第12話 生誕石

 真剣に感謝を伝える方法を悩むはるかの耳にカイルの咳払いが聞こえたかと思ったら、先程の話の続きを話し始めた。


「1人でいたらバレるって理由は他にもある。ハルカが今、服の中にしまっているペンダント……生誕石の扱い方で確実にバレる」


 そういえばカイルはこのペンダントをずっと気にしていたな、なんて思いながらはるかは少しだけ想像してみた。


 私が神様にお願いしていたものは『形になるもの』。

 神様から言われた言葉は『形にしたものは首から下げてある』、だったよね。

 そしてそれがこのペンダント。

 カイルが言うには生誕石って事なんだろうけど……扱い方ってなんだろう?


 はるかがそう考え込んでいる間にカイルは席を立ち、体を覆う深緑色のマントを脱いでコート掛けに掛けていた。

 ようやく見えた上半身は黒の半袖のシャツで身を包み、その上から心臓を守るような胸当ての装備を左側だけにしていた。

 右肩から左脇にかけて小さな盾のような装備を黒いベルトで固定しているようだ。

 腰には茶色の細いベルトをしており、優しい若草色の装飾品が輝いてるのが見える。

 そしてベルトの左右にぶら下がる剣の存在が姿を現した。


 はるかがぼうっとその様子を見ている間にもカイルは胸の装備を外し、服を捲り上げ——


 捲り上げ!?

 

「カイル!? 何してるの!?」


 正気に戻ったはるかは慌てて叫んだ。


 なんでいきなり脱いでるの、この人!

 紳士だと思っていたけれど、所詮男は男なのかっ!


 そんな失礼な事を考えていると、カイルはきょとんとした顔でこちらを見てきた。

 そして少し間を置いて謝罪を口にした。


「あっ! 説明しなくて悪かった。いっそ見せた方が早いかと思って」


 そう言いながらカイルは服を捲り上げ、自身の胸の中心を指差していた。


「えっ? 何? どういう事? ってこれ石?」


 よく見るとカイルの胸元には小さな緑色の石が埋め込まれていた。


「この緑の石が俺の生誕石だ。自分の得意な属性の色をしているから緑の魔法使いだとすぐわかる。この世界の住人は皆、体に生誕石を埋め込んで守っている。場所を変える事も可能だが首からぶら下げて無防備にしている奴は1人もいない」


 そう言い終えたカイルが服を元に戻している間に、はるかは改めて自分の生誕石を手に取って観察してみた。


 普通の黒よりも黒く見える漆黒の石は滑らかな表面で卵形みたいな形をしている。

 大きさは手のひらよりも少し小さいサイズだけれど……カイルのと比べるとだいぶ大きいような……?


 そう考え込むはるかは服装を元に戻し終えたカイルに質問をする。


「生誕石って人によって大きさが違うの?」

「多少の違いはあるが、ハルカ程大きい奴は見た事がないな。って言っても俺もそこまで見た事があるわけじゃないから何とも言えないが……。一瞬宝石か何かだと思ったが、あまりにも髪と目に色が一致していたから生誕石だと気付けたしな」


 そしてカイルは続け様にこう言った。


「それを俺の目の前で触らないでくれ。心臓が痛くなる気がする」


 そう告げるカイルはとても青白い顔をしていた。


「えっ!? なんだかわからないけれどごめんね? これってどういう石なの?」

「簡単に言うと産まれた時に一緒に誕生して、死ぬと一緒に消えるんだ」


 一緒に?

 じゃあこの石も自分の一部って事?


 そんな想像をするが、まだよくわからないはるかは質問を続ける。


「それって……石が傷ついたら本人も傷つくって事?」

「攻撃しても傷つく事はないそうだが、俺は試した事はない。だが理屈はそうなんだろうな。だから生誕石をずっと触るなんて事もした事がないから見ていてぞっとする」


 あぁ、だから顔色が悪くなっていたのか。

 

 少し申し訳ない気持ちになりながらもはるかは質問する。


「心臓を直接触っているように見えるんだよね? それにしても生誕石って何から出来ているの?」

「そう理解してくれると助かる。生誕石は親の祝福から出来ていると言われている。いろんな奴がいるが、親の祝福が無い場合は天から降りてくるらしい。神の祝福でもあるそうだ」


『親の祝福』


 この言葉ではるかはようやく納得した。


 確かに私の望んだ物だ。

 ここに両親の想いが眠っている。


 そう考えるだけで嬉しくて泣いてしまいそうになった。


「大切なものだからハルカも魔法で体に埋め込んでおけ。石はどこにでも馴染むし、痛くもない。だから安心してくれ」


 そう言われてはるかは少しだけ怯えた。


「私の世界では石を埋め込むなんて事はしていなかったからちょっと想像ができないな……。あとこの石大きすぎるし、本当に痛くないの?」


 そんな疑問を口にしつつも、はるかは別の考えが浮かび、その事を質問する。


「それとは別に……私はペンダントのままにしておきたい。ダメかな?」


 目を見開いてこちらを見たカイルだったが、静かに言葉を口にする。


「正気か? 生誕石を誰かに奪われたらどうなるかわからないんだぞ?」

「いつでも触れられるようにしたくて……。それに装飾品にしている人がいないなら……むしろ宝石にしか見えないんじゃない?」


 心配してくれているのはわかる。

 だけれど、埋め込むよりはこうして手で握れる方が私には身近に感じる。


 そう願いを込めて言葉を伝え、更にこう付け加える。


「カイルが一緒なら絶対に大丈夫」


 その言葉で大きなため息をつき、観念したようなカイルから嬉しい返事が返ってきた。


「ハルカ……その言葉は卑怯だぞ。でも何か理由があるようだし、一旦は納得しておく。何かなんてないといいが……あった時は体に埋め込むからな?」

「ありがとう、カイル!」


 嬉しくて、やっぱり涙が流れてしまいそうになるのを堪えながらはるかは返事をした。


「とりあえず生誕石は服の中にしまってくれ。あとは……登録しに行くか」

「登録?」


 生誕石を服の中にしまいながらも、またも気になる事を言い始めたカイルにはるかは質問をする。


「生誕石は住民の証にもなる。それを今からギルドへ登録しに行くぞ」


 この世界にもギルドがあるんだ。


 異世界ものの話などでよく出てくる単語なのではるかはそこまで驚く事なく、続けて何か話し出そうとしているカイルの説明を待っていた。


「その生誕石が住民の証になる。俺も今はこの町が拠点だから登録してある。登録していない流民もいるが、俺と一緒なら登録しておく方がいいからな」

「この石、色々と凄いんだね」

「登録しておくと便利なんだよ。門をくぐる時に門番に情報が勝手に表示される仕組みだから一々身分証を掲示しなくて済むしな」


 なるほどなぁ。

 だからあんなにすんなり門を通れたのか。


 やっぱり異世界なんだな、と改めて感心するはるかはそっと服の上から生誕石に触れていた。

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