第207話 真実を広める事とルイーズの焦り

 ルイーズと対話する時は、マキアスを精霊界へ帰さねばいけない。本当ならずっとそばにいたいと駄々をこねる自分の姿をした彼女をなんとか説き伏せ、無理やり帰した。

 ハルカもマキアスとずっと一緒にいたかったが、この少しの間だけでも精霊界で休んでほしいと思い、前向きな気持ちで見送れた。


 そして、続き部屋で待っていてくれたルイーズを呼び、異世界の人間が入り込むのを防ぐ方法はなかったと告げる。

 けれどそれではあんまりだと思い、ハルカは無茶な条件ものを、一応は伝えた。

 すると、ルイーズは何故だか嬉しそうな表情を浮かべていた。


「本当に、この世界に生きる全ての生き物の意識を『異世界の人間を拒絶する』と染め上げれば、異世界の人間が入り込めないのね?」

「そうだけど、それって無理じゃ——」

「いいえ、できるわ」


 それだけ言うとルイーズは立ち上がり、エミリアさんを呼びつけようとしていた。けれど肝心の話をまだしてなかったので、ハルカは慌てて声をかける。


「もしそれができたとして、本当の解決に繋がるの?」

「今すぐには無理でも、時間をかけて実現してみせる。それにこの世界の事は、わたしの方がよく知っているわ。だからハルカは安心して。あなたにはまだ、協力してほしい事があるから」


 とても穏やかな声なのに、ハルカの背中には嫌な汗が伝う。


「私もね、協力できる事はなんだってする。だからね、もう少し違った話もあるんだけど——」

「ありがとう、ハルカ。でもね、この事実だけで、今日はもう十分」


 またも話を遮られ、ルイーズが急いでこの部屋を去ろうとしているのがわかった。

 だからハルカはそれが気になり、ふと、言葉にした。


「あのさ、昨日もだったけど、ここって、ルイーズにとって居心地の悪い場所、なの?」


 その言葉に、ルイーズの体がびくりと揺れる。


「……ハルカには、何か、わかるの?」

「あ……。ごめんね。ただなんとなく、急いで帰ろうとしてるなって、思って……。私のせいでも、あるんだろうけど……」


 ハルカの返事にほっとした様子を見せたルイーズは、そのまま小さな声で話し始める。


「ハルカのせいじゃない。ここは、わたしが昔使っていた部屋なの。そしてここで、私は魔力が暴走して、視力を失った」


 聖王様の詳しい話は聞いていたが、まさかここがその話の場所だとは思わず、ハルカは息を呑む。


「……そんなに辛い事があった場所なのに、直接来てくれてたんだ。気付けなくて、ごめんなさい」

「ハルカが謝る必要はないわ。それに、気付かれていたら、それはそれで驚きよ」


 ルイーズは軽く微笑むと、言葉を紡ぐ。


「でも、ハルカにすらわたしの様子が変なのを悟られていたのね。この場所にいると、どうにも思い出してしまって……。ただ、それだけなのよ」


 そう言って、ルイーズは窓の外を眺めるように、顔を向けた。


「ルイーズは、強い人、だね」

「……え?」

「私だったらきっと、その場所にすら、入れないから」


 訝しむように、ルイーズがこちらに顔を向けた気がした。けれどハルカは、構わず話を続ける。


「ルイーズの、この世界の人の為に動こうって、強い気持ちは凄く伝わる。視力を回復させず、それでも人の為に動けるのは、王だから、なんだろうね」


 ハルカの言葉を、ルイーズは黙って聞き続けてくれている。

 だからぽつりと、ハルカは前に思ってしまった事も、口にした。


「でもルイーズは、本当にそれで幸せなの?」

「……いきなり、何を言うの?」


 ルイーズの声色が低くなり、彼女の柔らかな雰囲気が変わる。

 けれどその姿が、ハルカには怯えた子供のように見えた。


「魔力が見えていたって、景色や人の顔が見えるわけじゃ、ないんだよね? 昔の出来事だって、心の傷が癒えていない。それなのにルイーズは、傷だらけで動いているんじゃないの?」


 立ち竦むように動かなくなってしまったルイーズのそばへ、ハルカはゆっくりと近づく。


「聖王様と呼ばれる立派な人なのは、わかる。だけどルイーズは、『この世界には、わたしと対等に話してくれる人がいない』って、言ってたよね? だからその傷を、誰にも見せずにずっと過ごしてきたんじゃないのかなって、思うの」


 そしてハルカは、眩しい光を放つような、真っ白な髪のルイーズの目の前で立ち止まった。


「私とは対等に話せるって、思ってくれたんだよね? それなら私の前では、無理をしてほしくない。ルイーズの本音で、話してほしい。私はあなたの……」


 本当の——。


 話していて、ふと、何かが浮かびそうな気がした。それに気を取られ、ハルカの言葉は途切れた。


「……ハルカ、今のは……」

「あ……、なんだか、言葉が、浮かびそうな気がして……」


 ルイーズにも何かが伝わったようで、彼女は少しだけ後ずさっていた。


「今のは、ハルカだけの魔法が目覚めようとしていた」

「えっ? どうしてわかるの?」


 自分だけの魔法は言葉が浮かぶとは聞いていたが、こんなにいきなり浮かぶとは思わなかった。それなのに、ルイーズにはそれが伝わり、ハルカは不思議で仕方なかった。


「ハルカの魔力が、波のように広がった。そして今、私は、何かを、言わされそうになった」

「それって……」


『心の傷を気付かせて、本当の願いを聞き、言葉にする』


 それが今の自分だけの魔法を見つける手がかりなのを思い出し、ハルカは激しく動揺した。


「きっと私、ルイーズの心に無理やり入り込もうとしたんだ! ごめんなさい!!」

 

 急いで頭を下げるハルカの肩に、そっと手が置かれる。

 それに気付き、ハルカは申し訳なさで自分を責めながら、ゆっくりと顔を上げた。

 そんなハルカの目の前には、優しく微笑むルイーズの姿があった。けれどその白い頬は、先ほどよりも白さを増しているように思える。


「ハルカだけの魔法が不思議なものなのはわかったわ。だけど、気にしなくていい。自分だけの魔法なんて、選べないのだから」


 そう言ってルイーズは、微笑みながらハルカから離れた。


「それに、ハルカの言葉は嬉しかったわ。だから少しだけ、教えてあげる。わたしの目は、見えなくてもいいの。これは、わたしの大切な人と、お揃いでもあるから。本音は話せなくても、その人がいたから、わたしは立ち続けていられた。だからね、もう、いいの」


 お揃い……?

 同じ言葉を、クロムからも聞いた。

『この見えなくなった目は、お揃いなんだ。だからね、ぼくは治さない』って……。

 まさかクロムの大切な人って……。


 そこまで考えてふと、ハルカの中に疑問が生まれる。


 でも、クロムはカイルと出会った時から、通信を続けていたはず。

 それなら、3年前の戦争より前からすでに2人は知り合っていた、って事になるよね?

 別人、なのかな。

 でも、一致しているように思える。

 けれどそれなら、この事実は何を意味しているの?


 考え込んでしまったハルカにルイーズは背を向け、エミリアさんを呼びつける。


「色々と考えさせてしまって、ごめんなさい。だけどハルカが気にする事ではないわ。それとね、後であなたにとって大切な人がここへ訪ねてくる。楽しみにしていてね」


 それだけ言うと、見送りを兼ねるエミリアさんとルイーズは部屋から出て行った。


 ***


 つい、ハルカの言葉を聞いてしまった。

 彼女の言葉に、わたしは……。


 ルイーズは少しでもハルカから遠ざかる為に、必死で足を動かしていた。


「彼女だけの魔法は、危険だわ」


 そう、危険。

 わたしの中で何かが動き出そうとするような、不思議で、苦しくて、それでも包み込まれてしまいたくなるような、そんな気持ちになった。


 今の自分が崩れ去る予感がし、ルイーズは計画を早めた。


「ハルカから、必要な情報はもらえた。だから、次へ進みましょう」

「……かしこまりました」


 無言で後をついてくるエミリアが、何かを考えているのか、返事が遅くなっていた。

 それに気付き、ルイーズは足を止め振り返る。


「エミリア、何かあるの?」

「……いえ。顔色が優れないようですが、本当に進めてしまっても、大丈夫でしょうか?」

「心配をさせたわね。私は大丈夫。けれど、これからのハルカの様子は、今まで以上に見ていてほしい」


 エミリアを安心させるように微笑むと、ルイーズはすぐに真剣な表情を作る。


「カイル・ジェイドとの再会は、ハルカの心にとても影響を与えるはずだから」


 この言葉を告げ、ルイーズはまた歩き出す。


 わたしの事を想ってくれたハルカへ、わたしは何も返す事ができない。

 どうして、ハルカだったんだろう。

 もっと、憎しみを向けられる異世界の人間だったら、どんなによかった事か。

 だからせめて、優しい夢の中で、最後の時までを過ごしてほしい。

 それがどんなに酷い事かは、わかっている。

 けれどハルカには納得して、この世界を去ってもらいたいから。


 結局、自分も父と同じで、誰かを犠牲にする事でしか目的を達成できないのだと痛感させられ、ルイーズは奥歯を噛み締めた。

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