第11話 ギルトンの悲劇1


 帝国領ヴラントの元領主ウェインは、腹心の家臣であったはずのギルトンに裏切られ、辺境の地ドルヴァエゴと追放となった。


 領民が「悪徳領主」と呼んだウェインがいなくなり、そしてヴラントには新領主として、反ウェインを唱えていたギルトンが就任した事で、領民達は歓喜した。


「やっとあの田舎猿が消えて、ほっとしたわ」

「ふっ、所詮は平民出の偽貴族。辺境の地の領主当たりが奴にはピッタリさ」


 ワイングラスを片手に、ウェインの元正室アデルと新領主のギルトンは優雅な時間を過ごしていた。


「でも貴方も悪いわね。ウェインが決めた税率よりも、もっと高く税金を徴収してたんだから」

「ふはははっ、知らぬは本人ばかりだな」

「おまけにウェインが側室を作ろうとしても、頑なに反対するし」

「平民出の田舎猿が貴族の令嬢を抱くなど、私には許せなくてね」

「アハハハっ、本当に悪い人ね!」



 実はウェインが決めた税率は、領民の所得の45%だった。

 これは帝国領土の平均税率である40%よりも、少し高いくらいだ。

 

 しかしギルトンは、ウェインに内緒で税率を75%に設定し領民から金を搾り取り、帝国の宰相に賄賂を渡していたのだ。


 そしてギルトンは新領主に就任すると、この税率を40%まで下げて領民から救世主の様に崇められた。

 しかもウェインがやっていた徴兵制も撤廃し、兵士にならなくて済んだ領民はさらに喜び感謝したのだった。


「ギルトン、貴方はいとも簡単に領民の心を掴んだわね」

「アデル、政治とはここでやるものだよ」


 ギルトンは自分の頭を指で出さして、声高らかに笑った。


「貴方って最高だわ。私の目に狂いは無かった」

「ふっ、これからも出世してこの帝国の次期皇帝になってみせるさ」


 そう言ったギルトンが、アデルに口づけをしようとした時だった。


「ギルトン様! 大変です! 同盟国のマゼランが攻め込んで来ました!」


 慌てた様子の騎士団長のボルトが、部屋に入って来てそう告げた。


「……な、何だと!? 平和条約を破ったというのか!?」

「はい! 不意を疲れた我が軍は防戦一方との事です!!」

「クソっ、マゼランめっ! 徴兵制を撤廃したばかりだというのに、何という事だ!!」


 徴兵制を撤廃したギルトンは、元民間人の兵士も軍役から解放させた為に、領民から熱烈な支持を獲得した。しかし、国境を守る兵力は大幅に戦力ダウンしてしまったのだった。


 隣国を攻め込むタイミングを虎視眈々と狙っていたマゼランは、この期を決して逃さなかったのだ。


「ど、どうするのよ、ギルトンっ!?」

 

 顔面蒼白になったアデルが、ギルトンに問いただす。


「ボルトよ、兵士数は減っても、我がヴラントには虎の子の『銃撃部隊』がいるではないか!」

「そ、それが……」

「……何だ、はっきり言え」

「戦地である国境付近では、昨晩から大雨が降り続いておりまして……」

「ま、まさか……!?」

「はい、銃が大雨に濡れてまったく機能していないらしいのです」

「な、な、何と言う事だ……!!」


 しばらくの間、ギルトンは予想だにしない出来事に呆然となる。

 ボルトはギルトンの指示を黙って待っていた。


「……仕方ないっ、大至急、帝都に援軍を要請するのだ!」


 ウェインを追放して順風満帆だったギルトンだが、僅か1ヶ月で窮地を迎えてしまったのだった。




◇◇◇



 2週間後。

 隣国マゼランに攻め込まれたヴラントは、帝都からの援軍と合流してどうにかマゼランの軍勢を退ける事に成功し、ようやく領内も落ち着きを取り戻してきつつあった。


 がしかし、ヴラントや帝都の兵士の被害は甚大で、ギルトンはたちまち領民と帝国からの信頼を失いつつあった。


「ギルトン様、今回の防衛戦で我が軍は多くの兵士を失いました。またマゼランが攻め込んで来る前に、領民から徴兵をすべきかと…」


 ヴラントの大臣達と騎士団長のボルトが、ギルトンに詰め寄った。


「そ、そんな事出来るか! 今徴兵すれば領民の信頼はガタ落ちになるではないか!」

「しかし、帝国からの信頼を失うよりはそうすべきかと」

「くそっ! マゼランめ~!!」


 ギルトンはウェインへの対抗意識が強く、領民からの名声を気にするばかり、思い切った軍事計画が出来ないでいた。


「ギルトン様、ご決断を」

「領内の徴兵はせんぞ!」

「し、しかし、それでは……」

「あくまで領内ではしないと言う事だ」

「それはどういう意味でしょうか……?」

「あるではないか、自由に徴兵出来る無法地帯が」

「ま、まさか…!?」

「そうだ、ドルヴァエゴの人食い民族『ヤメーメ』を強制連行するのだ!!」


 大臣達とボルトは驚愕の表情を浮かべ、動揺を隠せなかった。


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