第151話 心は届く

 ハルカの考えている事が伝わったようで、カイルは椅子に深く座り直し、クロムさんの更に詳しい話を始めてくれた。


「3年前の戦争の後、俺とクロムはそれぞれやるべき事をしながら生きてきた。その間、クロムは時間を見つけて孤児院で働き、聖王様と出会った。そして腕を買われ、今じゃ隊長だ。でも黒じゃない。俺と同じ緑の魔法使いだ」

「そんなに凄い人なんだ」


 カイルの過去も少しだけ話してくれたが、その事を話すカイルの表情は険しく、ハルカはそれ以上触れてはいけない気がした。なので、クロムさんに対してだけの感想に留めた。

 だが、短期間で隊長まで登り詰めた実力のある人に、ハルカの声には驚きが現れていた。


「クロムは俺に剣を教えてくれた、凄腕の奴だ。まぁ、詳しくはまた本人から説明させる」

「カイルに剣を……。じゃあ、とっても強いんだね! どんな人か、今から会えるのが楽しみだな」

「穏やかな奴だが、1度決めた事はやり通す。そんな男だ」


 そう言ったカイルは、収納石から異世界の本を取り出すと話題を変えた。


「明日は早い。文字の練習をしようとしているが、ほどほどにな。あと、この本は使うか?」

「うん。昨日書けていないから書いてみる。今日は触れないでおくね。でも時間を見つけて、ちゃんとこの物語とも向き合わなきゃ」

「そうだな……。それについては、やってみたい事がある」

「何かな?」


 すると、カイルは何かを決意したよう表情を浮かべ、続きを話し始めた。


「この『名もなき話』の中に書かれている出会いの場所へ、俺達だけで行ってみようと思う。この話が俺達にどう影響するかわからない。何か知られてしまうとまずい事もあるかもしれない。推測だけですまないが、了承してほしい」

「そうだね。いきなり前世の話なんてしたら、みんなびっくりするはず。まずは私達だけで確認しに行こう」


 ハルカの返事にほっとしたような表情を浮かべたカイルは、続きを話し始めた。


「俺はその地から、特別な懐かしさは感じない。けれどハルカは、何か感じるものがあるかもしれないからな。ただそこは——俺の家族や仲間の最期の地でもある」


 カイルは1度言葉を切ったが、ハルカがその事実を受け止めている間に、言葉を紡いだ。


「この事実を聞いて、躊躇わないのは無理な話だ。それにな、その地に行ったところで何もわからないまま終わるかもしれない。場所はキニオスからそう遠くない。だから名もなき話の真実と向き合う心の準備ができた時、行くことにしよう。無理に行く事はないからな」

「……カイルは、辛くないの?」


 自分自身を蔑ろにしがちなカイルに、ハルカは心配になり尋ねた。


「大丈夫だ。皆で集まっていた時期に合わせて、今も俺は毎年行っている」


 ハルカはその言葉と行動の意味を感じながら、ゆっくりと声をかけた。


「そんな大切な場所に……、私が行ってもいいの?」

「あぁ。ハルカだから、いいんだ」


 きっと自分の過去とカイルの過去に重なるものがあり、それを含めていいと言ってくれていると考えたハルカは、すぐに返事をした。


「それなら、行きたい。それにね、ちゃんとカイルの家族や仲間の人に挨拶もしたいし」

「挨拶って……」

「この世界は意思の世界。だからきっと、想いを込めて言葉にしたら届くはず。カイルの事は任せて下さい! って挨拶しておけば、きっと安心してくれるんじゃないかな? って思って」


 最後の言葉は言い過ぎたかと、ハルカは内心焦っていたが、カイルは気にしていないように返事を返してきた。


「ハルカには俺を任せられないって、逆に心配されそうな気がするな」

「うっ……」


 ハルカはもっともな事を言われ、呻いた。

 けれど、カイルは柔らかく微笑むと、囁くように話しかけてきた。


「いつも、ありがとうな」


 そう言い終わると、カイルは表情を引き締めた。


「だから俺も、ハルカの両親に誓う」


 すっと、短く息を吸い込み、カイルは続く言葉を言い切った。


「ハルカは必ず、守り通してみせる」


 今までにないほど真剣な光をたたえた黒緑色の双眼に見つめられ、ハルカは一瞬、息をするのを忘れていた。


「そんな……、守り通すだなんて……」

「ハルカ、忘れるな。3年前の戦争で、俺達一族が保持していた異世界の記録は奪われている。だから、いつ、何が起こってもおかしくないんだ。この事にケリがつくまで、どんな手段を使ってでも、ハルカを守らせてくれ」


 カイルの揺るがない決意を感じ、ハルカは頷いた。


「ずっと守られてばかりだけれど、これからもお願いします」

「あぁ、任せろ」


 ハルカの返事を受け取ったカイルは、とても嬉しそうに顔を綻ばせていた。



 会話が一段落したところで、ハルカは購入した魔法楽音器の蓋を開けた。

 ハープを奏でるような音がしばらく流れ、そこに似つかわしくない低い単音が混ざる。そして徐々に、笛や弦楽器と思われる様々な楽器の音が重なっていく。穏やかに、ゆっくりと、力強い音へと変わる。そして魂に訴えかけるような情熱の音の塊へと変化した。

 その流れが、新しい風が吹き、それぞれの種族の縁が紡がれ、悪竜に立ち向かう瞬間のようにハルカには思えた。

 そしてそのまま耳を傾けながら、ハルカは文字の練習を始めようと日記を開いた。

 いつも文字の練習をした後に日記も書く為、つい癖で『21日目』と指で書き、昨日の日記の末尾が出てくるように文字を上にスライドして移動させた。


「あっ! まだ日記は書かないのに昨日の日記を——」


 そう言いかけて、ハルカは昨日カイルに伝えそびれていた事実を日記を見て思い出した。


「どうした?」


 カイルは椅子に座りながら腕を組み、瞳を閉じて縁を紡ぐ楽音に聴き入っていた。それを中断して、ハルカに声をかけてきた。


「昨日、聞こえてきた前世の話の内容を言ってなかったよね?」

「そう言われたら、そうだな。悪い。俺が動揺して聞けていなかった」

「謝らなくていいから! 私も色々あったから話せなかったし。だから、今から聞いてくれる?」


 ハルカの言葉と同時に、音楽も途切れる。

 そして、さざなみのような音が静かに流れ始めた。


「教えてくれ。俺も書き留めておく」


 そう言って、カイルも自身の記録石を取り出した。

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