第152話 生きている者の強さ
魔法楽音器から流れていたさざなみのような音は、少しずつ荒立ったものへと変化していった。
その音楽のせいなのか、ハルカは心が騒つくのを感じながら、前世の自分達の会話だと思われる話の内容をカイルに伝えた。
「一応伝えておくが、女性は『エイミ』、青年は『ファレル』という名だ。これを聞いて、何か変化はあるか?」
「エイミとファレルだね。ううん、大丈夫」
「何かあるかと思ったが、大丈夫なら続けよう。エイミは想いを聴く事が得意か。これが、今のハルカにも影響している部分なんだろうな。そしてファレルは緑髪緑眼だった。名もなき話にも、この世界の住人と違って見えたと書かれているから、そういう事だろう。だが、髪や瞳の鮮やかな色に対して差別がなかった。これは……」
カイルは首を傾げながら記録石への記入をやめ、自身の収納石から分厚い記録石の辞書を取り出した。そしてすらすらと文字を書き、目的の記録を呼び出した。
「この辺りだな。異世界の勇者達が悪竜を倒した後、束の間の平和が訪れていた」
「束の間?」
「そうだ。この平和も長くは続かなかったんだ」
カイルがこの言葉を言い終わる頃、楽音器から流れる音は嵐のような激しさをハルカの耳に届けていた。
「少し、音を調整するか」
そう言って、カイルは楽音器の中にある真っ青な水の上に手をかざした。すると、自分達の話し声よりも小さな音へと変化した。
「音の大きさも考えながら手をかざせば、調整できるからな」
「魔具ってやっぱり便利だね。教えてくれてありがとう」
「いや。それじゃ続きを話すか」
カイルはかざした手を戻すと、辞書に目を落とした。
「平和が続くと、どうしてもそれに相反する存在も出てくる。そして今度は、種族同士の争いが起きた」
「そんな……!」
「正確には『自分の力を誇示し、全ての種族の頂点に立とうとした者達』が起こした反乱だな」
皆で力を合わせて脅威を退けた後に、そんな悲しい出来事が起こってしまった事実に、ハルカはやりきれない思いを抱いた。
「その争いは……、どうなったの?」
「悪竜を倒した勇者達の末裔の活躍により、終わりを迎えた。その間に種族を代表する王達が誓約を結び、被害を最小限に抑える努力もしていたようだ。だからこの時の王達の名も語り継がれている」
「平和の為にみんなで戦ったんだね。けど、この話をしたって事は……、髪や目の色に対しての考え方に、何か影響があったの?」
わざわざこの話を挟んだ意味を、ハルカは不安になりながら尋ねた。
「ここからだ。色鮮やかな髪と瞳、そしてライオネルのような複数の属性持ちに対する差別が酷くなったのは。それと、黒に対してもだ」
「黒も?」
「反乱を起こした者達がそういう容姿だったんだ。そしてこの時の統率者が、黒だったんだ」
その事実と共に、音量を小さく調整したはずの楽音器から稲妻が落ちるような轟く音が聞こえ、ハルカは驚きで身体を揺らした。
「『異世界の血が混じった者達は、人外の力を得た為、狂った可能性がある。そして、命を躊躇いもなく消し去る黒は、異世界の来訪者が予言したように、もともと狂っていたのだろう。』と、記録されている。『魂に寄り添う貴重な黒』の記述がないのは……、この時の黒の魔法使いのせいで塗り替えられた真実なのかもしれない」
「なんでそんな事……」
ハルカが新たな事実を受け入れられないでいると、楽音器も沈黙した。
「この争いで、多くの歴史書は消失している。だから、伝え聞いた者が後から書き直しているものもあるんだ。そしてここからの話は気分が悪いものになるが、あくまで俺の推測を話すぞ?」
カイルから確認をされ、ハルカは頷いた。
「さっきハルカが『黒は魔の象徴』と言った異世界の人間がいたと、言っていたよな? この世界は良くも悪くも、強い意思が広がりやすい。その結果、黒がその言葉通りの変化を遂げ、争いの歴史の犠牲者になったのかもしれない」
この言葉に、ハルカは絶句した。
そんな……。
私と同じ異世界から来た人のせいで、この世界に生きている人の真実を、歪めてしまったの?
ここまで考えて、ハルカは自分自身を嫌悪した。
他人事みたいに考えてるけど、私だって黒……、闇に対して良いイメージがないって、考えたじゃない。
現在の黒の魔法使いの印象を少しでも塗り替えようとしていたハルカにとって、この推測はかなりの痛手になった。
そんな時、楽音器から儚げな低い単音が響く。
「ハルカを責めているわけじゃない。それなら前世の俺……、ファレルだって、鮮やかな髪と瞳に良い印象はなかっただろ? 人それぞれ考えが違うように、世界が違えば認識も変わる。それは仕方のない事だ」
「そうだけど……」
ハルカの揺れる心と合わせるように、楽音器からバラバラの音階がか細く響く。
「魔法楽音器店の店番も言っていただろ? 『この世界がそのように変わる事を望んだ』って。争い事を肯定しているわけじゃない。けれど、この世界に生きる人々への試練だったのかもしれない。そして今も、その試練は続いている。だったら、やるべき事は1つだ」
「やるべき事?」
「昔と全く一緒の世界になる事はないだろう。だけどな、『自分は色に対して正しい認識を持つ』と、強く想えばいい。この世界に生きる全ての者の意識を変えるのは無理だろう。けれど、ここは意思の世界。俺達の想いは少しずつでも、確実に広がっていくはずだ」
力強いカイルの言葉を包み込むように、バラバラだった楽音器から響く音が、不思議と心地良い音の波に変化していった。
「……途方もないね」
「けれど真実を知った今、俺達の意識はもう切り替わっているだろ? だからそれに伴って、この先の行動も変わる」
「うん、そうだね。信じる事でこの世界に生きる人が正しく認識されていく。私もそう信じて、動いていく」
「信じたら、信じた方向に人は進むだけだ。それが生きている者の強さだと、俺は思うぞ」
激戦の末、それでも立ち上がった勇者達が悪竜を倒し、世界に平和が訪れたような柔らかく穏やかな音楽が部屋中に広がる。
その音を聴き、ハルカは暗黒に包まれていた世界に光が差し込んだのを見た気がした。
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