるか分からない。ジリアラスの言いつけを破って二人目に手を出してしまった今、赤の騎士団の全てが完全に敵なのだ。

 アルシアの世界においても、このポペットの森のように、妖獣の住むエリアは現在は限られており、加えてそのテリトリーが人の生活圏と重なることはほとんどない。妖獣たちは強力な肉体と特殊な能力を持つが、繁殖し拡散してゆく能力は高くない。そのためほとんどは人に駆逐されてしまった。白魔術師の中でも妖獣使いと呼ばれる人々は、確かに妖獣を使役して自らの欲求を満たすが、主には妖獣たちの命を守りたいと願いその道に特化するものが多いと聞く。残念ながらアルはその人達にあったことが無かったし、妖獣に関する知識もほとんどない。ジリアラスがどのように考えていたかは分からないが、彼はアルにはそういった知識は必要ないと考えていたのか、もしくはまだ早すぎると考えたのか、それともジリアラス自身が何らかの過去の経緯から妖獣使いに会いたくなかったのか、なにも教えてはくれなかった。

 そんな雑駁な思考が無駄に脳と精神と、五感を支配する。考えても無駄なことばかりが頭に浮かび、今本当にどうすればいいのかを考えようとすると、意識が散漫になり、いつの間にか先ほどまでと同じような他愛もないことを考えている。

 何かがおかしい、そう思った瞬間、何かがのそりとアルの心の中で動いた。思い出した、なぜ忘れていたのか、さっきのやつだ。自分の中にいるはずの無いジリアラスの言葉を使って語り掛ける奴が自分の中に潜んでいるのだ。

 あの時自分の意志とは関わりなく、自分はスペルを唱えた。その後も次々と攻撃的な魔法を躊躇なく使い続けた。最初の時は違和感があったが、そのうち気にかけずにそんなことを続けてあの赤の騎士を怒らせたのはなぜだったのだろう。

 そんなことを考え始めると、気持ちが更にざわざわとし始める。心臓がドクドクとするのが分かる。呼吸が乱れ走るのが苦しくなる。

 足を止める。息が切れたこともあるが、それだけが目的ではない。精神と全ての神経を自分の心の内側に集中する。集中する。集中する…。

 あ。

 目を見開き、バッと、空を見上げる。

 そこには、…。

 そこには巨大な瞳が…、アルを見下ろしている。

 巨大な瞳は一瞬で瞼を閉じ、空に溶け込んだ。星空が戻ってくる。

 何だ?

 何だ、今のは?

 慌てて辺りを見回すが何もあるわけがない。

 そうだ。

 再び精神を集中する。

 再び心の中に集中する。

 …再び巨大な瞳が見える。それが今度はアルの心全体を見下ろしている。濁った白い目の中央に黒い瞳が有る。全ての方向から見ても同じように白濁した球と中心の黒い球に見えるが、どちらを見ているかはなぜか自明である。今のアルは更にその外側で、アルの心全体とそれを見下ろす巨大な目を見下ろしている。よく見ると目からは何本かの細い糸が、アルの心に伸びている。『ああ、あれで俺を操っているのか』と分かる。切ってやろう。

 アルがそう思うと、周囲の空間が歪み始める。糸に焦点を合わせてゆくと、空間の歪みが糸に収斂してゆく。

 ブツリ。糸は簡単に切れた。それに加えて巨大な目も歪み、血を流す。

 目の発した悲鳴か、音にならない音がアルの耳を塞いで意識が戻った。

 暗い林の中だ。自分の心が自由になったのが分かる。さっきまでなぜ気づかなかったのだろう。今と比べればどれだけ窮屈だったことか。

 ふと周囲に気配を覚える。

 ガサリと音がして、脇の森から一人の男が道に歩き出してくる。

 白い道士服を着ている。

 首に沢山の太めの紐を架けている。両端に小さな瓶の結び付けられた紐だ。瓶の中は液体で満たされており、中に何かが入っているが小さくてアルの目では何か分からない。

 男は道の中央に進み出ると、アルと相対するように立った。

「妖獣使いのウチパス・ヴァルメルだ。」

 妖獣使い?のヴァルメル?、ただ名前が違う。ジリアラスが言っていたのは、確かバルジ?、少なくともウチパスではない。

 アルが問いかける前にウチパスが言葉を続ける。

「そして、竜殺しのバニシ様の部下だ。更に、黒魔術師でもある。」

 その言葉と同時に、アルを激しい衝撃が襲った。黒魔法だ。

 黒魔法はスペルを介さない。意思に反応して瞬時に発動する。黒魔法のシステムはこの時代、ほとんどがまだ謎であった。実際には黒魔法も、白魔法と同様の基本法則で成立しているのだが、まだここでは謎のままにしておく。

 アルは後方に突き飛ばされるように尻餅をついた。アルの目が闘志に湧きたつ。

「お前には直接の恨みはないが、バニシ様の命令だ。お前、バニシ様に何、盾突いたんだ? あの人に勝てるわけがないだ…。うわ!」

 突然ウチパスの服が燃え上がる。ウチパスがパニックから声を上げる。

「うわ、ヤバイ、熱い、消してくれ!」

 瞬間に火が消える。

「よくもやったなあ、この、…。」

「貴様、何者だ?」

 ウチパスの胸の前に突然現れた小さな人影がアルに問う。身長は30センチ程か。フワフワと浮かぶような感じだ。足元に幾何学模様がかかれている。魔法陣だ。

 その姿はひどく黒ずんでいて痩せていた。まるで包帯をまとわないミイラのようだ。体には無数のネックレスやブレスレット、アンクレットが見える。どぎつい原色の石が、数百は体中にぶら下がっている。

 そして、ギラギラとした目をしている。

「悪魔、か?」

 アルはその姿を初めて見たが、すぐに相手が何者か分かる。それほどまでにその生き物は、その名前の通りの邪悪な雰囲気をまとっている。

「いかにも。」

 悪魔が口元を歪め、おそらく彼なりに笑っているのだろう、アルを見据える。

「それより貴様の白魔法にはスペルがいらないのか? 声を発したようには見えなかった。」

「ん?何を言っている。白魔法がスペル無しに発動するわけがないじゃないか。」

 悪魔の突然の予想外の問いかけに、反射的に返答する。アルは自分がやっていることをまるで認識していない。

「そんなことはどうでもいい! ファウナ、邪魔だ。お前はさっさと帰れ!」

 三人の中で一人落ち着かないウチパスが、悪魔を押しのけようとする。しかし悪魔は幻影だ。手が素通りする。

「一人でやるのか?」

「当たり前だ、貴様は消えろ。」

 悪魔がウチパスを見て残忍に笑った。ウチパスの動きが止まる。顔面が蒼白だ。

 黒魔術師と悪魔との関係は微妙だ。使役していると思っている悪魔にいつの間にか支配されていることは珍しいことでは無い。

「それがウチパス殿のご命令なら、そうするのが我らの契約だ。テキパキとやれよ、あんまり時間がかかるようだと俺も面倒が見切れないぜ。何せ消えなくてはならないからな。おい、ボウズ、だとさ、しかし、貴様とはまた会えそうだ。」

 悪魔は本当にあっけなく、プツリと消えた。

 最後に残した悪魔の一言がアルの頭の中で繰り返えされる。『また会えそうだ』と言われた時の、死人に微笑まれ、憑りつかれたような嫌な感じ。恐怖。背筋がゾッとする。しかし、今は恐れている場合ではない、何としても生き延びるのだ。

 こちらはこちらで、悪魔の残像を打ち消すようにウチパスが前に出てアルを睨み付ける。アルは反射的に脇に飛びのく。体の横を何か目に見えないものがものすごい速度で、突き抜けた感じがする。間髪を入れずにアルの背後から激しい振動が伝わってくる。

 黒魔法で生み出した衝撃波だ。白魔法を使う余裕などまるでない。

 力の差が大きすぎる。

 自分の白魔法の力では、こいつの黒魔法には太刀打ちできない。いくら最高強度の空気の壁を作ろうと、奴には薄い板と変わらない。いくら炎で奴を焼き尽くそうとしようと、奴は炎を一瞬でかき消してしまう。自分にはこの貧相な男から逃げ回ることしか出来ない。

 集中力が散漫になる。

 その時、突然体が拘束された。初めに足に何かが絡みついた。びっくりしてそちらを見下ろす。

 そこには身長75センチ程の美しいブルーの妖獣がいた。二脚で歩く猿に近いが体毛は全く無い。

 コボルドだ。全身が暗い青の皮膚で覆われている。瞳は美しい明るいブルーだ。手が長く足は短い。極端に痩せている。知能はあまり高くないのか、ただ必死に、単調にアルに飛びつくことを繰り返しながらアルの動きを封じようとしている。

「言っただろ、俺は妖獣使いでもある。」

 例の、首から下げた小さな瓶の一つを握って、ウチパスが自慢げに言う。瓶は空になっている。あの中にこの妖獣たちを封じ込めていたのだと分かる。

 コボルドは三体、アルの両足と、正面にそれぞれ一体ずついる。深い山奥で深い穴を掘り、その奥で暮らしながら、掘り出した青い鉱石を食う生き物だ。

 ウチパスの攻撃が来る。今度はアルにもその気配のようなものが分かった。空気の振動のような波動だ。なるほどこういう使い方もあるのかと、感心する。空気は固めるだけが使い方ではないのだ。

 盾を発動する。出来るだけ分厚い壁をイメージする。自分の正面に、この妖獣たちも守れるように。

 激しい衝撃がアルを打ちのめす。アルの作った空気の盾が一瞬で消散する。体中がギシギシと音を立てるようだ。体中が傷みの塊と化す。目や口や耳などから血が噴き出してくる。意識が遠のく。ふと視界の隅に、ウチパスの攻撃で絶命したコボルドの無残な体が見えた。何とも納得できない理不尽さが、胸をひどくねじる。

 死んでたまるか。

 それだけしか考えられない。

 また来る。アルには分かる。

 もっと強い盾を。傷だらけの体で必死に考える。アルの前に分厚い壁が立ち上がる。土と大地の精霊が、壁を作りだす。

 ドゴン!! 内臓がかき混ぜられるような、低い音が響く。壁にウチパスの衝撃波が衝突したのだ。

 壁が、壁が攻撃を持ちこたえた。

 壁はまだ立っている。アルの魔法が、ウチパスの黒魔法を防いだ。

 ドガン!! 次の一瞬、壁が砕け散る。アルをまともに衝撃波が襲う。体中がひどくねじられながらアルは吹き飛ばされ、石畳の道に叩きつけられる。ウチパスの衝撃波が、飛翔する弾丸のようにねじりを加えられながら放たれたのだ。アルは自分の内臓の全てがグルグルにねじられて出血していることをイメージした。このままではいつまでも生きられるはずもない。

 くそ、死にたくない。

 死にたくなければ考え続けるしかない。

 より強いイメージを…。

 横たわるアルの前方に、何か光が集結し、結晶してゆく。

 金属が生成されている。徐々にではあるが、光沢のある塊がゆっくりと成長している。しかしそれはあまりにも遅い。

 ウチパスが、あざけるように次の衝撃波を放つ。アルに再び直撃する。金属の壁は未だほんの小さな塊に過ぎないのだ。

 白魔術は錬金術では無い。そこに無い物質を新たに創り出すことは出来ない。この地の土壌に十分な量の金属が含まれていなければそれを精錬して純化することは不可能である。

 ウチパスがアルに近寄ってくる。愚かな敵にとどめを刺すことが目的なのは明らかだ。

 しかしアルは考え続けている。死にたくない。死んでたまるか。それだけが、すべての根源にある。考えろ、ここに豊富にあり、自分を守ってくれるもの。

 森がザワリとする。

 ウチパスが歩を止めて辺りを見回す。深夜の深い森。どこまでも深い森。

 再び森がザワリとする。その瞬間、道の脇から無数の枝葉が、矢の飛び去るほどの速度で伸びてくる。あっという間に、ウチパスとアルの間に緑の壁が生成される。

 アルの魔法が植物を『成長』させている。

「くそお、生意気な。」

 ウチパスが衝撃波を放つ。

 しかし、しなやかな木々はその力を受け、その一部は受け流し、破壊されながらもアルまでは届かない。

 ウチパスの瞳が憎悪に燃える。木々に炎が放たれる。ウチパスが黒魔法で着火したのだ。しかし、木々の成長する速度はそれを遥かに上回り、炎は緑の葉に包まれて勢いをなくし消えてゆく。

 木々は更に育つ。アルは既に緑の葉に全身を守られている。

 緑たちが明らかに意思を持って、ウチパスに向かう。ウチパスが炎で対抗する。ウチパスめがけて襲い掛かる木の枝が次々と燃やされてゆく。しかしそれでも木々は決して怯まない。森全体が、全方位からウチパスめがけて殺意の枝を伸ばす。

 ウチパスが燃やす後から、後から後から、木々が更に勢いを増してウチパスに覆い被さって行く。ウチパスの怒りが、更に増幅して木々を焼くが、木々も更に勢いを増してウチパスを襲う。

「くわああああ!」

 ウチパスの炎が突然、勢いを増す。これまでになかったような激しい炎が木々を襲う。

「ぐぁわっ!」

 しかし、叫び声を上げたのはウチパス本人だ。今、炎は木々を呑み込み始めた。圧倒的な速度で炎が木々を駆逐して行く。

しかし彼にはその炎は強すぎるのだ。自らの意思に反するように、更に、更に自分の放つ炎が自分の意志とは無関係に、勝手に巨大化してゆく。

 この絶対的に優位な状況で、ウチパスが戦慄する。このままでは殺される。誰に? ファウナに!

 ファウナが、ウチパスの制御を放棄したのだ。彼から流れ込む強大な力がウチパス自身を押しつぶしてゆくのが、ウチパス自身には分かった。

 早くとめないと…。

 ウチパスは無謀にも、いや賢明にも自らファウナの巨大な力に逆らうことを放棄した。

 既に彼にはそうすることしかできなかったのだ。彼の能力で制御できるほど、ファウナの力はちっぽけでは無い。早々に責任を放棄したのは現実的には正しい選択だ。

 巨大な暴力が彼の中を通り過ぎてゆく。自分自身で、自分自身の大切な部分が壊れてゆくのが分かる。ああ、死にたくねえなあ。

 ウチパスを炎が包む。炎が周囲の木々を焼き尽くす。炎はウチパスをも包み込む。熱と恐怖が彼の肉体と精神を極限まで追い込む。

 そこで炎がふっと消えた。

 ファウナが力の開放を停止した瞬間だ。ウチパスの体が、木の棒が倒れるように、ばたりと地面へ倒れる。

 周囲には焼け焦げた植物の残骸が、足の踏み場もなく残っている。ウチパスの正面には黒い盛り上がりがある。焼け焦げた植物の塊だ。壁にへばり付いた蛾の繭を連想させる。

 ウチパスの精神は既に自らの耐えられる限界を超えていた。瞳は虚ろで、精気が無い。口元は力なく開き、よだれが零れ落ちている。

 ウチパスがゆっくりと立ち上がる。その動作はどこまでも緩慢で、ふらふらと危なげだ。薄く笑ったような表情の彼は、呆然と振り返ると月に照らされた道へ、ポペットの森の奥へと踏み出した。歩くにつれて、首から下げていたロープの、辛うじて残っていた繊維がはらはらと地面に落ちる。ぶら下げていた十数個の瓶は既に破壊されたのか跡形もない。

 ウチパスが妖獣の森へ消えてゆく。


 森の中を三頭のファイヤードラゴンが整然と走る。狭い道なので縦に一列に並んでいる。先頭はシトラウト・シュミッツ、父親に続くジュニアが二番目だ。

 急にシトラウト・シュミッツがドラゴンを止める。

「敵がいる。」

 シトラウト・シュミッツはドラゴンを降りるとジュニアにもそれを促した。

「この先に二・三十人は隠れているようだ。ドラゴンを連れたまま、この狭い道で周りから襲われるのは不利だ。敵の裏をかこう。」

 ジュニアは父と並んで月明かりに照らされた道の先を見る。森はしんと静まり返り、ジュニアにはその気配はまるで分らない。

「どうやら取りあえず我々の敵はアルシリアス・ブルベットではないらしい。」

 シトラウト・シュミッツはジュニアにそう言い置くと、後方でまだ騎乗中の部下に声をかけた。

「お前はドラゴンを連れて森の外へ戻れ。」

 部下に指示する。まだ若い部下だ。ここで連れてゆくならジュニアの方だと判断した。満身創痍だが、剣の技能と精神力が違う。若い部下も立派な騎士ではあったが、ギリギリの心構えが感じられない。彼はまだ人を殺したことが無い、そしてシトラウト・シュミッツには若者がそれをする所がどうしても想像できない。一方ジュニアは人を殺すことを躊躇わないことを知っている。

 シトラウト・シュミッツとジュニアは自分のドラゴンたちが森の入口へ戻ってゆくのを見送った。

「行くか。」

 シトラウト・シュミッツが息子に声をかける。ジュニアが無言で頷く。

ちゃんと声に出して返事をしろと言いたいが、これが自分の育てた息子だ。おしゃべりだったこの子がほとんど口をきかなくなったのは、自分が剣の手ほどきを始めてからだ。

必要最小限の言葉で、二人は道を歩き始める。次第にジュニアにも父親が話していた意味が分かってくる。緊張した人間の気配が道の先から濃厚に漂ってくる。

 父がジュニアに左手の森に入るように指示する。ジュニアがうなずいて森へ向かう。

「ジュニア、平気か? 敵の数は思ったよりも多いようだ、覚悟しろ。」

 その言葉に足を止めたジュニアが振り向くが、シトラウト・シュミッツは既に森に消えている。

 ジュニアは、敵の気配に意識を戻す。

 道を外れ、森へ踏み入ると射していた月光が幾重にも重なった木々の枝葉に遮断され、一気に暗くなる。しかしそれでも目が慣れてくると、いくらかものが見えてくる。木々の間を出来るだけ音が立たないように進む。春を迎えたばかりで、森に音は無い。木々の間には膝丈くらいまで下草が茂り、それをかき分ける時に生じる葉のこすれあう音がやけに大きく聞こえる。

 体中の神経を全て鋭敏に尖らせる。

 ここ何日もこの感覚が欠如していた。あの時、あの食堂のそばを通りかかった瞬間から、すべての思考があの少年に釘付けになってしまったのだ。

 それだけ、彼の放つ『殺気』は自分にとって魅力的だったのだ。凶暴なほどの強さを秘めた、純真な心。旅の中で色々な経験を積んで、一見世間ずれしたような言動を取る彼だったが、その実は純粋で攻撃的だ。その純粋さと凶暴さに自分は心を奪われたのだと、今は確信している。

 彼は強い。おそらく自分がこれからどれだけ修業しようと、戦場で人殺しの経験を積もうと、彼の強さには及びもつかないだろう。彼と自分とでは、元々持っている何か、そう運命のようなものが違うのだ。

 それでもいつかは勝ちたいと思う。

 緊張したまま森を進むと、森の中に潜むように、いくつかの人影が現れた。道の方を向いて弓を準備している。なるほど、あそこを通りかかればただでは済まなかっただろう。

 ジュニアは冷静に剣を抜いて、出来る限り静かに森を進む。

 静かにとは言っても下草の生い茂る深い森だ。葉を揺する音、枯れ枝を踏みつける音が鳴らないはずもない。しかしそれでも、敵は気が付かない。奴らも緊張しているのだ。

 ジュニアは彼に一番近い、一人目の背後から敵に近づくと、無表情に剣を上段に振り上げた。

 最近では、これから人を殺すのだという感覚をほとんど感じない。

 このアルシアでは、死はそれほど遠い存在ではない。病気や事故で死んだ人を見ることは稀では無かったし、治安機構が整備されているとはいえ、個人が届け出もなく武器を携行するのが当たり前の世界である。諍いはそこここで見られたし、犯罪者の犠牲になって殺される人も数多くいる。自分で自分を守らなくては誰も助けてなどくれないのだ。

 特に職業として軍人を選んだ彼にしてみれば、死は仕事につきものだ。罪人の処刑などを見ることも多く、人が人を殺すことは既に彼には珍しいことでは無い。自分自身でもこれまで何人切ったかなど覚えてもいない。そう言った生活の中で、初め繊細だった死に対する感覚も次第に麻痺してくる。既に今のジュニアには戸惑いも恐れも、そういった懐かしい感覚はない。

 というよりも、彼は既に、より刺激的な戦いを求めてさえいる。

 剣を少し下げて横に薙ぐ。袈裟に切るには木の枝が邪魔だったのだ。敵の首がスッパリと切れる。鋭く研ぎ上げた剣である。刀身が約12°程度、理想的に反り返り、無駄に体に食い込んでゆかない。綺麗に切れ、綺麗に抜けてくれる。

 こういった刃物の鋭利さは、耐久性とのトレードオフの上で成り立っている。よく切れる剣は、使えばすぐに切れなくなる。従って騎士には剣と言っても、「切る」のではなく打撃によって敵を殴り殺す剣を装備するものの方が圧倒的に多い。そのタイプはこのジュニアの剣のように触れれば切れるようなものでは無く、叩き殺すか、刺し殺すことを目的として作られたものだ。元々切れないのだから、いざというときに切れなくなるなどということが無いし、そもそも売値が安い。

 ジュニアにしてみれば、自分の使うような刃先端の鋭利な剣であっても、使いようで刃はいくらでも長持ちすると思っている。技巧の問題だ。刃が傷まないよう切り殺せるように日々の訓練を怠らなければ十分に使いこなせる。

 目前の敵は声も立てずに絶命した。叩き殺す剣では、こうはいかないのだ。体が倒れるときに重苦しい振動と、ガサガサという音がする。やはり特に何の感慨も湧かない。

「どうした?」

 そばにいた別の敵が不安げに声をかけてくる。ジュニアは黙る。彼のことはシルエットとして見えているはずだ。

「どうした?」

 繰返しの問いに、そのままでは済まなくなる。しかしそれでもジュニアは沈黙を持って返答する。

「…。」

 ジュニアの返事に、今度は相手が沈黙する。

 短い沈黙。

「お前は誰だ?」

 ジュニアが跳躍した、敵との距離を一気に詰める。暗闇の中の男のシルエットが弓を捨てて腰の剣に手をかけた瞬間に、ジュニアが袈裟に切り倒す。二人目が倒れた。

「どうした!」

 別の敵が声を出した。気づかれた。ジュニアは暗闇の中の次の気配に向かって突進する。直線の動きだ。今度の敵は既に剣を手にしている。

 上段から切りかかる。敵が頭上に剣をかざしてジュニアの剣を受けようとする。ジュニアはその動作に、一歩踏み込む。ジュニアの剣の付け根辺りが、高速で頭上に掲げられた敵の剣に衝突する。全身の力を込めて振り下ろされた剣は、そのまま敵の剣を強引に押し下げ、瞬時に頭部に達する。押し下げられて来た自分の剣に押しつぶされるように首が不自然に曲がって、ゴキリと変な音がする。ジュニアが足で敵を前方に蹴り倒す。

 矢が飛んでくるが木々が遮ってくれる。木々の間をジュニアが走る。

 うっそうとした森だ。木が邪魔で誰も自由に動けない。そんな中、ジュニアは腰を下げ出来るだけ直線的に、敵を見極め突き進む。この明るさなら、その方が矢に当たりにくい。

 また一人を殺し、次を探す。次を殺して、その次を探す。敵は既にパニックに陥っている。複数の敵が協調して攻め返してくるような動きは見えず、ジュニアの姿さえ見失っているものばかりだ。あたふたと剣を握りしめて周囲を見回すばかりの敵に、ジュニアが負けるはずもない。

 ジュニアは飽きもせず、殺戮を繰返す。まるで、意志の無い機械のようでさえある。脳に組み込まれたプロトコルに従い処理が進んでゆく。

 そんな単調な戦いが続くうち、敵は戦意を喪失した。幸いに生き残った敵たちが三々五々逃げ始める。暗いためにジュニアは認識していなかったが、着の身着のままのような野盗の群れである。頭領の強さを頼りに集まった社会不適合者たちの集まりだ。結束は低い。

 ジュニアはそれでも、それが義務のように逃げ遅れた敵を順繰りに切り伏せてゆく。


 竜殺しのバニシは、ウチパスから赤の騎士が三騎、森に入ったとの連絡を受けて旧道沿いに奴らを待ち伏せていた。ウチパス一人であの生意気な小僧を追わせ、残りの兵を旧道脇の森に潜めた。通りかかった奴らの足を弓で止め、一気に殲滅する作戦だ。この細い道ではあの厄介なドラゴンもでかすぎて大して役に立たないことは、昔の経験から承知している。

 今か今かと待つうちに、何やら道の反対側の森で騒ぎが起きた。

 バニシは瞬間的に事態を把握した。裏をかかれたのだ。奴らは既に竜を捨てて、森に入っている。

 彼に迷いは無かった。すぐに森の奥へ逃げ出す。赤の騎士三人と面と向かって戦って勝てるわけが無い。

 そこで気が付く。自分の周囲には既に誰もいない。森を走りながら、既に自分が孤立している事に気付く。

「懐かしい顔だ。」

 真後ろ直近から声がする。走っているのに、やけに穏やかな声だ。

 忘れもしない、あの男の声だ。

「走るだけ無駄だ。」

 背中から殺気を感じて、とっさに左へ避ける。そのまま木にぶつかって、転倒する。

 木々の葉の激しく擦れる音が周囲に響き渡る。

 受け身を取ってそのまま立ち上がる。しかしすぐ後ろにいるはずのやつはいない。

 ガサリと音がして闇の中からその男が現れた。

「シトラウト・シュミッツ…。」

「生きて貴様に再び会えるとは思いもしなかった。」

 無表情に距離を詰めてくる。

「それにしても意気地の無いのは変わっていないようだな。口先だけの臆病者め。」

 バニシがギリリと歯ぎしりをする。

 シトラウト・シュミッツが近づいてくるので、後ずさりながら立ち上がる。背中を木にぶつけて再びバランスを崩す。

「お前を最後に見た、あの戦いは酷かった。貴様が臆病風に吹かれたせいでどれだけの人間が死んだか分かっているのか? 貴様を信じて従っていった奴らはほとんど全滅した。それもすべて最後の最後で貴様が逃げ出したせいだ。貴様を見失い、動揺した貴様の部下たちが我先に敵前から逃げ出したためだ。あの戦いは酷かった。赤の騎士も何人もが命を落とした。」

 シトラウト・シュミッツは既に抜刀している。昔から気の短いのは変わっていない。

「勝手を言うな、お前はあの勝ち目のない戦いを俺たちに押し付け、自分たちだけ生き延びようとしただろうが!」

「いくらでも反論したいところだが、悔しいかな、今となっては我々当事者には判断できぬことだ。貴様も私も、平時から考えれば人として悪いことをし過ぎたのは間違いないだろ? もう私にはあの時の行動が正しかったかそうでなかったかなど分からない。ただ、生き残り、家族を、国を守るためという点では間違って無かったと思うだけだ。平和な、命のやり取りの無い立ち位置から見える、どうでもいい結論は、後の世で歴史家が決めてくれることだ。…しかしだ、しかし一つだけ明らかな事実がある。それは貴様があの戦場から仲間を見捨てて逃げ出したことだ。その事実は何があっても覆らん。」

 シトラウト・シュミッツの剣が木々の間を抜けてきたわずかな月明かりを反射する。アルシア一の刀匠の誉れ高いドルメドルの一族の研いだ剣と聞いている。既にバニシの部下を切り殺した証拠に、沢山の血液が付着している。

「うちの団員達に酷いことをしてくれたな。なあ、貴様も私が嫌いだろう。今日で会うのは最後にしてやろう。」

 バニシが体勢を立て直して鎚を下段に構える。しかし長い鎚はこの森の中では明らかに不利だ。

「卑怯な! いや、やめろ、やめてくれ!こんな森の中じゃ俺の武器は役に立たん。正々堂々と勝負しろ。」

「正々堂々? どうでもいいことだ。貴様は既に生き過ぎた。死ね、ガムゼス・バニシ。」

 シトラウト・シュミッツは、冷たい瞳でバニシを上段から切り下ろした。バニシは金属の鎚の柄を使って、振り下ろされる剣を受けようとするが間に合うはずもない。同時に体を捻って逃れようとするがこれも遅すぎた。

 ザクリと剣が筋肉と骨とに食い込む音がする。

 シトラウト・シュミッツは剣を引きながら、一気に下までおろした。バニシの巨体の前面に赤い筋が描かれ、そして血液が噴出する。

 シトラウト・シュミッツは反射的に瞳を閉じ、全身に鮮血を浴びた。目を閉じることにはリスクを伴うが、血を浴びて視力を失うことは戦場では更に危険だ。

 彼が閉じていた瞳を開けると、赤く染まった顔の中に、ジュニアと同じ色彩の二つの青い瞳が浮き上がるように現れた。


 ジュニアは剣を納めて道へ出た。月光を浴びて血まみれの体が浮かび上がる。しかしその姿は彼自身には見ることは出来ない。

 その時、地響きに似た巨大な音と振動が森の奥から聞こえた。反射的にジュニアが道を先へ走る。静かだった森がにわかに騒がしくなる。沈黙していた鳥や獣、妖獣たちがそれぞれに不安から鳴き声を上げる。

 アルシリアス・ブルベット! 彼を保護しなくてはならない。自分の不用意な行動のおかげで、酷い誤解を受けて逃亡している少年だ。彼は強い。しかし、彼は軍人では無い。自分と立ち会った時がそうだったように、敵に対して躊躇があれば、間違いが、彼が殺されるようなことが無いとは言い切れない。急がなくては。

 この件が一段落したら、自分は自分の行動の責任を取らなくてはならない。既に父である団長から言い渡されている。王の名において自分は隊を離れなくてはならない。

 当然の報いだし、その位しなくてはあの少年の立場が保たれない。私が王から明らかな処罰を受けなければ、赤の騎士たちはけじめを付けるために、あの少年をそのままにしてはおけないだろう。父から王に申し出た処分だった。ただ、王は慈悲深かった。事情を聞いた上で、ジュニアの身分を王が預かると言ってくださった。

「シトラウト・シュミッツ、何もそこまで杓子定規に決める必要はない。お前の息子はまだ若い。若い割には立派すぎる志のある子だ。その芽を、完全に摘んでしまうことはロスガルトのためにはならんし、他ならぬ私が許さん。どうだ、しばらくジュニアを旅に出してやれ。アルシア中を巡って、将来ロスガルトを支えてゆくのに必要な知識と経験とを身に付けさせるのだ。お前の進言に従って、隊からは離れさせるが、旅に出すという条件で身分は今までのまま赤の騎士を名乗ることを私が許可し、何年後かにロガリアへ戻った時には私が直接彼に会って旅の話を聞こう。その時に彼をロスガルトに必要と感じれば、赤の騎士団への復帰を認めてやろうではないか。」

 戦乱の時代には多くの兵を自ら率いて、鬼神のごとく先頭を切り、敵を恐怖させたという王の伝説からは信じられないような、寛大な裁定によって、ジュニアはこの件が一段落になり次第、そのまま旅に出なくてはならない。その前に、自分のために人生を狂わされかけているあの少年を救わなくてはならないのだ。

 ジュニアは一心不乱に走る。

 月明かりに照らされた道の先に、何か黒い塊が見える。近づくにつれて見えてくるその実体は、焼け焦げた蔦状の植物の塊だ。

 不審に思い速度を緩めて近寄ると、その塊が動物のように動き始める。多数の蔦がウネウネと踊るように立ち上がり、皮がむけるように、塊がほぐれてゆく。

 更に近づくと中から道にうずくまる少年の体が現れる。

 ジュニアは駆けよると、膝をつき、少年の上半身を持ちあげた。

「おい、しっかりしろ!」

 まだ命はある。しかし呼吸がか細い。抱え上げた自分の両手が生ぬるい液体で湿ってゆくのが分かる。

「おい!」

 少年の口や鼻、目や耳には血がこびりついている。一応、出血は止まっているようだが全身が血だらけで、更に内臓がひどく損傷を受けているようだ。このままではもう長くは持つまい。

 ジュニアは迷わずアルを背中におぶった。立ち上がり振り返ると走り出す。一刻も早く手当をしなくてはならない。何事においても諦めることは彼の生き方に反する。

 月明かりに照らされた道を、元来た方向へひたすら走る。軍靴の石畳を叩く音があたりに響く。森は既に静寂を取り戻している。

 前方に人影が見える。直観的に敵ではないと感じる。走り続けるとそれが父だとわかる。

「お父様! 彼が!」

 ジュニアはシトラウト・シュミッツに飛び込むように、父の胸にかけ込んだ。

「彼が死んじゃうよ! 僕のせいだよ!」

 感情が突然、泉の水が地中から滾々と湧き上がってくるように、熱い流れが彼の体を激しく揺さぶる。口数の少ないジュニアが、繰り返し繰り返し父に哀願を繰り返す。

「早く何とかしないと!」

「彼を下ろしなさい。」

 両肩に手を置かれ、自然と父の目を見る。何か全てを自然に納得する。やはり、明らかに父は変わった。

 妙に落ち着いた気持ちになったジュニアが彼を石畳に静かに横たえると、シトラウト・シュミッツは静かに彼の胸に手をかざした。その途端に安らかなイメージが辺り全体を包む。ざわついていた森までもが一瞬で静寂を取り戻す。今朝味わった、あの老人から受けた感覚だ。今、あの老人は父の中で生きている。自分はその顛末を全て見てきた。


 眠り続けていたジリアラスが眼覚めたのは日も傾きかけた夕方のことだった。呼ばれて訪れた父、シトラウト・シュミッツは部屋へ入るなり、穏やかな表情で老人に語り掛けた。

「それではよろしいでしょうか?」

 その問いに老人は穏やかに頷いた。

 二人は話し合うでもなく、言葉少なに城外の丘へ向かった。ただ、シトラウト・シュミッツは、『想像していたよりも穏やかな心持です』としきりに話していた。

 運命の定めし敵と出会ってしまったら、速やかに命のやり取りをしなくてはならない。そうしなくては、両方の人間とも徐々に体力を失い命絶えるという。しかし『命のやり取りをせよ』と言われても、そんなに簡単な問題ではない。そう考えるのが自然である。

 しかし、実際にその立場に立ってみると、驚くほどそうするのが当たり前の気持ちになるのだと、彼は言うのだ。老人は多くの言葉を語らず黙ってにこやかにそれに応えていたが、彼自身もそう考えているのが、ジュニアにも分かった。これはシンプルに『運命』なのだ。こうすることが、アルシアに生きる命にとって利益のあることなのだと、何だが素直に納得出来るものらしい。この戦いを自分のエゴイズムで避けることこそ絶対的な悪なのだ。

 二人は丘に立ち対峙した。エントレーダとジュニアとが立会人となった。

 老人は小さな声でぶつぶつとスペルを唱え、シトラウト・シュミッツは剣を抜く。

 その剣を抜いた時、ジリアラス・ガトウの表情が明らかに曇った。

「ドルメドルの剣か。ゼンジミア?いや、バグロマの剣か、忌々しい。あのクソジジイ、最後の最後まで儂の邪魔をするか…。」

 ジリアラスが彼らしくない表情で、吐き捨てるように言う。

「参ります。」

 シトラウト・シュミッツがジリアラスに踏み出す。今二人の間合いは、10メートル弱ある。

 ジリアラスの周囲に複数の火炎が立ち上がり、それが龍の首のような形になり、四方八方からシトラウト・シュミッツに襲い掛かる。しかし、しかし、その龍が、シトラウト・シュミッツに近づくほどに消えてゆく。

「今日のバグロマの剣は…、白魔法を喰らうのか。」

 ジリアラスがつぶやく間に、シトラウト・シュミッツは剣の間合いにジリアラスを捉える。

 シトラウト・シュミッツの剣が振り下ろされる。勝負は一瞬、のはずだった。シトラウト・シュミッツは一刀の元にジリアラス・ガトウを切り殺した、はずだった。

 しかし、既にジリアラスは再び10メートルほどの距離の先に立っていた。シトラウト・シュミッツには聞こえないが次のスペルが唱えられている。

 前面の視界が歪む。空気の巨大な波がこちらへ向かって来る。しかしシトラウト・シュミッツは恐れない。それどころかその波に突進してゆく。

 シトラウト・シュミッツが近づくにつれて、空気の歪みが消えてゆく。そして無傷で、空気の衝撃波を突き抜けてジリアラスと剣の間合いに入る。再び切り下ろす。

 手応えが無い。

 ジリアラスはまた10メートルほど先にいる。

 お互いが探り合い、納得したようだ。

 ジリアラス・ガトウはどうやら自分自身に向けて白魔法を使っているらしい。『干渉』の物理的な力を自分に向けて発動し、高速で移動しているようだ。

 シトラウト・シュミッツの持つ剣は、白魔法を吸収する。あの剣を彼が持つ限り、白魔法は彼には届かない。

 これも、魔法と言う神の道具に抵抗するために人が知恵を絞った様々な道具の一つである。バグロマ・ドルメドルについては次の章で語られるが、剣に悪魔を封じ込めることを得意とした『鍛治師』である。彼は白魔法の才能を持たない普通の人間のために、自らを犠牲にし、黒魔法の強力な力を利用することで、白魔術師の魔法に対抗するための剣を造り続けた鍛治師であった。その一振りを今シトラウト・シュミッツが手にしている。

 二人が間合いをそのままに対峙する。シトラウト・シュミッツは、剣の間合いから逃れるすべのあるジリアラスを攻撃できずにいたし、ジリアラス・ガトウも放つ攻撃が全て彼の持つ剣に吸収されてしまう状況では手が出せない。

 シトラウト・シュミッツが間合いを詰めようと前へ出て、ジリアラス・ガトウがそれに合わせて後退するという状況が続く。

 しかし、その状況を破ったのはジリアラスの方だった。彼は、突然更に10メートル程も間合いを広げると、前屈みになり両手を大地につけた。スペルが唱えられる。

 それに反応してシトラウト・シュミッツがジリアラスに向けて走り出す。

 地面が震えた。シトラウト・シュミッツを中心とした大地がふわりと浮き上がる。半径20メートル近い半球の地面がシトラウト・シュミッツを乗せたまま浮かび上がったのだ。

 落とす気だ。直感する。高い位置まで自分を持ち上げ、後は重力に任せて自分を地面に叩きつける気なのだ。

 シトラウト・シュミッツの周囲では白魔法は発動しない。従って干渉の作用で石などを打ちこんでも力を失い失速する。しかし、十分に距離があれば、おそらく半径5メートル程度よりも外側であれば、魔法は発動する。従ってそれよりも巨大な半径で、地面ごとシトラウト・シュミッツを持ち上げて、高い位置から落下させる。落下は万有引力の仕事なので、あの剣は役に立たず、彼は地面に落ちて絶命する。

 シトラウト・シュミッツが持ち上げられた半球の上を疾走する。

 「ウォーーーー!」

 そして地面へ跳躍する。

 高さは既に5メートル近くはある。跳躍しジリアラスの頭上を飛び越えて着地する。そのままゴロゴロと地面を回転する。

 回転して受け身を取りそのまま体を反転させる。目前の頭上に巨大な半球が浮いている。距離は5メートル程か。土砂がシトラウト・シュミッツに向けて落下してくる。今度は持ちあげた土砂で押しつぶすつもりだ。これも重力の働きなので剣の能力は役に立たない。

 シトラウト・シュミッツが素早く立ち上がり再び走り出す。大地の塊から逃げる方向、ジリアラスから離れる方向。

 ジリアラスが力を振り絞り、直径40メートルの半球の塊を加速してシトラウト・シュミッツに向けて投げつける。それだけの巨大な質量を支え続けることも、距離的にも今が限界だった。

 土塊が激しい音と振動とともに地面に激突し、凄まじい土煙が上がる。

 草原が音と煙とに支配される。

 ジリアラスは動けずにいる。自分にはこれ以上に巨大な質量に干渉することは無理だった。また、こんなことは何度も繰り返せることでは無い。

 これがダメなら。これがダメなら、危険を承知で彼の間合いに踏み込み、直接致命傷を与えられる場所、脳や心臓へ直に白魔法を発動させるしかない。この年老いた身で出来るのか…。

 アルとの生活。あの充実した、有能な弟子との生活。まだまだ教えなければならないことは沢山ある。まだ死ぬわけにはいかない。

 本当にそうか?

 いや、そのはずだ。

 その迷いが全てだった。土煙の向こうからシトラウト・シュミッツが現れる。既に距離は5メートルも無い。

 ジリアラスは最後の魔法の選択を迫られた。後一度だけなら、何を選べばいいのか?

 シトラウト・シュミッツの剣が振り下ろされ、ジリアラス・ガトウは致命傷を負った。

 その瞬間、周囲の草原が突然ざわざわと騒ぎ出す。草たちが異常な速度で成長し、蕾を付けて花を咲かす。見渡す限り、草原が一面の花であふれていた。

 シトラウト・シュミッツは自らが切り伏せたジリアラスの背を支えるようにして草原の様子が見えるようにした。

「最後に何をしようか、など考えたこともなかった。こんな年寄りでも生きることしか考えていなかったのじゃな。欲の深いことだ。だがなぜか最後にこんな呪文を使ってしまった。儂自身にとっても最大の謎じゃ。まだあんたに勝つ術はあったかもしれんのに…。全く理解出来ん。なぜか、なぜあんたに託してみようと思ってしまったんかのう…。やはり、いくら考えても全く理解できん。アル、アルよ、アル…。アルを、頼む。」

 ジリアラス・ガトウは自分の最後の呪文に応えてくれた花たちに囲まれてこの世を去った。複雑な心中を語った割には穏やかな安心しきった表情であった。


 アルシアの古い言い伝えはこうつながる。

 『生き残りし者は、殺したものの徳を継ぎ残りの人生を全うする』と。

 シトラウト・シュミッツははっきりと認識している。今、自分の中にあの老人、ジリアラス・ガトウが生きていることを。あの老人の思いも、思想も、能力も全てが力強く息づいている。今の彼には、白魔術は当然使える技だったし、あの少年、アルシリアス・ブルベットも自分の子のように愛しく思える。今はまだ、言葉には表しがたい違和感が伴っているが、すぐにこの微妙な感覚は自分そのものと深く融合し、消えてゆくことも分かる。運命の定めし敵のシステムは、究極の相互理解のシステムなのだ。


 アルシリアス・ブルベットはウトウトとしながら満天の星空を見上げていた。膝を抱えるように座り隣に座る誰かに体重を預けている。見なくても分かる。勿論それはジリアラスだ。においも、頭を預けた体の柔らかさも、雰囲気も、何もかにもすべてがジリアラスだ。

「アルよ。起きているのか?」

 彼の声がする。

「うーん。」

 眠いままいい加減な返事をする。ジリアラスが小さく微笑むのさえわかる。

「これまで一緒に生きてくれたことに、礼を言いたい。」

 ジリアラスがそんな変なことを言う。アルは答えようとするが体が重たく返事も出来ない。

「お前と会ったのは、ロスガルドの統一戦争で色んなものを全てなくした後だった。」

 アルは幼い頃にジリアラスに貰われたと聞いている。アルの家族は子供が多く、両親は彼を養いきれないと判断したのだ。

 その後の言葉は、音としては聞き取れるが意味が頭に入ってこない。ジリアラスは語りながら、しかしアルには不必要な知識と思っているのかもしれない。

 星空が美しい。

「もう別れなければならん。」

 きちんと聞き取るが、感情は反応しない。ボーっとした薄闇の向こうから聞こえる声のようである。

「儂はついさっき、この男と命のやり取りをして敗れた。運命の定めし敵のルールはお前も知っているだろう?儂は死んだが、儂はこの男の中で生き続けている。すぐには受け入れがたいかもしれんが、それが真実じゃ。アルよ、儂がいなくなっても、強く生き延びるのじゃぞ。」

 アルの意識がスーッと遠のいた。

 ジリアラスがもたれかかってくるアルの寝顔を見つめている。

「儂がお前に残せる最後の白魔法じゃ。これが使われないことを望むばかりじゃが…。」

 ジリアラスが星空を見上げる。天空の星々が尾をひきながら突然一定の方向へ移動を始める。一つの方向へ、流れ星が生まれ、一つ、二つ、三つ、そして無数に。空の全ての星が流れ星に替わり、満点の星空は暗黒と化した。

「月と星々の精霊の召喚じゃ。」

 暗闇の中でジリアラスの声が聞こえる。実体は既にない。


「ジリアラス…。」

 アルは幸せな夢から覚めるような気分で目覚めを迎えた。

 クンクンとにおいを嗅いで、ジリアラスが自分を抱きかかえてくれていると確信する。

 そしてその確信した瞬間に、心を恐怖が襲う。星空の元、ジリアラスが自分に語ってくれたことを思い出す。

 ガバリと起きて自分を抱いてくれていた人を、見つめる。

「良かった、ジリアラスだ…。」

 アルの目には年老いたジリアラスの姿が見えている。しかし、その姿がゆっくりと変化してゆく。壮年の男性へ。アルは彼が誰だか知らない。しかし、アルには彼が誰だかわかっている。

「貴様! よくもジリアラスを!」

 両手の拳を叩きつけるが、アルにはその人がジリアラスとしか思えないのだ。しかし…。

 アルはその男、シトラウト・シュミッツの胸に体を投げ出すと、涙の枯れるまで泣き続けた。このアルシアの『運命の定めし敵』の仕組みの理不尽さと、ジリアラスを失ったことで悲しいにもかかわらず、この男の中に明らかにジリアラスを認めて心が安らいでゆく自分の不甲斐なさがどうしても許せなく感じたのだった。

                END

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