第88話 光を与えくれる人

 アルーシャさんの異世界に関する認識の説明を聞き、のどかな草原の景色が歪む。

 そして、異世界の血が異端であり、髪が魔力の色に近い鮮やかさがその証だと考えている人達がいる事を知り、ハルカの心臓は早鐘を打っていた。


「何故忠告をするのかというと、3年前のあの戦争で異世界の力が更に危惧され始めたからです。『異世界の血が混ざると強力な魔力を手に入れられるが、自身も狂う』なんて迷信が昔からあったのですが、またその考えがゆっくりと広まりつつあります」


 ハルカは何も返事が出来ずに、アルーシャさんを見つめたまま、動けなくなっていた。


「そして……、カイル。君はもっと大事な事をハルカさんに話していないね?」


 突然、アルーシャさんは少し離れた所でずっと黙っていたカイルにそう話を振った。すると彼はその言葉のせいなのか、うっすらと眉間にしわを寄せていた。


「ハルカさんを大切にしたい気持ちはわかる。今回はカーシャさんの言葉を止める事ができたが、いつかは耳に入る事だ。だから出発前にしっかりと話すといい。それとも、僕から話した方がいいのかい?」


 その言葉で、眉間のしわを更に深くしたカイルはゆっくりと話し始めた。


「いや…………、俺が話す。黙っていて悪かった」


 カイルはこちらにゆっくりと顔を向け、そう言葉を吐き出した。

 そして、とても真剣な表情で続きを話し始めた。


「さっきのアルーシャの話に加えて、ハルカは黒の魔法使いだ。黒は…………」


 言葉を溜めたカイルの表情はより一層険しくなった。

 そして、紡がれた言葉にハルカは血の気が引いた。


「命を奪う事に長けている」


 命を……奪う?


 先程尋ねようとしていた黒の魔法使いの性質についての答えに衝撃を受けたハルカは、すぐには声を出せなかった。


「黒全員がそうとは限らない。だが、躊躇がないんだ、命を奪う事への……。だからある任務に就いている奴が多い」

「ある任務って……?」


 まだ考える事が出来ないハルカは、そう言葉を繰り返す事しかできなかった。


「罪人に裁きを下したり、真実を吐かせる為に精神の魔法を使い、拷問をしたりと国直属の特殊部隊として動いている奴が多い。他の属性の奴もいるが、黒が1番適任だと言われている」


 じゃあ私も……、そういう魔法が得意なの……?


 その事実を知り、ハルカは目の前が真っ暗になった。


「冒険者の中にもたまに黒がいるが、腕は確かだ。ただ、あいつらは魔物を倒すのに人が邪魔だと思ったら、どちらの命も奪おうとする時がある。だから敬遠されているのは事実だ」


 私は……命を奪う事なんて、したくない。


 自分の魔法が人を守り、幸せにするどころか、命を危険に晒す事に繋がる原因を作り出す事実に、ハルカはその場で立ちすくむ。


「でもな、ハルカは違う」


 ぼうっとしていたハルカは、この言葉でカイルをしっかりと見つめた。


「あまりにも優しすぎる。そして人の気持ちを大切にしようともしている。だから、ハルカだけの魔法はもっと違うものだ」


 その言葉は私に光を与えてくれた気がした。

 でも、だからこそ、カイルは何故こんなにも私を信じてくれるのか、それがわからない。


 自分の未来に自信が持てなくなったハルカはカイルの言葉の続きを聞きたくて、震える声で尋ねた。


「本当に……?」

「本当だ。1番近くで見てきたからこそ、そう言えるんだ。たとえ今の話でハルカが不安を感じて、自分を信じられなくなったとしても、俺がずっとハルカを信じ続ける」


 優しい風と共に、カイルの声がハルカの耳に届く。


 この言葉でハルカは色褪せてしまった世界に、色が戻ったのを感じた。

 そして、カイルはこちらに向かって歩きながら、更に言葉を続けた。


「ハルカが心から自分を信じられるようになるまで、俺は何度でもこの想いを伝え続ける。だからそんな俺の言葉を、信じてくれるか?」


 じっとこちらを見つめながらそう告げるカイルがすぐ側で立ち止まった時、彼のその瞳の力強さにハルカは息が詰まった。


 嬉しいはずなのに……胸が締め付けられるように、苦しい。

 この痛みはいったい、何?

 

「…………うん。私を信じてくれるカイルを……、私も信じる」


 不思議な痛みを伴う心臓を抑えるように、胸の前で自身の武器を握り締めながら、ハルカは想いを絞り出すようにカイルに言葉を伝えた。

 すると、アルーシャさんがいつも通りの微笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「僕もそう思います。ハルカさんにはまた違った魔法があるはずです。そしてそれはコルトの占い師に会えば更に実感できるはず。何故なら彼女も——特別な黒の魔法使いだからです」


 自分以外の新しい、しかも特別な黒の魔法使いの存在に、ハルカは僅かな希望を抱いた。

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