第225話 リアンとエミリア
リアンは自身の盾と剣の大きさを変え、攻撃を受ける。そして、エミリアと名乗った黒の女性の鞭に武器を絡め取られないよう、素早く手首を返す。
「あなたの武器も、自分の意思で大きさが変わるのですね」
「という事はやはり、貴女の武器も?」
「わたしの武器も手に取った今の状態が、通常の姿です。そしてわたしの意思に反応して、狙った場所へと向かいます」
どおりで不規則な動きをするわけだ。
黒の女性は落ち着きを取り戻したように見えるが、武器同士のぶつかる音は止まない。
動きが読まれている。いや、そう、動かされているのか。
リアンはどうにか黒の女性の鞭を止めようとするが、そうするとこちらの剣も奪われそうになり、自身の戦い方を出来ずにいた。
ミア様を早く追わねば。
しかし、目の前の女性を、どうすべきか……。
相手が男性なら容赦せずに済んだかもしれないが、女性を目の前にして、リアンは決断できずにいた。
魔法を使い、ねじ伏せるか……。
しかし、先程の言葉に、憎しみが込められていた。
きっとそれが、彼女の心を縛るものなのだろう。
私達の目的は、ハルカとカイルを助け出す事。
そしてその目的を邪魔するのは、彼女らだ。
だから、無理にでも、倒すべきだろう。
だが……。
一瞬迷いが生じたのを見逃さないように、リアンの顎下を鞭が抉る。
「――っ!!」
「何を遠慮なさっているのですか?」
癒しの魔法を掛けようした時、黒の女性が今削り取ったであろうものをつまみ、リアンの元へ近付いてきた。
「さぁ、どうぞ」
「な、にを?」
優しく微笑む黒の女性に呆気に取られ、リアンは反応が遅れた。それに構わぬように、黒の女性が魔法を唱えた。
「
すると先程の顎下の肉がくっついたように思えたが、痛みは変わらずにあり、リアンは癒しの魔法を使う。その様子を無表情で眺めていた黒の女性が、呟いた。
「その傷も、簡単に治されてしまうのですね」
「先程から、何がしたいのですか?」
思わず距離を取りながら、それでもリアンは黒の女性へ問いかけた。
「欠けた部分があると治せないでしょう? ですから、戻しました。癒しの魔法が使えなければ、痛みを与え続けられるのです。これが、わたしだけの魔法になります」
「そう、なのですか? 黒の方なのに、珍しい癒しの魔法ですね」
「……癒し?」
「欠けた部分を今のように戻すのは、中々に難しいものです。このような傷は時間をかければ塞がりますが、負傷者にも負担がかかります。ですから貴女の魔法は、とても重宝されるでしょう」
どうしてこんな話をしているのかわからなかったが、それぐらい、お互いに戦意がなくなったように思えた。
「何故、白の方は、揃いも揃って、そのような言葉を、口にするのでしょうか」
「他の方にも、言われた事があったのですね」
「……いえ、何でもありません」
本当ならこの瞬間に扉へ向かえばよかった。けれどリアンには、黒の女性の瞳が悲しげに揺れたのが見え、動けずにいた。
「貴女は、白を憎んでいるのではなく、癒しの魔法を憎まれているのですか?」
ふと、リアンは思った事を口に出した。
すると、黒の女性の表情が消えた。
「何故、そう思われましたか?」
「先程から言葉の端々に、そういった感情が見え隠れしているように思えたからです」
「ふっ……、ふふっ。そうですか」
可笑しそうに、でも寂しげに微笑むので、リアンはそこへ踏み込む。
「このような素晴らしい魔法が使えるのに、貴女は何に囚われているのですか?」
リアンの言葉に答えるように、黒の女性は武器を構えた。
「もう、終わりにしましょうか。あなたと話していると、余計な事まで話してしまいそうになる」
「私は、貴方とは戦いたくはない」
「女だから、ですか?」
「それもありますが、貴女も本当は、戦いたくないのでは?」
そう言って、リアンは盾に剣を収納し、いつもの腰回りの定位置に戻す。
「何を、なさっているのですか?」
「私にはもう、戦う意思はありません。ですが、その先へ通していただきます」
「それがどういう事だか、わかっているのですか?」
「えぇ。お好きなように攻撃して下さい。貴女がまた癒しの魔法を使って下さるのを信じて、私は先へ進みます」
悔しそうに、でも困惑しているようにも見える表情を浮かべた黒の女性は、リアンの鎧の継ぎ目を狙ってきた。
けれどその攻撃を避けず、リアンは歩き続ける。
「止まって下さい」
「私には、止まる理由がありません」
さらに守りの薄い場所を打たれるが、返しのついた刃は当たらず、リアンは前だけを向く。
「気持ちが、悪く、ないのですか?」
「何がでしょうか?」
黒の女性の声が揺れ、リアンは立ち止まる。
「……わたしの、魔法は、気味が悪いでしょう?」
何を言っているのだ?
リアンは言葉の意味がわからず、思った事を口にする。
「先程もお伝えしましたが、素晴らしい魔法です。黒の方は特に癒しの魔法が苦手だと言われていますが、貴女はそれでも、癒しの魔法を自分だけの魔法として発現させたのです。それは貴女の知識や想いが込められた、優しく特別な魔法だと、私は感じましたが?」
リアンにとって嘘はなかったのだが、黒の女性はさらに悲しげな表情を浮かべた。
「わたしの魔法は、幼い時に、見つけました。『黒は癒しの魔法が苦手だから怪我をしないよう、あまり外へは行かないように』と、両親に言われ続けていたわたしは、物語ばかり読んで過ごしていました」
鞭を持つ手を力なく下げ、黒の女性がぽつりぽつりと話し続ける。
「今思えば、黒のわたしが得体の知れない魔法を使って誰かを傷付けるのを、両親は恐れていたのだと思います」
目を伏せ、黒の女性は苦しげな表情を見せた。
「そしてある時、わたしは外で、原形を留めていない生き物の死体を見つけました。まだ息絶えていなかったのか、幻聴だったのか、『からだがない』と、言葉が聞こえたのです。ですがわたしには、癒しの魔法が使えなかった」
微かに鞭を持つ手に力を入れた黒の女性を眺めながら、リアンは彼女の想いを聞き続ける。
「けれど、その悲しげな声をどうにかしてあげたくて、せめて体だけは元に戻してあげたいと強く想った瞬間、今の魔法に目覚めました」
やはり彼女は、心優しい人なのだろう。
心温まる思い出話にリアンはそう感じていたが、黒の女性の雰囲気が変わった。
「そして、もしかしたら癒しの魔法を使えば間に合うかもしれないと、生き物を連れて、母の元へ急ぎました。それが、貧しくも平凡な少女、エミリア・ウパルが終わりを告げた日にもなりました」
どういう事だ?
話の内容が理解できず、リアンは次の言葉を待つ。
「この日、わたしを見て母は悲鳴を上げ、すぐに父を呼び、殴られました。気が付けば、身寄りのない子供達がいる場所へ、放り込まれていました。その施設はずさんな管理をされており、奴隷商人が入り浸る、劣悪な環境でした」
まさか、親に、売られたのか?
リアンは自身の考えに絶句し、立ち尽くした。
「そしてわたしは、目をつけられました。そういった事に快楽を見出す者達が集まる場所には打ってつけだと、喜ばれました。まだ幼かったわたしは体を売る事はせず、ただ痛みを与え、それをわたしだけの魔法で治せばいいと言われ、必死に、要望に応えました」
何かが壊れてしまったかのように言葉が流れ出す黒の女性の瞳が、光を失っていく。
「しかし、禁を破る者に手を出されそうになった時、わたしの魔力が暴走し、それの腕をめちゃくちゃにしました。泣き叫ぶ姿が見苦しく、黙らせる為に復元の魔法を使いましたが、痛みは変わらずにあったようで、さらにのたうち回っていました」
首を傾げるように顔を上げた黒の女性は、何も映し出さないような真っ黒な瞳をこちらへ向けた。
「その時、気付いたのです。わたしだけの魔法は、このような使い方をするのが1番なのだと。誰も幸せにする事が出来ないのであれば、苦しめるほかないだろうと」
自分の言葉を実現させるように、リアンの頬へ鞭が当たる。
痛みで目を閉じそうになるが、黒の女性から目を離したら消えてしまうのではないかと、そんな予感がして、リアンは歯を食いしばり耐えた。
「客を傷付けたわたしは買い手がつかなかったようで、今度は孤児院に預けられました。その時、わたしだけの魔法の存在は隠されていたようで、わたしも『自分だけの魔法はまだ見つけていない』と、伝えました。しかし、先程のわたしの願いを叶えるかのように、今度は前王の望みに巻き込まれ、拷問の手伝いをさせられました」
「それはいったい、どういう事ですか?」
リアンが声をかけ、ようやく黒の女性は意識を取り戻したようにこちらをしっかりと見つめた。
「……わたしのたわいもない話を聞かせてしまい、申し訳ありません」
「続きを」
「え……?」
「貴女は知ってほしいのではないのですか?」
「そのような事は……。それにミア様を追わなくてよろしいのですか?」
確かに、先を急ぎたい気持ちはある。けれど目の前にいる苦しげな姿をした黒の女性を無視する事も出来ず、リアンはその場に残る事を決めた。
もしかしたらこの女性には、私達と戦う理由がないのでは?
それならば、黒の女性と和解し先へ進む方がいいだろうと、リアンは考えていた。
「ミア様には私だけの魔法で、傷を付ける事はできません。それにハルカもカイルもいるのなら、危機を脱する事はできるでしょう」
このリアンの言葉に、黒の女性が険しい顔つきになった。
「わたしは、わたしの願いの為に、ハルカ様とミア様を利用したと言ったら、あなたはどうされますか?」
「利用? それはどういう事、でしょうか?」
その言葉の意味が知りたくて、はやる気持ちを抑え、リアンは穏やかな声で尋ねる。
「わたしは悪夢のような日々から助け出して下さった聖王様の願いを、叶えたいのです」
「聖王様の願いとは……異世界に関するものを処分する。それの事でしょうか?」
それならばやはり、戦うしかないのか?
リアンがそう考えた瞬間、黒の女性は首を横に振った。
「それは聖王様がそうだと思い込んでいる、仮の願いです。わたしは聖王様に、心からの幸せを感じてほしいのです」
そう言い切った黒の女性が、柔らかく微笑んだ。
「ハルカ様と会話されて、聖王様はだいぶ心揺さぶられておりました。そして彼女は希望を見つめる者です。ですからハルカ様に、聖王様の真の願いを気付かせていただこうと思い、1人で向かわせました」
1人?
それならハルカは自由の身なのかと、リアンは不思議に思った。
「そしてミア様には、隊長を助けていただく為に、お1人で向かっていただきました。ですので、下で隊長と戦っている最中の約束の民に加勢されるのを防ぐ為、あなたにはここへ残っていただいたのです」
「隊長……クロムを、助ける為?」
どうしてミア様が必要なのかわからず、リアンは呟く。
すると黒の女性は、真剣な表情を浮かべた。
「隊長は、相討ちを願っております。ですがそれを、聖王様は望まれておりません。しかし、聖王様は隊長の願いを優先された。けれどそれでは、聖王様の幸せを叶える事ができません。ですから勝手に、わたしやリクトが動きました」
理解できない事ばかりを話され、リアンは思案する。
「まだ、よくわかっていませんが、要は貴女も、聖王様を止めたいのですよね?」
「簡単に言えば、そうです」
「それならば、目的は同じ。共に止めましょう」
「……何故、わたしの話を信じるのですか?」
本当に驚いたように、黒の女性が目を見開く。
「貴女だけの魔法がこんなにも優しいものでしたので、その心を信じようと思ったまでです」
「また、そんな事を言って……。本当に、ハルカ様もあなたも、人が良すぎるというか……。こんなわたしを信じるなんて勿体ないお言葉、感謝致します」
微笑む黒の女性の頬を、ひと筋の涙が流れた。
その瞬間、仲間の怒鳴り声が聞こえた。
「そういう事は早く言え!!」
その声にリアンが振り返ると、荒い足音と共にサンが続けて大声を出した。
「このリクトが人質だ! だから攻撃すんなよ!!」
「えっ!? おれいつの間に人質になってたんっすか?」
「ちげーよ! 話し合わせろ!!」
サンの肩に担がれていた先程の黒の青年が身をよじり、滑り落ちる。そして慌ててこちらを向き、驚愕した顔になる。
「エミリア、そいつに何されたの!? だから言ったっすよね? 上でおれと一緒に戦おうって! そいつも結局、そこらへんの奴と同じだったのか、クズ野郎!!」
黒の青年が腹部を押さえながら立ち上がる瞬間、黒の女性が前に出た。
「いえ、この方は違います。聖王様と同じ言葉を口にされ、さらにはハルカ様のようにわたしを信じて下さり、その、恥ずかしながら、感極って涙が出ました」
涙を拭う仕草をして、黒の女性が囁くように声を出した。
その様子を、黒の青年は口を開けて眺めていた。
「えーっと……、なんだ? よくわかんねぇけど、ミアは?」
「あ……、ミア様は先に進まれました。急ぎましょう」
「1人でか!?」
「身代わりの盾を掛けましたので、無事でいて下さるはずです」
当初の目的を思い出し、リアンは駆け出す。
その背中から、サンの声が追いかけてくる。
「とりあえずミアと合流するけどな、ハルカちゃんはこの先にいねぇ!! ちと面倒な事になってるから、先に進みながら説明させる!」
「あっ! おれはもう大丈夫っすから!」
「リクト、怪我をしているのですか?」
ハルカがいない?
サンの言葉に立ち止まりそうになるが、後ろからの足音を聞き、リアンは地下へと続く扉に手を伸ばした。
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