第74話 ないものねだり
「練習は順調か?」
文字の練習を気にかけてくれる発言をしながら、カイルが浴室から出てきたようだった。
そしてはるかはその問いに答えようと顔を上げた瞬間——硬直した。
何故なら目の前には不思議な色気を纏ったカイルが佇んでいたからだ。
はるかより少し長めの髪がカイルの色白の肌を浮き彫りにさせ、湯上りならではの上気した顔もその魅力を引き立たせていた。
「なんだ……? 何かわからない事があったのか?」
いつまで経ってもはるかが返事をしなかったからか、カイルは怪訝そうな顔をしながら再度尋ねてきた。
「はっ……! 大丈夫! ちゃんと書けてるよ!」
ようやく言葉を返す事が出来たはるかを、カイルはやはり不思議そうに見ていた。
「なんでそんなに挙動不審なんだ……?」
「えーっと……」
見惚れていたなんて言えないはるかは焦って違う事を言った。
「カイルはどうやってその肌の白さを保っているの?」
ピタリ
カイルがわかりやすい程、固まった。
最初に出会った時から色白だなと思っていたはるかは純粋な気持ちで聞いてみただけだったので、そのカイルの変化に気付けないでいた。
「ずっと色白だなって思ってて、羨ましいなぁって思ってたんだけど……秘訣があるなら教えてほしいなぁ」
「……秘訣?」
「そう! だって冒険者なのに全然日焼けしてないんだもん!」
その言葉を聞いてカイルはふらふらとはるかの近くまで歩いてくると……こう言った。
「俺も知りたい……。どうしたら俺の肌は日焼けするんだ?」
「へっ?」
絶望した顔のカイルがはるかににじり寄る。
「何をしても黒くならないんだ……。赤くなってそれで終わり。なぁ……何かないか?」
「え? えっ?」
はるかは戸惑うばかりで考えが浮かばない。
「ハルカの世界では何かなかったか?」
そこまでして日焼けしたいのか!
そんなつっこみを心の中に仕舞い込んで、はるかはいくつか方法を提示してみた。
その結果——
「同じような事は試した事がある。全部だめだった」
「じゃあ魔法は? 魔法ならすぐじゃない!」
「それじゃだめだ! 実際の肌が日焼けしていないから意味がない!!」
うっわ、面倒だな。
ちょっと拗らせてしまっているカイルに半ば呆れつつも、なんでそんなに意地になっているのかを聞いてみた。
「ねぇ……なんでそんなに気にしているの?」
「それは……何度か肌の白さから女に間違われた事があるからだ……」
「あー……」
その気持ちはわかる。
整った顔立ちのカイルは……髪を下ろしたら性別がどちらかわからないように見える。
間違えた人の気持ちもわかるが、とにかく今はカイルをどうにかしなくては。
そう気持ちを持ち直してはるかは言葉を選びながら話し始めた。
「それは肌の色とか関係ないと思うよ? 肌が黒ければ男性に見えるわけでもないし。間違われる事は気になるかもしれないけれど……私は肌の白さも含めてカイルの良さだと思うからそのままでいいよ」
そう、そのままでいいと思う。
誰かの意見に無理やり自分を変えてまで合わせる必要はない。
そう思って伝えた言葉にカイルは驚いていた。
「本当にそう思うか?」
「思ってない事は言えないよ。だから気にせず、お肌も大切にね」
「まぁ……そうだよな。自分を知っている人間がそう思ってくれるならそれでいいか……」
「変な事聞いちゃってたらごめんね?カイルはあまりそういう事気にしなさそうに思ってたんだけど……なんでそこまで気にしてるの?」
その言葉でまたカイルは固まったが……すぐ小さな声で呟いた。
「それはな……男から告白を受けた事があるんだが『そんな肌の白さの男がいるか! 勘違いさせたお前が悪い!』と……訳がわからない指摘を受けた事があるからだ……」
「それは……日焼けもしたくなるわ」
男性をも魅了するカイルの容姿にはるかはただただ同情し、励まし続けるしかなかった。
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