曖昧メトロノーム

少し日々は流れ、六月の上旬に行われる体育祭の練習をしようと青葉に呼び出された。夜の公園は静かだったが青葉が来た途端に騒がしくなった。体育祭に練習はいるのかと問いを飛ばしてみると、これは春樹のためだ!と言われた。

「今日から鬼コーチとしてみっちり指導していくからね!」

「まって、今日からってことは今日以外もあるってこと?」

「あったりまえでしょ!100m走しっかり一位とるよ」

転ばなければいいとしか思っていなかった僕には地獄だった。筋トレから始まり、走るフォームなどを色々習った。体育祭までの三週間で僕を陸上選手に鍛え上げるつもりらしい。



 体育祭までの日々はすぐに流れた。鬼コーチの指導をしっかりと受け、僕は六位という素晴らしい成績を残した。肝心の鬼コーチはすごく落ち込んでいたが僕にはすごく嬉しい結果となった。今にでもスキップになりそうな足取りで歩いていると後ろから声をかけられ、驚くように後ろを振り返った。

「あ、あの、写真一緒撮ってくれませんか?」

体操服の色からおそらく一年生だと思う。写真なら断る理由もないので無言で頷いた。彼女は体を近づけ、笑顔を作り、二回シャッターを押し、ありがとうございましたとだけ僕に伝えてすぐにキャッキャしながら去っていった。喋るのは嫌いだが、写真となると少し照れてしまう。頬が緩んでいる僕を歪んだ表情で睨みつける鬼コーチが目に入った。軽蔑するような目で僕を見つめ、僕に近づき

「はははー、六位の上里先輩はモテモテですね」

と無表情で言った。

「あ、なるほど!これは嫉ツゥ‥痛いです。」

僕の言葉が終わる前に青葉の指が先に動き、僕の頬をつねる。

「せっかく色々教えてくれたのに六位でごめんなさいでした」

青葉の機嫌を良くするため、正直に謝罪をした。

「ふむ、いいのだ。今日のところは許してやろう」

バカとハサミはなんとやら。

 青葉はバカな会話に夢中になっていたため、近づいてくる女生徒の存在に気がつかず、声をかけられて驚いていた。

「夏城さんさぁ、上里くんの障害のこと知ってるでしょ?なのになんでそんなに距離近くできるの?」

異物を見るような目で青葉を睨む女生徒は確か同じクラスの橋本だった気がする。

「え、友達だからじゃないかな」

「知ってて近づいてるの?それって上里くんを傷つけてるんじゃないのかな」

「え、そう…なの?」

怯えるように僕を見る青葉。なんで青葉が問い詰められているのだろうか。そしてこの橋本はおそらくうちのクラスのリーダー的な女子だ。だからかは分からないが、理不尽に問い詰められている青葉を誰も助けない。これが青葉が前に言っていたことなのだろう。僕は横に首を振り

「そんなことないよ」

と青葉に優しくいい

「僕が自分から青葉に話しかけた、だから青葉を責めないで」

と橋本に言った。少し誤解を招かねない言い方だったけど、このくらい言っておかないと橋本は引かないと思った。

「上里くんがそういうなら分かった。」

橋本はすぐに納得して僕らに背を向け去っていった。

「びっくりしたぁぁ」

青葉が小さな声でそう言った。

「ごめんな、青葉もつらいのに」

「ううん、大丈夫だよ。橋本さんは春樹の容姿が良いから近くにいる私が気に食わないだけだよ」

「容姿が良いとか初めて言われたよ」

僕がそう言うと、いつもの様にニヒッと笑い、

「じゃあ、やっぱり今のなしで」

と言った。

 今の青葉はどんな気持ちでどんな感情があるのか、それを知りたかった。


















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