第203話 聖王様から知らされる真実とある女性の目的
向かいに座るルイーズの手に、懐かしいものがある。
あの紙は……。
ハルカは以前、カイルに渡した自分の名前を書いた紙を見せられ、言葉を失った。
「名前には特に強い魔力が宿る。だからね、これが本当にハルカの名前なら、保護しておこうと思って」
「それは、カイルから、渡されたんですか?」
大切に保管するって、言ってたのに。
先程の心を癒す魔法が意味をなさなくなるほど、ハルカの心が揺れる。
「ごめんなさい。わたしの行動が軽率だった。ハルカが異世界の人間だと証明する為に、カイル・ジェイドから渡されたものよ」
「そう、ですか」
あの時、異世界の名前だからと喜んでいたカイルも、嘘、だったのかな。
カイルは嘘をつくのが苦手だと思っていたが、今となっては自分の思い込みだったのかと、ハルカの胸に悲しさが溢れる。
すると、ルイーズが静かに話し出した。
「ハルカ。彼は、この世界の為に動き出したの。だからハルカも協力してくれる?」
「この世界の為……?」
「3年前の戦争の事は知っているわね? それに、異世界の力が関係している。だからハルカを巻き込まないよう、単身で動き出した」
「それって……」
ルイーズのまさかの発言に、ハルカはカーシャさんが何気なく呟いていた言葉を思い出す。
『それは、理由があるんじゃないの? ハルカちゃんがほら、特別な生まれだから誰かに狙われてるとか? それに巻き込まないよう、命を懸けて守ろうって……って、私、なんであなたの悩みに答えてるのよ』
本当に、そうなの?
それでも昨日のカイルの言葉は本心だったように思え、ハルカは困惑する。
「昨日、彼がハルカに何と言ったのかはわからないけれど、ハルカの保護を頼んだのは事実よ」
「じゃあ、カイルは今、何をして……」
「今はまだ、動く前の準備をしているの。彼の方はクロムに任せているわ。だからね、ハルカも彼を助ける為に、協力してほしい事がある」
クロムはカイルを止めないって言ってたけど、これが、理由?
ぼんやりと考えるハルカは、ルイーズを見つめ、尋ねる。
「私に、何か出来る事があれば、やります」
「ありがとう、ハルカ。でも今日はまだ疲れが取れていないでしょう? 1度にたくさん話しても混乱させてしまうだけだから、明日、またお邪魔するわね」
そう言うルイーズが、何故か慌てたように立ち上がった気がした。そしてエミリアさんを呼び、2人は部屋からいなくなった。
そのタイミングで、ハルカはずっと我慢してくれていた自身の精霊獣を喚ぶ。
「召喚」
マキアスからまたも焦りの感情が伝わり、ハルカは笑い声をもらす。
「マキアス、ずっと私の様子を気にかけてくれてるんだね。ありがとう」
ハルカの目線ぐらいの大きさのマキアスに抱きつきながら、そっと呟く。
「カイルはいったい、何をしようとしているの?」
昨日、あれだけ粉々に砕け散った心が、ゆっくりと元に戻ろうとしている気がした。けれど、それをまた砕かれると思うと、ハルカは怖気付く。
「私に出来る事なんて、あるのかな……」
ルイーズの言葉に縋る自分が惨めで、ハルカの目に涙が滲んだ。
***
昔、自身が閉じ込められていた塔に来るのは、久々だった。
もう平気かと思っていたけれど、やはり、心は重苦しい。
異世界の転生者と会話するだけでも気持ちが揺れるが、自身の過去を思い出し、会話を続ける事ができずに退室した。
お父様との出来事を、嫌でも思い出す。
でもそれ以上に、彼女が大切な人から裏切られた痛々しい姿が、昔のわたしと重なる。
初めてこの塔を抜け出した日のわたしを思い出しながら、彼女に接してしまった。
心の線引きが曖昧になってしまった事を、女性は悔やむ。
「聖王様、ご無理なさいませんよう。あとの説明は、わたしがしておきます」
「いいえ。これはわたしが、しないといけない事」
立ち止まる事なく歩き続けるルイーズの影のように、エミリアが寄り添いながら気遣いを見せる。その気持ちに、ルイーズの心が少しだけ軽くなった。
彼女の信頼を勝ち得ないといけない。
そうすれば、全てが丸く収まるはず。
もうこの世界に、他の世界の人間が入りこまないようにする為には、これしか方法がない。
無理にでも事を運ぶ事はできる。けれども、出来る限りわだかまりもなく彼女の役目を終えてほしくて、ルイーズはあえて友人のように接した。
「異世界の人間がこの世界にもたらしたものは、理解させておきましょうか?」
「それはリクトに任せています。リクトからの説明なら、きっと彼女は受け入れるはず。けれど、クロムからの報告通り幻術が見破られるのであれば、お願いするわ」
「かしこまりました」
動き出したものは止められない。
こんなにも全てが揃うなんて、神はきっと、わたし達に味方して下さっている。
「もう少しで、全てが終わる。カイル・ジェイドの記憶が解放された後、『約束の魔法を解除』させる。その魔法が前王を狂わせ、3年前の戦争を引き起こしたものとし、『異世界の力がこの世界の人間を狂わせる事が確証された』と、国中に報せる。そして彼は『異世界の人間を召喚するという大罪をおかしたとして、処刑』する」
後ろについているエミリアに語るように、自身に自覚させるように、ルイーズは言葉にする。
「それまでに、異世界の転生者からは『この世界に異世界の人間が紛れ込めないようにする方法を聞き出し』、さらに『言葉』をいただく」
ルイーズは、この世界の為に尊い犠牲となる者達に心を痛めながらも、自分のやるべき事を口にした。
「そして彼女を元いた世界へと帰す。たとえそれが、今の彼女の生を終わらす事になろうとも」
試す事の出来ない自身の魔法は、自分の父が望んでいた『異世界の人間を召喚する魔法』ではなく、『異世界の人間を送り帰す魔法』だった。
ようやく、お父様のように異世界の力に狂わされる人々がいなくなる日々が訪れる。
時間はかかるだろうけれど、それでもこの世界に新たな考えを定着させるには十分な出来事になるだろう。
これが失敗すれば、わたしに協力していた者達が罰せられる。
自身が裁かれるのはいい。お父様の罪があるから。
けれど彼らには、罪などない。
全てはわたしが、決めた事なのだから。
今でも自身を支え続けてくれる人達の為に、ルイーズは自分の望む世界を強く心に描いた。
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