第32話 レジ袋と夕陽
カフェを出て、本屋に行って、みくると夏服を見て。
そんな穏やかな時間を過ごした後、今日の夕飯の買い出しをするためにスーパーに行った。
その間特に特筆することもなく、いつも通りみくるがどれがいいのか選んで、俺が後ろからカートを引いて。
そしてあっという間に時間は流れ、スーパーを出た頃には、辺りはすっかりオレンジ色の夕陽に包まれていた。
「やっぱり夏になったんだねぇ」
「だいぶしみじみと言ったな。急に年老いたか?」
「むぅ~えいちゃんが私のこといじめる~」
「いじめてないっての」
「いじめてるって! 私は永遠の十八歳で生きていきたいなぁ」
「お前まだ十七だろ」
「……そのツッコみはしてほしくなかったなぁ」
そんなのは無理だ。
むしろ今のはツッコみ待ちなのだと思っていた。
でもどうやらみくるにとっては違かったらしい。ほんと、女子の気持ちとかわからない。
ふと、みくるの右手に提がっている重そうなレジ袋が目に入った。
「ん」
空いている左手を差し出す。
「……ん?」
「ん」
「……ん!」
満面の笑みを浮かべて、俺に倣って「ん」で返すみくる。
それが可愛いと思ったのは、言うまでもないだろう。
みくるからレジ袋を受け取って左手に提げた。
「やっぱり、えいちゃんはえいちゃんだねぇ」
「……やっぱり年老いたか?」
「女の子にそれはえぬじーだよえいちゃん。私はいつも通り。でもちょっとしみじみとそう思っただけだよ?」
「そうか」
「そうそう」
にひひ、と無邪気に笑うみくるを横目に、目の前で今にも沈んでしまいそうな太陽に目を向ける。
なぜかと言われれば、今のみくるは夕陽補正でいつもより五割増しで可愛く見えるから。
ほんと、うちの幼馴染なんでこんなに可愛いんだろ。
幸せ者かよ俺。
「えいちゃん?」
「ん?」
「夏休み、楽しみだね?」
「……」
どうした急に?
そう言いそうになったのだが、とっさにぐっと飲み込む。
今そう答えるべきではないなと思ったから。
今言うべき言葉は、きっとこうなんだろうなと思う。
「そうだな」
そう、これでいいのだ。
「んふふ。やっぱえいちゃんだなぁ」
「俺は俺だ」
「ん~えいっ!」
両手にレジ袋を提げた俺に後ろから抱き着いてくるみくる。
だが俺の体は正直なもので、驚いている今の状況でも後ろの感覚は研ぎ澄まされていて。
うほっ! という声を上げざる負えなかった。
全く、なんで俺は男に生まれてきてしまったんだろう。
男ってほんと馬鹿正直だ。
「ちょっとどうしたみくるさん⁈」
「抱き着きたくなっちゃいました」
「だからって抱き着くのか?」
「えいちゃんだからいいのです」
「全く……わがままな奴め」
わんぱくで無邪気な子供を持つとこういう感じなのかなと思う。
それかもしくは、かまってちゃんの嫁だろうか。
どちらにせよ、嫌ではなかった。
むしろいいまである。
「夏休み、エンジョイしようね」
俺たちは来年三年生になる。
つまり受験生になるのだ。
三年の夏は受験の夏。きっと遊んでられないだろう。
だからこそ、最高に楽しめる高校の夏というのはたぶん今年で最後なのだ。
たった二回だけとか少なすぎる。あと十五回くらいは増やしてもいいと思う。
まぁだから、みくるはそんなことを言っているのだと思う。
「おう。もちろんだ」
俺はその意味を汲み取ったうえで、噛みしめるようにそう言う。
「思い出深い夏にしような」
「うん!」
再び、家に向かって歩き出す。
夏休みは、すぐそこだ。
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