第161話 想いを言葉に
「サブスホーネットが大量発生だなんて、サイラス様が言っていた揺らぎが酷くなっているようね」
「まさかキニオス付近がそんな大変な事になっていたなんて、知らなかった……」
ブュッフェ形式の夕食だったが、ハルカは心配事に気を取られて食が進まなかった。
そして現在、ハルカとミアは鍵付きの個室で砂時計のような形の机を囲んでいる。
部屋に持ち帰れるようにもらった、淡くカラフルなマカロンのようなお菓子をひと口かじり、ハルカは少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
そして柑橘系のハーブティーも一緒に味わいながら、2人は少し前に知った事実を静かに語り合っていた。
***
客室の通信石から知らされた情報は、『キニオスの町から少し離れた草原にサブスホーネットが大量発生し、到着が遅れる可能性がある』、という内容だった。
この知らせを聞き、みんなだけの魔法を見せてもらうのはまた明日にでもとなり、サブスホーネットについての説明が始まった。
ハルカがみんなに教えてもらったのは、前の世界にいたハチの姿の魔物だった。大きさの説明を聞く限り、バスケットボールぐらいはあるように感じた。
そして、この『光沢のある青緑色のハチは火が弱点』だという事実を知った。
しかし、サブスホーネットが面倒なのはレジーナ・サブスホーネット、ようは『女王バチ』が存在する事らしい。サブスホーネットをある程度倒すと、大木のような大きさの巨大な女王バチが現れるそうだ。
その女王バチが現れると通常のハチの俊敏さが増し、倒しにくくなるらしい。
そしてもっとも厄介なのが『毒』。通常のハチでも相当な激痛と麻痺を与えられるが、女王バチはその比ではないらしい。
だから女王バチが現れた瞬間、赤の魔法使いが焼き払うのが通常の討伐の仕方だという事を教えられた。
***
魔物の特徴を思い出しながら、その魔物が大量発生している事実に、ハルカはキニオスの人達が心配になった。
すると、眉間にしわを寄せたミアがぽつりと呟いた。
「でもおかしいのよね。何故草原なのかしら……」
「草原にはあんまりいないの?」
「森が主な生息地のはずなのよ。何か……いえ、良くない事を考えるのはやめなきゃね。もし何かあっても、サンのような赤の魔法使いに任せるのが1番だろうし」
ミアが軽く頭を振る姿が、無理に不安を振り払っているようにハルカには思えた。だからその様子から、ハルカも不安な考えが浮かぶ。
何か……。
もしかして、新種の魔物が現れる前触れ……、なのかもしれない。
そう思い、ハルカは身を引き締めた。
魔物の話題をやめ、たわいもない話を続け、ミアもハルカも鉱浴を済ませた。
ハルカはいつも通り日記を書き、ミアはまるで踊っているようなストレッチをして身体をほぐしていた。
ハルカが日記を書く理由は、文字を覚えながら自身の魔力強化もする為だという事をミアに説明しつつ、ふと日記を書く手を止めて空色の筆記具を眺めた。
今日からミアと一緒の部屋。
女子同士、しかもミアとだから余計に嬉しい。
沢山、いろんな話をしたいな。
そう思った気持ちを、ハルカは忘れないように日記に書き加えた。
そしてハルカが日記を書き終わったのを合図に、ミアはこれが本題だとばかりに恋バナを始めた。
「ふふふ。夜は長いわよ。沢山、聞かせてちょうだい」
ミアはベッドの上で優しい水色のクッションを抱きしめながら、怪しく微笑んでいた。
そして今の服装はお互い寝間着で、パジャマパーティーのようでもあった。
ここでハルカは新たな情報を知った。
冒険者の服は自分の意思通りの形に変化し、薄手にも厚手にもなる。だからミアの服も今は白の修道服から、白の緩く裾が広がるオールインワンのような上下繋がった寝間着へと変化していた。
ハルカはカイルが最初に変化を施してくれた形しか知らなかったので、淡い薄紫色のロングワンピースだけにしか変化しないと思っていたので驚いた。
冒険者はこれまで生活していた気候から真逆の場所にも足を踏み入れる為、特別な仕様になっている服を着ている人が多いそうだ。
カイルの説明不足がまたも発覚したが、恋バナを振られたハルカはそれどころではなかった。
「そんな……、そこまで話す事なんて……」
いろんな話をしたいと思ったけど、ここまで直球に恋バナを振られるとは思わなかった……!
ハルカもベッドの上で優しい緑色のクッションを抱きしめ、頬が赤くなるのを感じながら答える。
「ハルカ、その顔は……何かあったわね?」
「なっ、何かって……」
「ふふっ。何か、自分の気持ちに変化があったのかしら?」
あれ?
もしかして……、バレてる!?
ミアがクッションで口元を隠しながら、それでも目元がニヤついているのがわかる瞳をこちらに向けてきた。
だから、ハルカは焦って口を滑らせた。
「ミア、気付いてたの!? まだ誰にも言ってないのに! で、でも私がカイルを、すっ、す……」
「す?」
「す……き、なのは、内緒にしてね……?」
「まぁ! 私が最初に告白を聞いてしまったのかしら? これもまた嬉しいものね! それにね、ハルカはわかりやすいから気付けたのよ。目がね、いつもカイルを追いかけているんだもの」
ハルカは心の中で気付いていた想いをいざ言葉にして、こんなにも恥ずかしいものなのかと、頭がくらくらしながら思っていた。
そして同時に、どくんどくんと騒ぎ立てる心臓を意識して、更に顔が火照るのがわかった。
しかし、ミアからの最後の言葉に、ハルカの心臓は更に跳ね上がった。
私、そんなにずっとカイルばかり見ているの!?
ミアから知らされた事実に、ハルカは恥ずかしさのあまり抱き抱えていたクッションに顔を埋めた。
「でも……、内緒になんかしなくていいのに、どうして?」
ミアの不思議そうな声が聞こえ、ハルカは顔を上げた。
「カイルは……、まだ3年前の戦争で負った心の傷が癒えてないと思うんだ。だからね、余計な負担をかけたくなくて」
「そうかしら? 確かに、戦争で家族や仲間を失った傷は癒える事はないと思う。その思い出と一緒に生き続ける事は、とても厳しい生き方になるとも思うわ。けれどね、ハルカの気持ちを知る事が負担になるわけないじゃない」
そういえば、ミアはいつ、カイルの過去の話を聞いたんだろう?
それに、なんでそこまで言い切れるんだろう?
返事をきっぱり言い切るミアに、ハルカは疑問を抱いた。
「ミアは、カイルの過去の話をいつ聞いたの?」
「あ……。私の……所に通っていた時。それと……、ハルカが、マキアスの特技を確認している時よ」
濁すような言い方が気になったので、ハルカは更に追求した。
「あのさ、カイルはどんな話をしたの?」
「……クロムの事を含んだ今後の事を少しだけ。カイルはね、ハルカの事を誰よりも心配しているのよ」
「異世界の人間だから?」
「まぁ……、それもあるけれど……。いえ……、だからこそ、ハルカの気持ちは伝えるべきよ」
カイルとの会話の内容を教えてもらっていたのに、先ほどの想いを伝える話に戻り、ハルカは思わず呟いた。
「えっ? 絶対迷惑だよ」
「なんでそう言い切れるの?」
なんでミアが気持ちを伝える事をこんなにも強く言ってくるのかわからず、ハルカ悩みながらも返事を伝える。
「カイルが、私とは出会えただけで充分だって、言ってたから」
「カイルが? それはハルカの気持ちを伝えていないからじゃない? 伝えたらきっと、返事は違うものになると思うのだけれど……。それにほら、カイルはハルカに特別優しいじゃない! 本当なら告白を待ちたいところだけれど、ハルカから伝えてもいいと思う。いえ、伝えないとずっと気付かないかもしれないわ!」
何かを閃いたような嬉しそうな表情のミアに、ハルカは首を傾げた。
「カイルは私が『異世界から来た人間』だから、優しいんだよ?」
「ハルカ……。あなた、本気でそう思ってるの?」
「うん。だって私……、それ以外何もないでしょ……?」
ハルカが答えを口にした瞬間、ミアがつり上がり気味の目をこれでもかというほど見開くと、凄い勢いでベッドから降り立った。
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