第162話 八方美人

 お互いのベッドに座り、恋バナという名の、ハルカのカイルへの気持ちを話している最中だった。

 けれど何を思ったか、ミアはこちらへ来ると、ベッドが揺れるほど勢いよくハルカの横へと腰掛けた。


「ハルカ。あなたはなんでそこまで自分に自信がないの?」

「え……?」

「なんでカイルがハルカだけに優しい理由が、『異世界から来た人間』だけだと思うのよ?」


 ミアはとても怒っているような、驚いているような表情で問いかけてくる。


 まだミアには、『名もなき話』が私とカイルの前世の話だとは伝えていない。

 けれどその事実があったから、初めから親近感があって、優しかったのもあるんだと思う。

 そういった理由もあって、カイルは私という人間を受け入れてくれるのが早かっただけ、なのかもしれない……。


 ミアの質問の答えを考えるはずが、ハルカは余計な事を考えてしまい、心が沈んだ。

 だから不安に思っていた事を、自然と口にしてしまった。


「だってね、それ以外、本当に足手まといで……。私だけの魔法だって、自分1人じゃ探せないんだよ?」

「それでも、まったく知らない世界に来たばかりなのに、踏み出したじゃない。わざわざ外へ探しに行かなくてもいいのに、探そうと決めたハルカだからみんなが一緒に旅してるのよ?」


 ミアの言葉に嘘はないように思えるのに、それでもいざ自分の事になると自信が持てなくなる。

 だからハルカは、更に前の世界の事も口にした。


「私ね、前の世界でも1人じゃ行動できなくて……。誰かがいないと動けなくて。顔色を見て、相手に嫌われないように、1人にならないようにしか努力してこなかったんだ。この世界に来てもそうで、全然成長してないなって、思ったんだ」


 本当にそうだな。

 私、何も変わってない。

 誰かがいて、はじめて動ける。

 もし誰もそばにいなかったら、私は、動けていたの?

 命を懸けてくれた両親の願いの為に、この世界に来たはずなのに。

 カイルからフェザーラパンと対峙した後に叱られて、こんな自分から変わりたいと願ったのに、私は……。


 ハルカは前の世界での自分の事を話しながら、頭の中では自分の成長のなさを考え、苦しさを覚えた。

 そしてこの世界での行動理由も、結局1人になりたくないだけのように思えて、ハルカはミアから目を逸らした。


「ハルカは、どんな気持ちで前の世界の人達と過ごしていたの?」

「私と一緒にいてくれる子に、嫌われないように……。ただ、それだけだよ」

「どう接したら、嫌われないと思うの?」


 更に質問を重ねられ、ハルカは優しい緑色のクッションを抱きしめる手に力を入れながらミアを見つめ直した。

 そして、前の世界の友人達を想いながら、静かに答えた。


「私、相手の望む答えを必死に考えて、その人その人に良い顔をし続けてた。なんとなくね、今欲しい言葉はこれなんじゃないかな、こういった態度で接してあげた方がこの子は楽なんじゃないかな? って勝手に想像して、無理をしてでも演じてたんだと思う」


 自分の考えの酷さに、思わずハルカは笑ってしまいそうになった。


 本当に、八方美人だよね。

 嫌われたくないだけで、私は友達にここまで酷い態度を取っていたなんて。

 私の想像の中に友達を当てはめて、相手が喜んでいるように思えると役に立てたって、凄く嬉しくなっちゃって……。

 そんな自分を隠して、ひとりぼっちにならいように、友達を繋ぎとめていたんだな。

 もう直接伝える事はできないけれど、ごめんね、夏帆かほ杏奈あんな

 一緒にいるのが楽しくて、だから嫌われたくなくて、それなのに凄く疲れちゃう日もあった。

 それでも、そんな私と友達になってくれてありがとう。


 大切だった友人達とちゃんと向き合っていなかった日々を思い知り、ハルカは心の中で謝罪と感謝を告げた。

 そんなハルカのほっぺを、ミアがむにっとつまんできた。


「ひゃに?」

「とても凄い事なのに、悪い事のように言っちゃうこの口を封じてるの」

「へゃ?」

「ふふっ。これ、面白いわね」


 ミアは意地悪く笑うと、ほっぺから手を離した。


「あのね、はっきり言うわよ。ただ嫌われたくないだけで、そこまで努力するのは凄い事なのよ? それにね、自分の中に存在しないものを演じる事は出来ないと、私は考えているわ。だからね、その演じていたハルカもハルカの一部なのよ。きっとね、人の表情からそこまで読み取って、その人の気持ちに合わせて接する事ができるのは、ハルカの特技じゃないかしら? それこそ、魔法よ」


 ミアの表情はどこか誇らしげで、そしてゆっくりと、ハルカの耳に全ての言葉が届くように、声を届けてくれた。


「ミアは……何を言ってるの?」

「あら、わからないの? ハルカの魔法そのままじゃないの? って事よ。『心の傷を気付かせて、本当の願いを聴き、真実を言葉にする』って予測だけれど、前の世界で培ってきた力が反映されているとしか思えない。ハルカは魔法のない世界で、既にハルカだけの魔法を使っていたのよ」


 八方美人をそんな風に転換してくれるとは思わず、ハルカは驚き言葉を失った。

 そんなハルカに構わず、少し目を細めたミアが続けて言葉を紡いだ。


「けれどね、これだけは言っておくわ。無理をしていた自覚があったのなら、この世界では無理をしない事。そんな事をしなくても、ハルカはハルカのまま受け入れてくれる人と、一緒に過ごせばいいのよ。人には相性があるのだから、関わる人全てに好かれる努力はしなくていいの。そんな事を続けていたらハルカが壊れてしまう。わかった?」

「わかった。話を聞いてくれて、ありがとう……」


 こんな話をしたら失望されるかもしれないと思った。

 けれど、ミアは丸ごと受け止めてくれた。

 嬉しいけど、いきなりこんな話を聞かせちゃって、私はいつも自分の事ばかり考えてるな……。

 迷惑……かけちゃったよね。


 お礼を言いつつも、ハルカはそんな事を考えてしまった。それがミアに伝わったようで、いきなり脇腹をくすぐられ、ハルカは身悶えた。


「ひゃあっ!!」

「わかっていないようねぇ。お・し・お・き・よ!」

「ままっ、待って! うぎゃっ! あはははっ!!」



 しばらくの間、ハルカはくすぐられ続けたせいで、ベッドに横たわりながらぜぇぜぇと肩で息をしていた。


「余計な事を考えた罰よ。思いっきり笑ったら少しはすっきりしたでしょ? 人は、いろんな側面を持つ生き物よ。だからね、さっき話してくれた『人に嫌われたくないハルカ』がいなかったら、今のハルカはいないの。だからそれも含めて、ハルカなのよ」


 話し始めたミアをハルカが見上げると、一緒に騒いだ後だったので、赤い頬のまま微笑んでいた彼女と目が合う。

 そして、ミアの小さな口が信じられない言葉を紡いだ。


「私はね、ハルカに私の思い込みのような話を信じてもらえて、本当に嬉しかったのよ。そんなハルカだから、私は仲間になりたいって心から思えた。異世界の人間だからとか、関係ないの。ハルカという人間が大好きになったから、一緒にいるのよ」

「ミア……」


 ハルカは嬉しさのあまり、涙がこぼれた。


 私がミアに惹かれた理由は、舞台上で彼女だけが輝いて見えたから。

 きっとそれは、ミア自身を表していた舞い踊る姿だったから。

 ミアは自分の意思で家を飛び出し、揺るがない想いを貫く強さを持っている人。

 私にはない強さを持つミアに、最初から憧れを抱いていたんだと思う。

 そんな彼女が……、私のこんな話を聞いた後でも、私の事を大好きって言ってくれるなんて……。


 色々な想いが溢れ、ハルカはベッドから身体を起こすとミアに抱きついた。


「私もね、ミアが大好き。私ね、ミアが自分の意思で家を飛び出したその行動力に憧れた。だからね、願う心の強さを表すような、どこまでも真っ直ぐに想いを届けるように舞い踊っていたミアを見て、心惹かれたんだと思う。そんなミアに大好きって言ってもらえて、私も全部の私を、好きになれそうな気がする。ミア、私と出逢ってくれて、本当に本当に、ありがとう」

「……なんだか、照れるわね。カイルより先に両想いになってしまった気分だわ」


 しがみつくように抱きつきながら話すハルカに、ミアは抱きしめ返してくれた手に、優しく力を入れてくれた。


「また変な事言ってる。カイルはね、私の事をそんな風に見ていないから。両想いなんて、夢のまた夢だよ!」

「……はぁ。この自信はどう崩したらいいのかしら」


 ハルカは身体を少し離すと涙を拭い、ミアの銀灰色の瞳を見つめて笑いながら真実を伝えた。それなのに、ミアは瞳を閉じてため息をついていた。


「変なミア。そういえばさっきから私の事ばかり話してるから、今度はこっちから質問するよ! ミアはどんな恋に憧れるの?」


 ハルカはミアから離れ、姿勢を正して返事を待った。

 すると、ミアは一瞬呆れ顔になったが、すぐに頭を軽く振った。それから表情を戻すと自身の収納石に触れ、深い緋色で装丁された本のような記録石を取り出した。


「とりあえず、カイルの事はまた話すわよ。私はね、これよ! 私の恋の憧れはこの物語に詰まっているわ!」


 ミアはキラキラした瞳をこちらに向けながら、記録石の表紙を見せてきた。


 その本には『心に永遠の花が咲くとき』という題名が金の刺繍で綴られていた。

 そして表紙の中央に、ステンドグラスのように幻想的な輝きを放つ蝶の羽をもつ妖精族の青年と、人間族の姫だと思われる頭にティアラを乗せた少女が描かれていた。

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