アカイナミダ

 「夏城あれで休んでるとか弱すぎでしょ」

橋本の声が聞こえた。その言葉に周りの女子は戸惑いながらも「そうだね」「たしかに」などといった言葉を発していた。

 文化祭の話し合いの時間でさえも橋本らは青葉を揶揄していた。

 僕は何も思わなかった。

 思わないようにしていた。思っても何も変わらないのだから。

 文化委員の生徒が話をまとめ、上手く進行していた。衣装、メニュー、飾り付けの班に分かれ作業も進み始めていた。

「私、やっぱり飾り付けしたいなぁ」

衣装係で決まっている橋本が急に口を開いた。理由はどうせ意中の男子がいるとかめんどくさくなったからだろう。

「え、でも役割はもう決まってるけど」

文化委員がしっかりと口にした。橋本は不満があるのか眉間に少しシワを寄せた。

「だから変わってもらえばいいじゃん。赤宮さん変わってもらってもいいよね?」

そう言って赤宮さんを睨んだ。

「え、でも私衣装とかできないし、飾り付けがしたいんだけど‥‥」

「衣装とか簡単だってぇ、飾り付けの方が難しそうだし、私の方が上手く作れるって。だから変わろ?」

「楽しそうですね」

小さな争いを見て見ぬふりをしてた多くの生徒が僕の一言でこっちに視線を向ける。橋本が驚いた顔でこちらを眺めて聞いてきた。

「どういうこと?」

「そのままですよ」

「何が楽しそうなの?」

「自分より下の存在をつくり、その人の上に立ち優越感に浸る。そうやって自分を高く思っている。あなたが楽しむことに文句を言うつもりはないです。けど他の人を巻き込んでまでその優越感を得る必要はあるんでしょうか。」

「え、何か文句あるの?」

「いいえ、質問です」

「なにあんた、夏城が言われたからやり返そうとしてるの?」

「彼女は関係ないけど。ただ純粋にそう思って言っただけだよ?」

「別にあんたには関係ないじゃん。あんたは無関係なんだから黙っ」

「無関係じゃないから言ってんだよ!」

久々に声を荒げた。けど記憶ははっきりしている。だから大丈夫だと思う。失くす物はない。

「あんたがそうやって傷つけた人のことを考えたことがあるか?誰かを傷つけているっていう自覚はある?表面上はいつも通りでも、心のどこかで傷ついている。」

頭に青葉が浮かんだ。青葉を傷つけられて気が気ではなかった。

「私だけが悪いの⁉︎みんなも反対しなかったじゃん!」

橋本は我を忘れたかの様に周りにいた女子を見渡しながら言った。けど誰も目を合わせない。

「あんただけが悪いわけじゃないよ、自分の意見を言わないでついていくだけの子も僕はおかしいと思う。」

「おかしいじゃん!別に別に‥」

「確かにおかしいですね、あなたたちは。けど自分はあなたたちがそういう生命体だと思って今まで見ていました。おかしいという自覚があるなら素晴らしい進歩だと思いますよ?おめでとうございます。」

女子達はすぐに下を向き、作業へと戻っていき、橋本は半分泣きながら教室を出て行った。

 周りの視線が僕に集まるのを背中で感じた。

 クラスで喋ったのは久々だからだろうか。それとも空気を打ち消したからだろうか。

 

 人は壁にぶつかり強くなるというのは嘘だ。壁を壁だと思わずにうまくやり通す者もいる。僕は前者だ。後者はほんの一握り。橋本もその中の一人だったのだろう。けど今日で変わるはずだ。方法は最悪でも青葉がしたかったことはこれだ。

 明日、青葉はどんな反応をするだろうか。少し楽しみだった。

 











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