第164話 勘違い
「あぁぁぁ……! もう、もうっ!! 見えなくなってしまいたい……。見えなく……。そうだわ、クロムに頼んで姿を消してもらいましょう!」
ミアは意味不明な事を口走りなら、抱きしめていた白馬の一角獣、エーリシュから手を離すと立ち上がった。
「ミア! お、落ち着いて? 誰にだって知らない事はあるし、そこまで気にしなくて大丈夫だよ?」
ミアがこんな状態になってしまった原因を思い出しながら、ハルカは必死で精霊獣達と共に、ミアをなだめていた。
***
「じゃあいつか時間を作れたら連絡するから、ミアちゃんとリアンは一緒においでね」
本を通じてクロムの部下と恋愛について語り合いたいミアに、クロムは微笑みながらリアンの同席を快諾していた。
「もう……、なんでいつも……」
ミアはふてくされた顔でぶつぶつと呟いていたが、リアンは満足そうな顔をクロムへ向けて頷いていた。
「話はまとまったか? とりあえず座ったらどうだ?」
カイルはソファに座ったまま、手招きをしていた。
「うん。ミア、座ろう?」
「はぁ……。そうしましょう」
元気のないミアに声をかけて、ハルカは一緒にソファに座った。
「さっき聞こえたが、妖精族の住処が知りたいのか?」
「うん。今はいないって聞いたんだけど、もしかしたらいるかもしれないし、気になって」
ハルカの言葉を聞いてもカイルは不思議そうな顔をしていたが、彼は収納石から辞書を取り出し、調べ始めてくれた。
「記録が途絶えているが……、その可能性もあるかもな。自然豊かな場所を住処としていたそうだが、気候に合わせて移動していたような記録もあるぞ」
「移動か……」
じゃあ、はっきりとした場所はわからないのかも……。
リクトの謎が深まり、ハルカは首を傾げていた。
そしてサンもリアンもその間にソファに座り、気付けばみんながハルカを見つめていた。
「あれ? どうしたの?」
「いや、なんでそんなに妖精族が気になってんのかと思ってな」
ハルカの戸惑う声に、サンが反応した。
「えっと……」
まずい。
何も考えてなかった!
そして、ハルカはとっさに口走った。
「妖精族って、素敵な恋を教えてくれるのかな? って思って……」
リクトも表情は冷たく見えたけど、おでこにキス……してきたもんね。
妖精族はそういう事に積極的なのかも……。
その時を思い出し、ハルカは顔が赤くなるのを感じた。
「恋を……」
「教えて……?」
サンとリアンが呟き、部屋が静かになった。
あれ? 私、変な事言った?
すると、隣に座るミアのはしゃいだ声が響いた。
「ハルカは妖精族が恋に詳しい種族だと思ったのね! 確かに私もそう思うわ! でもね、そんな事をしなくても目の前のカイルに沢山教えてもらえばいいのよ?」
この言葉で、今度はカイルに視線が集まる。
「…………は?」
カイルも理解が追いつかなかったようで、その一言を発した後、黙ってしまった。
カイルに恋を……教えてもらう!?
ハルカはカイルの声でようやく頭が働き始め、もの凄い事を要求してしまった事に気付いた。
「そっ、そうじゃなくて! えっと……、ミアが憧れていたから、妖精族との恋ってどんな風なのかな? って、気になって!」
「あら? そうだったの?」
返事になっていないような返事をしながら、ハルカはあたふたとしていた。
「ハルカは誰かに恋を……しているのか?」
「え……、はいっ!?」
なんでそんな質問してくるの!?
だ、誰かにじゃなくて、あなたにだよ!! って言いたいけど言えない!
でもさ、こんな事どうしてみんなの前で聞いてくるの!?
ああっ! でもでも、2人っきりの時にこんな質問されても困るけどさっ!!
あー! もう、どうしよう!!
このままだとみんなにもバレちゃうっ!!!
ハルカはパニックになりながらも、機嫌の悪そうなカイルの表情を見て、はっとした。
こんなくだらない事で質問したから、きっと怒ってるんだ。
カイルを怒らせてしまった事を後悔しながら、ハルカは返事を絞り出した。
「わ、私は……恋を…………」
「恋を?」
「…………私だって、恋ぐらいするよっ!!!」
ハルカは嘘をつくのはやめようと思い、けれど何と言っていいかわからず、戸惑っていた。そこに更にカイルから問われ、恥ずかしさと悲しさで涙が滲むのを感じながら、手をきつく握って大声で返事をしていた。
「そ、そうだよな……。恋ぐらい、するよな」
カイルは申し訳なさそうな顔をしながら、仲間達の顔、主に男性だけを見回していた。
「ハルカにここまで言わせるなんて……」
「いや……なんつーかなぁ……」
「えぇ。これはカイルが悪いですね」
「……そうだな。ハルカの想い人を探るような真似をして悪かった」
「んー。ぼくはこの空気が耐えられないから話題を変えるね」
それぞれが複雑な表情をする中、クロムが笑顔をミアに向けた。
「ミアちゃんはこの物語のどこに憧れるの?」
「私? そうね、憧れがあり過ぎてどう言えばいいかわからないけれど、学んだ事を実践しているわ。運命の相手といつ出逢ってもいいように心構えしておく事はできるようになったし、少しでも気になった相手には自分からすぐ求婚しているわね」
「ミア様の行動理由が、まさか物語からの学びだったとは……」
クロムの質問に、ミアは面接の受け答えでもするようにはっきりと返事をしていた。それを聞いたリアンがおでこに手を当て、驚きで天を仰いでいた。
「それだけで、あんなに積極的に動けるのがすげぇな」
「だって、ほとんどは見染めた方からすぐに求婚しなきゃいけないのよね? 積極的でも何でもないわ」
ん? この世界はそういう感じなの?
好きになったらすぐに結婚を申し込む事がエルフ族に限らないと知り、ハルカは焦った。
じゃあ私がカイルに想いを伝えたら、結婚を申し込まないといけないの!?
まだ知られたくない想いを必死に伝える事を勧めていたミアの考えを知り、ハルカは動揺していた。
そこに、クロムの呟きが聞こえた。
「ミアちゃん……。恋をしたからって、すぐに求婚しなくていいんだよ?」
「え?」
「ミアちゃんの婚姻を結びたい理由は聞いているけれど、そんなにすぐ求婚したら……だいたいは変な相手がひっかかるか、あとは逃げていくと思うよ?」
「は?」
クロムの言葉に、ミアは真顔で聞き入っていた。
***
素敵な恋に発展させる為には、『見染めた相手にすぐに求婚をする事』と勘違いしていたミアは、顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
そしていきなりエーリシュを召喚し、ハルカの手を掴んで女子専用の部屋へと駆け込んだ。
ミアはきっと、今までショックな事があった時、エーリシュを頼っていたんだろうな。
今は私の事も頼ってくれて嬉しい。
だけど、よっぽど恥ずかしかったんだね……。
ハルカも漆黒の猟犬、マキアスを召喚して、ミアが落ち着くように一緒に寄り添っていた。
しかし、いきなり立ち上がったミアを、ハルカと精霊獣達が必死に止め、ミアは少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
そしてミアはまたぽふんと、エーリシュと共にベッドへ座った。
「だってね、他の物語も似たものが多くて……。お母様からも、お父様から求婚されてから恋が始まったって聞いていて……」
似た話ばかり目にして、更にはお母さんからそういった話を聞かされたら……信じちゃうよね。
この世界も貴族を除き、お付き合いしてから結婚をする人々が大多数だという事を知り、ミアは自分の今までの行動が恥ずべきものだと感じたようだった。
「そう思っちゃうのも仕方ないよ。ミアは家柄もあるし。でもさ、これからは恋から始めればいいんじゃないかな? ミアのお父さんの言葉も、それを望んでいるように思えたけどな」
「恋から……。結婚をしなければと思っていたけれど、お父様はそう考えてくれていたのかしら……」
落ち着きを取り戻したミアは、寂しげな表情浮かべるとエーリシュを抱きしめ、ぽつりと呟いていた。
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