第206話 黒の魔法使いと特別な髪色の魔法使いの真実

 白い部屋を満たす朝の柔らかい光が、ハルカとマキアスを包み込む。

 その穏やかな光景の中、真剣な表情のマキアスが答えを言い始めた。


『魂に寄り添う貴重な黒と言われていたのは、心を感じ取る事に長けているから。特に、その人の望む強い想いに寄り添い、命の道標となる人々の事を指していた』

「命の道標って……?」

『どのように生きたいのかを感じ取る事で助言をしていた者達が、昔の黒の魔法使いだった。そして同時に、生きる希望をなくした者を安らかな死へ導くのも、黒の魔法使いの役目だった』


 ここでハルカは、カイルとエミリアさんの言葉を思い出す。


『命を奪う事に長けている』

『この世界の黒は、絶望を感じ取ります』


 まさか、死へ導く事だけが、今の黒の魔法使いに影響しているの?


 そう考えたからか、ハルカはマキアスへさらに質問をしていた。


「今の黒の魔法使いが命を奪う事に長けているって、死へ導く人だから? でもどんなふうに生きたいかの助言をしていたなら、どうしてそんな事を……?」

『今の黒の魔法使いに対しての認識が、真の役割の妨げをしているのも事実。けれど彼らは、本能的に役割を理解している。その結果、誰よりも戸惑なく、命を奪う者へとなった。そして、全ての者が、生きたいと願っているわけではない』


 マキアスの最後の言葉に、ハルカはひどく打ちのめされた。


「そんな……。そんな事って、あるの?」

『ある。自分の身体がままならない者。先に逝ってしまった人を追いかけたい者。もう心が死んでしまって、生きたいと願えない者。理由は数多く存在する。その絶望のままに自分の命を手にかけようとする者の代わりに、魂が迷わず天に還れるよう手助けをしていたのも、黒の魔法使いだった』


 そんな現実もあるのかと、ハルカはやるせない思いを抱く。


「……人の想いに応えて、その人の命を預かる事も、していたんだね」

『だから『魂に寄り添う貴重な黒』と言われ、白の魔法使いとは対をなす、救いの存在でもあった』


 そんな真実が、隠されていたなんて……。


 ハルカはコルトで化け物と呼ばれた事を思い出しながら、この真実を伝えてもいいのか迷っていた。さらに黒の魔法使いの印象が悪くなってしまわないかと、そんな考えが頭に浮かぶ。

 でも、今の黒の魔法使いには伝えるべき事だとも、思えた。

 どうして命を戸惑いもなく奪ってしまうのか、それに苦しんでいる黒の魔法使いだっているはずだと、ハルカは想像する。


「私にはそこまでの事は、できない。寄り添う覚悟が、ない。でも、私と同じような、そして自分の行動理由が明らかになった方が、黒の魔法使いの人の為に、なるのかも、しれない」


 真実をそのまま伝える事が傷を付ける事は、祝いの木から聴こえた声をカイルに告げた時に痛いほど身に染みている。

 でも、真実を知っているだけでは意味がない事も、理解していた。

 だからハルカは、自分も黒の魔法使いとしてできる事をする為に、ルイーズにこの事を伝える覚悟をする。


「本当は、伝えるのも、怖い。だけど、この世界で黒の魔法使いとして生きていくなら、同じ黒として、助けになりたい」


 ハルカの言葉に、マキアスが優しく微笑みながら頷く。


『ハルカは自分の思う通りに動いていい。どんな結果になろうとも、黒の魔法使いにとっての変化に繋がる』


 ここで言葉を切り、ハルカの姿をしたマキアスの表情が、また真剣なものへと変わる。


『もう1つの疑問に答える』


 その言葉に、ハルカもまた真剣に耳を傾けた。


『髪色が変わる原因は、異世界の血が色濃く出たと言われているのは間違いない。ただ、昔からの言い伝えで『異世界の血が混じった者達は、人外の力を得た為、狂った可能性がある』と、信じ込んでいる事に問題がある』


 カイルと魔法楽音器を聴きながら話した事だった為、ハルカはすぐその内容を思い出した。


「前に……カイルとも話したけど、その情報を信じ込む事で、そんな風に変化してしまうって事?」

『そう。だから本人が魔法を使う事を無意識に恐れ、暴走に繋がる。心が安定していれば、それは起こらない』

「心が、安定……」


 私ですら心が揺れた時、無意識に魔法を使ってしまうから、きっとこの世界の人にはもっと影響があるんだ……。


 ハルカの想像以上に根深い問題なのだろうと、思わざるを得なかった。


『幼い頃に親から伝えられ、その考えが刷り込まれている。子供が癇癪を起こせば、魔力も暴走する。色鮮やかな髪色の子供は、その威力が違う。だから余計に、その言い伝えに信憑性を持たせてしまっている。そしてそれが現在でも、人を狂わせると思っている人が数多く存在する。だからその言葉を恐れる人々の意識を変えていけばいい』

「髪色が鮮やかな魔法使いも、黒の魔法使いも、そうやってみんなの意識が変わってしまった結果なんだね。だからやっぱり、途方もないけれど、時間をかけて真実を広めるしかないんだ」


 以前にカイルと話し合った結果、『自分は色に対して正しい認識を持つ』と強く想う事で、この世界に少しずつ、でも確実に自分達の考えが広まっていくはずだという事を、ハルカは改めて思い出していた。


『事実として知れ渡ればいい。それに対して反対意見を持つものがいなくなる事はない。だけど、その人物にも事実として記憶に残せればいい。それだけでこの世界に生きる特別な髪色の魔法使い、そして黒の魔法使いが、生きやすい世界になる』


 マキアスの表情が穏やかなものになり、彼女は静かに言葉を紡いだ。


『ハルカの想いはきっと届く。私はいつでも、ハルカの為に動くから』


 マキアスの言葉はハルカの心に灯りをともし、踏み出す勇気を与えてくれた。

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