第169話 成功の秘訣

 まさか転移の魔法の行き先をカイルにされるとは思わず、ハルカは動揺していた。


 カイルを目標にしてもいいのかな?


 ハルカは戸惑いながらも、カイルを見た。


「……なんで俺なのかわからないが、ハルカがいいなら、いいぞ」

「い、いいの? 協力してくれて、ありがとう。じゃあ、試してみるね」


 たどたどしく答えながら、ハルカはしずく型の生誕石を服の上から軽く握り、カイルを眺めた。


 白い頬にかかる黒緑色の髪が、ハルカに返事をするように頷いたカイルの動きに合わせて、揺れた。前髪の隙間から覗く同じ黒緑色の瞳は少しだけ鋭い目つきだが、いつもの安心感を与えてくれる眼差しをこちらに向けてくれている。

 カイルは、体を覆う膝丈の深緑色のマントのせいで華奢に見える。けれども、男性らしい体つきをしている事もハルカは思い出していた。


 そういえば私、この世界に来てからすぐにカイルの上半身を見たり、抱きしめられたり、お姫様抱っこされたり、色々やっちゃってるよね……。


 細身だが鍛えられたカイルの体を思い出して、ハルカは自分が沸騰したやかんにでもなったような錯覚を抱いた。


「どうした? そんなに力を入れなくても大丈夫だ。とにかく、俺だけを想像してくれ」

「……う、うん」


 もうとっくにカイルの事しか想像していなかったのだが、本人から自分だけを想像してくれと言われ、ハルカの胸は苦しいほど高鳴った。

 

 心臓がもたない……!

 と、とりあえず、深呼吸しよう!


 何度か深い呼吸を繰り返し、少しだけ落ち着いたハルカは、恐怖心が消えている事に気付いた。


 あ……。今なら、出来るかも!


 カイルを意識しすぎたせいで他の事が考えられなくなったハルカは、その勢いに任せて魔法を試した。


「いくね。『カイルのところへ!』」

 

 そして生誕石を握りしめると、ハルカは暗闇に包まれた。

 次の瞬間、宙に浮く感覚を感じると共に闇が晴れ、カイルの驚いた顔が目に入った。


「やった……あぁっ!?」

「っと、成功だな」


 まさかの成功にハルカは喜ぼうとしたが、カイルの胸に飛び込むような形で成功していて、抱きとめられた。


「そうね、大成功だわ!」

「転移の魔法の練習なのに、俺らは何を見せつけられてんだろうな?」

「こういうのは、見ていていいものかどうか、悩みますね」

「ハルカちゃんの想いの力は凄いんだねぇ」


 勝手な感想をみんなが言っているのは聞こえるけれど、ハルカはそれどころではなくて、カイルから急いで離れようとした。けれど何故か、抱きしめる腕はいっこうに緩む気配がなかった。どうしたものかと思いながら、ハルカは抱きしめ続ける彼を見上げた。

 そこには、少しだけ頬を染めながら微笑む、カイルの顔があった。


「ご、ごめんね! まさか飛び込んじゃうとは思わなくて!」

「いや、無事に成功してよかったな」

「あっ、あのさっ! も、もう、離れても、大丈夫だよ?」

「……気付くのが遅れた。悪かったな」

「いいの! 私がいけないんだから!」


 更に頬を染めたカイルが言葉の落ち着きとは裏腹に、急いでハルカから離れた。


 私のせいで、カイルに恥ずかしい思いをさせちゃった……!


 ハルカは魔法を使う前に、カイルの事を想像し過ぎたのを悔やんだ。


「私達の事は気にしなくてもいいのに……」

「くそっ。なんでカイルに春が来てんのに俺には来ねぇんだ……!」

「目のやり場に困りますね」

「ぼくはね、この空気を変えようと思う。成功おめでとう、ハルカちゃん。成功したところで悪いんだけど、転移の魔法の注意点を伝えておくね」


 またまたみんなの勝手な感想が聞こえたが、ハルカは慌てて振り返った。


「注意点?」

「そう。まずね、『転移の魔法は1人だけでしか使えない。』理由は、国から禁止令が出されているのと、複数の思考が組み合わさると失敗する魔法なんだ。あとね、練習として人を目標にするのは構わない。けれど、移動手段として人を目標にしちゃだめなんだ」

「個人で使う魔法だっていうのはカイルから聞いていたけど、移動手段はなんでだめなの?」


 ハルカはカイルを目標にして転移の魔法のを成功させたので、不思議に思った。


「1つは、違う土地にいる人の所へ行く場合なんだけど、『町や国の特別な防御壁に阻まれる』から弾かれちゃうんだよね。面倒だけど門を想像して、門をちゃんと通過して入ってね。もう1つも似たようなものだけど、『王城や治癒院、記録館等、重要な機関の出入りは禁止』なんだよね。まぁ、理由は言わなくてもわかるよね?」

「普通でも手続きが必要な場所に無断で入っちゃだめ、って事だよね?」


 クロムの質問に、ハルカは思った事を言ってみた。

 するとクロムは、学校の先生のような笑みを浮かべ、頷いた。


「そういう事。中に入ったら使えるけれど、客人として中に入ったのなら、使わない方がいいよ。ちなみに、通常は外から転移の魔法を使用しても入れないと思うけど、入れちゃったらほぼ死刑だと思うから気を付けてね」

「わ、わかった!」


 極刑に繋がる行為なのだと知り、ハルカは絶対に忘れないように心に刻みつけた。


「あともう1つ。人と待ち合わせをしていてさ、もし待ち合わせした人がそういう機関に入っちゃってたら、どうなるかわかんないでしょ? だから『見えない相手を目標にするのは危険』だって事も合わせて覚えておいてね?」

「そういう事だったんだ……。教えてくれてありがとう」

「注意点はこんなものかな? 移動距離があると魔力の消費が激しいから、徐々に遠くに行けるように練習するといいよ」


 クロムから転移の魔法のあれこれを教えてもらいながら、ハルカはしっかりと頷いた。

 するとクロムはハルカの後方を見つめ、カイルに話しかけた。


「カイル、キニオスにはいつ到着するかわからないけど、宿はどうするの?」

「……しまった!」


 焦るカイルの声が聞こえ、ハルカは後ろに顔を向けた。

 そして目に入ったのは、珍しく慌てているカイルが通信石を取り出し、通信を開始しようとしている姿だった。

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