第13話 私の名前は……?

 生誕石の説明の後、カイルから更にギルドと登録の説明をしてもらった。


 ギルドは町に存在する冒険者への仕事を斡旋し、報酬も受け渡してくれる場所だという事。

 それ以外にはその町の保護対象になる住人としての登録や異動届けなどもしているそうだ。

 そしてその登録を済ませると、門での身分証としても役割も果たすという事も教えてもらった。


 流民なら登録しなくてもいいが、カイルがこの町に登録しているので一緒に登録した方が怪しまれない、という結論になり早速ギルドへと向かっていた。


 ギルドがどんなものか楽しみにしていたのだが、ふと疑問が浮かんではるかは尋ねた。


「登録の仕方をちゃんと聞いていなかったけれど……生誕石を見せたりするの?」


 さっきまで隠せと言われていた生誕石を見せてしまう事は大丈夫なのかな?


 そう不安に思って聞いてみた。


「生誕石を見せなくても魔法で登録するからすぐに終わる。説明された通りにやれば大丈夫だ。あとは契約書にサインだけはするからその時は『ハルカ』とだけ書いてくれ」

「名前だけで大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫だ」


 このやり取りではるかの不安はなくなり、代わりにわくわくした気持ちが出てきた。


「安心したら楽しくなってきた!」

「気持ちはわかるが、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ?」


 この時、はるかは本当に楽しくて仕方なかった。

 すぐそこに最大の危機が迫っているとも知らずに……。



 しばらく歩いていたら段々と大きな建物が見えてきた。

 銀に近いけれど光沢のあるグレーともいえるような色をしたビルのような建物。

 四角い扉は黒。

 パステル調の町並みの中にちょっと浮いた存在に見えた。

 そして結構人の出入りがあるのも見える。

 その大体の人が冒険者みたいな服装の人達ばかりのように思えた。


「着いたぞ。ここがギルドだ。さっき仕事の報告ついでに遠い親戚を連れてきた、と話しておいたから登録時にそこまで色々と質問はされないはずだ」

「そこまでしてくれてたの!? 何から何までありがとう!」


 カイルの根回しの早さに驚きつつもはるかはお礼を伝えた。


「ついでだ、ついで。とにかく変な事は喋らないようにな」

「わかった。困ったらカイルに目配せする」

「そうしてくれ。そこまで時間もかからないはずだから大丈夫だとは思うけどな」


 そう言いながら微笑むカイルが扉を開き、はるかも続いてギルドへと足を踏み入れた。


 ***


 はるかは今、非常に困っていた。


 生誕石の登録自体はすぐに終わった。

 魔法陣の上に立つように言われ、その通りにすると魔法陣の文字が体を覆い、消えたと思ったらそれで登録完了だった。


 ギルドの人との何気ない会話もカイルを交えて違和感なくできた……と思う。


 じゃあなんで困っているかというと——


「どうした?」


 様子を伺うようにカイルが小さな声で尋ねてきた。


 一通り説明を受けて受付のカウンターでサインするところまできたのだ。

 タイミングよく受付の人は違う用事で呼ばれているので、カイルと2人きりなのが唯一の救いだ。


 こうやって誰かと会話はできる。

 文字も勝手に翻訳されているように読めていたので気付かなかった。


 なんと、はるかは文字だけが書けなかったのだ。


「どうしよう……文字が書けない……」


 はるかは消え入りそうな声で答えた。


「なっ!? 会話もできて、その文章も読めているんだろ? 書けないって……」


 はるか以上に驚くカイルに書けない事を証明する為、カウンターに用意されているメモ用紙のような紙を1枚手に取りはるかは『はるか』と書いてみせた。


「それはなんだ? なんの暗号だ?」


 カイルの反応ではるかは理解した。


 あぁ……やっぱり。

 読めるけれど書ける文字は日本語なんだ。

 戸惑うままにはるかは真実を告げる。


「これでね、『はるか』って書いてあるんだよ……」

「うそだろ!? この紙は隠しておけ!」


 カイルはそう言って急いでどこかにメモ用紙を収納していた。


 あっ、また便利な魔法が間近で見れた。


 違う事を考え、現実逃避を始めたはるかはカイルが続けて新しいメモ用紙を1枚手に取る様子を眺めていた。


「ここに『ハルカ』って書くからなんとか真似してくれ。サインは直筆じゃなきゃだめなんだ」


 カイルはそう言って急いでメモ用紙に名前を書いてくれた。


 有り難いけれど……何これ?


 今まで勝手に読めていた文字なので、しっかりと見るのは初めてだったはるかは首を傾げた。


 確かに『ハルカ』って書いてあるのは読める。

 でもこれが文字?

 強いて言うなら……記号? 

 あとでカイルに教えてもらわないと……。


 考え続けても答えは出ないので、はるかは書いてみる事にした。


「やってみる」

「やるしかないから頑張れ!」


 そんなやり取りを終え、受付の人が戻るまでになんとか書き終わると2人でほっと胸を撫で下ろした。


 あとで色々と話そうとカイルに小声で話しかけられ、はるかは無言で頷いた。

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