第168話 転移の魔法

 広く殺風景な訓練室で、ハルカは目を閉じ、自分の記憶を探る。その様子を、囲むように見守ってくれているみんなの気配を感じながら、ハルカはフェザーラパンの事を思い出し、可能性の話を伝えた。


「……私、もしかして、転移の魔法が使えるかもしれない」


 ゆっくり瞬きをして、ハルカの様子を見ていたであろうクロムに視線を合わせた。


「転移の魔法が? どうして?」

「あのね、カイルと一緒に魔物と遭遇した時、魔法が暴走したみたいで変な事が起きたの」


 カイル以外のみんなが興味津々にこちらを見つめてきたので、その時の状況を説明をした。

 ハルカは捕獲したフェザーラパンが可愛らしいウサギの姿だった為、倒されるのは可哀想だと思ってしまった事を伝えた。その瞬間、魔法が変化したと簡単に説明を終えた。


「消失魔法かと思ったら、魔物を仲間のところに転移させてたんだ」

「確か、魔力の暴走の話だったよね? その時、具体的にどう思ったのか教えてくれる?」


 カイルが補足の説明をし、クロムから更に質問をされたハルカは、改めてあの時の事を思い出した。

 

「たしか……、『ここにいなければ倒される事もなかっただろうに……』って、考えたような……」

「ハルカちゃんは可哀想に思って、そう考えた。それだけで、仲間のいる安全な場所に魔物を転移させた……。見た事もない森の中へ、だよね?」

「そうだ。ハルカは冒険者の証となる薬草を取りに、初めて森に入ったからな」


 ハルカの返事を聞き、クロムとカイルが更に話し合って状況を整理していると、ミアが静かな声で問いかけた。


「ハルカは、異世界からこちらの世界へ来た経験があるから、転移の魔法が使えるかもと、カイルは予想したのよね?」

「そうだが……、何か変か?」

「ハルカは、想いを聴くのが得意なのよね? もしかして魔法が暴走して、『フェザーラパンの願いを無意識に感知して、願い通りの場所へ転移させた』、って事もあり得るのかしらね?」


 ミアの言葉を聞き、カイルがはっとした表情を浮かべた。


「あの時はまだ、ハルカだけの魔法がどういったものかわからなかったが、そう捉えてもいい気がするな」

「ハルカちゃんの転移の魔法は通常と異なりそうだねぇ。うーん……、ぼくに掛けてみる?」

「へっ? ……えぇっ!?」


 カイルはミアの考えに同意し、何故かクロムは魔法の実験台に名乗り出て、ハルカは声が裏返った。


「どうしたの? そんな変な声出して」

「だっ、だって! その魔法は魔法として使ったわけじゃないのに、それをクロムに使ったら、どこに飛ばされるかわからないでしょ!?」

「ぼくは転移の魔法が使えるから、変なところに飛ばされても大丈夫だよ」


 ハルカの驚きなんて些細な事のようにクロムは微笑んだが、カイルもさすがに止めに入った。


「この世界ならまだいいが、異世界へ飛んだらどうするんだ?」

「それは困るけどさぁ。でも試さないのも、もったいないよね?」

「さすがに怖くて試せないよ! だから普通の転移の魔法を練習させて!」


 誰かを実験台にする気はさらさらないので、ハルカは声を荒げていた。


「残念。でも新しい魔法を生み出すのは最初の一歩が肝心だからね? 試したくなったら付き合うよ。それじゃ、『沈黙』と『転移の魔法』の練習をしてみようか」


 とても残念そうなクロムから念を押されつつ、ハルカには新たな魔法を習得する目標ができた。


 ***


 新しい魔法の練習をしすぎてかなりの空腹だったハルカは、昼食をしっかりと平らげた。しかしそれだけでは満足できず、ご褒美と称して、甘いものにも手を出した。鮮やかな宝石が並んだような、果物が沢山乗せられたフルーツタルトを食べ、至福の時を過ごした。



 クロムの教え方が良かったのか、『沈黙』の魔法はすぐに覚える事ができた。そんなハルカを客室に戻ってくるなり、サンが褒めてくれた。


「声を出されたくない時、口をふさぐならハルカちゃんはどうする? って質問を、すぐに形にできたのがすげぇな」

「ふふん。私もなかなかやるでしょ? って言いたいけれど、クロムの質問が想像しやすくて、出来たんだよね。だからね、本当にありがとう、クロム」

「どういたしまして。この世界で想像力豊かなのは力になるよ。さぁ、お腹も満たされた事だし、『転移の魔法』、もう1度試してみる?」


 沈黙の魔法は『口に黒い布』を想像したら出来たのだが、転移の魔法は恐れもあり、発動しなかった。けれど、空腹になるのは魔法を使っている証拠なので、練習すれば使えると、クロムは考えているようだった。

 だからハルカはもう1度、魔法を練習する前にクロムに助言を求めた。


「どこかに行っちゃったらどうしようって悩んじゃう場合は……、どうしたらいいかな?」

「最初は怖いかもしれないね。だからね、詳細な絵図なんかを見ながら使う人もいるよ。今は部屋の中の移動だから、行きたい場所をしっかりと目で見ながら、そこにぴょんと、飛んでみる。って、考える方が気が楽になるかなぁ?」

「目で見て、飛んでみる……」


 そうだ。

 知らない場所に行くわけじゃない。

 この部屋を見ながら、行きたい場所にちょっとだけジャンプする。

 うん。これなら、いける、かも。

 さっきクロムが見せてくれた転移の魔法は、闇に溶けるように消えて、違う場所に姿を現していた。

 これも意識して……。

 でも、こんなに色々考えながら使ったら、やっぱり想像が揺らぐかも……?


 想像がしっかりできず、別の場所へ飛ばされたらどうしようと、心が定まらないハルカは考え込んでしまった。


「さっきは殺風景な訓練室で、何も目標になるものがなかったから成功しなかった、のかもしれないんだよね。だからさ……、あの花瓶とかどうかな? この部屋の隅から、目の前の隅にある花瓶の前に飛ぶのを考えながら、使ってみる?」

「あそこまで、なら……」

「待て。まだ不安が残ってるだろ? あの花瓶よりも、もっと身近なものを置いて試すのはどうだ? 日記や……、マキアスに協力してもらうのはどうだ?」


 クロムから、リビングの隅にある黄色の花が生けてある花瓶を指定された。しかし、ハルカの不安を見透かしたようなカイルが、急に別の提案をしてきた。

 その言葉に笑顔のクロムが頷き、カイルの手を引いて花瓶の前に立たせた。


「1番想像しやすいのはカイルだよね? これで怖くないでしょ?」

「ちげぇねぇ……。やるな、クロム」

「訓練室でもカイルを目標にしたらよかったですね」

「クロム、素晴らしい提案だわ!」


 クロムの提案にみんなはそれぞれ納得していたが、ハルカだけは固まっていた。

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