第116話 消された記録

 ハルカが黒の魔法使いだからという理由でいわれの無い疑いをかけられたが、ウィルさんの態度が変わったように思えた。なので、今はそんなウィルさんをみんなで待つ事に決めた。

 しかし、ウィルさんが小屋から戻ってくる気配がないので、精霊獣の卵をせっせと小屋の前に運んでいる二足歩行の猫の精霊獣に、ハルカは挨拶をしてみた。


「こんにちは。ずっとお仕事していて、偉いね」


 するとハルカの言葉に反応したのか、髭をピンッ! とさせ、こちらに近づいてきた。


「えっ? 卵を見せてくれるの?」


 こんなに沢山運んできたよ! と言わんばかりに、ハルカにかごの中を見せてくる姿が小さな子供のようで、思わす笑い声が漏れた。


「ふふっ。凄い頑張ったんだね。偉いね」


 すると、他の猫の精霊獣もハルカの周りに集まってきた。


「わわっ! みんな凄いね! 偉いね!」


 ゴロ……、ゴロゴロゴロ……。


「うわぁ! 嬉しいの? でもみんなが本当に頑張り屋さんで、偉いだけなんだよ?」

「ハルカは精霊使いでもないのに、会話しているみたいね」


 目を細めて喉を鳴らす猫の精霊獣達に囲まれて、頬がおかしなほど緩んでいるのが自分でもわかる。

 そんなハルカに、ミアは不思議そうに声をかけてきた。


「ハルカは生き物が好きという気持ちが強いから、伝わるものがあるんだろうな」

「なるほど。そういう想いは伝わるものね。リアン、あなたでもそんな顔をするのね」

「このゴロゴロという音の響き、癒されますね」


 カイルの言葉にミアは頷き、あまり発言をしないリアンさんは、目を閉じながらうっとりとしていた。


「……お待たせしました。まずはきちんとお詫びを」


 急にウィルさんの声が後方から聞こえ、ハルカは振り返った。


「同族のプレセリス様と同じ黒の方なのに、他種族だからと、あなたの事を知ろうともせずにいた自分を恥じました。更には心ない言葉をあなたにぶつけてしまって、本当に申し訳なかったです。それに……、精霊獣がそんなに懐く相手が、酷い事なんて考えるわけありませんから」


 猫の精霊獣達に囲まれていたハルカは、ウィルさんが小屋から出てきた事に、話しかけられてから気が付いた。

 そして、ウィルさんの言葉に安堵した。


「いえ、私もついカッとなって、言いたい事を言ってしまいました。自分の精霊獣の卵がわからずに声をかけた事も合わせて、本当に申し訳ないと思っています。すみませんでした」


 自分の軽率な行動が引き起こした事でもあるので、ハルカは頭を下げた。


「頭を上げて下さい。それに卵に声をかける事は別にいいんです。無ければまったく反応しないだけですから。問題は、卵が揺れた事なんです」


 そう言うと、ウィルさんは集まっていた猫の精霊獣達に仕事に戻るように、と話しかけた。


「精霊獣は、契約者の魂と深い結びつきがあります。ですから、契約者が違う精霊獣と契約を結ぼうとするとやきもちを妬くんです。それに卵はびっくりするので、やめて下さいと伝えています」

「でも私は契約していない……。何故揺れたんですか?」


 ウィルさんの話を聞き、ハルカを含め、みんなも静かに返事を待っているようだった。


「あの、プレセリス様の所へ行かれましたか?」

「えっ……? 昨日行きましたが……」

「あっ! じゃあその時にもらってますよね? プレセリス様の付き人のユーゴさんが最近また卵を持っていったので。なんだ、やっぱり契約しているじゃないですか」


 ウィルさんは安心したように微笑んで、よくわからない話をしてきた。


「いえ、何も……」

「あれ? 占いに来る人が精霊獣との契約もする場合、いつも必要な卵だけ持っていて渡して下さるんですが……」


 まさかここで、『プレセリスからもらった』、って言えって事?

 でも、『むやみやたらに言ってはいけませぬ。ハルカ様がご自身ではどうにも出来ぬ、と思った時、言葉にして下さいませ』って、言われたから違う気もする。


 どうしようか迷っていたハルカに、ウィルさんが続けて話しかけてきた。


「もしかしたらなのですが、まだ時期ではなく、将来契約する精霊獣がいる事をわかって、卵が反応したのかもしれません」

「そんな事もあるんですね」

「いえ、ないんですが、それぐらいしか考えが及ばなくて。あとは、お伽噺級の仮説ならあるんですけれどね」


 ウィルさんはそう言うと、自分の発言がおかしいのか小さく笑った。


「その仮説って、どんなものなんですか?」

「あなたが異世界から来た人、なんて言ったらどう思います?」


 この言葉にハルカは驚きすぎて辛うじて、目を見開くだけに留まった。


「それはどういう事だ?」

「からかっているわけじゃないんですよ! ただ、『異世界から来た者は、既に契約を済ませた自分だけの精霊獣を連れていた』、なんて記録がコルトにはあったと、サイラス様から聞いていたのを思い出して……。お伽話の勇者達ですら、この世界に来てから契約していると伝えられているので、真実かわからないんですけれど」


 カイルが低い声で尋ねた事にウィルさんは焦りながらも、そんな不思議な事を言っていた。


「その記録には、詳しい事は書かれていないんですか?」

「自分はよく知らないのですが、サイラス様……、自分の師匠の考えなのですが、珍しい能力があったみたいで、悪用されないように意図的に消されていると感じたようで。だからこれ以上詳しい事は、わからないそうです」


 珍しい能力?


 ハルカが続けて質問しようとしたら、ウィルさんは話を終わらせてしまった。


「なんだか変な事を言って、混乱させてしまいましたね。とにかく、あなたの契約は今じゃありません。次にコルトに来る事があれば、その時にまたお立ち寄り下さい」

「いえ、とても貴重なお話をありがとうございました。契約には、また改めてお邪魔しますね」


 気にはなったがこれ以上聞いてしまうと不審がられると思い、ハルカもこの話題を終わらせた。


「それじゃハルカちゃん、依頼はどうする?」


 会話が終わると、サンから今後の確認をされた。

 そしてその答えを、ハルカはウィルさんを見つめながら伝える。


「私も、依頼を受けていいですか?」

「もちろんです! 先程の自分の発言で不快な気分は消えていないと思います。ですが、自分の目を覚まさせてくれた、あなたという黒の魔法使いをちゃんと知りたい。なのでぜひ、お願いしたいです」


 ウィルさんは柔らかく微笑みながらも、はっきりとそう言ってくれた。

 その言葉で、ハルカも決めた。


「ありがとうございます。先程ウィルさんは、きちんと謝罪をしてくれました。だから私はもう、気にしていません。そして、私という黒の魔法使いだからこそ出来る事で、少しでもお役に立てるように頑張ります」


 こうして、ハルカとウィルさんが和解した事により、依頼内容の詳細へと話は移った。

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