第204話 エミリアさんとの会話

 ルイーズと話したからか、カイルの言葉がもしかしたら嘘なのかもしれないと思ったからか、ハルカの心が少しだけ軽くなる。


 それに気付いたように、エミリアさんが食事をすすめてくる。『ハルカ様にはすべき事がありますので、力をつけていただかないと』、などと言いながら。



「あの、エミリアさん。心配して下さって、ありがとうございます」

「突然、どうされましたか?」

「昨日お会いしたばかりなのに、私の事をとてもよく見ていてくれて、聖王様にまでそれを伝えてくれて、本当に有り難いなって思って。だからその、お礼です」


 あまり多くは食べられなかったが、それでも昼食を食べ終え、椅子に座ってくつろぐ。

 そのタイミングで、ハルカは続き部屋に戻ろうとしていたエミリアさんへ声をかけていた。


「それがわたしの役目ですから。どうぞお気になさらず。それでは、今日はもう予定もありませんので、ゆっくりとお過ごし下さい」

「あの! ご迷惑でなければ、エミリアさんとお話ししたいんですけど……」

「わたしと、ですか?」


 かなり想定外の事を言われたように、エミリアさんの切れ長の瞳が見開かれる。


 あ……、図々しかった、かな……。


 そんなハルカの手に、マキアスが頭をぐりぐりと押し当ててくる。大丈夫、と言われている気がした。

 そうしている間に、エミリアさんはハルカの近くまで来ていた。


「わたしなんかと話したいとおっしゃるとは思わず、失礼な態度を取った事を、お許し下さい」

「えっ!? そ、そんな事ないです! ただ、エミリアさんの事をもっと知りたいなって思って!」

「わたしの事を?」

「あ、あの! 立ち話よりも、座って話しませんか?」


 エミリアさんはハルカといる時、椅子に座らない。それがずっと気になっていたので、そう提案した。


「本来護衛が着座するのは許されません」

「でもエミリアさん、誰とも交代しないでずっと立ってますよね? 決まりはあるのかもしれないですけど、落ち着かないので、座って話してくれませんか?」

「……わかりました」


 ハルカがじーっと見つめ続けたからか、エミリアさんがわずかに苦笑しながら対面の椅子に座ってくれた。


「この事はどうぞ、ご内密に」

「絶対、秘密にします」

「それで、わたしの何を、知りたくなりましたか?」

「知りたいというか、仲良くなりたいなと、思って」

「仲良く、ですか?」


 またも驚きを隠せない表情になったエミリアさんは、興味深そうにハルカを眺めてくる。


「……辛い時に、慰めて下さったのが、とても嬉しかったんです。初対面の私に対して、静かに寄り添ってくれた事、忘れません。本当に、ありがとうございました。それと、エミリアさんの瞳がすごく綺麗だなって……」


 ここまで言って、ハルカは自身の言葉に驚く。


 あっ! 最後の言葉は言わなくてもよかったかも!!


 初めてエミリアさんを見た時の印象まで話してしまい、ハルカは慌てた。


「瞳が、綺麗?」

「え、えっと……。エミリアさんの黒い瞳は、とても澄んだ印象がありました。だから、エミリアさんが私を守ってくれる人で良かったなって、思ってます」


 そこまで距離が縮まっていない人に伝える言葉ではないが、ハルカは照れながらも思っていた事を話す。

 しかし、エミリアさんは真顔になってしまった。


「ハルカ様。わたしが言う事ではありませんが、もう少し、人を疑う事を覚えて下さい。それがご自身を守る事に繋がります」

「それは……クロムからも言われました。でも、私は自分の直感を信じます」

「……ハルカ様も、だいぶ頑固なようですね」


 誰と比べられたがわからなかったが、ハルカは小さく笑った。


「笑い事ではありませんよ?」

「でも本当に悪い人だったら、私の心配なんてしませんよね? だからエミリアさんは、私の中で信じられる人です」


 そう……。本当に、悪い人だったら……。


 カイルの今までの行動には嘘がないように、ハルカは思えてきた。

 けれど、最後の言葉も、嘘がないように思える。

 しかし、ハルカの胸がまた鈍い痛みを伝えてきて、考えるのをやめた。

 そんなハルカへ、エミリアさんが困惑した表情を向けてきたように思えた。


「……信じられる、人?」

「はい。私が自分で信じられる人と決めたら、信じるだけです。そう勝手に私が決めただけなので、エミリアさんが気にする事ではないんですけどね」


 すると、エミリアさんが見てわかるほど微笑んだ。


「ハルカ様は変わっていますね。それによってご自身が傷ついてもいいのですか?」

「私は、信じてもらえた事の喜びを知っています。だから、いいんです」

「なるほど……。興味深いお答えを、ありがとうございます」


 それを教えてくれたのは、カイルをはじめとした、みんなだった。

 みんな……。

 あれ? みんなは私がここに預けられているのを、知ってるの?


 ようやく今の状況が飲み込めるようになったハルカの頭に、サンとミアとリアンの事が浮かぶ。


「あの、いきなりなんですけど、仲間と通信をとっても、大丈夫ですか?」

「今はお控え下さい。ハルカ様の身の安全が確保できましたら、ご自由にどうぞ」

「……そう、ですよね」


 今はきっと自分の知らないところで何かが動き出していて、迷惑をかけてはいけないと、ハルカは堪える。

 そんなハルカに、エミリアさんが囁くように話を振ってきた。


「わたしもハルカ様の事をもっと知りたくなりました。そのお仲間の方々の話を、お聞かせ願いますか?」

「嬉しいです。ぜひ聞いて下さい!」


 これをきっかけに、ハルカはエミリアさんと乙女な会話を繰り広げる事になる。


 ***


 話が弾み、気付けば外は薄暗くなっていた。

 途中までハルカのそばにいたマキアスは、今はベッドを占領して眠っている。


「隊長から報告はされていたのです。ミア様という方が、『心に永遠の花が咲くとき』を大層好いていると。ですが、ハルカ様にこの物語の良さを伝えていなかったとは思わず、つい、熱く語ってしまいました。申し訳ありません」

「謝らないで下さい! すごく楽しかったです!」


 物語を通してエミリアさんの恋愛観を教えてもらい、ハルカはエミリアさんとの距離が縮まった事に喜んでいた。


「楽しんでいただけたようで、何よりです。ですからハルカ様も、人間族以外にも目を向けられるのがよろしいかと」

「エミリアさんがまさか『人間の男はやめた方がいい』なんて言うと思わず、びっくりもしました。他の種族の方が誠実なんですか?」

「人間族の男は吐き気がするほど酷いものもいますので、騙されませんよう、お気をつけ下さい」


 いったい何があったのかわからないけれど、エミリアさんの殺気立った表情を見て、ハルカは無言で頷いた。


「……私情を挟んだ意見でもありますので、お気になさらずに。しかし、このような話ができて、わたしばかり充実した時間を過ごしましたね」

「それはないです。さっきも言った通り、私も楽しかったです!」


 ハルカの言葉に、あまり表情を変えないエミリアさんは微笑むと、立ち上がった。


「さぁ、ハルカ様。少し休まれて下さい。そのあとお食事を運ばせていただきます」


 そう言って歩き出したエミリアさんが足を止め、ハルカに視線を戻した。


「1つ、お聞きしたい事が」

「何でしょうか?」

「もし、生まれた時からずっと、周りに信じられる人がいなかった場合、ハルカ様なら、どうされますか?」


 信じられる人が、いない……。


 エミリアさんの言葉を必死に想像し、ハルカはある答えに辿り着く。


「私は、そういう立場になった事がないので、わかりません。でも、それでも、今はいなくても、未来には絶対いると、希望を持って、生きます」

「未来……。不確かなものに頼る、という事ですか?」

「そう言われたら、そうですね。でも世界にはたくさんの人が溢れています。だから絶対、信じられる人もいると、私は思います。それにもしかしたら、時間が経てばその信じられなかった人も、信じられる人になるかもしれない。なんて、思わずにはいられません」


 エミリアさんが思案するように視線を下へ向け、そしてまた、ハルカを見つめた。


「ハルカ様は特別な黒なのに、まるで白のような考え方をするのですね」

「それは、どういう事ですか?」

「……いえ。とても良い方達との出逢いに恵まれたようで。まさか同じ黒から、そんな言葉が聞けるとは思いませんでした」


 エミリアさんの言葉の意味がよくわからず、ハルカは首を傾げる。


「この世界の黒は、絶望を感じ取ります。ですがハルカ様はきっと、その先の希望を感じ取られるのでしょうね」


 温かい眼差しを向けられたが、ハルカが質問をする前に、エミリアさんは背を向け歩き出した。

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