第187話 偵察

 厚い雲に覆われた空を目指すような黒い柱の中に、ハルカはサブスホーネットよりもひと回り小さい、小型犬の子犬ぐらいの大きさの『白いハチ』の姿を見つけた。

 そしてそれがみんなにも見えるように願いながら、魔法を掛ける。

 今までの影縫いの魔法は、動きだけを止めていた。けれど今回は音も止めるように意識して、影縛りという名に変えた。


 その結果、白いハチの顔だけが見える、黒い包帯のようなもので覆われた魔物が地面へと転がってきた。


「白いサブスホーネットか。本当に紛れていましたね。では僕の魔法を——」

「ちょっと待ってくれ、アルーシャ。俺にやらせてくれ」

「……そうだね。どれくらいサンの魔法が効くのか、試してみよう」


 サンは苦手だと言っていた虫の魔物に怯む事なく、魔法を唱えた。


「爆ぜろ! 爆炎ばくえん!」


 サンが前に見せてくれた広範囲の魔法ではなく、その魔物だけを燃やすような魔法を掛けた。

 すると、赤いはずの炎が青色に変化し、しばらく燃えた後、弾けた。


「弱点じゃねぇと、すぐに燃やし尽くせねぇのか……」

「本当ならサンに任せたいんだけどね。でも解毒薬の事もあるし、やっぱり僕に任せてもらえるかな?」


 新種の魔物もサンが仕留めたかったようだが、分身でも倒すまでに時間がかかっている。だから彼は、悔しそうに顔を歪めた。


「こんな事ここで言うのは変なのかもしれないけど……、花火みたい、だね」

「ハナビ?」


 そしてハルカは炎の色が変化するとは思わず、この場にそぐわない発言をした。だからか、ミアが首を傾げていたのが目に入る。


「火の色が変わって弾けた様子が、花火みたいじゃない?」

「火の色が変わったのは毒に反応したからよ。ハナビって、ハルカの世界にあったもの?」


 ミアの説明を聞き、ハルカはこんなところで話すものじゃないと思いつつも、分身の今後の動きを待ちながら、簡単に花火の説明をした。


「ハルカの世界には器用な職人がいたのね。そういうものなら、ゆっくりと眺めたいわね。新種の魔物を倒したら」

「絶対に倒すぞ。新種の魔物から取り出す毒に1番用があるからよ。アルーシャ、任せたからな!」

「倒し方を聞いたから大丈夫。ハルカさんの魔法も成功したからね。あとは僕だけの魔法で仕留めるから、腹部の毒もすぐ取り出せるはずだよ」


 新種の魔物も姿を偽装して出現するらしく、それをハルカがアルーシャさんにわかるように影縛りで目印を付ける手はずだ。


「解毒薬の精製はミアにしかできねぇから任せた。その後でそのハナビってやつを、俺がいくらでも再現してやる」


 ミアとサンは目を合わせ、頷き合った。

 その時、ハルカ達が待っていた『カチカチ』という音が、頭上から聞こえた。


「結構な数が集まっているのかな? 全然見えないけど。これは仲間を仕留められたから、ぼくらが攻撃対象になっているって事だよね?」

「小さな音の報告は聞いてたけど、こんなに大量の音の報告はなかった。これはどうするの、ハルカちゃん?」


 クロムが素早く周りを見回し、カーシャさんがハルカを見据える。

 すると、カイルが口を開いた。


「攻撃対象から気を逸らすのもこれを使うとできるそうだが、試しておく」


 そう言いながら、カイルはキルシュミーレを取り出し、自身に魔法を掛けた。


「守護せよ、疾風」


 2つの魔法を使い、カイルはリアンの守護壁から飛び出した。

 

「ちょ、ちょっと! カイルさん何してるの!?」


 カイルはうろたえたカーシャさんにちらりと視線を送り、蓋を外したキルシュミーレの筒を草原へ転がした。そしてすぐさま双剣に手をかけ、その場から大きく飛び退く。

 その瞬間音が止み、目の前の黒い柱が崩れるように、キルシュミーレを覆った。


「これはまた、凄い光景だね」

「やっぱウィルさん……、精霊使いの言う通り、アンセクト系はアレに引き寄せられるのか」

「幻術のサブスホーネットだけが、柱を形成していそうですね」


 アルーシャさんが驚き、サンは顔をしかめ、リアンが冷静に分析をしていた。

 そして、外にいたカイルが一瞬でこちらに戻ってきた。


「ハルカ、さっきの魔法は複数に掛けられるのかも試してくれ」

「わかった。やってみる!」


 先程成功した時、疲れもなくすんなりと出来た事で、ハルカはカイルからの頼みもやれる気がしていた。


「真実を」


 目を凝らし、杖を握る。

 そして、キルシュミーレに群がる魔物の大群の中に、キラキラと光る白をハルカの目が捉えた。


「影縛り!」


 見えている範囲に掛けられるように、ハルカは瞬きをせずに続けて魔法を掛けた。

 すると、先程よりは少ない範囲で黒の布が巻かれた白いハチが、地に落ちた。


「ごめん! もっとちゃんと動きを止めなきゃ——」

「上出来だ。居場所がわかれば、あとは俺がやる」


 ハルカの言葉をカイルは遮ると、双剣を握り直し、再び飛び出した。

 そして転がる1匹の白いハチと、その周辺のサブスホーネットを瞬く間に斬り裂く。

 けれど恐ろしいのは、白いハチは切り裂かれてもなかなか息絶えず、カイルが追撃をしてようやく動きを止めた。


「キルシュミーレがある限り、魔物はこちらに興味を示さないみたいだねぇ。何かあれば、ハルカちゃんが言っていた精霊使いの助言通り、筒を放り投げよう」

「僕の魔法も今のうちに試しておくね」


 ウィルさんの説明とライオネルくんからの言葉が、本当に私達のお守りになった。


 そう考えたハルカは、心の中で感謝の念を送る。

 クロムは興味深そうに外を眺め、その間にカイルは新たなキルシュミーレを転がすと、すぐにこちらに戻ってきた。

 それに次いで、アルーシャさんが魔法を唱えた。


氷結ひょうけつ


 次の瞬間、地面でもがいている白いハチが一瞬で氷の塊になり、砕け散る。


「こんなにも差があるのか……」

「弱点だからね。だからさ、レジーナ・サブスホーネットの方はサンに任せるよ」

「おうよ、任せろ!」


 唖然として呟くサンに、アルーシャさんは背中を叩いて声をかけていた。だからか、サンの表情が明るくなる。


「サンはアンセクトが苦手なのに、すぐにレジーナ・サブスホーネットの方はやるって言ってくれて、ありがとう」

「それとこれは別だからな。苦手になる前はな、弟達が喜ぶからいろいろなアンセクトを集めてやってたんだ。そしたらよ、逆に俺が好きだと思われて、寝てる間に部屋中にアンセクトをばら撒かれちまって。そっから苦手になったけどよ、だからって俺がやらなくて誰がやるんだよ」

「そうだったんだ。……うん。サンにしかできない事だから、任せる」


 力強いサンの眼差しを見つめ、その決意を受け取るようにハルカは頷く。

 すると、カイルが声をかけてきた。


「ハルカ、これからの事は慎重に試せ。何かあればクロムとすぐに逃げろ。俺はカーシャと一緒に、他の衛兵を連れてくる。カーシャ、詳しい説明は移動しながらだ。リアン、転がっている分身の確保と、防御壁の近くまでの移動を頼む」

「えっ!? わ、私と!?」

「はい! お任せを」


 戸惑うカーシャさんに何の説明もしないまま、カイルはリアンの行動を待っていた。


 リアンが掛けた魔法は、白いハチの分身を白い十字架の守護壁で包み込み、ボールのようにこちらの防御壁の近くまで転がしながら移動させるものだった。その捕獲された魔物に迷いなくカイルが近づくと、白いハチがカチカチと音を鳴らし、針先から呪いの文字が浮かぶ。


「確認は取れた。行くぞ、カーシャ。クロム、あとは任せた」

「えっと、わかったわ……」

「ハルカちゃんの事は任されたよ」


 カイルは戸惑うカーシャさんとセルヴァに乗り、飛び立った。


 サブスホーネットと白いハチを半数以上倒すと、レジーナ・サブスホーネットが新種の魔物を隠すように上空から現れるらしい。だからハルカはギリギリまでリアンの防御壁の中で様子を見て、クロムに姿と気配を消してもらい、マキアスと一緒に空へ向かう流れになっている。

 だから、キルシュミーレに群がる魔物に気付かれないかも試す為、ハルカは後方に佇むマキアスに目を向けた。


「ぼくにも精霊獣がいたらよかったんだけど、乗せてくれるかな?」


 キニオスから移動する時、クロムが精霊獣と契約していない事を知った。自分には必要なかったと言っていたが、マキアスに優しく語りかけるクロムは、精霊獣を好いているように見える。

 しかし、マキアスの戸惑う感情が一瞬、ハルカに流れ込んできた。だからハルカはマキアスの側へ行き、漆黒の毛で覆われた艶やかな頬を撫でた。


「どうしたの?」

「うーん、ぼくが苦手?」


 クロムの言葉に首を振るマキアスの感情の波が落ち着き、ハルカは笑った。


「初めて他の人を乗せるから戸惑ったんだよ、きっと。マキアス、私も一緒だから乗せてくれる? 私達を守ってくれる人だから」

「君達を死なせるわけにはいかない。だから、ぼくを信じてほしい」


 黒曜石のように輝く丸い瞳をこちらに向け、マキアスは頷いた。


「ありがとう」


 嬉しそうに微笑むクロムに、マキアスは座り込むと顔を軽く後方へ動かした。それを合図に、ハルカとクロムがマキアスの背に乗り、クロムが魔法を掛ける。


「守護、陰、絶」

「さすがですね」


 姿が見えなくなった事に対して、アルーシャさんの褒める声が聞こえた。


「この声、聞こえませんかー?」


 ハルカは試しに声をかけたが、誰も反応しなかった。


「大丈夫みたいだから、行こうか」

「そうだね。キルシュミーレがなくなる前にちょっと試して、すぐ戻ろう」


 クロムは器用に魔法を使い、魔法を掛けられている者同士の姿や声はわかるようにしてくれている。

 そしてハルカの言葉を聞き、マキアスがゆっくりと翼をはためかせた。


「あっ、マキアスが飛び立つのね」

「お気を付けて!」


 ミアとリアンの声に送り出され、ハルカ達は一気に上空を目指した。その間に、クロムが背後から小声で話しかけてくる。


「そういえば、マキアスは何ができるの?」

「えっとね、空を速く駆ける事と、人の嘘を暴く、黒い炎が吐けるよ」

「へぇ。マキアスもハルカちゃんと似た事ができるんだね。この漆黒の毛もハルカちゃんの髪や目と同じ色だし……、特別、なんだろうね」


 クロムの言葉にどきりとしながらも、マキアスの隠している力までは知られる事はないはずだと、ハルカは祈るしかなかった。

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