第90話 理想の家庭
ハルカ達が通信石を買う事を決めた後、何やら話し込んでいたアルーシャさんがこちらを振り返った。その表情はとても嬉しいそうで、アルーシャさんの喜びがすぐに伝わってきた。
「2人とも、お疲れ様でした。新しい魔法を使ったので、お腹が空いたでしょう? 妻から沢山料理を作ったと連絡が来たので、今から我が家にご招待します」
この言葉でハルカとカイルの昼食が決定した。
***
門を通り過ぎる時、カーシャさんの存在が気になったが、彼女は何故かいなくて、違う門番さんが立っていた。
こちらで対応するからごめんなさいね、なんて言われたが、自分の甘い考えに喝を入れてくれた事には感謝していたハルカは、会えなかった事が少しだけ心残りだった。
そして、アルーシャさんのお家で料理をご馳走になった後、当初の目的の通信石を買う為に、ハルカ達はセドリックさんの鍛冶屋へと向かっていた。
「料理、とっても美味しかったね。だけどさ、私達……、お邪魔だった気がする」
先程の感想を漏らしたハルカは、赤くなっているであろう頬を両手で押さえた。
「そうだな、優しい味がした。まぁ……、誘ってきたのは向こうだから、気にしなくていい。アルーシャが奥さんを溺愛しているのは知っていたが、想像以上だったな」
カイルも少し困った顔をしているように見えたが、もともとアルーシャさんの事をよく知っていたからか、そこまで驚いているようには見えなかった。
「少しびっくりしたけれど……、あれだけ仲が良い夫婦って、いいね」
自分の両親もそうだったが、アルーシャさん夫婦の仲良しっぷりを見て、ハルカは結婚について少しだけ考えた。
いつかは私も結婚するのかな?
まだあまりにも知らない事が多すぎる世界で、好きな人が見つかるかどうかもわからないけれど……。
素敵な結婚、したいなぁ。
そう考えて、すぐ横を歩くカイルをちらりと盗み見る。
カイルもいつかは……結婚するよね。
…………あれ?
そうしたら私、1人になっちゃうよね?
そう考えた瞬間、ふわっと、先程のアルーシャさんの幸せそうな顔がカイルの顔に切り替わった姿を想像してしまった。
カイルの視線の先には知らない女性が微笑んでいる。
2人はとても幸せそうに寄り添って、何かを語り合って笑っている。
その少しの想像だけで、ハルカは胸がちくりと痛んだ。
結婚したら別々の道を歩むんだろうけど、凄く……寂しい。
でもカイルには幸せになってほしい、って心から思えるんだけどな。
それなのに、今日はなんか変だ。
なんでこんなにもやもやするの?
ハルカは先程から痛む胸に手を当てて、そんな事を考えていた。
すると、しばらく黙っていたカイルから返事が来た。
「ハルカの理想は、ああいう夫婦なのか?」
「う、うん。ずっと仲良しな夫婦でいたいな」
色々な妄想をしていた事を悟られないように、ハルカは簡単な返事をした。
「ハルカとだったら、そういう家庭が築けるだろうな。きっと幸せに一生を過ごしていける」
「えっ?」
カイルの言葉に、ハルカは思わず立ち止まった。
「どうした?」
カイルはきょとんとした顔でこちらを見つめてきたが、ハルカはそれどころではなかった。
さっきの言葉って……、カイルは私と結婚するのを想像してくれたの?
そう考えた瞬間、先程痛みを感じていた胸が、今度はどきどきし始めた。
「顔が少し赤いな……。今日は疲れてるだろうから、ハルカは先に宿で休んでいるか?」
心配そうに顔を覗き込まれたが、その行動にハルカは更に慌てる。
「だ、大丈夫! 全然元気だから! あのさ…………、さっきの私とだったら幸せな家庭が築けるって、本当?」
大胆かもしれないけれど、ハルカは勇気を出して聞いてみた。
するとカイルはさらっと返事をよこしてきた。
「本当、というか俺はそう思うけどな。ハルカなら誰とでも幸せに過ごせると思うぞ」
あーーーー!
やっぱりかぁーーーー!!
もう、もうっ、紛らわしいっ!!!
少しだけ期待していた自分にも驚いたが、案の定の返答にハルカは心の中で叫んだ。
「そ、そっかぁ。ありがとう……。じゃあカイルはどんな家庭を築きたいの?」
ハルカは気落ちしながらも、カイルの意見も聞いてみた。
すると今度は素っ気ない返事が返ってきた。
「俺に、そういう希望はない」
あまりしたくない話だったのか、カイルはその言葉を言い終えたら歩き出してしまった。そんなカイルの背中を追いかけながら、ハルカは声をかける。
「ねぇ、どうしたの?」
「何がだ?」
「なんだか……、怒ってない?」
急に態度が変わったのでハルカは焦りながらも、その事について尋ねた。
「いや……。勘違いさせて悪かった。別に怒っているわけじゃないんだが、結婚は考えていないんだ」
そういう人もいるし、カイルはまだ若いから自由でいたいのかな?
当分一緒に居られる嬉しさと、少しだけよくわからない寂しい感情がハルカの中に芽生えた。
「まだ、結婚なんて考えるの早いもんね。でもさ、理想ならあるんじゃないの?」
「理想……。それなら俺も………………」
少し迷っているのか、カイルは言いよどんでいた。
そして、少しの間を置いて、微かな声で言葉を紡いだ。
「ずっと……、ずっと一緒に笑っていられる、幸せな家庭を築きたい」
結婚を考えていないはずのカイルから告げられた言葉は、あまりにも小さな声で聞き逃してしまいそうになった。だからか、ハルカには儚い願いのように思えて仕方なかった。
そして、その言葉の意味を確認する前に、鍛冶屋へと辿り着いたハルカ達の会話は、自然と途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます