エピローグ

 ――10年後


 毎年訪れる特別な日に、私はみんなに呼ばれるのを待ちながら、この日記を読んでいる。

 当時に思いを馳せれば、その時の気持ちが蘇り、後悔ばかりが浮かんでしまう事もある。

 けれど、苦しくて、もがいていても、前に進んでいない日はなかった。

 他の人から見れば遠回りかもしれないけれど、あの時の私達にはこれが1番の近道だったと、今なら思える。


 自分だけの魔法を見つけた時までの日記を読み終え、ハルカは左手の薬指に目を落とす。


 カイルが私に結婚を申し込んでくれた時、前の世界ではどうするのかと、聞いてくれた。

 だから私は、指輪を交換すると伝えた。

 その指輪を探しに行った時、すぐにあなたを見つけた。

 私の未来を応援してくれた、深緑のカケラ。

 まさかあなたとこんな形で再会できるとは思わなくて、私はその場で泣いてしまった。そんな私を見て、カイルがとても動揺していたのを、今でも覚えている。


 そっと深緑色の石に触れた時、可愛らしい足音がパタパタと近付いてきた。


「急げー!」

「お母さーん!」


 飛び込んでくるであろう大切な子供達を受け止める為、ハルカは立ち上がり両手を広げる。

 そして想像した通り扉を開き、迷いなく小さな体をこちらに任せてきた。


「そんなに急いでどうしたの?」

「あのね、サンおじさんが、新しいハナビを見せてくれたの!」

「お母さんの誕生日だけど、先にね、見せてくれたの!」


 カイルと出逢った日が自分の誕生日となり、サンの花火が見れる日にもなった。

 昔、ハルカが花火の話をしてから、サンは練習を重ね、たくさんの花火を創り出してくれるようになった。


「今回も、凄かった?」

「すごかった! 今日はね、竜だった!」

「たくさん動いて、パチパチってなって、パーンってなったら、ボンッ! ってなったよ!」


 サンの動く花火は、見ていてとても面白い。

 その様子を男女の双子が、黒い髪を揺らし、翡翠色の瞳を輝かせ、全身で教えてくれる。


 この姿を目にして、子供達の生誕石を見た時、私は自分を責めそうになった。けれど、カイルが子供達を見て愛おしそうに、『俺達にそっくりだな』って、微笑んでくれた。

 

 昔ほど、色に対して偏見が無くなってきてはいるけれど、それでもまだ根強く残っている問題でもある。

 だから、この子達がもし傷つけられても、ちゃんと帰る場所があるのを伝え続けていく事に決めた。

 私達がどんな時も味方である事を覚えていてくれれば、きっと大丈夫だと信じて。


 愛くるしい子供達の頭を撫でていたら、何かを思い出しかのように、ハルカの手を引っ張り始めた。


「何かあるの?」

「忘れてた! ミアおば……、ミアおねえさんが、お母さんしか止められないから早くって!」


 以前にミアへおばさんと言った時、彼女の笑顔が固まり、そのまま子供達に言い直しを要求した。それが忘れられないようで、子供達はいまだにおねえさんと呼んでいる。


「お母さんにしか止められない?」

「今はね、リアンおじさんが魔法で守ってる!」

「早くしないとね、ボコボコになっちゃうって!」


 リアンの守護の魔法は昔よりも強固なものになっているのだが、それを破る勢いのある何かがあるようなのを察して、ハルカは少しだけ不安になった。


「守る? 何がボコボコになっちゃうの?」


 子供達に手を引かれつつ、自室の扉を開けてもらいながら、ハルカは尋ね続ける。

 すると元気よく、声を合わせて答えてくれた。


「「サンおじさん!」」


 何故サンが守られていのるかわからなかったが、ハルカは子供達に落ち着いた声で話しかける。


「何があったの?」

「えっとね、お庭にあるお母さんの大好きなお花、燃えちゃったの……」

「そしたらお父さんがものすごーく怒って、ビュン! って、剣を振り回したの!」


 子供達の言う大好きな花とは、自分の通信石と同じオレンジのガーベラの事だとわかり、ハルカはその場に立ち止まる。


「そんなにお父さんが怒ったって事は、たくさん燃えちゃった?」

「うん……。全部、燃えちゃった」

「お母さん、悲しい?」


 しゅんとして、泣いてしまいそうな顔になった子供達へ目線を合わせ、ハルカは微笑む。


「お花がなくなっちゃったのは悲しいけれど、また最初から育てていくから、大丈夫。その時は、お手伝いしてくれる?」

「うん!」

「任せて!」


 さぁ、カイルを止めなきゃね。


 再び立ち上がり、小さな手に引かれ、ハルカは小走りに駆ける。



 その姿を見送るように、ハルカの日記のある文字が、ほのかに黒い光を放つ。

 そこに綴られた言葉は、こう書かれていた。



 この日記を読んでいる、あなたへ。


 私だけの魔法を見つけるお話は、ここでいったん、終わりを迎えます。

 けれど、この世界のハルカのお話は、この先もずっと続いてきいます。


 私はみんなから、信じる事を教えてもらいました。


 自分を信じる事は、信じてくれた周りの人達も同時に信じる事でした。

 その大切な人達が信じてくれた自分を信じる事で、本当の自分を見つける事ができる。

 簡単な事じゃないけれど、ほんの少しでも勇気を出してみたら、あなたの望む世界はすぐにでも、目の前に広がるはずだから。


 なんでこんな事を書いているのかって、気になりますか?

 それは、この日記を最後まで読んでくれたあなたにとって、必要な事があるのかもしれないから。

 きっと、どんな事にも意味があると信じて、こうして書き残しています。


 そんなに簡単に、自分や誰かを信じる事ができませんか?

 もしかしたら、今とても、悩んでいませんか?

 それとも、もう自分をちゃんと見つけて、大きな世界へ羽ばたこうとしていますか?


 まだまだたくさんの理由があると思うけれど、そんなあなたにも絶対、本当の心を聴いてくれる人との出逢いがある。

 私がそう、この世界で想い続けます。

 だから、本当の願いを見つけられるように、忘れないように、私の日記を見つけてくれたあなたへ、私だけの魔法を贈ります。



『あなたの心に眠る本当の願いよ。今こそ言葉となって現れて』




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