第4話 スーパーにて

 その日の放課後。

 夕飯の買い出しのためにみくると近くのスーパーに寄っていた。


 野菜はこの状態のものがいいとか、こっちの方がお得とか。そういうのはみくるの方が詳しいので俺はカートを引く係。

 現在もほとんど違いの分からないにんじんを両手に見比べながら、長いこと考えこんでいた。


「えいちゃんどっちがいいと思う?」


「……俺には違うがわからないよ」


「そっかあ……」


 いつもスーパーで野菜を選ぶとき、同じような会話をしている気がする。

 俺の気分的には、みくるが服を買いに行くときに「どれが似合うと思う?」と言われるのと同じ感じ。


 まぁ、そんなこと言ったらみくる怒りそうだけど。


「でもおいしいにんじんって、つぶがあって、色が濃くて鮮やかなものらしいんだよね。赤みが強いほど、カロテン多く含むって誰かが言ってたし」


「そうなのか。俺初めて知ったよ」


「うーん……どっちが濃いと思う?」


 みくるがこんなにも悩むなんて珍しい。

 そんなににんじんにこだわってるのか。


「んー……右」


「ふむふむ……だね。よし、これにする」


 にんじんをカゴに入れて、また野菜コーナーをぶらつく。

 

 今日はカレーにする予定。俺とみくるの作るカレーは野菜だくさんなので、さらに野菜を買う必要があるのだ。


 それにしても、今日はみくるの機嫌がいい。

 野菜コーナーを歩いてるとは思えないほどだ。

 

 あれかな。今日が特売日だからかな。

 はて。主婦なのかな?


「ふんふーん」


 珍しく鼻歌なんて歌っちゃってるし。それに野菜の安さ見て「おぉー」とか言っちゃってるし。

 もう主婦ですねはい。


 テンションが高いみくるの後を、カートを押してついて行く。


「あっ、お兄さん」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、振り返るとそこには学校帰りと思われる朝日が立っていた。

 今日も相変わらずの美少女っぷりで、野菜コーナーという地味なスペースも華やかに見えてくる。


「おっす」


「おっ……こ、こんにちは」


 今完全に「おっす」って言いかけたよね? もはや「オッス! オラ孫●空!」ぐらいまで言っちゃう勢いだったよね?


 失言しかけたことに照れているようで、恥ずかしそうにしている朝日。

 その後ろから、カートとともに三人の美少女がこちらに来た。


「あっお兄ちゃんじゃん。こんなところで何してるの?」


 妹御一行でしたか。


「みくると今日の夕飯の買い出しだよ。お前らは? スーパーじゃなくてタピオカ専門店とかじゃないの?」


「それは偏見だよお兄ちゃん! 女子高校生のみんながみんなタピオカを飲めると思うなよ!」


「タピオカ飲むのにそんなに覚悟いるのかよ……」


 女子高校生にそんな重い覚悟があるとは知らなかった。

 以後、胸に留めておこう。


 そう思った時、ふとカートを引く寿の姿が目に入った。

 カートの中身はたくさんのお菓子とジュース。


 寿の身長が小さいせいか、小学生のおつかいにしか見えなくなってきた。


「ん? お兄ちゃんなんでそんな私のこと見てるの?」


「いや、初めてのおつかい感がすごいなと」


「わ、私そんなに小さい子じゃないから! もう高校生だから!」


「ごめんごめん」


「ぶー」


 頬をフグのようにぷくーっと膨らませて、お怒りのご様子。

 そういうところが庇護欲をさらに掻き立てるんだよなあ。守りたい。切実に。


「で、お前らはなんでスーパーに?」


 俺の問いに、寿の後ろにいた三ツ谷が答える。


「今日は私の家で女子会やるんです。それで買い出しっす」


「お前ら女子会好きだねー」


「今お兄ちゃん絶対にバカにした! お兄ちゃんの妹なのでこれは間違いないです! やっちまえー!」


「バカにしてないから。ほんと全然」


「……怪しいぃ」


 どこに怪しい要素があんだよ。

 そんなに目を凝らしても、どこにも知りたい真実はないと思うけどな。だってバカにしてないし。

 ただその活力がすごいなと思っただけ。あと、よく飽きないなと。


「えいちゃんどのじゃがいもがいいと思うー?」


 一人先行して野菜を吟味しているみくるに呼ばれる。

 みくるも四人の存在に気づいて、にこりと微笑んで軽く手を振り、俺に手招きしてきた。

 

 今日はやけに悩むんですね。


「そういうことだから、まぁお菓子食べ過ぎんなよ。あと、加奈は帰ってくるときは夜道に気をつけろよ」


「いや保護者かっ!」


「ただの兄だよ」


 加奈のツッコみを軽く受け流して、みくるの元に向かう。

 後ろで加奈が何かごにょごにょ言っていたが、きっと意味のない愚痴だと思うので、無視した。

 

 それにしても、今日は俺の部屋で女子会やんないのか。


「(……久しぶりに、俺は自由なんだな……)」


 そう思ったら、みくるの元に向かう足取りも、なんだか軽くなった。




   ***




「ほんとにあの二人付き合ってないの?」


「全然。いつもあんな感じ」


「ほへぇー」




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