第224話 サンとリクト

 サンの言葉がリクトの何かを刺激したようで、明らかな怒りを感じた。

 そして、地面に伏して起き上がれないサンの顔を持ち上げる為に掴んでいた髪が、さらに引き上げられる。


「もういい。しゃべるな」

「イラ立ってんな。お前、さっきからどうした」


 サンが口を開いたのが気に食わなかったのか、床へ思いきり顔を打ち付けられた。


「ぐっ――!!」

「おれの言葉、ちゃんと聞けよ。記憶をいじればお前に用はない。だから、そのまま動かずに黙ってろ」


 身体中の痛みに意識が向いているからか、リクトの言葉を聞いても、サンは自分の意思で動けるのがわかった。


 動けたとしても、この魔法の対処法がわかんねぇ。

 でも、痛みは、あった方がいいっぽいな。

 痛みがあると、言葉を聞いても平気だ。

 あとはこいつだ。

 明らかに様子が変だ。

 本当なら、ほっときゃいいんだ。

 敵、だからな。

 でもな、あの顔は…………。

 あー……くそっ!!!

 

 リクトの先程の苦しげな表情を思い出し、さらには痛みで考えるのもしんどくなり、サンは無理やり体を起こし、叫ぶ。


「おい! みんなって誰だ!? お前、もしかして、3年前の戦争の首謀者に脅されてこんな事してんじゃねーのか!?」

「はぁ? あ、魔法効いてない?」

「そんな事どーでもいいだろ!! 首謀者はどこにいる!?」

「え、魔法効かないのは困るっす。それに首謀者は前王っすよ」

「なっ!?」


 ミアとリアンからも予測の話をされていたが、あまりにもあっさりと言い切ったリクトの言葉が信じられず、その顔をよく見る。しかし、表情は嘘をついているようには思えず、サンは続く言葉を失った。


「あいつにはちゃんと責任を取らせるっすよ。異世界の力を手に入れようとして戦争の手助けをした暗君として、国中に知らせるっす」


 リクトの言葉を聞きながら、サンは痛みに耐え、大剣を手に立ち上がる。


「おい……。それが本当なら、ハルカちゃんとカイルはやっぱ関係ねーだろうが」

「いや、そうでもないんっすよ。前王は異世界の力を欲しがった。だから異世界の人間を召喚しようとまでしてた。その召喚の方法を、ジェイド一族は知ってたっす。それなのに教えなかったから、戦争が起きた。そうなるとさ、やっぱり異世界の力で人は狂うし、異世界の人間を喚べちゃう奴も危険なんっすよ」


 ベラベラ話し始めたリクトの言葉が理解できず、サンは混乱する。


 あー、なんだ? 何なんだ?

 体が痛てぇからわかんねーのか?

 いや、おかしいだろ。

 首謀者は前王。それが真実。

 ただ、それだけでいいじゃねーか。


 そう考えて、サンはリクトが口走っていた事を尋ねる。


「あのな、事実をめちゃくちゃにすんなよ。それによ、さっき自分で言ってただろ? 犠牲の上に成り立つ平和がどーのこーのって。それが間違ってるって、お前自身が1番、わかってんじゃねぇのか?」


 サンの言葉に、ぴくりとリクトの体が反応した。


「どれだけ、死んだと思ってる」

「戦争の話か?」

「違う。前王が異世界の人間を召喚する為に、特別な色の魔法使い、そして黒の魔法使いの孤児達を犠牲にした」

「何を、したんだ?」

「誰も、異世界の人間を召喚する魔法が使えなかった。だから、その孤児達を痛めつけ、拷問し、自分だけの魔法を召喚するものとして目覚めさせるよう、仕向けた」


 魔法を見つけてねぇ年齢の子供達を、犠牲にしたのか?


 あまりにも信じがたい話に、サンはなかなか言葉が出なかった。

 けれど疑問が浮かび、口を開いた。


「そんな事、ぜってぇバレんだろ」

「騒ぎになっていないから、バレなかったのは、わかるよな? だから、知らずにいた奴らは、今でも幸せに生きてる。こんな事が裏で行われていたなんて、想像もせずに」


 相変わらず、怒りを抑えたような苦しげな顔で話し続けるリクトを見て、サンは複雑な思いを抱く。


「そりゃ、想像もできねぇよ。人間族の王がそんな事するなんて、誰も思わねぇ。だからといってよ、それを知らなかった人達に怒りを向けてどーすんだよ。怒りを向けんのは、そんな事をした奴らに向けろ」

「お前は目の前で見ていないから、そんな事が言えるんだ」

「いや、目の前で見てたとしても、悪いのはそいつらだ」


 リクトが魔法を使う気配はなかったが、やはり痛みは消えない。立ち上がった事により痛みが増した気がして、サンの集中力が途切れ始める。

 そこへ、リクトの怒鳴り声が響いた。


「違う! 気付きもせず、動かない奴も悪い!! だから世の中から同じような、人間以下の奴らが消えない。ずっと、ずっと、犠牲になった人達は、訴え続けてる!!!」

「それは、関係ねーだろ。訴え続けてって、なんだ?」


 リクトが戦鎚を握り直したのを見て、サンの頬を冷たい汗が流れる。


 今、この状態であれを受けんのは、きついな。

 痛みがあれば、こいつの変な魔法は効かねぇ。

 でも、これ、邪魔だな。治すか?

 癒しの魔法は得意じゃねーが、そうも言ってらんねぇか。けどこの傷は、治癒水の方がマシか? こんな事なら、もっと値の張るやつを買っておくんだったな。

 ミアがいるから大丈夫だろって、油断した俺がわりぃな。

 ん……、ミア?

 そうだ、あるじゃねーか!


 どこか視線の定まらないリクトからゆっくりと距離を取りつつ、サンは収納石に触れる。


「さっきから言ってるだろ、動かない奴が悪いって。おれは、ずっと、頭から離れない。『痛い、助けて、苦しい、もう殺して』って声が。聞こえていたのに、何も、出来なかった。だからもう、そんな声が聞こえないように、罪人を消してきた。それなのに、なんで、クズみたいな奴らは、消えないんだ……」


 こいつ、もしかして、犠牲になった孤児の、生き残りか?


 そう思いながら、以前にミアから手渡されていた万能薬を取り出す。


 助かったぜ、ミア!


 サンは心の中で礼をし、一気に飲み干す。そして小瓶を投げ捨て、リクトを見据える。


「それでも、悪いのは、そんな事をした奴らだ。お前は何も、悪くねぇよ」

「……は? なんで、おれが?」

「お前は、助けたかったんだろ? 助けられなかったから、ずっと自分に対して、怒ってんだろ?」


 サンの言葉が引き金になったようで、リクトが戦鎚を振るう。

 癒しの効果が早く、サンはそれを受ける事なく、風だけを感じてかわす。


「図星か?」

「黙れ」

「お前も、子供だったんだろ? それによ、人には、できねぇ事だってあんだよ」

「黙れって、言ってんだよ」


 痛みを感じなくなったサンは大振りな攻撃をかわしつつ、それでも話しかける。


「だから、何度でも言ってやる。悪いのは、そんな事をした奴らだ。お前じゃねーよ」

「うるさいんだよ!!!」


 余裕のなくなったリクトは話し方も変わり、攻撃も読みやすくなった。けれど威力は増したようで、戦鎚が振られるたびに巻き起こる風が強くなった。


 こいつ、少しは、落ち着け!


 サンは次の攻撃に備えつつ、懐に飛び込む機会を探る。


「それによ、お前ら、特殊部隊が、そういう奴を取り締まってくれてるから、俺らが幸せに暮らせてんだろうが!!」

「あぁっ!? それでも、いなくならないんだよ!! おれは、みんなに誓ったんだ。同じ苦しみを、わからせてやるって。こんな奴らは、絶対に消してやるって!!」


 勢いを増した戦鎚をかわしきれず、サンは防いだ大剣と共に飛ぶ。


 いっ……てぇな、ちくしょう。

 でも、あいつの方が、痛そうだな。


 すぐに体を起こし、リクトを視界に入れる。しかし、今にも泣き出しそうな顔をした子供にしか見えず、サンの胸中がざわつく。

 そんな時、エイダンの言葉を思い出した。


『勇者っていうのは、いつでも、どんな時でも、大切な人の為に戦うんだよね?』


 あー…、わかった。

 勇者ってーのは、馬鹿なんだ。

 そうじゃなかったら、危険な場所になんて飛びこまねぇ。

 それによ、頭で考えるより先に、動いちまうんだ、きっと。

 だから俺みたいな馬鹿が、教えてやんねーとな。

 勇者は決して諦めねぇ。だから、勇者だって事をな!!


 腹を括り、サンは大剣を逆手逆刃に持ち直し、姿勢を低くしたまま走り出す。

 それをリクトが、戦鎚を大きく振りかぶり、出迎えようとしている。

 

「お前はちゃんとみんなを、今でも、助け続けてんだよ!」


 その言葉に反応したかのように、リクトもこちらへ走り出す。


「だから諦めんな!! 誰かを犠牲しなくても、この世界は変わるぞ!! お前が諦めたら、みんなを、誰が助けるんだ!? 助けたいと思うなら、最後まで、助けてみせろ!!」

「この――!!」


 頭を狙うように振り下ろされる戦鎚をギリギリでかわしながら、また持ち上がる瞬間を目で追う。そして、手が上がり始めたのと同時に懐へ潜り込み、剣を握る手に力を入れる。


ほむら!!」


 魔法を唱え、サンはリクトの腹に炎を纏う拳を埋める。


「ぅぐっ……がはっ!!」

「でもな、ずっと休まずに助け続けてたら、勇者だって疲れんだよ。だから今は、休んどけ」

「なん、だよ、勇者って……」


 戦う意思はもうないようで、リクトは崩れ落ちるようにサンに体を預けながら、呻くように呟く。


「勇者っつーのはな、俺やお前みたいな、いつでも、どんな時でも、大切な人の為に戦う、バカの事を言うんだよ」

「大切な、人?」

「そうだろ? お前はみんなの死を背負って、生きてんだろ?」


 リクトを支えながら、サンは静かな声で話しかける。


「今まで、よく、頑張ったな」

「……そんな事、言うなよ……」


 震えた声を出すリクトに気付かぬフリをして、サンは剣を納め、彼を担ぎ上げた。


「は? 何すんの?」

「炎を合わせた拳だったから、かなり痛てぇだろ? 俺は癒しの魔法が苦手なんだよ。ちょっと待っとけ。ミアんとこ行くぞ」

「おれに、同情してるっすか?」

「あ? 同情なんかしてねぇよ。そうだ! この指示を出してんのは、その、聖王様、なのか?」


 リクトも武器を元に戻し、抵抗する事なくサンの身を任せていた。


「……そうっすけど、そうじゃない」

「なんだ? よくわかんねぇ返事すんな。じゃ、あれだ、聖王様のせいでお前は苦しんでんのか?」

「違う……っ!」

「腹殴ってんだから、大声出すな。で、何が違うんだ?」


 サンは歩きながら、扉へ手をかける。


「聖王様と隊長は、おれ達を、助けてくれた。おれ達がヘロイダスの血縁の者を信じられなくて、その時、おれだけの魔法を見つけて、使った。それなのに、『真実を教えてくれてありがとう。遅くなってごめんなさい』って、言ったんだ。だからおれ達は、あの人達の願いを叶えたい。たとえそれが、間違っているかもしれなくても、きっと、2人が描く未来に希望はあるって、思いたかった」


 リクトの弱々しい声を聞きながら、サンは階段を下り続けた。


「そうか。それじゃ、ちゃんとお前の気持ちも、話してみろ。納得いかねぇ事させられて、しんどいだろ?」

「この事に、おれ達は、関わらせてもらえなかった。だから無理にでも、関わった。その時は、納得してた、はず、だったんっすよ」


 リクトの体に力が入るのがわかり、サンは彼を担ぎ直す。


「でもやっぱり、こんな方法、選んじゃ、だめっすよね。おれ達が憎んできた奴らと同じ事を、してほしくない。だから……」


 サンにしがみつく手が、きつく握られる。


「だから、託したんだ。おれは動けなかったけど、ハルカちゃんはおれより弱いのに、自分の命が消えるかもしれないのに、エルフの少年を追いかけて沈黙の森に入ろうとした、強い子だったから。あの子なら、聖王様を止められると思って……」


 リクトの話を聞きながらいろいろと疑問が湧いたが、サンは彼の背中を軽く叩いた。


「ハルカちゃんの事、よくわかってんな。でもな、無茶しすぎんだよ、あの子は。だからな、お前もそうだけど、誰かにちゃんと頼れよ。お前の他にも、いるんだろ? 仲間が。1人じゃ無理でも、誰かとなら可能かもしんねぇし。それによ、今なら俺らもいるし、一緒に止めるぞ」


 サンは力強く声をかけたが、次の部屋の扉に手をかけようとした瞬間、リクトがいきなり身をよじった。


「あっぶねぇだろ! いきなり動くな!」

「あ、ごめん。でも、これ、言わなきゃ」

「どうした?」

「この先にいるのは隊長と緑の騎士くんだけで、ハルカちゃんはいないっす」

「……はぁっ!?」


 サンの声を遮るようにリクトが耳をふさぐ。


「お前、騙してたのか!?」

「いや、『仲間』はいるって言ったのを、そっちが勘違いしたんじゃないっすか」

「てめぇ……!!」

「揉めてる場合じゃないっす。王城内への転移の魔法は使えない。だからもう、隊長に忠誠の魔法を使ってもらって、聖王様に合図を送ってもらった方が早いっす。まぁ、それには、隊長を倒さないといけないかもしれないっすけど」


 焦るサンは何もかも理解できず、怒鳴った。


「おいっ! 言ってる事がわけわかんねーぞ!! とりあえず、ミアとリアンと合流する! 話はそれからだ!!」


 そう言ってサンが扉を開く瞬間に、リクトが慌てた声を出した。


「あっ、この中はおれの仲間のエミリアがいるから気を付けて! エミリアの鞭、肉を抉るように作られてて、痛いどこじゃないんっす!」

「そういう事は早く言え!!」


 すでに開いてしまった扉の中へ、サンは乱暴に足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る