おまけ

 祝いの木の前で想いを伝え合い、ルチルさんの宿へと戻り、ハルカはそわそわしていた。


 私達、両想いになったんだ……。

 もしかして、今日から何か、変わるかもしれない……!


 鉱浴を済ませ、ちらちらとカイルに視線を送りながら、ハルカは日記を書く。

 けれどカイルはどこかぼーっとしながら、自分の記録石を眺め続けていた。


「カイル? カイルー!」

「……ん? どうした?」

「どうしたって、そっちこそ、どうしたの?」


 ハルカの言葉に、カイルが眉間にしわを寄せた。


「……何でもない」


 え……、なんで不機嫌になっちゃったの!? 


 いろいろな妄想を繰り広げていたハルカは、衝撃を受けた。


 私、何か、した?

 やっぱり、約束の魔法の事、怒ってる?

 生誕石を残すなんて意地の悪い方法で無理やりカイルを引き戻したのも、実は納得してなかったとか?

 も、もしかして、快復祝いの時のすっごく美味しかったスイーツ、私に多めにくれたけど、カイルも本当はもっと食べたかったんじゃ……。


 思い当たる事が多すぎて、ハルカはふらりと立ち上がり、ベッドへ向かった。

 けれどカイルからそれを止める声もなく、悲しみを胸に、ベッドの中へ潜り込んだ。


 今日から恋人らしい事とかするのかなって思ったけど、それ以前の問題だった……。

 取りあえずもう寝て、明日から探りを入れよう。


 仲間達は当分自宅で過ごす事が決まっている為、ハルカとカイルの2人きりの時間はまだまだある。その間にどうにか彼の機嫌の悪い原因を突き止めようと、決心する。

 その瞬間、カイルがこちらへ声をかけてきた。


「あ……、もう、寝るのか?」

「う、うん。おやすみ」

「……おやすみ」


 気まずい空気が流れたが、ハルカは無理やり目を閉じた。

 しばらくして眠りに落ちる頃、カイルの気配をそばに感じたように思いながら、ハルカは夢の世界へ意識を溶かした。


 ***


 暖かい光を感じ、もぞりと寝返りを打つ。けれど、まだまだ微睡んでいたくて、ハルカはそのままベッドから動けずにいた。

 すると、カイルの信じられない声が聞こえてきた。


「俺のお姫様は、まだ夢の中の俺と戯れているのかな?」


 お姫……? 戯れ……?


 誰か別人でもいるのかと思い、ハルカは目を見開いた。


「起きたのか? 今日も可愛いな」


 ハルカの髪の毛を梳くい、カイルがそっと口付ける。


 え……、えっ……、えぇっ!?


「だ、誰っ!?」


 カイルの姿をした偽者としか思えず、ハルカは体を起こして身構えた。


「誰って……、まだ寝ぼけているのか?」

「……あれ?」


 普段のカイルがそこにいて、ハルカは混乱した。


 ゆ、夢?

 でも私、目を開けていたよね?


 何が起きたかわからないまま、カイルが手を引いてきた。


「朝食、準備してあるぞ」

「あ、ありがとう……」


 そうして食べ始めれば、たまに変なカイルが姿を現し、『食べる姿も可愛い』や、『ハルカをいつまでも見ていたくなる』、などの言葉を言い放ってきた。

 もしかしたら、これがカイルなりの恋人としての在り方なのかもしれないとハルカは考えながらも、どこか腑に落ちなかった。


 ***


 恥ずかしすぎて、疲れた……。


 久々のキニオスの町で、カイルとデートのようなものをして1日を過ごした。けれど、外なのに触れ合いも多く、何よりまたカイルらしくないたくさんの言葉を伝えられ、ハルカはぐったりしていた。


 深緑のカケラまで使って鉱浴したのに、全然疲れが取れない。


 甘い言葉を囁かれ、それを、遠目で眺めていた女性達の刺すような視線を感じたのを思い出し、ハルカは机に突っ伏した。


「疲れたか?」

「うん。かなり、疲れた……」


 そんなハルカに軽く覆い被さるように、カイルが体を寄せてきた。


「俺がその疲れを癒してあげる」


 また変な事を言い出したカイルの言葉に、ハルカは何かを思い出しそうになった。


 なんか、今までの行動も発言も、どこかで見たり聞いたりした事があるような……?


 うんうんと唸るように考えていたら、心配そうなカイルの声が聞こえた。


「疲れじゃなくて、病気か?」

「えっ? あ、違うよ!」


 カイルが体をどけ、ハルカの顔を覗き込んでくる。


 こういうのは、カイルらしいんだけどな。


 そう思って、ハルカはいつものカイルに話しかけた。


「あのさ、今日1日、どうしたの?」

「何がだ?」

「な、なんかさ、その、ちょっと、変だなって、思って……」


 その言葉に、カイルが目を見開いた。


「変、だったか?」

「なんかね、カイルらしくないなって、思って……」

「そうか……。でもハルカはこういうのが、理想、なんだよな?」

「理想?」

「アルーシャみたいな仲の良い夫婦が理想だって、言ってたよな?」


 え……。

 あぁっーーー!!

 そうだ、全部、アルーシャさんみたいだったんだ!!


 違和感の正体がわかり、ハルカはがばりと体を起こす。

 それに驚いたカイルが少しだけハルカと距離を取り、怪訝そうな顔をしていた。


「仲の良い夫婦は理想だけど、アルーシャさんが理想じゃないから! 私はそのままのカイルと仲良く過ごしていきたいんだよ!」


 悩みが解消され、疲れが吹き飛ぶ。

 そんなハルカへ、カイルは赤らめた顔を向けてきた。


「俺はもしかして、しなくてもいい努力をしていたのか?」

「そうだよ」


 途端に、頭を抱えてしゃがみ込むカイルの耳までもが、真っ赤になった。


「……凄い、無理してたんじゃないの?」

「でも、ハルカが喜ぶなら、やるしかないと思ったんだ……」


 小さな声を出すカイルの側へ行き、ハルカも身をかがめ、顔を覗き込む。


「私の事、考えてくれたんだね」

「そうじゃなきゃ、あんな事、するわけないだろ」

「ふふっ。ありがとう」


 カイルの気持ちが愛おしくて、自然と笑みがこぼれた。

 そんなハルカの顔を盗み見るように、カイルが視線を向けてくる。


「でも、疲れさせたんだろ?」

「カイルと一緒にいないみたいで、疲れたんだと思う。だからね、カイルも無理はしないで、普通に私と過ごしてね。私が好きなのは、そのままのカイルだから」


 これからは恋人同士で、今までと変わる事もあるかもしれない。けれどそれは、自然な形で変化するものであってほしいと、ハルカは願いを込めて言葉を伝えた。


「恋人同士になったから、いろいろとしなきゃいけないと考えていたら、アルーシャの事を思い出したんだ。そうだよな、よく考えたら、誰かを真似たハルカを見たら、俺だって同じ気持ちになる」

「でもさ、私が喜ぶと思ってくれたのは、本当に嬉しかったよ」


 カイルもハルカと一緒で、恋人として自分を意識してくれた事が嬉しくて、頬が熱くなるのがわかった。


「その言葉が聞けて、俺の方が嬉しい」


 まだ赤い顔のカイルが微笑んだまま立ち上がる瞬間、ハルカはお姫様抱っこされていた。


「えっ、ちょっ、ちょっと!」

「今日は疲れただろ? 日記も書き終わっている事だし、もう寝ておけ」


 問答無用でベッドまで運ばれ、ハルカの心臓が早鐘を打つ。

 そして、そっと降ろされ、カイルの顔がそのまま近付いてくる。


「俺も、そんな可愛い顔で見つめてくるハルカが、好きだ」


 ちゅっ、と軽く啄むような口付けを落とされ、ハルカは先程よりも熱が集まる顔を、嫌でも意識した。


「ア、アルーシャさんの真似は、もう、しないんじゃ……」

「してないぞ?」


 不思議そうな顔をしたカイルが何かに気付いたように、意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺は俺のまま、ハルカを愛していくだけだ」


 あっ、愛……!?


 その言葉に驚きすぎて、ハルカは思わず顔を覆う。

 すると、カイルの楽しそうな笑い声が聞こえ、耳元でそっと囁かれた。


「夢の中にも逢いに行く。おやすみ」


 やんわりと手をどけられ、また唇を奪われる。


 こんな状態で、眠れるわけがない!!


 心の中で叫びながら、ハルカはカイルの視線から逃れる為、ベッドの中に潜り込んだ。

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